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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− Fantom Crow 前編 −

1.
 カァ!カァ!
 泣き叫ぶ黒い群れが東京の空を覆う。不気味なまでの黒い空は、全てカラスだ。
「気味悪いな」
 ゴミを出しに外に出た喫茶店のマスターは、そう言って空を見上げた。
 青い空がところどころ見え隠れしている。まるで雨雲のように広がるカラスの群れ。
 日の光さえ遮って、カラスは空を占領していた。
「まったく…害鳥駆除の連中はなにやってんだか…」
 マスターはゴミを置くとグッと腰を伸ばして、首を左右にストレッチさせた。
 長時間の立ち姿勢は年のせいか、だいぶ辛くなってきた。
 マスターは再び腰を伸ばして空を見上げる。
 しかし、そこに見えたのは空ではなく迫り来る黒い塊。
「く、来るな!!」
 容赦のない黒い群れはマスターを飲み込み、赤い血溜りを作り出した…。

「最近こういった被害が急増してる…というのが依頼主の言い分だ」
 草間武彦(くさま・たけひこ)はそう言うとふぅっと一息入れた。
 草間興信所の応接室で3人の人影が向かい合っていた。
「…で、姉さんに話がきたってことか」
「その通り」
 日高鶫(ひだか・つぐみ)の言葉に草間は深く頷いた。そして日高晴嵐(ひだか・せいらん)に向き直った。
 晴嵐は真摯な瞳で草間を見つめた。
「最初はここまでの被害ではなかったそうだ。ゴミを漁ったり、騒がしかったり…それが段々とエスカレートしてきて人を襲うようになったらしい。今のところ死者はいないが、この先でないとは言えない。早急な解決を…というのが依頼だ」
「それで姉さんを危険に晒すわけ? そういうのはいただけないな」
 鶫が厳しい顔で草間に言うと、草間は少し悩んだ後口を開いた。
「確かに、晴嵐に危険が及ばないとは言い切れない。断ってもらってもいい」
 鶫は晴嵐を見た。晴嵐は俯いていた。
 私がここで断ったら…草間さんは別の方法で依頼を解決するのかもしれない。
 だけど、私に出来ることがあるのに私に危険が及ぶかもしれないというだけで断ってしまって私は後悔しないだろうか?
 晴嵐は考え、そして顔を上げた。
「私で出来ることなら、お手伝いします」
「…そうか。ありがとう」
 草間がホッとしたようにお礼を言った。
 晴嵐の言葉に鶫は小さくため息をついたが、口元を緩めた。
「姉さんならそう言うと思ってた。なら私も行く。姉さんに怪我ひとつだってさせられない」
「つぐちゃん。ありがとう」
 姉妹のほほえましい光景に草間は少しだけ微笑んで、次の瞬間には真面目な顔になった。
「まずは現場を回ってみるか。ここからそう遠くない」
 そう言うと3人は立ち上がった。


2.
 被害にあった人、場所、時間…。
 現場を巡りながら事件を整理していく。
 よく、わからない。何の繋がりもないような気がする。
 草間が近所の人に話を聞きながら、更なる情報を集める。
 鶫と晴嵐も聞き込みをするが、人々は口をそろえて言うのだ。
「大量のカラスが突然雨のように人を襲った」
 空を見れば雲のように広がる黒いカラスの群れが見える。
 晴嵐と鶫は空を見上げた。せめて1匹でも降りてきてくれたなら…。
 だが、その気配はまるでない。
「最後の現場行ってみるか?」
 草間がそう言ったので、空を見上げていた2人は草間に向き直るとコクリと頷いた。

 ごく最近襲われたという喫茶店のマスターがいるというお店の前で、顔見知りの少年を見つけた。
 …しかも、なんだかすごい状態で。
「え、あれって勇太くん…よね?」
「あらら。こんなとこでお熱いなー…って勇太じゃん!」
「………」
 なぜか可愛い子に路上で押し倒されていた工藤勇太(くどう・ゆうた)は、ハッとして顔を上げた。
「鶫せっ…晴嵐せっ…草間さっ!?」
「ちょ、何やってんの!?」
 鶫が呆れたようにそう言うと勇太はあわあわと顔を真っ赤にして慌てふためいた。
 人間というのは不思議なもので、焦ると何をしていいのかわからくなったりするものだ。
「いや、俺別にっ! もふってただけで! 可愛いなって…」
 火を見るより明らかな動揺っぷりがそれだけで晴嵐の心をくすぐる。
 あっちの子も男の子…よね? 草間さんといい、勇太くんってやっぱり男性のほうが…?
 確かにこじんまりしていてどことなく幼く可愛いが、間違いなく男の子だと思った。
「勇太くん…いいの? 草間さんが見てるよ?」
「えっ!? 何でそこで草間さん!?」
 勇太が驚くと、草間は「問題ない。勇太も大人になったんだな…」と空を見た。
「あんた、草間さんというものがありながら…ま、こうなったら男としてちゃんと責任取らないとね?」
 鶫がニヤリと笑う。
「いや、何それ!? 何の責任!? …あ、ご、ごめんね! 怪我とかない?」
 勇太が小さな青い瞳の少年を気遣った。
「ないです! こちらこそ、僕のせいで…怪我はないですか?」
 勇太と少年が立ち上がると、少年はぺこぺこと何故か晴嵐たちに向かって頭を下げた。
「僕、小瑠璃(こるり)っていいます。彼のせいじゃないんです! 僕が鳥だったのに、急に人間になったから…あ、僕、人間じゃなくて…その、貧乏神だから…」
 消え入りそうな声で小瑠璃は俯いた。言って後悔しているのかもしれなかった。
 晴嵐は手を差し出した。俯いていた小瑠璃に見えるように。
「私は日高晴嵐よ。初めまして」
 にっこりと笑った晴嵐に、小瑠璃は恐る恐る手を握り返した。
 小さくて温かな手だった。
「私は日高鶫。姉さん…晴嵐とは姉妹なんだ。よろしく」
「俺、工藤勇太。ホントに大丈夫だった?」
「あー…俺は草間武彦、探偵だ」
 次々と差し出される手に、小瑠璃はなんだか不思議そうに握り返していた。

「僕を…嫌がらないんですか? 貧乏神なのに…」


3.
 小瑠璃の言葉に、晴嵐は優しく笑う。
 あぁ、やっぱりこの子は怖がっていたんだ。
「きっと何かしらの神様としての役割や存在意義があるからこそ、神を冠してるんだと思うの」
 晴嵐とは逆に、鶫はあっけらかんと言う。
「んーこう言っちゃ失礼かもしれないけど、私そういうのあんま信じないんだ。不幸だの何だのって結局は心の持ちようだしさ。だから別に気にしないな。草間さんもそうでしょ? どうせあれ以上興信所が貧乏になるなんてありえないし」
「何でそこで俺を引き合いに出すかな? 鶫ちゃんよ」
 鶫にそう言われて、苦笑いする草間。
「俺、嫌わないよ! だって…あ、いや…その…小鳥姿がとっても可愛いし…」
 途中言葉を濁した勇太に、晴嵐はあらあら?と思った。
 これはもしかして…勇太君、誤解している?
「勇太…今『こんな可愛い貧乏神だったら許す!』とか思わなかった?」
「え!? 鶫先輩、超能力…!?」
「勇太君は顔に出やすいのよ」
 うふふっと笑った晴嵐は「で? 心変わりしちゃったの?」と微笑んで言う。
「こ、心変わりって…誰から誰に!? いやいやいやいや、出会って間もなくとかありえないでしょ!?」
 赤くなって否定する勇太。鶫はニヤニヤと笑う。
「僕…僕、皆さんと出会えて嬉しいです…!」
 ぽろぽろと泣き出してしまった小瑠璃に、晴嵐は頬を優しくハンカチで拭いた。
「そろそろ本題入るぞ。晴嵐、鶫」
 そこに割って入ったのが、草間だった。
「え? あ、そうでした」
「ごめん、ごめん」
 鶫と晴嵐はハッと我に返った。
「何かの調査だったの?」
 襟元を正して、勇太が草間に問うと草間は簡単に依頼の概要を話した。
「…カラスの襲撃事件か。そういや最近やたらとカラスが騒いでるな」
 勇太は空を見上げた。上空高く黒い塊がうごめいている。
 つられて、小瑠璃も空を見上げた。目に映るのは黒い鳥。
「あの! 僕、それ知ってます。僕がさっきまで追ってた魔物がカラスを操ってて…あの、上司に討伐しろって言われてるんです」
 語尾を小さくした小瑠璃に、草間の顔色が変わった。
「それ、詳しく教えてもらっていいか?」
「は、はい! あの、僕たちの仕事は人間に害をなす者を排除することなんです。僕の今回の仕事は鳥を操って人間を襲う魔物…だけど、僕の力が足りなくて、逃げられてしまいました。僕は力が弱くなってしまったので、休んでいるところに勇太さんが…」
「なるほど。すべては神の巡りあわせ…ってことか」
 少し考えて、鶫が小瑠璃に言った。

「私たちに協力してくれないか?」


4.
 パチパチとつぶらな瞳を数回瞬かせると、小瑠璃はえぇっ!?と驚いた。
「ぼぼぼぼ、僕が!? み、皆さんに協力? だって貧乏神なんですよ?」
 慌てる小瑠璃に晴嵐は微笑んだ。
「貧乏神かどうかなんて関係ないわ。あなたは現にこうして人々のために危険を賭してくれているわけだし。だから、そんなに自分を卑下する必要はない必要はないと思うな」
 目的が同じなのだから、協力したほうが小瑠璃のためにもなると思った。
「さっきも言ったけど、私は気にしない」
 鶫と晴嵐にそう言われて、小瑠璃は困ったように顔を赤くした。
「待ってよ! 小瑠璃ちゃんにそんな危ないこと…!」
 小瑠璃をさっと庇った勇太だったが、そんな勇太に晴嵐は一言だけ言った。

『なら、勇太(君)も来ればいい(のよ)』

 …あれ? つぐちゃんとハモってしまった。
 思わぬ言葉に勇太の心が揺れ動くのが、手に取るようにわかる。ここはもう一押しだ。
「皆で負担を分け合えば、きっと危険度も低くなるはずよ」
「そうだよな。危ないと思うなら近くで守ってやればいい。勇太にはその力もあるんだし」
 にこにこと鶫と晴嵐は流水の如く勇太を流していく。
 その激流に勇太はクラクラと頭を抱え込む。
「あのっ、僕のことは気にしないでください! 僕、皆さんのお役に立てるなら、それでいいんです」
 必死にそう訴えた小瑠璃の瞳に、勇太はついに決意したようだった。
「俺も行く! べ、別に小瑠璃ちゃんだけのためじゃないからな! 男手が草間さんだけじゃ頼りないからだからな!」
「…俺がなんだって!?」
 何も言い訳しなくてもいいのに…。
 草間がぐりぐりと勇太を小突き回している姿を見ながら、晴嵐はふふっと笑った。
「あの調子で大丈夫かな?」
 鶫がそっと耳打ちしてきたので、晴嵐もこそっと耳元で囁いた。
「大丈夫よ。勇太君、正義感強いもの」
「いや、そっちじゃなくて…小瑠璃って…お」
 そこまで言った鶫の唇を「しっ」と人差し指で押さえる。
 晴嵐はにっこりと笑った。
「まずは依頼のほうが先♪」

 その上空で、黒い塊に混じって怪しげな影が晴嵐たちを見つめていた…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5560 / 日高・晴嵐 (ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫 (ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生

 8501 / 小瑠璃・− (こるり・ー) / 男性 / 14歳 / 貧乏神

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
■□         ライター通信          □■
 日高晴嵐 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼ありがとうございました。
 晴嵐様の優しさとか…どことなく鋭かったりするとことか素敵です。
 鶫様とのナイス連係プレーを書かせていただけて楽しかったです!
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。