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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.9 ■ 百合の采配




『だいぶ形にはなってきたみたいね』
「はぁ…はぁ…」息を整えながら再び美香は真っ直ぐ前を見つめた。「どうかな…? ちょっとは戦える?」
『能力の扱い方はそれなりに形になりつつあるわ。あとは敵の裏を掻く為の能力による攻撃補助。でもこれは、アンタが落ち着いて動かない限り成立しない』ユリカが静かに言葉を続けた。『今日はもう能力の反動で身体に影響が出てる。今日は終わりにしましょう?』
「うん…。でも、もうちょっとだけ…。もうちょっとだけ能力を使わせて、ユリカ…」
『無理してもしょうがないでしょ?』
「ううん、無理してる訳じゃないの…。もうちょっとで何かが掴める気がする…。もうちょっと…」ブツブツと言いながら美香は変わらず身体をまた動かす。
『…! 美香、アンタ…』
 ユリカは気付いていた。今、美香の意志で能力が発動した。ユリカ自身の能力が美香の意志に呼応する事。それは、美香が能力を自分のモノにしつつある兆候だった。
 合気道をやっていた美香の身体がなまっていたとは言え、今では以前にも増して身体のキレが増している。能力が身体の動きに合っていく。
『(…進化…している…。確実に私の能力を自分のモノとして昇華し、もう基礎能力の扱いに関しては熟練のそれに近い…。この子は、強くなれる…!)』
「…ぶはぁ、疲れたぁ…」ヘナヘナと崩れていく美香が吐き出す様に呟く。
『休みましょう、美香』
 ユリカが抱いたその想いを美香には言わず、心の奥にしまい込んだ。今はまだ、何も言う必要はないだろう。美香には今は何も言う訳にはいかない。不安にさせる必要も、迷わせる必要もないのだから…――。






――。






「ここで彼と会う約束をしていたんだけど、何処かしら…?」
「おい、何で俺まで連れて来られなきゃいけないんだ?」
 見渡す限りの林の中、百合の能力によって連れて来られた武彦が文句を言う様に呟いた。武彦の言葉を無視する様に、百合はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
 突然、林の中から若い青年が現れた。
「アナタに時間の事で文句を言われるとは、ね」
「なっはっは、細かい事は気にすんな!」高笑いする男は武彦に目を向けた。「お、お前さんが百合っぺの言ってた野郎かぁ」
「百合っぺ?」
「勝手に変な呼び方定着させようとしないでくれない?」呆れた様に百合が止める。
『なかなかの修羅場を超えてきた眼をしておるな』突然、野太い声が響き渡る。
「へぇ、スサノオがそう言うなんて珍しいな」男がそういうと、男の後ろに武士の様な風貌をした霊体が現れた。
「…なっ、なんだ?」武彦がキョトンとした表情でスサノオを見つめた。
『拙者の名はスサノオ。村雲に仕えし神霊』
「俺は村雲家の現当主、村雲 翔馬だ」翔馬がそう言って自分の胸に手を当てて自己紹介した。
「あぁ、俺は草間 武彦だ」武彦が手を差し出すと、翔馬は握手に応じた。
「翔馬、在野で他にも仲間を集められる?」
「どうだろうなぁ…。自由気ままに生きてる連中が多いからな」
「確かに、奴らも全ての能力者を囲い込んでいる訳じゃない…。大多数の能力者は何かしら事件を起こす。俺の事件依頼の協力者もIO2に関与していない連中も多いからな」
「協力を要請出来ないの?」
「無理だな。アイツらは自己の目的に生きてる。今回の問題を抑止しようって連中は生まれるかもしれないが、自分から協力しようってヤツはなかなかな…」
「予想していたとは言え、仕方ないわね…。今は無理に勢力を広げるつもりはないし、これで正式には四人。十人以内で動かないと、目立ち過ぎる」
「そうそう、百合っぺよぉ。もう一人ってのはどうなんだ?」翔馬が声をかけた。「お前が鍛えてるんだろ?」
「次百合っぺって呼んだら太平洋のど真ん中に飛ばすわよ」
「…百合さん」
「…順調よ。精神面で不安が多かったけど、最近はそれも克服してきている。そろそろ虚無の境界から隔離するわ」
「隔離って、どうするつもりだ?」武彦が尋ねる。「確かに今のままじゃ危険な状況が続くが、美香を虚無から逃がせばお前も疑われる事になるだろう?」
「それはそうよ。だから、私もそのまま虚無からもIO2からも姿を消すわ」百合はそう言うとポケットから手帳を取り出し、何かを走り書きにした。「“例のファイル”に載っていた大きな事件は、三日後。その混乱に乗じて、私は美香を連れてそこに書いてある場所へ飛ぶわ」
 翔馬と武彦が百合に渡されたメモを見つめ、百合の顔を見て頷いた。





――。





 ―寝起き間もない美香の元へと百合が訪れた。
「あ、おはよう…。百合ちゃん…」
 ユリカの名を命名した時とは打って変わって寝ぼけた印象の強い目覚めの美香は、まだ眠そうに目をこすりながら百合に声をかけた。
「昨日の訓練、顔を出せなかったけど進展はあった?」百合が椅子に腰かけて尋ねる。
「うん、何とかなりそう…」ふわっと口を大きく開いて欠伸をして美香はそう言った。「後で見せるよ〜…」
「随分疲れているみたいだし、今日の特訓如何で明日は休みましょう」
「休み!?」突如美香の目が爛々と輝く。「特訓如何って、採点基準は!?」
「急に元気になったわね…。そうね、私が良いと言えるぐらいまで戦えていればベストだけど、しっかりと戦えるか見させてもらうわ」
「よぉっし、がんばろー!」
『随分とまぁコロコロ変わる子ね…』


 戦闘訓練室に着き、美香が簡単に準備体操を終える。
「この前に話した事、憶えているでしょう?」
「裏での繋がり、でしょ?」
「そう。私は自分の周りの全てを騙し、偽ってここにいる。アナタの事ですら、私は騙して欺いてきた。でも、そういうのは終わり。今日の特訓が、特訓としては最後になる。次にアナタが戦う時は、実戦よ」
 百合の言葉に、美香の心臓がキュっと締め付けられる。緊張感が美香の身体を駆け抜けた。
「百合ちゃん。私には、ホントは虚無の境界もIO2も関係ないの…。どっちも違うんだなって、そう思ってた…」
「…?」
「百合ちゃんと出会って、ユリカと出会って。今までみたいに普通に生活しているだけじゃ、ここまで“自分自身の意志”ってモノを意識しなかったと思うんだ」美香はガントレットを装着して百合を見つめた。「だから、百合ちゃんとユリカ。それに、草間さんとか…。そういう、今までの日常を守れるなら、その為に戦うって決めた。だから、今日はそれを百合ちゃんにもしっかり見てもらうからね」
「…良いわ」
 この短い数日間、美香は大きく変貌を遂げている。百合はそれを対峙している美香の目を見て感じていた。
「ユリカ、いくよ」
『アンタの力、見せてあげな』
 ユリカの言葉に小さく頷くと、美香は自分の速度を一気に加速させた。
「…っ! 見えない…!」一瞬の速度変化に百合の反応が遅れた。
 今までの美香の戦い方は直線的に間合いを詰めてくる事からの攻撃。例え姿が見えなくても、目の前に空間接続を使えば読める場所へ攻撃しに向かって来ていた。
 ―パチン
 百合の後方で何かが弾ける音がした。百合が一瞬で振り返るが、そこに落ちていたのは銀色のパチンコ玉。
「しまっ…―」
 百合がフェイクに気付いた時には、既に美香のガントレットをはめた右腕が百合の腹部を直撃していた。百合が後ろへ飛び、蹲る。どうやら電撃は使う気はないらしいが、予測しない場所からの攻撃は非力な美香の力でも大きなダメージを与えた。
「ぐっ…、やるじゃない…!」百合が目の前の空間に手を入れ、ナイフを取り出す。「怪我するかもしれないけど、実力を見せてもらうわよ」
 ナイフを真っ直ぐに投げると、一瞬でナイフが消えた。空間と空間を伝って美香の左上から突然姿を現す。が、美香はスピードを上げて後ろへと飛んだ。
『さすがね。戦い慣れている…。美香、アレで奇襲よ』
「了解!」美香が近くに置いてあった机へと移動し、蹴り飛ばす。加速したテーブルが一気に百合へと近づき、百合の数メートル手前で突然止まりそうなぐらいのスピードに変化した。
「また…っ!」百合はフェイクに気付き、空間接続で美香が机を蹴った位置まで移動する。何処から来ようとしても、美香は自分がいた位置に百合が来るとは思っていないだろう。そう思った百合の一瞬の策だった。
 しかし、美香は向かっていく訳でもなく、直線上に下がり、部屋の角にある壁を背に立っていた。
「何処に逃げようとしても、見つけてから行く」
『机という攻撃そのものが目隠しのフェイクだとは、気付かないでしょうね』
 美香が一瞬で百合の背後へと詰め寄ろうと加速する。が、百合はそのまま前へ一歩踏み出し、空間接続によって再び距離の離れた位置まで離れた。
「はぁ…はぁ…、まさか机を飛ばすのがフェイクだったなんて、ね…」百合が自分のいた位置を見ると、既に美香がそこまで距離を詰めていた。「なんて防ぎにくい戦い方をしてくるのかしらね…」
『今よ、美香!』
 距離がある事、姿が見える事に油断した一瞬。美香が手で持っていた小さな石を指で弾く。加速した小石は一瞬で百合の腕を直撃した。
「ぐっ! な、何が…―」
「―捕まえた」
 石つぶてが百合の身体に直撃し、百合が痛みに反射的に右腕を見てしまった瞬間、その一瞬に美香は目の前へ距離を詰め、百合の顔の目の前に拳を突き出していた。
「…驚いた。合格よ、言う事ないぐらいに、ね」
「やった!」美香は百合の言葉に両手を挙げて万歳を表したりピョンピョンと飛び跳ねて歓喜していた。
「…(おだてるつもりはないけど、私もナイフを出した瞬間から本気だった…。でも、美香はそんな距離を逆に利用するだけの戦い方も考えている…。フェイクを利用した戦闘方法。苛立って突っ込めばスピードの餌食にされる…)」




        「間違いない…。この子は十分過ぎる程に強くなる…」





                     百合の中で、それは確かな確信となった。



                                 Episode.9 Fin