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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− Fantom Crow 前編 −

1.
 カァ!カァ!
 泣き叫ぶ黒い群れが東京の空を覆う。不気味なまでの黒い空は、全てカラスだ。
「気味悪いな」
 ゴミを出しに外に出た喫茶店のマスターは、そう言って空を見上げた。
 青い空がところどころ見え隠れしている。まるで雨雲のように広がるカラスの群れ。
 日の光さえ遮って、カラスは空を占領していた。
「まったく…害鳥駆除の連中はなにやってんだか…」
 マスターはゴミを置くとグッと腰を伸ばして、首を左右にストレッチさせた。
 長時間の立ち姿勢は年のせいか、だいぶ辛くなってきた。
 マスターは再び腰を伸ばして空を見上げる。
 しかし、そこに見えたのは空ではなく迫り来る黒い塊。
「く、来るな!!」
 容赦のない黒い群れはマスターを飲み込み、赤い血溜りを作り出した…。

『小瑠璃(こるり)よ。人間界に不穏な動きをする者がある』
 しわくちゃすぎて、どこからが服でどこからが皺なのかわからない小瑠璃の神界直属上司はそう言った。
 小瑠璃は今、空を覆う黒いカラスたちの群れを追っていた。
 上司から下された任務は『討伐』。
 だが、はっきりした情報は上司から渡されなかった。
 鳥を操り人々を害する者…それだけが唯一の手がかりだった。
 人間界に降りて、真っ先に目に付いたのが空の異常なまでの黒さだった。
 一目でそれが上司の言っていた『者』なのだと理解した。
 酷い。罪のない鳥を操るなんて…人間たちを傷つけるなんて…!
 カラスの群れは小瑠璃を避けるように飛び回る。まるで、群れそのものがひとつの命であるかのように。
 きっとあの中にいるのだ。
 小瑠璃はそう確信し、攻撃を仕掛ける。
 できればカラスは傷つけたくない。でもどうやって…?
 答えは簡単に出た。小瑠璃は邪悪を振り払う神聖なる光をカラスの群れに放った。
 これならカラスに怪我を負わせることはない。
 そう思った矢先、カラスの群れは小瑠璃めがけて突っ込んできた。
 カラスのくちばしや鋭い爪が小瑠璃を容赦なく襲いかかる。
「やめて…やめてください!」
 小瑠璃の訴えはカラスには届かず、小瑠璃は意識が薄れた。
 また、力が暴走したようだ。
 ハラハラと飛び散る黒い羽と共に、小瑠璃は涙のように落ちていく。
 カラスたちの飛び去る姿が見える。
 僕なんかじゃ、やっぱり無理だったんだ…。
 このまま僕が落ちたら、皆に迷惑がかかってしまう。
 小瑠璃は小さな鳥になって落ちていった。


2.
 地面すれすれで意識が戻り、激突だけは免れたが疲労困憊だ。
 どこかで休まないと…小瑠璃はふわふわと小さな喫茶店のポストに舞い降りた。
 ウトウトとしていると目が重くなって…すぐに眠たくなってきた。
 そうして…少しだけ眠りに身を任せているうちに、なんだかくすぐったくなってきた。
 もふもふもふもふもふもふ
 思わず笑い声が出そうになって、そういえば自分が今鳥の姿をしていたことを思い出す。
 でも、もふもふっていったい??
 そーっと目を開ける。
 くりくりとした大きな瞳がこちらを見ている。人間だ。人間の男の子だ。
 小瑠璃を手のひらに載せて彼はもふもふと小瑠璃を撫でている。
「あ、目開いた。可愛いなぁ…」
 人間をこんなに間近でみたのは初めてかもしれない。
 なんかいい人そうだし、可愛いって言ってくれたし…。
 小瑠璃は彼に身をゆだねる事にした。もうちょっとこうしていたいと思った。
 だけど…なんか顔が近い…こそばゆい…ど、どうしよう!?
 段々と我慢が出来なくなってきて、小瑠璃はとっても焦った。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう!
 小瑠璃はパニックのあまり、そのまま人間の姿になってしまった!
「…え? …え? ええぇぇぇ!?」
 そんな彼の驚きの声が、小瑠璃にもはっきりと聞き取れた。
 2人はばったりと路上に倒れこんだ。

「え、あれって勇太くん…よね?」
「あらら。こんなとこでお熱いなー…って勇太じゃん!」
「………」
 小瑠璃が路上で押し倒してしまった少年はその声にハッと顔を上げた。
「鶫せっ…晴嵐せっ…草間さっ!?」
「ちょ、何やってんの!?」
 髪を結った少女が呆れたようにそう言うと少年はあわあわと顔を真っ赤にして慌てふためいた。
 人間というのは不思議なもので、焦ると何をしていいのかわからくなったりするものだ。
「いや、俺別にっ! もふってただけで! 可愛いなって…」
 火を見るより明らかな動揺っぷり。
 こ、これってやっぱり僕が悪いんだよね? どうしよう!?
「勇太くん…いいの? 草間さんが見てるよ?」
 緩やかなウェーブヘアーの少女が心配そうにそう言う。
「えっ!? 何でそこで草間さん!?」
 少年が驚くと、サングラスの男は「問題ない。勇太も大人になったんだな…」と空を見た。
「あんた、草間さんというものがありながら…ま、こうなったら男としてちゃんと責任取らないとね?」
 髪を結った少女がニヤリと笑う。
「いや、何それ!? 何の責任!? …あ、ご、ごめんね! 怪我とかない?」
 少年は小瑠璃に謝った。
 僕のほうこそ、謝らないと!
 小瑠璃は勇気を振り絞った。
「ないです! こちらこそ、僕のせいで…怪我はないですか?」
 少年と小瑠璃が立ち上がると、小瑠璃はぺこぺことやってきた3人に向かって頭を下げた。
 僕のせいで彼が悪く言われるのは申し訳なかった。
「僕、小瑠璃っていいます。彼のせいじゃないんです! 僕が鳥だったのに、急に人間になったから…あ、僕、人間じゃなくて…その、貧乏神だから…」
 消え入りそうな声で小瑠璃は俯いた。
 また言っちゃった。でも、言わなくて僕の力がこの人たちを不幸にするほうがもっと嫌だ。
 拒絶されたら…それは…。
 俯いていた小瑠璃の視界に白い柔らかそうな手が見えた。小瑠璃は顔を上げた。
「私は日高晴嵐(ひだか・せいらん)よ。初めまして」
 にっこりと笑った晴嵐に、小瑠璃は恐る恐る手を握り返した。
 柔らかな人間の手だった。
「私は日高鶫(ひだか・つぐみ)。姉さん…晴嵐とは姉妹なんだ。よろしく」
「俺、工藤勇太(くどう・ゆうた)。ホントに大丈夫だった?」
「あー…俺は草間武彦(くさま・たけひこ)、探偵だ」
 次々と差し出される手に、小瑠璃はなんだか不思議な気持ちで握り返した。

「僕を…嫌がらないんですか? 貧乏神なのに…」


3.
 小瑠璃の言葉に、晴嵐は優しく笑う。
 その笑顔は今まで遠くから見たことしかない人が人を思いやる笑顔だ。
「きっと何かしらの神様としての役割や存在意義があるからこそ、神を冠してるんだと思うの」
 晴嵐とは逆に、鶫はあっけらかんと言う。
「んーこう言っちゃ失礼かもしれないけど、私そういうのあんま信じないんだ。不幸だの何だのって結局は心の持ちようだしさ。だから別に気にしないな。草間さんもそうでしょ? どうせあれ以上興信所が貧乏になるなんてありえないし」
「何でそこで俺を引き合いに出すかな? 鶫ちゃんよ」
 鶫にそう言われて、苦笑いする草間。
「俺、嫌わないよ! だって…あ、いや…その…小鳥姿がとっても可愛いし…」
 途中言葉を濁した勇太に、鶫はすかさずツッコミを入れた。
「勇太…今『こんな可愛い貧乏神だったら許す!』とか思わなかった?」
「え!? 鶫先輩、超能力…!?」
「勇太君は顔に出やすいのよ」
 うふふっと笑った晴嵐は「で? 心変わりしちゃったの?」と微笑んで言う。
「こ、心変わりって…誰から誰に!? いやいやいやいや、出会って間もなくとかありえないでしょ!?」
 赤くなって否定する勇太。鶫はニヤニヤと笑う。
 遠くから人間たちが楽しそうに話していたのを見たとき、どんな感じだろうって思った。
 だけど、僕がその中に入ることはないんだろうって…だけど…
「僕…僕、皆さんと出会えて嬉しいです…!」
 ぽろぽろと泣き出してしまった小瑠璃に、晴嵐は頬を優しくハンカチで拭いた。
「そろそろ本題入るぞ。晴嵐、鶫」
 そこに割って入ったのが、草間だった。
「え? あ、そうでした」
「ごめん、ごめん」
 鶫と晴嵐はハッと我に返った。
「何かの調査だったの?」
 襟元を正して、勇太が草間に問うと草間は簡単に依頼の概要を話した。
「…カラスの襲撃事件か。そういや最近やたらとカラスが騒いでるな」
 勇太は空を見上げた。上空高く黒い塊がうごめいている。
 つられて、小瑠璃も空を見上げた。目に映るのは黒い鳥。
 鳥が…人を襲う…?
「あの! 僕、それ知ってます。僕がさっきまで追ってた魔物がカラスを操ってて…あの、上司に討伐しろって言われてるんです」
 語尾を小さくした小瑠璃に、草間の顔色が変わった。
「それ、詳しく教えてもらっていいか?」
「は、はい! あの、僕たちの仕事は人間に害をなす者を排除することなんです。僕の今回の仕事は鳥を操って人間を襲う魔物…だけど、僕の力が足りなくて、逃げられてしまいました。僕は力が弱くなってしまったので、休んでいるところに勇太さんが…」
「なるほど。すべては神の巡りあわせ…ってことか」
 少し考えて、鶫は小瑠璃に言った。

「私たちに協力してくれないか?」


4.
 パチパチと瞳を数回瞬かせると、小瑠璃はえぇっ!?と驚いた。
 まさかの言葉に、衝撃を受けた。
「ぼぼぼぼ、僕が!? み、皆さんに協力? だって貧乏神なんですよ?」
 慌てる小瑠璃に晴嵐は微笑んだ。
「貧乏神かどうかなんて関係ないわ。あなたは現にこうして人々のために危険を賭してくれているわけだし。だから、そんなに自分を卑下する必要はない必要はないと思うな」
「さっきも言ったけど、私は気にしない」
 鶫と晴嵐にそう言われて、小瑠璃は困ったように顔を赤くした。
 この人たちは…ホントに僕が貧乏神だってこと気にしていないんだ…。
 それはちょっと嬉しくて、でも、ちょっと怖かった。
「待ってよ! 小瑠璃ちゃんにそんな危ないこと…!」
 小瑠璃をさっと庇った勇太だったが、鶫と晴嵐はそんな勇太に一言だけハモった。

『なら、勇太(君)も来ればいい(のよ)』

 思わぬ言葉に勇太の心が揺れ動くのが、顔に出ていた。
 この人も…僕を怖がらない…。
「皆で負担を分け合えば、きっと危険度も低くなるはずよ」
「そうだよな。危ないと思うなら近くで守ってやればいい。勇太にはその力もあるんだし」
 にこにこと鶫と晴嵐は流水の如く勇太を流していく。
 その激流に勇太はクラクラと頭を抱え込む。
 小瑠璃はそれ以上勇太に自分のことで迷惑はかけられないと思った。
「あのっ、僕のことは気にしないでください! 僕、皆さんのお役に立てるなら、それでいいんです」
 必死にそう訴えた小瑠璃の瞳に、勇太はついに決意したようだった。
「俺も行く! べ、別に小瑠璃ちゃんだけのためじゃないからな! 男手が草間さんだけじゃ頼りないからだからな!」
「…俺がなんだって!?」
 草間がぐりぐりと勇太を小突き回している。
 少しだけ…少しだけ人間と一緒にいてもいいだろうか?
 僕を…僕の力を気にしないといってくれた人たちと、一緒にいてもいいだろうか?
 僕の力が必要だといってくれた人たちと、一緒にいてくれてもいいだろうか?
 どうか、この時間の間だけでも僕の力がこの人たちに災いをもたらしませんように…。

 その上空で、黒い塊に混じって怪しげな影が小瑠璃たちを見つめていた…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5560 / 日高・晴嵐 (ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生

 5562 / 日高・鶫 (ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生

 8501 / 小瑠璃・− (こるり・ー) / 男性 / 14歳 / 貧乏神

 1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生

 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
■□         ライター通信          □■
 小瑠璃 様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼ありがとうございました。
 可愛いお嬢さ…え? 男の子?!(勘違いしていたようです
 私ももふもふしていいですか!?
 …少しでもお楽しみいただければ幸いです。