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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.2 愉快な宴




 廃工場の屋上へふらりと現れた鬼灯は静かに町を見渡した。
「さて、その後どうなったかの…」楽しそうに鬼灯が呟く。「あのお喋りな若造に張り付けた小蜘蛛の様子を見に行くかのぅ」
 鬼灯は妖術を扱う事を好まない。正確に言えば、遠回しなやり方をするよりも、直接的に動く方を好む性格をしている。小蜘蛛は鬼灯の意志に呼応し、自らの居場所を特定させ、鬼灯へと伝える事が出来る。それが鬼灯が最も得意とする探索術だ。
 鬼灯の呼応に、どうやら小蜘蛛は応える事が出来る様だ。どうやら鬼灯の打った先手はその役目を果たし、小蜘蛛は巣を張ってそこの位置を知らせている。
「ふむ、根城かの…。それにしても随分と奇妙な臭いがするわい…」鬼灯は頬を撫でる風の臭いに違和感を感じていた。「なかなかどうして、こちらの意図を知っていながら蜘蛛を放っている、といった所かのぅ…」
 楽しい。鬼灯にとって、草間 武彦という人間は興味の対象の一人として捕らえているが、ここまで手の中で弄ぶ事の出来ない連中が現れた事。それは善いか悪しきか、そんな事は鬼灯には関係もなければ興味もない。
「小物の妖魔で引っかけたつもりが、逆にワシを呼び出すつもりか。ほっほっ、愉快じゃな…」ニタリと意地悪く笑う鬼灯が目を開く。「蜥蜴の尻尾か、大蛇の尾か…。駆引きを愉しみながら、様子を見させてもらうとするかの…」



――。





「喰えない翁だ、あの野郎は…」
 先日のやり取りをした男は苦々しげに呟いた。その男の前には一人の女が立っている。そして、その横で大層な椅子に座っている女が口を開く。
「…相手は土蜘蛛。歴史上に名を残す空想の神とは違う、生きる伝説…」静かに、優しくも冷たい言葉が響き渡る。「あなたが生きている事の方が、私にとっては不思議よ」
「ど、どういう意味ですか!? 盟しゅ…――!」
 巫浄 霧絵に食ってかかろうとした瞬間、男の身体が消え去った。
「失態ね…。交渉に失敗し、あまつさえこの場所を知らせる為の小蜘蛛に気付きすらしないなんて、ね」霧絵が静かに溜息混じりに呟いた。
 霧絵が見つめる先には巣を張った蜘蛛が一匹睨み付ける様に霧絵達を見た。
「盟主様も人が悪い…。あの様な薄気味悪い小物の使い魔、さっさと消してしまわれれば良いのに…」一人の女がそう言うと、霧絵はその女を見つめた。
「あら、百合。あの蜘蛛が“生かされている”事がそんなに不愉快なのかしら?」
「えぇ、私にはただの害にしか見えません…」百合が再び蜘蛛を睨む。「妖魔の使い魔が居場所を知らせる役目をしているのは明白です」
「フフ、アナタも未だ解っていないのね…。土蜘蛛である彼がどれ程の知能と趣向を持て余しているのか…」霧絵はクスクスと小さく笑った。
「知能と、趣向…?」
「そうね…。百合、あの使い魔は彼を呼ぶ。私は彼に会ってみたいのよ」
「敵かもしれない相手ですよ…?」
「えぇ、そうね…。だからこそ、私は彼にちょっとしたゲームを提供してみたの。心理戦という名のゲームをね…。私もまた、彼の使い魔を使って彼の位置を探っているのよ…」
「現代で言う逆探知みたいなモノですか?」
「フフ、そんな所かしら…。でも、彼は知っているわ。私がそれをしようとしている事を、ね」霧絵の独特な言い回しが百合には理解し難い部分だった。「彼はそれを知ったからこそ、私という不特定な人物に興味を得る可能性が生まれる…」
「でも、それでも動いて来るという確証は…―」
「―えぇ。ゲームを始める布石は、もう打ってある」





――。





 
 月が次第に輝きを増す。街の明かりが落ち始めた深夜零時。鬼灯は街をフラフラと彷徨っていた。この時間になると辺りを漂う妖魔が動き出す。鬼灯はその妖魔達に普段なら興味すら沸かないが、どうにもこの日は違った。
「はて、おかしいのぅ。漂う妖魔が随分と殺気立っておる…」鬼灯がその違和感に気付く迄にそう時間はかからなかった。
 妖魔は人間とは違った世界の住人である。故に、ここまで殺気立って空気が張り詰める様な事は滅多に起こり得ない。何らかの事象が起因になっている事はどうやら間違いない様だ。
「…なるほど。先手を打ってきおったか…」
「…土蜘蛛様とお見受け致しました」
 背後から老人の姿をした一人の男が声をかけた。人間で言う所、六十前後。特段強い妖気を放つどころか、一切の妖気すら感じられない。
「…察するに、昨日のお喋りな若造と似た者じゃな…。伝言を持った使い魔かの?」
「やはり優れた洞察力をお持ちですな…。私は虚無の境界の盟主様より言伝を賜り、こうして貴方様の元を訪れた次第で御座います」
「懇切丁寧な喋り方をしよるのぅ。砕けた言葉で構わぬぞ? 言葉遣い一つで喰らう程、わしも血気盛んではないからの」
「いえいえ、この喋り方は性分でして…。貴方様がその様な器の小さな方ではない事も存じ上げております」
「気味の悪い世辞は要らんぞ。用件は何じゃ?」
「失礼しました」にっこりと笑いながら頭を深く下げた男は顔を上げた。「盟主様は心配しております。貴方様がこのゲームを楽しんで頂けるのかどうか…。そこで盟主様は、あるサプライズを御用意致しました」
「ほっ、随分と執着してきよるの。して、サプライズとは?」
「草間 武彦という人間の生血で御座います」
「…ほう? どうやらわしの好みを随分と把握しておる様じゃが、あの小僧に手を出せば只では済まんぞ?」
「勿論、貴方様の気分を害するつもりなど毛頭御座いません。人間の血液や肉を味わうのは妖魔の本質…。人間が“食事”を選り好みするのと何ら変わりはありません」
「何が言いたい?」鬼灯の視線に敵意がこもる。
「フフフ、私達の知っている特異な能力を持った方がいましてね。対象者の血肉を奪う力を持っている方がいましてね。おっと、心配しないで下さい。対象となった方に何ら危険はありません」男は鬼灯の動きを制止する様にそう言って再び頭を深く下げた。
「…安い挑発でも、ただの脅しでもなさそうじゃな…」
 鬼灯は考えていた。この男の言葉はどうやら紛れもない現実。ここに駆引きは特に存在されている様には思えない。だが、どうにも腑に落ちない。虚無の境界とやらが自分を引き入れる事に何の価値があるというのか。それだけではないが、鬼灯の心が一瞬の迷いに呑みこまれそうになるが、笑って一蹴してみせた。
「いかがでしょう、土蜘蛛様?」男が鬼灯へと声をかけた。「ゲームに参加して頂けますか?」
「…ほっほっほ、幾年もの時を流れて、久しく惑わされておるわ…。これもまた一興、参加してみるのも面白そうじゃな…」
「かしこまりました。最初の刻限は明日が終わる時。それまでに“鬼”を捕まえて下さい」
「鬼…?」
「そう。妖魔共の殺気立った姿を見ればお解りでしょうが、妖魔を喰らう鬼を街に放ちました。今、漂う妖魔は全てが鬼の餌食の対象になりつつあるのです。鬼は妖魔を喰らう程、妖力も強く凶暴になります」
「早く捕まえる方が楽という事かの?」
「それはごもっともですが、ある程度の妖力が溜まれば目覚める為に吸った最初の血の宿主を求めます」
「…成程。それはいずれにせよ、わしに関係のない事じゃなくなると言いたい様じゃな…」鬼灯の目付きが鋭く光る。「あの坊主の血に、その特異な能力と鬼の存在…。随分とやりたい様にやってくれているのぅ…」
「では、ゲームをお愉しみ下さい…」
 男が姿を消した所で、静かな声だけが残っていた。




――。




 ―午前一時。
「…成程なぁ。そいつは迷惑な話だ…」ポリポリと頭を掻きながら武彦が呟く。「鬼灯、そのゲームとやらに参加するのか?」
「他人の掌で弄ばれるのは本来なら気に喰わんのだがのぅ、それも一興かと思っておるわ」鬼灯が静かに言葉を続けた。「しかし、わしの獲物を利用してわしを利用しようとしておるやり方が気に喰わん」
「…まったく関係のない所で当事者になってる俺は置いてけぼりだがな…」武彦がそう言って煙草に火を点ける。「しょうがないな」
「ほっほっ、腹を据えるのじゃな、小僧よ。おぬしの指を齧れる日が来るまで、偽物の様な報酬は取っておく事にしておくかのぅ」
「…やれやれ、俺を助けるってのより、俺を喰う事の方が大事そうな言い回しだな…」
「なかなかどうして鋭いのぅ?」
「チッ、しょうがねぇ…。やるしかないな」
「鬼捜し。わしの空腹の足し程度にしてくれるかのぅ」ニタリと笑う鬼灯の目が半月の様な形を象った。




                ――制限時間残り23時間。手掛かりは未だ無し。


                                   FIN