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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.11 ■ 過去と現在




 武彦との合流を果たした美香を連れて百合が再び能力を使役し、草間興信所を後にしていた。先日、翔馬と合流した林の中へ再び訪れていた。
「予定より一日早かったな。何かあったのか?」武彦が尋ねる。
「虚無が私達を既に睨んでいる。私の行動を全て読んでいたとは思えないけど、ここにきて盟主が無意味に探りを入れるとも思えないわ。エヴァをぶつけてきたのが良い証拠よ」百合が苦々しげにそう言うと、周囲を確認した。
「エヴァ…? まさか、あの最新型の霊鬼兵か?」
「草間さん、知ってるんですか?」美香が尋ねる。
「そりゃそうだ…。IO2のエージェントでさえ一蹴する様な奴だからな。虚無の境界の中でも幹部クラスの実力者だ。…戦ったのか?」
「美香が戦ったわ。とは言っても、実力を見る為の試験的な手合わせ。油断していたとは言え、美香はエヴァとも渡り合える所まで実力をつけている」
「…えへへ」思わず美香が笑って気恥ずかしそうに頬を掻いた。
『アンタがそこで喜んでどうすんのよ。本気じゃなかったのよ、彼女』
「…解ってるよぅ…」ユリカの冷たい反応に美香が膨れっ面で反応する。
「…誰と喋ってんだ?」
「ユリカって言うんです。私に能力を貸してくれている、私の中にいる人?」
『人じゃないわ。魔性の魂』
「…私の中のもう一人の私?」ユリカの言葉を無視した様に美香は言い直した。
「何だ、その映画のタイトルみたいな表現は…」呆れた武彦が呟いた。
「でも良い名前でしょ? ユリカ。最初は“めけんこ”って名前も…―」
『―未だその名前言うの?』呆れた様にツッコミを入れるユリカに、再び美香が膨れっ面で対抗する。
「さて、じゃれ合いもそろそろ落ち着いてもらって良いかしら?」百合が口を開いた。「…翔馬、今何処にいるのよ?」携帯電話を手にした百合が尋ねる。
『おー、百合っぺ。東京にある分家の空き家を使える様に手配したんだ。住所言うから来てくれよ』
「…随分用意が良いのね」
『だっろー? これで百合っぺの中での俺の株も急上昇って訳だ』
「その呼び方をし続ける限り、アナタの株は急降下の一途を続けるわよ」
『ハハハ、気にすんなよ。とりあえず住所は…――』
「…解ったわ」電話を切ってすぐに百合が空間を開く。「二人とも、拠点に使えそうな所を翔馬が用意してくれたわ。すぐに行くわよ」
「あぁ、解った」
「うん」


「早っ!」
 電話を切って寝転んだ瞬間、翔馬の目の前に三人が姿を現した。思わず翔馬が叫んだのも無理はない。
「へぇ、さすがは由緒ある家柄…」武彦は思わず辺りを見渡しながら呟いた。
 三人が翔馬と合流したのは、村雲家の分家にあたる家。由緒ある家柄である村雲家には、代々の対妖魔の武術を習得すべく、それぞれの家庭に道場が用意されていた。
「っと、見ない顔がいるな」翔馬は座り直して美香の顔を見つめた。「へぇ、こりゃべっぴんだねぇ。って言っても、戦闘には不向きそうな身体と顔つきだな…」
「翔馬、セクハラよ」
「ちょ、素直な感想だっつの!」百合の静かなツッコミに思わず翔馬が慌てふためく。「ま、何はともあれ百合っぺが連れて来たって事は、仲間だろ? 俺は村雲 翔馬。アンタは?」
「私は深沢美香です。宜しくお願いします」美香が深々と頭を下げる。
『拙者とは違う、異形の気配…』スサノオが翔馬の背後に姿を現す。思わず美香の表情が強張った。
「あぁ、こいつは俺の神霊、スサノオだ」
「神…霊?」美香が尋ね返す。
『…どうやら、私とも違う種類の魂ね』ユリカが静かに口を開く。
『いかにも。拙者は村雲家によって造り上げられた神霊』
「ユリカの声が聴こえるんですか!?」思わず美香が声をあげた。
「…? 何の話しだ?」翔馬が百合を見つめて尋ねる。
「良いわ。幸い、事が起こるのは明日。時間がある内に、それぞれの能力や行動の情報を整理しておくわよ」



「―という訳で、私の中にはユリカっていう頼りになる相棒がいるんです」
 四人が円になって座り、道場の真ん中で話し込む。が、美香の説明があまりに主観に偏った説明だった為か、武彦も翔馬も今ひとつ事情を理解していない様だ。
「…百合、悪いけど説明してくれ」武彦がそう口を開くと翔馬もまたうんうんと頷いた。
「えーっ、せっかく説明したのに何で百合ちゃんに聞くんですかー」ブーブーと文句を言う美香を他所に、百合が溜息を吐いて口を開いた。
「…虚無の境界は、非超常能力者である一般人でも、ある一定の条件をクリア出来る精神力を持った人間に、ユリカの様な魂を融合させる事が出来るのよ」
「成程な。それで何の能力もない美香が能力に目覚めた訳だ…」武彦が納得した様に呟く。「それで、一定の条件をクリア出来る精神力ってのの基準は何だ?」
「異能なる者に対する理解と抵抗の低さ。つまり、ユリカを受け入れるだけの器量と、その現実に対する想いを持っていれば良い。勿論、失敗例もあるわ。本人の意識が完全に乗っ取られ、その場で処分された人間もいた」
「…そんな事…あったなんて…」美香は初めて実感していた。当たり前の様にユリカと融合した自分の魂が、どれだけのリスクを背負っていたのか。
「なぁ、ちょっと待ってくれよ」翔馬が口を開く。「それにしても、そのユリカだかって名前の魂の声は、美香にしか聴こえないんだろ?」
「そうです。スサノオさんには聴こえているみたいですけど…」美香が再び翔馬の背後にいる鎧武者を見つめる。
『翔馬、具現化とは得難い能力でござるか?』スサノオが口を開く。
「具現化…?」三人の視線が一斉に翔馬へと注がれる。
「要するに、スサノオみたいに声や姿を認識出来る様にする状態だが、村雲家はそもそも具現化は鍛錬の最低項目だからな…」翔馬が顎に手を当てて考え込む。「まぁ出来ないって事もないだろうけどな…」
「本当ですか!?」美香が思わず声をあげる。
「美香、アナタに以前話した系統の話しは憶えているわね?」百合がなだめる様に美香へと話しかけた。
「うん、私の能力は“補助”って話しでしょう?」
「えぇ。じゃあ翔馬の能力はどうだと思う?」
「具現化は前衛だった筈だから、前衛?」
「いいえ、彼の能力もまた補助系統よ。系統としては前衛能力に当たるけどね」
「どういう事?」
「補助系統だからといって前衛系統の能力を完全に得られない訳ではないわ。勿論、能力差は圧倒的に生まれてしまうけどね」百合が説明を続けた。「つまり、スサノオの具現化は補助系統の能力者である翔馬が意図して得た物。つまり、アナタもユリカを具現化する事が出来ない訳ではないわ。機会があれば教えてもらっておきなさい」
「はい! 宜しくお願いします、翔馬さん」
「おう、任せとけ」翔馬がそう言って自分の胸を叩いて応える。「で、草間さん。アンタの能力は?」
「草間さんにも能力が…?」
「生憎、俺にはそんな特殊スキルはねぇよ」武彦がそう言って胸につけたホルダーから歪な銃を取り出した。「こいつが俺の武器だ。ま、もう握るつもりもなかったが、な」
『呪物ね…』ユリカが口を開いた。
『うむ。醜悪な殺意を感じるでござる…』
「…呪物…」美香が呟く。
 美香は初めて武彦の知らなかった一面を垣間見た気がしていた。




――。





 翌日の為に百合が練った作戦を聞き、食事と風呂を済ませた四人は部屋を割り当てられていた。武彦と翔馬、百合と美香が同室で過ごす形となった。
 気が付けば夜が訪れ、激しい戦いを前に、寝静まった村雲邸内を美香は隣りで眠っている百合を起こさない様にそっと庭が眼前に広がる廊下へ出た。
『…眠れないの?』ユリカが口を開く。
「…正直、緊張してる、かな…」苦笑いを浮かべて美香が答える。「ユリカはどう? 緊張したりする?」
『私は緊張しないけど、あそこにもアンタみたいに眠れない人がいるみたいよ』
「え…?」ユリカに促され、美香が庭先へと目を向けた。
 大きく満開の桜の樹が揺れ、花びらが散る中に武彦が立っていた。そよぐ風と枝のこすれる音だけが耳に響く。
「…草間さん」
「何だ、起きてたのか?」
 庭へと出て行った美香が武彦に声をかけると、武彦は手に握っていた鈍い光沢を放つ銃を胸元へとしまって振り返った。
「はい…。何だか落ち着かなくて…」
「まぁそうだろうな…」
「…私、草間さんの事、全然知らなかったんですね」美香が軽く微笑みながら言葉を続けた。「ディテクター、って呼ばれたり、そういう武器を扱えたり…」
「…隠すつもりがなかったと言えば嘘になるかもな」
「え?」
「この武器とその呼び名は、俺にとっては過去の遺物だ。そういう柵を全て棄てて、草間興信所の草間 武彦として生きてきた。お前と初めて会ったのはそれから間もない頃だな」懐かしそうに武彦が呟く。
「…そうだったんですか…」
 美香は感じていた。武彦がその生き方を変えるには、きっと大きな何かきっかけがあったのだろう、と。かつての美香が、その生き方を全て一変させたあの日の様に。
「そういうお前も、百合と行動してから随分変わったみたいだな」
「え…? そうですか?」
「あぁ。何て言うか、前よりもずっと自信を持った顔つきになった、って感じだな」
「…ちょっとだけ、前とは違うかもしれません」美香は桜を見つめて胸に手を当てた。「今はユリカがいて、自分の足で進む事が出来る。ずっと憧れながら、ずっと出来なかった事ですから…」
「…そうか」武彦がフっと小さく笑った。「さて、明日は朝早いからな。俺は先に寝るぞ」
「はい。おやすみなさい」
 美香の言葉に、武彦はひらひらと手を振って答えた。美香はそんな武彦の後ろ姿を見送り、再び桜の樹を見つめた。
「ねぇ、ユリカ」
『何?』
「ユリカと出逢えて良かった。私、本当にそう思う」
『明日で死ぬ様なセリフね』
「え!? 何で!?」
『…フフ。さぁ、もうアンタも寝なさい。ただでさえ足手まといなんだから、少しでもベストな調子にしなきゃダメよ』
「はーい…」






 ――美香にとっての最初の戦いが始まろうとしていた。



 ――長い長い夜が、明けようとしていた…。



                                    Episode.11 Fin