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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


おもちゃにする者、される者(前編)

1.部屋の中の大都市

メイドのエリスは知らない街を歩いていた。
周りを見ると、随分と高いビルが並んでいる。
周囲のビルは、少なくとも20階以上の高さがあるビルばかりで、低いビルでも50m程、高いビルだと100メートルを越える高層ビルもあるようだ。
大都市である。だが、見知らぬ街だ。
…ここはどこでしょう?
少しだけ疑問に思ったエリスは、足を止めた。
何か、少しおかしい。
違和感を感じた。
彼女の空が、ぼんやりと明るい。
太陽の光…よりも暗い。
…随分と不思議な空ですね。
ぼんやりと空を照らしているのが、太陽でない事にエリスは気づいた。
空は青くなかった。
白い空が、続いていた。
空の一角で、白い輪が輝いていた。
太陽ではない。巨大な電灯の明かりが、空を照らしているのだ。
地平線の彼方にも、空は無かった。
高層ビルの合間から、冷たい白い壁が見えていた。
…ここは、誰かのお部屋の中でしょうか?
周囲を覆う巨大な壁と、空に輝く電灯は、この大都市が室内にある事を表していた。
それにしても、空に輝く電灯の大きさはどれ程なのだろう?
数百メートル…いや、数キロメートル以上あるのかもしれない。
…これは、少し覚えがあります。
これに似た光景をエリスは知っていたが…
次の瞬間…
エリスの体が宙に浮いた。
一瞬…ほんの一回だけ、都市そのものが、縦に大きく揺れたのだ。
窓ガラスを撒き散らしながらも、かろうじて耐えるビルがあれば、耐え切れずに倒れるビルもあった。
今まで静かだった街が騒がしくなった。
アスファルトの地面に落ちたエリスは、次に周囲のざわめきを聞いた。
ガラスの破片が散乱する都市で、人々は空を見上げて悲鳴を上げていた。
空が、先ほどよりも薄暗くなっていた。
何かの巨大な影が、電灯の明かりを遮っていた。
雲ではない。空を覆う巨大な影…それは巨大な女の影だった。
…あれは…私ですか?
メイド服を着た、巨大な女の上半身が空に見えた。その姿は、いつもエリスが鏡で見慣れている、自分自身の姿…メイドの、エリス・シュナイダーだった。
「みんな私のおもちゃです」
空から見下ろす巨人のメイド…巨人のエリスは、大都市中に響き渡る轟音で、満足そうに呟いた。

2.机の上の大都市

都市を見下ろす巨人のエリスは、言葉を続けた。
「先ほどは驚かせて申し訳ございません。
 皆様を机の上に置く時に、揺らしてしまったようです」
よく訓練されたメイドの上品な物腰。
そんな自分自身の姿をエリスは見上げていた。
「皆様は、みんな私のおもちゃ。
 街ごと小さく致しまして、机に置かせて頂きました」
巨人のエリスの瞳は、ゆっくりと大都市中を見回していた。
おもちゃを見る目…何をして遊ぶか考えて楽しむ女の子の顔だった。
次に、巨人のエリスは大都市の上空から指を伸ばしてきた。
彼女の伸ばした人差し指が、小人のエリスから大分離れた所へと落ちた。
指の長さだけでも、どの高層ビルよりも長かった。
上品に立てられた巨人のメイドの人差し指は、何本もの高層ビルに同時に触れ、触れている事にも気づかないかのように、同じスピードのまま地面に突き刺さった。
高層ビルが崩れる轟音と地響きが伝わってくる。
それから、巨人のエリスは人差し指を寝かせて、ぐりぐりと周囲のビルを巻き込みながら地面を平らにした。
寝かせた指の厚みですら、数百メートルの高層ビルよりも大きい。
地面に少し積もった塵でも払うように、巨人のエリスは指を動かすだけで、高層ビルを薙ぎ払った。
「皆様の街のビルは、地面に散らばった小さな塵…ゴミのようですね。
 そこに集まる皆様は、ゴミに群がる微生物といった所でしょうか?」
地面を弄ぶ自分の指先を見つめながら、巨人のエリスの唇が感想の言葉を紡いでいる。
指の厚みだけで数百メートル以上ある巨人のエリスの全身は、少なくとも数十キロ以上の体の巨人だ。
あまりに大きな自分の姿を見上げた小人のエリスは、恐怖で動けなかった。
「そうだ、塵は吹き飛ばしてしまいましょうか?」
巨人のエリスは思いついたように言うと、口をすぼめて、指で薙ぎ払った都市の一角に息を吹きかけた。
彼女が息を吹きかけた区画の高層ビルは、小さめの物は、文字通りに塵のようにビルごと空を舞った。
ビルでさえそうなのだから、地面を歩く人々や車等は、微生物同然である。
高層ビルよりも遥かに高い所まで、電車や車の塊が巻き上げられているのが、小人のエリスから見えた。
遠くてわからないが、恐らく、無数の人々も一緒に巨人のエリスの息によって巻き上げられているのだろう。
…あれだけの巨人の息に吹かれたら、果たして人間は人間の形を留めたまま、吹き飛ばされるのでしょうか?
生きている死んでいるの問題ではない。どれだけ、原形を留める事が出来るか。
巨人のエリスが吐く息は、それ位の力を持っていた。
「そうだ、今日は、お部屋がきれいでしたので、お掃除がしたりなかったのです。
 このまま皆様を街ごと綺麗にして差し上げましょう」
それから、巨人のエリスの『お掃除遊び』が始まった。
彼女は指で大都市をなぞり、息を吹きかけては更地にしていく。
「うふふ…お掃除、お掃除です」
逃げ惑う人々。
パニックのあまり、空から迫るエリスの指から逃れようとビルから飛び降りる人影も見えた。
それらの人々や街の姿…微生物が生き延びようとする姿は、巨人のエリスを楽しませた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、ただ一人、全てを見下ろして笑う巨人のメイドの姿があった。
彼女の指と息は、またたく間に大都市を無生物の塊に変えていく。
…気のせい…でしょうか? 先ほどよりも私の姿が大きい…ような…?
大都市を指でなぞり、息を吹きかけて破壊する巨人の姿。
先ほどは指の厚みが高層ビルより厚い程度だったが、今は爪の厚みだけで高層ビルよりも厚いようだ。
街を弄ぶ大巨人のメイドは、大きくなっている。際限無く、どこまでも…
数十もの高層ビルを薙ぎ倒すまでに巨大化した巨人のエリスの指が、徐々に小人のエリスに近づいてきた。
…次にあの指が降りてきたら、私も私の指に潰される。
どんなに走っても、小人のエリスは、巨人のエリスの指の指紋程の距離も逃げられなかった。
あきらめたエリスは、今や都市全体よりも大きくなったと思えるような、自分の笑顔を見上げていた。
だが、そこで巨人のエリスは、手を止めた。
「おや、私はそこに居たのですね。
 私は私をお掃除したりはしません。少々お待ち下さい」
そう言って、巨人のメイドは片手サイズの小ぼうきを手にして、慣れた手際で大都市を掃き始めた。
小ぼうきと言っても、小人のエリスにしてみれば、一本一本が、大都市のビルよりも太い柱の集まりだ。
巨人のメイドが持った小ぼうきは、地面のアスファルトを刺し貫き、都市ごと掃き進めていく。
そんな巨大な小ぼうきで掃くには、小人や車の残骸は小さすぎるのだが、熟練したメイドの手は、上手にほうきで風を起こし、直接触れていない微生物サイズの人間や車の残骸も掃きとっていった。
ゴゥ…ゴゥ…
巨人の小ぼうきは唸る様な低い音を立てて地面を掃き、やがて、小人のエリスの周辺以外は無の大地になった。

3.床の上の都市

「さて、大体きれいになりました」
巨人のエリスの顔が、瞳だけを動かして大都市の跡地を見渡していた。
こうして地面のアスファルトまではき取られると、自分達が街ごと巨大なトレイに乗せられて居た事に、小人のエリスは気づいた。
アスファルトが剥ぎ取られた、数十メートルの下に広がっているのは、メイドが運ぶ銀色のトレイの大地だった。
「では、次は床へどうぞ」
巨人のエリスが言うと、わずかに残った大都市が宙に浮いた。
巨大なメイドの手が、大都市が乗っているトレイを支えているのが見える。
巨大なメイド…巨人のエリスが片手で持てる程度のトレイの上が、今まで自分が大都市だと思っていた場所なのだ。
…私の能力から、私は逃れる事は出来ないのですね。
この後、街を床に置いた自分のやりそうな事に、小人のエリスは心当たりがあった。
床に下ろされると、周囲の景色がよくわかった。
先ほどまで、自分達が乗せられていた机。
メイドの衣装をしまってある、クローゼット。
いつも寝ているベット。
見覚えある、いつもの自分の部屋が、数万倍もの巨大なサイズとなって広がっていた。
その景色の中に紛れるようにして、数万倍サイズとなった黒いローファーがそびえ立っていた。
見覚えがある、自分のローファー。メイドが履くローファーだ。
踵の高さだけでも、数キロ以上ある。
大都市の向こう、地平線の彼方に見えるからこそ、それがローファーの形をしているとわかる。
もう少し近くで見たら、ただの黒い壁だろう。
そんな巨大なローファーからは、黒い柱が、文字通りに天まで伸びているようだった。
黒いストッキングを履いた、メイドの足だ。
それが、微動だにせずに巨人の体を支えているのである。
小人のエリスから見えたのは、絶望的な大きさをした巨人のメイドの全身だった。
「私が大好きな、私の足…
 その中で潰されるなら、私は幸せです」
うっとりとした巨人のエリスの表情は幸せそうだった。
それから、巨人のエリスはローファーを脱いだ。
ストッキング越しに、足の指の形が見えた。
…私の自慢の足…綺麗な足…
美しい自分の足のラインに、小人のエリスも見とれて微笑む。
そして、これから、その自慢の美しい足に潰される恐怖で、涙をこぼした。
巨人のエリスは恍惚の表情のまま、小人のエリスを見つめ、黒いストッキングを履いた足をゆっくりと降ろし始めた。
小人の自分を風圧で吹き飛ばしてしまわないよう、ゆっくり…ゆっくり…
ずしん…
静かに地響きを立てて下ろされる、巨人の足。
しかし、その足は小人の自分を踏み潰してはいなかった。
「どういう事です?」
思わず、エリスは目の前に広がる黒い壁…自分の巨大な足に向かって、声に出して呟く。
「こういう事です」
微生物サイズの自分の声…小さすぎて聞こえるはずもない声に、巨人のエリスは答えた。
次の瞬間から、小人のエリスの前に広がる巨大な黒い壁…残ったわずかな街の大半を踏み潰した自分の足が、さらに大きさを増していく事に、小人のエリスは気づいた。
銀色のトレイ…小人達の大地をはしたなく踏みしめるメイドの足が、どんどん大きくなる。
小人のエリスは逃げ出した。
逃げても無駄な事はわかっている。
物の大きさを自由に変える、『エリス』の力。
逃げたら逃げた分だけ、無限に体を小さくされるのあd。
その能力に限度は無い。エリスがその気になれば、最後は分子や原子の世界の大きさにまで、小さくされてしまう。
大都市は、その中心に向かって、際限なく縮小を続けた。
中心にあるのは、エリスが踏み下ろした黒いストッキングの足。
縮小を続ける街は、エリスの足というブラックホールに吸い込まれるかのようだった。
「それでは、さようなら、私」
やがて、大都市は分子工学の世界まで縮められた。
最後に小人のエリスが見たのは、宇宙に等しい大きさまで膨張した黒い壁…ストッキングを履いた自分の足だった。
縮小された小人のエリスの姿は、巨人のエリスの足に吸い込まれるように消えていった。

4.目覚め

という夢をエリスは見た。
…何て嫌な夢でしょう。
自分におもちゃにされ、無限に縮小されて自分の足に潰される。
要点をまとめると、1行で終わるが、不愉快な夢だった。
…私はおもちゃにされるのは嫌いです。
いつもの自室で目覚めた彼女は、乱暴に地面を蹴るように歩く。
向かう先は、部屋の片隅。そこには、ミニチュアの都市が広がっていた。
よく見れば、そのミニチュアの都市は動いていた。模型ではなく、実物である。
…私はおもちゃにされるより、おもちゃにする側の人間です。
自らの力で砂粒サイズにした人々と街を見下ろしていると、エリスは少し気分が落ち着いた。
…嫌な夢を見てしまいましたので、今日は荒っぽく遊ぶとしましょう。
ミニチュアにされた街の人々は、彼らにとっては神に等しい存在…エリス・シュナイダーの気持ちも知らずに、所有物としての日々を、今も続けていた…

(後編に続く)