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<東京怪談ノベル(シングル)>


おもちゃにする者、される者(後編)

5.消えた大都市

悪夢で早く目が覚めた朝。
まだ、仕事にも早い時間だ。
メイドのエリス・シュナイダーは、テレビのニュースを眺めていた。
どのチャンネルに回しても、同じようなニュースをやっている。
『最近頻発する、大都市消失事件が、昨夜、また発生!
 数十万人が住む都市が消えた!
 宇宙人の仕業か?!』
どこのチャンネルも、そのような臨時ニュースで大騒ぎである。
とある大都市地域が消えたそうだ。
最近流行っている事件で、文字通りに街が消えてしまい、街があった場所には何も残っていないという。大規模な行方不明事件だ。
すでに何百万人かの人が、街と共に消え、世間では騒ぎとなっていた。
「宇宙人の仕業などという大げさなものでは御座いません。
 単なる、メイドの悪戯です」
エリスは微笑む。
…何で、皆さん、そんなに騒いでいるのでしょう?
エリスは不思議だった。
地球上には何十億もの人間が住んでいて、常に新しい命が生まれては消えているのだ。
…たかが数百万人位、メイドのおもちゃとして消えても良いではないですか?
エリスの視線が、テレビのニュースからテーブルの上へと向けられた。
彼女のテーブルの上に乗せられているのは、街のミニチュア…丁度、ニュースで話題になったのと同じ町並みだ。
ミニチュアの街を見下ろすエリスの目は冷ややかだった。
よく見れば、街のミニチュアの上では、無数の砂粒のような影が動いている。
虫…よりも小さな点。それが人間だった。
行方不明になった街は、街ごと縮小されてテーブルに乗っていた。
数千分の一サイズとなった人々と街は、それでも生きていた。
昨夜、気まぐれに小さくした街だ。
エリスが小さくなるように望んだから、街は小さくされたのである。
エリスが手に乗るように望んだから、街は彼女の手に現れ、運ばれたのである。
「きっと、貴方たちのせいで、あんな夢を見てしまったのですね」
不愉快な夢…
エリスは悪夢を思い出す。
物や人を小さくして、おもちゃとして弄ぶのが、いつものエリスだ。
だが、昨日の夢では、エリス自身が小さくされ、自分自身の玩具にされた。
不愉快で、現実には有り得るはずが無い夢だった。
段々と腹が立ってきた。
エリスは椅子から立ち上がり、仁王立ちのようにして縮小した街を見下ろした。
優雅に見下ろす巨大なメイドの上半身が、テーブルの上の街からは大巨人のように見えている事だろう。
「皆様は、私のおもちゃ…
 皆様からすれば、私は全能の神のようなものです」
淡々とエリスの唇が動く。
その言葉と、目は冷たかった。
「神を不愉快にさせるようなおもちゃは、壊してしまいましょう」
おもちゃの持ち主は、おもちゃ…一つの大都市に死刑を宣告した。

6.数センチの大都市

数千分の一サイズに縮められ、テーブルに乗せられた都市。
だが、エリスはそれを大きすぎると思った。
「もっと小さくなってしまいなさい。見えない位に」
彼女の求めに応じて、テーブルの上の都市はさらなる縮小を始めた。
立ち並ぶビルや、大きな砂粒程度の車や電車。
かろうじて、生きて動いているのが見える、砂粒のような無数の人々。
それらは徐々に小さくなり、テーブルの上に載っていた大都市は、やがてエリスが手に取れる程の大きさとなった。
十数センチ程の大きさの、少し表面がでこぼことした塊。
もう、人の姿どころか、高層ビルでさえ、形を認識する事が出来ない大都市が、そこに広がっていた。
だが、エリスの気は治まらない。
「まだです。もっと小さくしてあげましょう」
手のひらサイズの大都市が、さらに縮小を始める。
エリスの望むままの大きさに、少しづつ縮小していく。
町全体が、ほんの数センチ程の大きさの点になった所で、エリスは街を小さくするのをやめた。
「これが、皆様の持ち主である、私を怒らせた結果です」
数センチ程の大きさとなった大都市に向かって、エリスはささやいた。
残念な事に、エリスの能力は相手を小さくする所まで。
小さくした街を見つめるエリスの瞳は、あくまで普通の人間の瞳に過ぎないのだ。
「本当は、私も、こんなに皆様を小さくするのは好きではありません」
少しエリスは悲しかった。
相手を小さくし過ぎると、見る事も感じる事も出来ないのだ。
恐らく、今、大都市は、街全体よりも大きな巨人のメイドの瞳に見下ろされ、パニックであろう。
エリスがささやいた声の音量だけで、小人達の鼓膜は破れてしまったに違いない。
数万分の一、数十万分の一に縮められた小人達にとってのエリスは、それだけの力を持った巨人。身長数百キロに及ぶ、巨大メイドである。
それこそ、日本列島がそのまま歩いているかのような巨人だ。
だが、それが故に、今のエリスは万能では無かった。
せっかく、圧倒的な大きさの巨人となって街ごと小人を弄んでも、その様子を認識する事が出来ないのだ。
だが…
「それでは、さようなら。見る事も感じる事も出来ない皆様」
それはそれで、エリスを満足させた。
人は水を飲む時、その中に居るであろう、無数の微生物以下の存在…名前も無く無害な雑菌を意識しない。
もはや次元が違うからだ。
認識する事すら出来ない大きさの差、力の差…
ある種、究極の遊戯であるとエリスは考えていた。
テーブルの上の街は、指先程の大きさ。潰そうと思えば、ただ触れるだけで良い。
体のどの部分で触れても、潰す事が出来るだろう。
そっと…
エリスは、細く尖り気味の自らのあごを、テーブルの上の街へと乗せた。
ちょこんと、テーブルの前に屈んで、テーブルにあごを乗せるような媚びた姿勢である。
場を選んで、こういう仕草をすると、雇い主のご主人様も喜んでくれる。
あごの下に何かが触れる微かな感触が、頭蓋骨を通して頭の天辺まで突き抜けた。
取るに足らない、感触…
…ああ…今、数十万人の皆さんが、私も知らないうちに、街ごと私の下で潰れたのですね…
その感触は、エリスを満足させた。
エリスは悪夢で不愉快だった気持ちを忘れる事が出来た。
これで、今日も一日、気持ちよく仕事が出来る。

7.新たな玩具

その夜。
クライバー邸で、メイドの仕事を完了させたエリスは自室へと戻る。
朝、つまらない悪夢で目覚めたが、奮発して、街を一つ潰して気分転換が出来たので、今日は良い一日だった。
いつもよりもテキパキと仕事をしていたら、夕飯の後片付けまであっという間に終わってしまった。
…人生に大事なのは、適切な気分転換ですね。
自室で満足気に、テーブルを覗き込むエリスの視線の先には、ミニチュアの街があった。
テレビのニュースでは、また一つ、街が消えた事が騒ぎになっていた。
…昨日の夢さえ無ければ、この街は当分は私のおもちゃにならなかったのに、運が無かったようですね。
新しいおもちゃ、新たに縮小した街が、テーブルの上に乗せられていた。
さすがに、エリスも悪魔では無いので、普段は、一日に二つも三つも街を縮小したりはしない。
今日は、新しい街をアクシデントの為に潰してしまったから特別だ。
エリスはテーブルの上から、縮小した街の全景を見渡した。
わけもわからず縮小された、砂粒のような人々が、ミニチュアの街の中で右往左往しているのが見えた。
見慣れた光景…いつものおもちゃの光景だ。
こんな時、エリスは、まず宣言する事にしている。
「みんな、わたしのおもちゃです」
一言、そう言い放つだけで、全てを説明できる。
みんな、おもちゃ。
エリスが小さくしたおもちゃ。無力なおもちゃにとって、持ち主のエリスは女神。
それだけの事だ。
それから、エリスは、もう少し街を縮小して片手で運べるようにすると、トレイに乗せ、ミニチュアの街を部屋の片隅へと運んだ。
彼女の部屋の片隅に並ぶのは、以前に縮小して置いてある街。
新しい街と、以前からあった街をエリスは繋げる。
全く見知らぬ街と街が、エリスの部屋の中で出会った。
上手に街を組み合わせてやると、エリスの部屋の中とはいえ、街は存続していくものである。
そうした街の組み合わせを考えるのも、エリスの好きな遊びだった。
…昨日も、ちゃんとこうしていれば良かったのですね。
昨日は、疲れていたので、新しい街をテーブルの上に置いたままで寝てしまった。だから、あんな悪夢を見たのだ。
エリスは同じ失敗を繰り返さない。
こうして、また少し大きくなった、エリスのペット達の街。
無数の無力な小人の街を、エリスは満足気に見下ろした。
今、数十万人の縮小された人間が、恐怖に震えた目で彼らの飼い主であり持ち主…エリスを見上げているのだろう。
エリスは、彼らに向かって、やさしく声を掛けた。
「みんな、仲良く暮らすのですよ」
私がおもちゃにする日までね。
と、心の中で付け加えながら…

(完)

御無沙汰してます、MTSです。
僕もこんなメイドさんに働いてもらいたいです…