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<東京怪談・PCゲームノベル>


古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい
 趣味の古書店巡りをしている最中に、白梅・東薫(しらうめ・とうくん)はソイツと出会った。
 東薫がソレと遭遇したのは、そろそろ季候も春めいてきて温かな陽射しが心地よくなってきた頃の話。
 はじめて見つけた古書店に心を躍らせつつ店舗を見やる。
 入り口には木で出来た看板が掲げられており、そこには『古書肆淡雪』と書かれていた。
 一体どんな本があるだろう? と彼は古書店へと踏みいったのだが――。
 東薫は今、不思議なモノと対峙していた。
 黒く澱んだ中にぎょろりと浮かぶ無気味な単眼。それが、書棚の本と本の間に潜んで居たのだ。
「んー……本当に眼だけが浮かんでるんですねえ。何なんでしょう?」
「私もどうにもわからなくてね……それで少々困っているのだけれど」
 そう答えたのは古書肆淡雪店主、仁科・雪久。
「奇書に明るい仁科さんがご存知ないのであれば、文献に載っている可能性も低そうですし……」
 んー、意思はあるのかな? と東薫は首を傾げつつ。
「夜になったら術で念話を試みてみたいのですが、構いませんか?」
「ああ、問題無いよ。というより、意志疎通が可能なようならなるべくなら相手の思いも解ってあげたいし、出来るなら是非とも宜しくお願いしたいな」
 しかしながら眼鏡の成人男性が2人で本棚の隙間を覗いている様はちょっと和む。
「……とすると、夜までよかったら時間を潰していくかな?」
 何ならお茶くらいは淹れるよ、と雪久は言うと時計を見やる。そろそろ夕方にさしかかる。外に出ても多分とんぼ返りだろう、と彼は察したらしい。
「いや、お構いなく」
 笑顔で軽く答えた東薫だったが既に雪久はお茶&茶菓子準備モードに!
 そんなわけで二人は夜を待つ。
 お茶を飲みつつのどかだがどこか気合いの入った本トークをしながら。
 二人の話題は尽きることは無かったものの、次第に日は落ち、そして夜がやってくる。
 温かかった空気も次第に冷え、空は暗く。
 夜の訪れを確かめた東薫は飲みかけの湯飲みをそっとテーブルに置くと立ち上がり、窓の外を見やる。空にはあかるい月。もう数日で満ちる事だろう。
「それでははじめてみましょうか」
 少しだけ表情を引き締め、東薫は本棚の隙間へと目を向けた。
 奥からじっとこちらを見つめる単眼から表情は見とれない。
 呼吸を整え東薫は指で空を切り呪を唱える、途端に彼の身が薄い銀の輝きに包まれた。
(「あなたは一体どちらから来られましたか? 何故ここにいらっしゃる?」)
 東薫は心中にて語りかける。
 しかし答えは返ってこない。
 言葉の通じない者とでも会話が出来るのが念話の利点なのだが、返事が返ってこないという事は相手は意志のある存在ですらないのか、それとも会話する気が無いのか――。
 と、東薫が一瞬考えた直後、ソイツはようやくこう答えた。
『自分はこの世界とは別の場所からきたモノ』
 語調こそ堂々としたように思えるが、どうやら少し躊躇いがあったらしいというのは察する事が出来る。
(「どうしてここに?」)
 更に問いかける東薫。目的が解らない限りはどう対応したものか解らない。
(「私なら協力できるかもしれませんよ」)
 更に続けた言葉に、単眼は納得したのかもしれない。
 もし迷い込んだだけの存在であるならば、話が通じる相手が出来た事で多少は警戒を解いてくれるかも知れない。だが、もしも異世界からの侵略者であったなら。
 果たして鬼が出るか蛇が出るか――どこか祈るような気持ちもこめつつ問うた東薫へと単眼は答える。
『自分の住んでる世界に、何か見慣れない隙間があった。そこに近づいたら気づいたらこの世界に居た』
 単眼の語る所を大体まとめると、異世界から時空の狭間に迷い込み、東京に紛れ込んだ、といった感じだろうか。彼(ないしは彼女)が異世界の存在なのはほぼ間違い無い、と東薫は踏む。
 ……というのも、概念や認識の面で自分達とは一致しない部分がある為だ。
 東京の事は知らないようであるし、偽る理由も無い。
『居心地の良い場所を探していたらここについたのだが……』
 単眼の思念は少し不安げな様子だ。
『心細い。早く故郷に帰りたい……』
(「成る程……」)
 寂しげな単眼の言葉に東薫も深く頷く。そして暫く思考を巡らせた。
 果たしてどうしたら単眼を元居た場所に帰すことが出来るだろうか?
 視線を窓の外へと投げた東薫の目に、満ちつつある月の光が差し込んだ。
 もうすぐ満月がやってくる。
 東薫は視線を窓から単眼へと戻す。
(「……今日すぐに、というわけにはいきませんが、元いた世界に帰して差し上げる事もできますよ」)
『本当か?』
 にわかに思念に喜びの色が滲んだ。
(「勿論本当です。その為にあなたがはじめてこの世界で見た場所に案内して欲しいのですが――」)

 それから暫し日は経ち。
 既に日は落ち、外は月光以外の明かりはない。
「東京とはいえ、夜はこんなに暗いものなんだねぇ……」
 雪久の意外そうな声に東薫は笑った。
「そうですね。少し市街から離れるとこんなものなのかもしれませんねえ」
 彼の傍には例の単眼がふよふよと浮いている。
 東薫は彼(ないしは彼女)の言葉を聞き、この世界にはじめてやってきた場所には「時空の狭間」が存在するに違い無い、と判断した。
 流石に通常目につく程大きなものではないのだろう。もしかしたらちょっとしたほころび程度のものだったのかもしれない。
 ならば、その場所に行って再び時限の狭間を開いてやれば良い。
 しかしそれを行うにはいくら東薫でも普段は厳しい。だが、月の力を借りれば。
 そんなわけで東薫は、単眼と、そして古書肆淡雪店主である雪久を伴い狭間を探してやってきたわけだ。
 草がぼうぼうに生えた小山に登った所で単眼が何かを訴えるようにふわりと浮いた。
「……ここのようですね」
 東薫は足を止めると空に浮かぶ月を見上げる。
 青白く大きく輝くそれに照らされたまま、東薫は大きく息を吸い、そして吐きだす。
 数度繰り返し呼吸を整えた所で彼は両腕を空に向かって掲げた。
 そして呪を唱え月の力を借りようと願う。同時に東薫の身が月光そっくりの光を帯びた。
 途端月に僅かな裂け目のようなモノが発生する。いや、月が裂けたわけではない。空間に小さな穴が出来たのだ。
「今ですよ」
 東薫の声に従うように、単眼はふわりと浮き、その裂け目へと飛び込んでいく。
 そして単眼が裂け目の向こうに消えるとほぼ同時に月は元通り、まんまるな姿へと戻ったのだ。
 ――まるで、何事も無かったかのように。

「……きちんと帰れましたかね」
 単眼の消滅を見送り古書肆淡雪へと戻ってきた東薫は、少し不安そうに呟いた。
 術は完璧なはずだ。だがそれでも当人――単眼のその後を知れない事は不安を残す。
 そんな彼に対し雪久は妙に自信ありげに微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。きっとね」
 その言葉に根拠はあるのだろうか? と思うあたりだが、雪久はさらに続けてみせた。
「偶に、うちの店は若干時空が歪んでいる……と言われる事があってね。ほら」
 彼は窓辺を指さす。そこには僅かにつもった塵で「かえれた。ありがと」と書かれていた。
「店を出る前には無かったし、私は店の鍵を閉めてから出たから、彼が何らかの手段で書いてくれたんじゃないかな」
 それは、あまりに拙い字であった。少なくとも雪久の書く字ではない。
 もしかしたら単眼は、東薫との念話でこちらの言葉を覚えたのかもしれない。そして、多少時空の歪んだ古書肆淡雪へと言葉を残した――。
「もしかしたら、彼がいつか君に会いに来る日もあるかもしれないよ」
 雪久はそう告げる。それだけでも東薫にとっては安堵出来る内容だったのかもしれない。自然と頬が緩む。
「また出会える日が来るのを楽しみにしていますよ」
 東薫はそう小さく呟き、窓の外、まんまるな月を見上げ力強く微笑んだのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6495 / 白梅・東薫 (しらうめ・とうくん) / 男性 / 26歳 / 大学院生

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、小倉澄知と申します。
 折角ですしなんとか無事送り届けたという報せをしたい! と思いこのような結末となりました。
 いつの日か、こちらと普通に会話できるようになった彼(ないしは彼女)と再会できる日もくるかもしれませんね。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。