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<東京怪談ノベル(シングル)>


正しきもの

 大勢の人間が黒い服を身に纏い、一つの場所に向かって歩を進めている。皆暗く沈んだ表情で、誰もが手にハンカチを握り締めている。
 追悼式典会場として設けられたその場所には、多くの人間達が集まり、部屋の中には木魚とむせるような線香の香り。そして僧侶による読経が読まれている。
 会場の前面には仏花が大量に供えられ、その仏花の中央には黒い御影石に沢山の犠牲者たちの名前が刻まれた石碑が置かれている。
 この日、龍族の攻撃による犠牲者を政府が哀悼していた。
「この度の惨事、心が傷んで止みません…」
 弔辞を読む与党幹部の言葉は重みのない形だけの言葉に聞こえて仕方がない。その幹部を睨みつけているのは参列した人々だった。
 なんと中身のない言葉だろう。誰もがそう感じていた。そんな人々の間を、一人の密使がすり抜けていく。
「…出番だ」
 密使は、式典の外に出ると一人の女性に連絡を入れた。それが三島玲奈だ。
「今回の事件、上手く片付けてくれよ」
 密使が手短にそう言うと電話は切られた…。


 その頃、首相官邸では政治主導を唱えている与党環境党の執行部が、国対委員長を交えて謀議を重ねていた。
 今回の国会で提出される強権的な財政再建案。これをどうしても通さなければならない。だが、それが通らなければ解散総選挙となってしまう。
 だが今の彼らには、この国会での勝利と言う言葉を掴む事は難しかった。
「えぇ?! またですか…?」
 その謀議の中にいたのは、追悼式典で呼ばれた玲奈だった。
 玲奈は彼らの謀議を聞き、一人素っ頓狂な声を上げる。
「仕方があるまい。今回のこの議案が通らなければ、我々の政治主導はあり得ん」
「でも…」
 渋る玲奈に、執行部の人間の目がキラリと光る。
 深い溜息を一つ吐き、椅子の背もたれに深く腰をかけなおしながらもたれ掛かり、冷めた目で玲奈を見る。
「確か君は…、以前自治党の壁蝨を始末してくれたな」
 その言葉に、玲奈は息を飲み込んだ。
 確かに対立候補である一家を暗殺した事がある。あの時の一家は本当に幸せそうな雰囲気に包まれた父娘だった。
「さらに前々回の任務で育ての母を殺し、前回の任務では産みの母親も…」
 畳み掛けるようにそう切り出してくる執行部の人間に、玲奈は俄かに取り乱したように声を上げた。
「だって、あれは仕方な…」
「あの男は悪霊そのものだ。大戦争に憑かれている。そんな男に政権を譲ったとしたら結果はどうなるか解るだろう?」
「………」
 玲奈は下唇を噛み締め、言葉をなくして彼らから目を逸らした。
 解っている。核武装だの徴兵だのと唱えているヤクザ出身の極右が大衆の支持を得たとしたら、この世の中はめちゃくちゃだ。関係のない人間までもが死へと追いやられ、まさにこの国は地獄絵と化すだろう。
 多くの血が流れる前に、最小限の流血で済ませる。それもまた選択肢の一つである事に言葉がなかった。
 だが、過去に暗殺したあの父娘の姿を思い出すと、苦い気持ちが甦るのも否めない。
「………分かり…ました…」
 玲奈はギュッと拳をきつく握り締めた。


 マンションの一室。そこに玲奈とIO2の鮫島、そして暗殺部隊がいる。
 玲奈たちのいるこのマンションの一室の向かいには、大きな家が一軒建っている。その一軒家の、リビングと思しき場所に法曹界の韓流スターだと自称している甘いマスクの男が、幼い姉妹や乳児らに囲まれて幸せそうに団欒している姿が見えた。
 一見、どこにでもいる幸せそうな父娘だ。そんな彼らをマンションから見ていた鮫島が、彼らから目を逸らす事もなくぽつりと呟く。
「無害そうな一家だが…?」
「そうね。でも、あの男の企む政治は問題が大きすぎるのよ」
 そう言いながら、玲奈は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「…たとえ土下座して命乞いしようが、幼子が泣こうが…殺る時は情けなど無用よ。一瞬の迷いが禍根を残す事になるわ。そうすれば、もっと沢山の人が死ぬ事になるの」
 声を押し殺すかのように呟くその言葉を聞いた鮫島は肩をすくめ、眉毛を持ち上げておどけてみせる。
「お前、怖ぇな」
「私は親を躊躇なく殺した…戦艦だもの…」
 鮫島はふぅん、と感心したかのように鼻を鳴らし、玲奈を見た。
「よし、そうこなきゃな」
 鮫島がニッと口の端を引上げて笑い、玲奈は下唇を噛んだ。



「た、頼む! 何でもする! だから見逃してくれ!」
 玲奈たちが男の家に奇襲を仕掛け、父娘の前に立ちはだかる。娘達は泣き叫び、そして父である男は子供達を背に庇い命乞いをした。
「……無駄よ」
 玲奈は冷酷な表情のまま、泣き叫んでいる子供達の目の前で男を抹殺した。
 ものを言わなくなった男がドサリと倒れ込む。そんな男の姿を見下ろしていた玲奈の脳裏に、この抹殺を命令した男の言葉が甦る。

「一人息子の出生を拒む母親を説得するにはこう言え。外国が愛する家族を殺しに来ると」

 むちゃくちゃな忌むべき詭弁が玲奈を苛む。
 目の前で死んでしまった父親にしがみつき泣きじゃくる子供達の姿が目に焼きついて離れない。
 私のこの殺戮は正しいのか…?
 多くの血が流れる事があってはならない。だからと言ってこうして目の前にあるものを簡単に壊していいものか…。
 考えても今の玲奈には答えが出せず、ただ辛い思いだけが残るばかりだった。


 終