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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.10 ■ 結集する勢力




 百合に初めて美香が打ち勝った日から二日目。美香は百合に付き添われ、戦闘訓練室に座ってストレッチをしていた。
「邪魔するわよ」
 戦闘訓練用の部屋に入って来たのは金色の髪に赤い瞳をしたエヴァだった。
「あ、あの時の…―」美香は思い出していた。確かに彼女には百合に連れられた当日、一度だけ会っている。
「珍しいじゃない、エヴァ。アナタが戦闘訓練に顔を出すなんて」百合が声をかけた。
「ユー達の様子を見て来る様に、盟主様が仰られた。“適合”に成功してからの訓練成果を“正確に把握”したいと」エヴァが無表情のまま淡々と告げる。
「…そう。私が報告している通り、だけどね」百合はそう言って美香を見た。
 美香は百合が先日言っていた言葉を思い出して小さく頷いた。




――。




「美香。動き出すのは二日後よ」
 美香が百合に打ち勝ったあの日、一段落着いた所で百合は美香に向かって口を開いた。息を整えながら百合を見つめ、美香が尋ねる。
「前に言っていた事?」
「えぇ。明後日には大きな事件が起きるわ。そこで本当の仲間、武彦とも合流するわ」
「…え?」美香は耳を疑った。「だ、誰と合流するって?」
「草間 武彦。彼は私の実質的な協力者になったわ」
「え、えぇぇ!!?」美香が驚きのあまり口を開けたまま呆ける。「ななな何で!?」
「…? あら、言ってなかったかしら?」
「だって、協力者がいるとか百合ちゃんの目的とかは聞いてたけど、草間さんがいるなんて話、聞いてない!」
『知り合いなの?』
「う、うん…」
「まぁそうよね。彼の協力が確定してなかったし、言うべきではなかったからね」百合はそう言うと表情を険しくして美香を見つめた。「美香。もしも虚無の人間が視察に来る事があったら、その時は本気で戦って」
「え…?」
『本気? そんな事をしたら、実力を曝け出す事に…―』
「―今のアナタに出し惜しみは必要ない。本気で戦えば、きっとアナタはそれを経験としてプラスにする事が出来るわ。私はその僅かな経験値でもしっかりとアナタに感じて得て欲しい」
「…解った」




――。





「いつでもかかってきて。実力を計らせてもらうわ」エヴァはそう言って美香を見た。
「…ユリカ、行くよ」
『えぇ!』
 美香がユリカの呼応に応える様にぐっと腰を下ろし、能力を使って姿を消した。ふっと砂塵が舞う。
「…早い…!」エヴァが一瞬のスピードの変化に驚き、目付きを鋭く一変させた。「攻撃が何処から来るのか、目で追う事はほぼ不可能ね…」
 エヴァの言葉と同時に大きな鎌が具現化する。真っ黒な柄に、黒く変色している刃。怨霊によって具現化された、華奢な身体に似つかわしくない鎌をエヴァは軽々と頭上で回し始めた。風を切る音が唸る様に響き渡る。鎌の間合いは半径二メートル程の円状に広がっている。
「いけない…! 美香、その間合いに入ってはダメ!」百合の判断が遅れながらも美香へと声をかけた。
「…見つけた」エヴァの鎌が真っ直ぐ空を払う。と同時に、美香の身体を柄が直撃し、美香は横へと吹き飛ばされた。
「ぐ…う…っ!」鎌の本体は当たらず致命傷とはならなかったものの、遠心力によって破壊力の増した衝撃は美香の身体に大きなダメージを与える。「…な、何で…」
『間合いよ』ユリカが声をかける。『あの巨大な武器の形状。あの間合いに何かが近付けば、風の動きが変わる。例え目で見えない相手でも、その微々たる変化を狙えば捕らえられる』
「…風…?」美香が立ち上がる。「そんなもの、普通の人には解らないんじゃ…」
「私はユー達とは違う」鎌をクルクルと回し、再び構える。「今度はこっちから行くわよ…!」
 エヴァが間合いを詰めようと強く地面を踏み出す。
「…っ!」美香が再び加速する。
 激しい衝撃音と共に美香が寸前まで立っていた地面が砕かれる。体格に似合わない鎌を軽々しく振り回し、エヴァは再び鎌をクルクルと回しながら振り返る。
「逃げているだけじゃ、戦いにならないわよ」
「それはどうかしら?」無言で戦況を見つめていた百合が腕を組みながら小さく笑った。「エヴァ、油断していると痛い目に合うわよ」
「期待外れよりはよっぽどマシよ」百合の挑発を表情も崩さずエヴァが答える。
「だったら周りをよく見る事ね」
「……」百合に促され、エヴァが周囲を見上げると小石があらゆる場所に浮いている。「小石…?」
 エヴァが危険を察知し動こうとした瞬間、周囲を浮かんでいた小石が一瞬で速度をあげてエヴァへと襲い掛かる。エヴァはクルクルと鎌を回しながら舞う様に小石を弾く。が、まだ幾つかの小石は宙を漂っている。
「…速度を操れる美香の時間差攻撃。単調な避け方をしていると…―」
 百合が静かに呟く。エヴァの背後に美香が現れ、右腕につけられたガントレットがバチバチと猛々しい音を鳴らしながらエヴァへと真っ直ぐ突き出される。寸での所でエヴァは宙へとジャンプし、その直撃を免れる。
「―捕らわれる」百合が言葉を続ける。
 宙に静かに漂っていた小石が上空へ向けて一斉に加速する。
「―チッ…!」エヴァが鎌を振ろうとした瞬間、腕の動きと鎌の動きの連動が鈍る。「…!?」
 石つぶてが空中にいたエヴァの身体を次々と襲い掛かる。エヴァは鎌を手放し、石つぶてを素手でなんとか弾いてみせた。
「はっ!」突如空中のエヴァの背後に美香が姿を現し、エヴァの背に真っ直ぐ拳を突き出した。
「…ぐっ…!」
 加速によって衝撃が強化された美香の攻撃はエヴァを吹き飛ばし、大きな衝突音と砂塵を吹き上げながらエヴァは地面へと叩き付けられた。
「…(一度目の鎌での攻撃時からユリカの能力の支配下に置かれた鎌…。そして、直線攻撃をする石つぶてと上空へと襲い掛かる石つぶて。二つの布石を敷いた上での直接攻撃…)」百合は思わず口元を緩ませる。
 美香の表情は相変わらず険しい。息を整えながら砂煙の渦巻く先を見つめている。
「…百合の報告は嘘じゃないみたいね」砂煙を切り裂く様にエヴァが鎌を振り上げ、姿を現す。
「…っ! 無傷…!?」美香が思わず口を開く。
「ふぅ…」エヴァが鎌をクルクルと上に放り上げると、鎌は宙で姿を消した。「合格ね。まさか私のデスサイズを操るなんて…。一度目の攻撃を受ける前から作戦を練っていたの?」
「…いえ。確かに一撃目を受けた時に鎌には能力を使役するチャンスを作りましたけど、作戦を練ったのはその後です」美香が表情を緩ませて答える。
『まぁ私が能力の補佐をしないと出来ない多重操作だけどね』クスクスとユリカが笑いながら口を挟む。
「…確かに、百合の報告に偽りはなかったみたいね」エヴァがそう言って扉へと向かって歩き出す。「百合、盟主様には私から報告しておく」
「えぇ、お願いね」
 百合の言葉を聞いてエヴァは振り返りもせずに扉を開けて部屋を去った。
「ふぃ〜…」美香から緊張感が抜け、その場でペタっと座り込んだ。「あの最後の攻撃、しっかり入った筈なのに無傷って…」
「お疲れ様、美香」百合が美香に向かって歩み寄る。「無傷という訳ではないわ。彼女は霊鬼兵。肉体が傷付いても修復出来るだけよ」
「霊鬼兵…?」
「とにかく、これでアナタの実力は十分証明された。もうここに長居している必要もなくなったわ」
「へ?」
「すぐに合流するわ。準備して」





――。



「こ、ここは…」
 百合に連れられて空間接続された場所は見覚えのある草間興信所だった。随分と懐かしくすら感じられる周囲の光景に、思わず美香は嬉しそうにキョロキョロと周りを見回していた。
「…うお! いつの間にお前ら…―」
「―草間さん!」美香が思わず声を上げる。「久しぶりです!」
「み、美香?」武彦は眼鏡をかけ直しながら美香を見た。
「ディテクター、予定が狂ったわ。今から翔馬と合流するわよ」百合が淡々と声をかける。が、美香が草間に向かってマシンガントークを繰り広げている為、どうやら聞こえていないらしい。
「いたっ!」美香が思わず声をあげる。百合が美香の頭にチョップを入れていた。
「話しをするのは後。とりあえずすぐに出るわよ」
「あ、あぁ…」
「…ふぁい…」






――。





「――以上が、“適合者”の現状でした。百合の報告に偽りはなかった様です」
 エヴァが膝をつきながら椅子に座る霧絵へと報告をしていた。
「そう。勘繰り過ぎたかしら…?」クスクスと笑いながら霧絵はそう言ってエヴァを見た。「自己修復機能はどう?」
「問題ありません。既に傷は問題なく修復されました」
「なら良いわ。来たるべき序章はもう目前…。ゆっくり休んでいなさい」
「…はい」
 エヴァは返事をして部屋を立ち去っていった。霧絵は相変わらず何処か楽しそうな表情を浮かべたまま、静かに笑っていた。
「百合…。アナタがどれだけ足掻こうと、世界は既に変革の兆しを見せているわ…。アナタはいずれ、必ず私の元に帰って来る…。それまで、足掻いてみると良いわ。私の大事なオモチャなのだから…」





                                  Episode.10 Fin