コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 早春賦 −

1.
 春は名ばかり…ちょっと暖かくなったと思ったらすぐに寒くなる。
「三寒四温っていうのよ」
 隣を歩いていた日高晴嵐(ひだか・せいらん)は、妹の日高鶫(ひだか・つぐみ)の心を読んだかのようにそう言った。
 日暮れの街を、2人は家に向かって歩いていた。
 道端に植えられた梅の木には、たくさんの花が咲き誇っている。
「植物はちゃんと春だって感じてるんだね」
「あら、人間だってちゃんと春を感じているわ。もう春物の服、新作が出てるもの」
 ふふっと晴嵐が笑う。ふんわりと春風のように、優しく。
「姉さん、春物の買い物に行く気?」
「もちろん。つぐちゃんと一緒に」
 あぁ、やっぱり。鶫は観念したように苦笑した。
 春物に興味は無いが、姉の笑顔を曇らせるのははばかられた。
 その時、ふと鶫の携帯が鳴った。
「? 勇太から?」
 着信したメールの主は、工藤勇太(くどう・ゆうた)。
 最近不思議な依頼を一緒に調査して意気投合した同じ都内に住む高校生だ。
「私のほうにも勇太くんから」
 姉妹は同じ送り主のメールを見比べた。2人に送られたメールは同じ文面だった。
「…うん、いいね」
「うん。行く行く!」
 読み終えて2人はウキウキとした気分になった。

『日高鶫先輩・晴嵐先輩へ 草間興信所主催のお花見をすることになったので、よければ一緒にどうですか? 詳しい日程は相談で』


2.
「つぐちゃん。おかず、こんな感じでいいかな? 私自信なくて…」
 晴嵐に呼ばれて、鶫は俯いていた顔をあげた。晴嵐は上げたてのから揚げをたくさん乗せたバットを鶫に見せた。
 鶫はそのから揚げをひとつ摘むとむぐっと口に入れた。
「…うん。美味しいよ、姉さん」
「つぐちゃん…今食べたらお弁当のおかず減っちゃうよ?」
「私は味見担当だから…」
 そういいながらも鶫は晴嵐の料理を手伝っている。
「今日は、いいお花見が出来そうね」
 晴嵐がそう言って見上げた窓の向こうの日曜の空は、爽やかな青い空だった。

 待ち合わせは草間興信所前に10:00。約束の時間のちょっと前に晴嵐と鶫はそこについた。
 興信所前には既に草間武彦(くさま・たけひこ)と草間零(くさま・れい)の兄妹が待っていた。
「あ、勇太! おはよ!」
「あれ? 俺最後!?」
「おはよう、勇太くん」
 少し遅れて勇太はやってきた。大きなバッグを持っている。
「遅いぞ、勇太」
「おはようございます。勇太さん」
 悪態をつく草間と笑顔の零。悪態の草間に勇太は苦虫を噛んだような顔をした。
 4人は勇太が着くと「じゃあ行こうか」と歩き出した。
「この近くにいいお花見スポットがあるんだよ」
「へぇ、この近くにそんなところがあるんですか」
 鶫が意外そうな顔をして草間を見た。草間は得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「まぁな。地元のヤツもそうそう知らない穴場だからな。期待していいぞ」
「…どっかの家の庭とか言わないよな」
 ボソッと呟いた勇太の言葉を草間は聞き逃さなかった。
「お、お前! 何で知ってるんだ!?」
 どうやら図星だったらしい。草間はオロオロしている。
「まぁまぁ、お兄さん。そんな勿体つけたいい方したら誰だって気付いてしまいます」
 零が冷静に草間に止めを刺した。草間は完全に肩を落とした。その後姿は哀愁漂うおっさんにしか見えない。
「どうしたんですか? お兄さん」
 純真無垢なくりくりとした瞳を草間に遠慮なくぶつける零。
「零さん、コワイ…」
「草間さんの自信を打ち崩すなんて…零ちゃん、恐ろしい子…」
「…姉さんも零と似たところあるから、気をつけてね?」
 高校生3人がそんなヒソヒソ話をしていると、草間はある1軒の家を指差した。
「ここだ、ここ」
 草間の示した家は特に変哲も無い古い家だった。


3.
「いらっしゃい草間さん。さぁ皆さん、奥へどうぞ。よく来てくださったわ」
 出てきた老婦人は愛想よく、裏庭へと5人を招き入れた。
 外からはパッと見わからないほど、庭は奥へ細長く続いていた。
「不思議だ…別世界みたい」
 鶫は辺りを見回してそう言った。
 咲き誇る梅の根元を彩る水仙の花。菜の花のつぼみも黄色くはちきれそうだった。
 ここには一足先に春が来ている…そんな感じがした。
「東京にこんな場所が残ってたなんて…」
「綺麗ですね、晴嵐さん」
 鳥の戯れを見つめる晴嵐に零も微笑んだ。
「いいとこだろう。な? 期待していいって言っただろ」
 少しだけ自信を取り戻したらしい草間は「驚くのはこれからだぞ」と付け加えた。
 さらに奥へと入っていくと突然前が開けた。
「わぁ…!!」

 眼前に現れたのは、樹齢何百年とありそうな立派な枝垂桜だった。

「これ、すごく…立派だね」
 大きな自然の力の前に、鶫は自分の小ささを感じた気がした。
「だろだろだろ!! その反応が見たかった!」
 完全に自信を取り戻した草間は「よし、花見開始だ!」と宣言した。
 広げられたブルーシートの上に、各自持ち寄った弁当やらお菓子やらを広げていく。
「お菓子ならよく作るんだけど、普通のお料理は母の手伝いや家庭科でくらいしかしたことないの。だからあまり自信ないんだけど…」
 そう言って晴嵐が大きめのお弁当箱2つとバスケットを取り出した。
 1つ目に入っていたのはおかず。唐揚げ、卵焼き、里芋とイカの煮物が綺麗に並んでおり家庭的な印象だ。
 2つ目はおにぎり。何故か突出して大きく不恰好なおにぎりが混ざっている。
 …その不恰好なのは…と言いかけて、鶫はやめた。どうせすぐわかるだろう。
 バスケットの中からはサンドウィッチとクッキー、マドレーヌなどの焼き菓子を出てきた。
「つぐちゃんと2人で作ったの」
「…これだろ、これ。あと、このクッキーも」
 草間が不恰好なおにぎりとクッキーを指差した。鶫は「正解」と頷いた。あっさりと見破られた。
「じゃ、それ草間さんの物ってことで」
「え!? 俺? 何でそうなる!?」
「いやいや、胃袋に入っちゃえば一緒でしょ? 基本は姉さんが作ってるから保証するよ。要は味が良ければいいんだって」
 うん。料理は見た目じゃない。味だよ、味。

「どれどれ。勇太の弁当は…おぉ!?」
 勇太の弁当を覗き込んだ草間の目の色が変わった。


4.
 アスパラとそら豆のごまマヨあえ、人参の飾り切り、ピーマンの肉詰め、かぼちゃの天ぷら。
 そして何より頑張ったであろう沢山の稲荷ずし。
「勇太…お前…これ本当に1人で作ったのか?」
「なっ!? 俺以外に誰かが作ったとでも言いたいわけ!?」
 バチバチと火花を散らす草間と勇太。そんな2人を見て鶫と晴嵐は首を傾げた。どことなく不思議な雰囲気を2人から感じた。
 零はそれに気がつく、訳を説明した。
「勇太くん、零さんにお弁当の作り方を習ってたんですか?」
「はい。とっても上手に作れるようになりました」
「へえ、零に教えて貰ったんだ。凄いなー上手くできてんじゃん。私なんかよりもよっぽどいいお嫁さんになれそうだ」
 別に嫌味で言ったわけじゃない。素直に感心しただけだった。
 しかし、鶫のその言葉に勇太は即座に振り向いた。
「ちょ、鶫先輩! 誰が嫁に行くんですか、誰が!」
 ほんのちょっと余所見をした隙に、勇太の弁当を草間がつまみ食いする。
「…うん。ま、及第点だな」
「か、勝手に食っといてその言い草はなんだよ! ていうか、俺まだ食っていいとか言ってないし! 素直に美味いって言えよ!」
 草間のほうを向いた勇太の手元から、今度は鶫がおかずを奪っていく。
「早速味見ー…ん〜、もうちょっとスパイス効いてる方が私は好きだなぁ」
「鶫先輩まで!?」
 零が持ってきた飲み物を注ぎながら、晴嵐は勇太ににっこりと微笑んだ。
「落ち着いて勇太くん。…ところで、勇太くんはどうして零ちゃんに教わろうと思ったの? もしかして…」
 そう言った後、晴嵐は飲み物を勇太の前に置くとヒソヒソと鶫と内緒話を始めた。
「もしかして!? 何!? なんでそこで声潜めるんですか!?」
 しかし、晴嵐と鶫は勇太のほうへ視線を向けたまま内緒話を続ける。
(勇太って零のことが好きなのかな?)
(待って! 零ちゃんをダミーに草間さんが本命ってことも…)
「勇太さん、この飾り切りとっても綺麗にできてますね。ピーマンの肉詰めもちゃんと火が通っていて美味しいです」
 ハッと振り向くと零が、勇太の弁当を食べていた。
「零さん…ありがとうございます」
 勇太がぱぁっと顔を明るくした。タイミングは今しかない!と思ったとき、晴嵐が口を開いた。
「ねぇ草間さん。勇太くんのお弁当、本当のところはどうでした?」
 唐突にそう質問した晴嵐に、鶫の作ったおにぎりに手を伸ばしかけていた草間は顔を上げた。
「ん? 美味かったぞ」
「…ですって。勇太くん。よかったね」
 突然話を振られた勇太は、思わず本音をこぼした。
「え…あ…そっか。よかった」
 勇太はそう言うとはにかんだ。
「見た!? つぐちゃん!」
「見た!? 姉さん!」
 まさかこんな展開になっていたとは!
 沸き立つ好奇心と悪戯心を抑えられそうにはなかった。
 

5.
「道ならぬ恋…私応援するから!」
「いや、誤解だって! 俺は別に草間さんのことなんて…」
「誰も草間さんのことなんて言ってないよ? 勇太…やっぱり…」
「ちがっ…草間さんもなんか言ってよ!」
 お互いのお弁当を食べながら、話に花が咲く。
 勇太のお弁当は見た目どおりに美味しくて、勇太が頑張って作ったことが感じられた。
 いや、ホントいいお嫁さんになれると思うよ。
「…勇太、すまない。お前の気持ちに俺は…こたえられない」
「俺が欲しいのそういうんじゃないし! 否定してくれよ!」
 零が桜を見上げてお茶を飲む。
「こういうのを平和っていうんでしょうね」
 まだまだ宴は終わらない。綺麗な桜の下で幸せな時が過ぎていく。
「ずっとこの時間が続けばいいですね」

  そうだね、姉さん。ずっと仲良くいられたらいいね。

 零の小さな呟きと鶫の願いは春風に舞った。
 そして枝垂桜をさわりと揺らした。

 春は、もうそこに…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 5560 / 日高・晴嵐(ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫(ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生。

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 日高・鶫様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
 今回はお花見ということで、大変楽しく書かせていただきました。
 少し時期が早いのですが、枝垂桜を見に行っていただきました。
 晴嵐様との関係…こんな感じで大丈夫だったでしょうか?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。