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<東京怪談・PCゲームノベル>


――懺悔に教会――



 その白い教会の中には、沢山の、あらゆる人の記憶が保管されている。
 何処にどのようにして保管されているか、また、何故そのような物が保管されているのか、その辺りの事は、知る人しか知らないし、だいたいそんな事を言い出したら、保管されているということは、誰かがいつか利用するためなのではないか、とか、何かのためなのではないか、とか、だったらそれは何のためなのだ、とか、どんどん気になり始めたりして、話が前に進まないので、詮索しない方がいい。
 とりあえず今日、管理人は、その中にある記憶の一つを、作為的に、あるいは無作為に取り出した。
 何故なのか、であるとか、取り出してどうするのか、とか、むしろ管理人って誰なのだ、とか、そう言う事は、やっぱり今は、詮索しない方がいい。
 語られるべきは。
 管理人によって取り出された、四人の青年達の、こんな話。



××many point××



 古めかしい自転車は、ペダルを踏み込む度、何だか良く分からないどっかの部品が、カシャカシャと、音を立てた。
 微かな向かい風が吹いている。
 自転車は、ゆっくりと、田園風景の中を進んでいた。
 遥風・ハルカは、眼前にある、痩身の背中を見つめる。あまり、こうしてじっと相方、朱月・ヒカルの背中を見ることなんかないので、何だかとっても変な気分だった。
 ゆらゆら、と自転車の振動で体が揺れている。
 痩身の背中は少し、ペダルを漕ぐのがしんどそうだ。
 だからこそ、出来るだけ負担を少なくしようと、少しくらいは考えているのだけれど、そのためには一体、何をすればいいのか、良く分からない。
 ただ、その背中にしがみつくことだけは、してはいけないような気がしていた。
 ぎゅっとしがみつけば、安定することは分かっていたけれど、安定するのは自分だけで、運転手からしてみれば、動きが制限されて面倒臭いのではないか、とか、鬱陶しいのではないか、とか、そもそも掴むとかは何か、怖がってるみたいだし、とか、いろいろ考えたら、その背中を掴む事が出来ない。
 青いTシャツが風に膨らみ、揺れる。
 行き場のない手で、ハルカは、荷台を掴む。仰け反るようにして、足をだらんと広げながら、のんびりと続く田園の方に視線を移した。
 しがみつく事が出来ないということは、支える事も出来ないということで、これではまさしく、ただの荷物でしかない。それは、今の自分の状況に良く似ている、という気がして、落ち着かない気分になる。
 自転車は、走る。
「忘れてくか、フツー」
 暫くして、面倒臭そうに、ヒカルが、ポツン、と呟いた。
「水野まりもに浮かれ過ぎなんだよ、あいつ」
 あいつと言えばマネージャーの事だったけれど、何となく自分に言われてるような気がして、ハルカは小さく、拗ねた。
「別に、浮かれてねえし」



× ×



「H2の新曲のプロモーションビデオに出演?」
 草間武彦が、雑誌のページを繰っていた手を止め、言った。
「そう。H2のプロモーションビデオ」
「ってあれだよね、面倒臭い奴と、面倒臭くない奴、二人組のダンス系ユニットのH2だよね」
「そう。面倒臭い奴と、可愛い奴、二人組のダンス系ユニットのH2」
「っていうか、面倒臭い奴も、はたから見てたらだいぶ可愛いけどね」
「傍から見てたら、な。自分に害がなくて、外から見てるだけなら、面倒臭い奴も可愛い。っていうかあの二人組は、たぶん、どっちも面倒臭いタイプだよね」
 水野・まりも、あるいは、伝説の天才俳優だが酒と賭け事がガンで身を持ち崩した布市玄十郎、愛称フッチ、享年58歳は、出演前の自分の髪の毛とかを、鏡でチェックしながら、答える。
「面倒臭い二人組かー。それは面倒臭そうだよねー」
 って、良く良く考えたら、実は何も言い表していないのではないか、みたいな事を、まさしく尤もらしい事を言いました、みたいな口調で言う。
 それから、別に興味なんてないんだけど、まー暇なので聞きます、くらいの感じで、「で、どんなプロモーションビデオなわけ」と、聞いてきた。
「何か、ファニーでチャーミングな感じかな」
「ってそんな雰囲気で横文字羅列されても、あー分かる分かる、なんて絶対言わないよ、俺は」
「電子音とか多様した感じで。これまでのH2の楽曲とはまた違った感じは出てると思うけど」
「ふーん。エレクトロニカなら、聞いてみようかしら」
「あーそれは、微妙。だいたい、エレクトロニカってジャンルが、曖昧」
「っていうか違った感じ出てるってことは、今回、なにあれプロデューサーとかが違うの?」
「いや、一緒。アレンジャーとかプロデューサーとして、いつもわりと二人の曲に関わってる梅若雪之丞が、今回も作曲してたと思うよ」
「ふーん」
 と、気のない返事を、っていうかむしろ、気のない返事選手権とかあったら、確実に上位に食い込むに違いない返事を草間がした所で、化粧台の上に置いてあったまりもの携帯が着信を告げ、ぶるぶると振動し出した。
 画面を見る。ハルカ、とあった。
「凄い偶然」
 携帯を取り、画面を草間へと掲げる。
「え、なになに、H2?」
「そう。その可愛い方のやつ」
「ふうん」
「はいもしもし、うんおつかれー。あ、今? うんいいよ。楽屋だし」
 ハルカの無邪気さが全面に出ているような、むしろ、押し出されているような声が、聞こえる。今度、俺らのプロモ出てくれるんですよね、とか何か言い、よろしくお願いしまーす、とか何か、言った。
 要するに、挨拶の電話とかいうやつだったので、それなりの返事をして、それなりの挨拶を交わし、電話を切る。
「挨拶の電話? 律義だよねー」
 草間がさっそく、言った。
「そう、意外と律義なんだよね。作曲のセンスはほぼないけど」
「それってどうなの」
「あ、作曲のセンスって言えばさ。今回の新曲、相方のヒカルが作詞したらしいよ。今、自慢げに言ってた」
「面倒臭い相方の事を自慢する、面倒臭い奴」
 って別に全然面白くないけど、草間は、自分で言って、自分で、ちょっと、笑う。



 × ×



「と、いうわけでね。今回はヒカルは、ボーカルとギターをやって貰う。で、あと、歌詞を頼みたいんだよね」
 梅若・雪之丞は、感情の読めない無の表情で、言った。
 はー、と向かいに座るヒカルもまた、余り感情の読めない覇気のない感じで、頷いた。
「でも、こういう曲調の歌詞って……どうすればいいのか。俺、やっとことないんで」
 頭をかきながら、気だるげに、言う。
 確かに多少、このエレクトロニカな感じのするこの曲に、歌詞を付けるのは難しいかも知れない。歌詞を聞くための音楽というより、歌詞も音楽の一部と捉えて、一つの景色のように言葉を融合させる作業になるはずだったけれど、あえて雪之丞はそれを説明しなかった。
 他人から説明を受けるという事を、干渉と捉えて嫌うタイプの人間というのが居て、少なからずヒカルにはそういう部分があるように感じていたからだ。
「それを考えるのは、君の役目だからね。まあまずは、好きにやってみてよ」
 けれど、それでもこの曲の歌詞をヒカルに、と考えたのには、漠然とした理由があった。
 もちろん、仕事として、いろいろな利益を見越しての、上からの指示もあったけれど、それでもあえてこの曲にしたのは、意外とロマンチストな部分があり、歌詞を創作したいという願望はあれど、どうしてもそうした感情のフィクションばかりが先走ってしまい、後で読み返すと、死にたくなるくらい恥ずかしいポエムになってたりするという、自らの癖を嫌がっている彼に、けれど何より自らが歌うのだから、その時の自分の感情や思想を露出しぶつけたい、哲学を表現したい、と、思わせたかった。
 もっと言えば、ヒカルが歌い手としてずっとこの業界で残っていきたいなら、今のままでは、駄目なのではないか、何かが足りていないのではないか、という思いがあった。
 音取りの上手さや、声質の良さはあれど、それくらいの能力のある人間なら、この世界にはいっぱいいて、もっと人の心をぎゅっとつかんでしまうような魅力が必要不可欠なのではないか、と。
 そしてそれは、感情的なものであったり、人間であることなのではないか、と。
 遠い昔、自分がもっと若かった頃、結局バンドの活動を辞め、サポート役なんていう都合の良い場所を見つけて活動する事となった自分と、バンドのボーカルとして成功したオーハシとの違いを思う時、これから始まるこの若い新人に、その違った「何か」について、伝えられるなら伝えておきたい、と、出来なかった者の願いとして、切実に、思う。だから、今回は是非、その入り口に挑戦してみて欲しかった。
 表現の仕方はさまざまだ。いろいろな方法で、表現すればいいと思う。
 けれど、表現しないことには、表現者ではいられない。
 この曲に乗せ歌うことで、言葉は音の一部として溶け込み、感情の強みはきっと、和らぐ。
 その事に彼が気付けば、自分をさらけ出す事に少しは抵抗が少なくなるのではないか、と。
 自分でも認めたくない自分の感情や、恥ずかしい自分を、それも曲を構成する一つの楽器のように認識することで、表現することの抵抗を少なく出来るのではないか、と。それが彼の好みであるかどうかは分からないけれど、そういう方法も一つとしてあるのだと、彼には知って欲しかった。
 もちろん、そんな事は考えず、いつも通り当たり触りのない歌詞を書くという選択肢もあるし、この機会には気付かず、無難な言葉を選び、無難に終わる事も自由だ。
 けれど、彼の中にはきっと、自分でも吐露してしまったら止められない程の、隙あれば飛び出したいと思ってるようなそんな激しい思いが、眠っているのではないか、と。
 雪之丞は、時々、そんな風に感じる。
「好きなように……すか」
 何度も何度も今はまだ空っぽの音の羅列にしか聞こえない、音源を聞きながら、ヒカルが額を撫でる。
「ライブで絶対やりたくなるような、そんな曲にしてみせてよ」
 にこりとも笑わず、雪之丞は、言う。「一つの表現として、より良くするための編曲なら、いくらでも、協力するから」



 × ×



「ってことは、その面倒臭い奴が何かクソ面倒臭くざわざしてんのに、面倒臭い奴は面倒臭いんで全然気づかなくて、それで益々面倒臭い事になってる、っていう、そういう面倒臭い状態なわけなんだよね、二人は」
「まあ、面倒臭い言い過ぎだけど、そういう事だよな」
 まりも、もとい布市は、ざっと見のH2の二人の関係性をぼんやりと頭の中で整理し、頷く。
「何なんだろーね。その二人の関係。もっとこう、距離を置いて相手を見ればいいのにね。どうせ性格も違うんだし」
「私もそれを言ってみたよ。仕事以外では別に関わることもないんだって」
「でも駄目なのかな」
「何なんだろうな。違い過ぎて分からなくて、自分に出来ない事をやってのける相手が凄い気になって、逆に、自分に出来る事が、全然出来ない相手の事が、どうしてなのかまた分からなくて気になって、助けたくなったり、助けて欲しいと思ったり、するんじゃないか。違うってことは、想像するってことだからな」
「でも何か恋人同士みたいだよね、二人」
 とか草間は、へらへら笑っているけれど、意外に笑えないっていうか、いや意外と本当にそうなんじゃないか、みたいな所があるので、笑えない。そうなってくると男同士の彼らにしてみたら、これは軽く問題で、別にそれはそれで他人事なので良いのだけれど、いろいろと問題が起こるんじゃないか、とかその先行きを想像すると、面白い。けど、笑ってあげてはいけない気がする。
「まー。わりと近いのは確か、という気はするけど。むしろ精神的には恋人だよな」
「わー面倒臭いね、それは」
 って、言ってるわりに、顔が凄い嬉しそうだった。「男女だったら、とりあえずこれ恋愛なんじゃないのとか考えてさ、一回くっついてみる、みたいな選択肢も出るんだけど、男同士だとそういう発想中々出ないしね」
「普通でないよな」
「だから、恋愛だから相手が憎いんだわ、みたいな逃げ方も出来ないしー、だからくっついちゃえーみたいな、雨降って地固まる的な、楽な逃げ方も出来ないわけでしょ。これは面倒臭いわ。言える権利がないもんね。どっちにしろ、相手に」
「でもまーそういう面倒臭い愛情でもさ」
 と、布市は、紙コップに入ったコーヒーを飲みながら、ぼんやり、呟いた。
「人を愛せないより、まっしだと思うんだけどな」



 × ×



「で。ユキノはヒカルに作詞を任せたんだ?」
「そう。きっかけは与えたから。あとは自分がどう考えるか、だね」
 化粧水とかで肌の手入れをぱたぱたやりながら、雪之丞が答える。
「ふうん」
 とか何か頷きながらオーハシは、ソファから雪崩れるように、雪之丞の骨っぽい背中にだらーと、もたれかかった。
「重いって」
 途端に面倒臭そうに、唸られた。
 でも全然気にしませーんみたいにオーハシは、その男子のくせにきめの細かい肌に、自分の頬をすりよせる。
「なー」
「んー?」
「する?」
 って言った瞬間、化粧水の容器でガツッとか額をやられた。
「いって。何すんの」
「しないし、離れてくんないかな」
「つめてー」
「何度も言わせんなよ、あれ一回きりだっつの」
「でもあん時と同じくらい俺が壊れて潰れたら、考えてくれる?」
「天下のバンドボーカルオーハシさんが、何を仰る」
「だよなあ。俺もあんなカートみたいになる時、もうないと思うもん」
「カートみたいっていうなカートみたいって。みたいになってねえし、足元にも及んでねえから、お前は」
「まーあん時は俺もお前も若かったからね。俺はカートになった気でいたんだよね」
「馬鹿だよね。特にお前ね。滅茶苦茶だった事は間違いないし。カートではないけど」
「でもその衝動のままにぶっ壊れていく俺が、繊細でキュートでー、お前ホロっと来ちゃったわけでしょ」
「自分で言ってる時点でもー繊細でも何でもないけどね、むしろ最低」
「俺はお前が支えてくれた事にホロっときたよ。今でもホロっときてるもの。むしろむんむんするもの」
「いや馬鹿じゃないの」
 と、言ってる脳裏に、あの頃の喧騒がふと、過る。
 狭いライブハウスに溜まる熱っぽさや、この男の激しい歌声や、それは決してモノマネではない、自らの内面から溢れ出てしまう「強い何か」や。
 あるいは自分にだって、そんなフリなら出来ていたのだ。結局は、何かのモノマネで、どれもこれも器用にこなしていただけで、本当の中身はからっぽだった。この男は自分にそれを気付かせた。
 学生の頃から、唯一腹立たしかった男は、ライブハウスで再会してもやっぱり腹立たしい奴で。
 それなのに。
 そんな自分と対等に我を張りあって男が、どんどん壊れていく情けない姿を、一瞬でも愛しいと感じてしまった自分も居たりして。
 今にして思えばくっだらない諸々に、どうしたらそんなに全力で病めたのか、どんどんどんどん落ちていけたのか、要するに雰囲気に酔い、自分に酔ってただけなのだろうけれど、そもそもそんな風に酔う事すら出来ないからっぽの自分からすれば、この駄目でどうしようもない病んだ男が、その一瞬は、愛しくてたまらなくなっていたのだ。
 まー、馬鹿だと思う。
 けれど、そういう、滅茶苦茶な自分すら傷つきながらも露出してしまい、表現出来る魅力がこの男にあった事は、事実で。
 何の突起も起伏もない物に、人の心は、引っ掛からない。喜怒哀楽や思想や哲学が見えた時、それが自らの琴線に触れた時、きっと人はその人物を愛してしまうのだ。
 と。
 憧れがあるからこそ、その哲学がどうしても、雪之丞の中にいつも、くすぶっている。
「それでもお前の面倒見の良さはやっぱ全然衰えてないよね。もー何かたまに見てて嫉妬しちゃうもんね」
「でも最終的には自分で決めろよな、みたいな、それくらいの距離は置いてるよ」
「うんそれも昔からだったけどね」
「そうだっけ」



 × ×



「っていうか、現場、まだかよ」
 ヒカルは、だらだらとペダルを漕ぎながら、思わず、呟く。
 水野まりもだけを乗せたバンは、とっくに次の撮影場所に到着しているに違いない。とか思うと、この雲泥の差は何だ、とか、むくむくと殺意にも似た気持ちが沸いた。
 だいたいマネージャーがいけないんじゃないか。担当のアーティストがちゃんと車の乗ってるかどうかぐらい、しっかり確認しろよ。水野まりもに浮かれて、水野まりもばっかり見てるから、そう言う事になるんじゃねえか。絶対社長にチクってやっからな、この野郎。
 と、心の中で罵りの声を上げながら、でもとにかく、ペダルを漕ぐ。
 何かもう、若干ペダルを漕ぐために漕いでるというか、現場って何でしたっけ? プロモーションビデオの撮影って何でしたっけ? みたいな気持ちになりかけた頃、後ろで何やらもしょもしょ動いていた相方のハルカが、なあ。と声をかけてきた。
 あー? とか面倒臭さ満開の返事をすると、携帯の画面を眼前に突き付けてくる。
 それは、今回、ヒカルが作詞をした歌詞の一部だった。
「んーだよ。あぶないだろ」
 言葉だけで見るとどうにも気恥しいばかりのそれを、顔の前から振り払う。
「これ、どんな時に思い付いたの」
「何が」
「この詩だよ。何か、いつもと違ってすげえ格好いいじゃん」
「いつもと違って、は余計だけどな」
「っていうか、これ恋っぽいよね。恋でもした?」
「はあ?」
 って全然肯定してないのに、いきなり相方は、「あ。え、そうなの! あ、そうなの! だからなの!」とか何か、一人でテンションを上げ出した。
 意味不明で、苛っとする。
「いや、何が。全然話とか見えない」
「いや最近お前、すっげえ機嫌とか悪いから。あーそうなんだ。そのせいなんだ。恋愛低気圧だっただけなんだ?」
「違うし、恋愛低気圧って既に分からないし」
「何だよ、恥ずかしがんなよ。それならそれで言えば良かっただろ。俺が相談乗ってやるんだからさ」
 って、全く何も分かってないらしい相方の口調に、すぐさま自転車を降りてどつきたい欲求に駆られるけれど、だいたい自分でも、何がどうなのか、良く分からなくて、このどつきたい欲求の出所も不明なのだし、とか思って、そこは無難に自転車を漕ごう、と考え直した。
 でも、そうか。と、一方で妙に冷静な自分が呟いている。
 この歌詞は、恋愛っぽいのか。と。
 でも、書いた時はそんな気は全くなくて、その時自分が抱いていたフラストレーションをただ、言葉で羅列してみただけだったのだけれど。
「で。どういう状況でこれ、思い浮かんだわけ? 照れずに、言ってみろよ」
「照れずにって、別にそんなんじゃないし。どういう状況って、別に普通に部屋で、とかだし」
「そういう事言ってんじゃねえよ。分かんねえ奴だな」
「いや分かんねえよ。意味不明」
「何だよ。俺にはそういう個人的な悩みは話せねえって言うのかよ!」
 ドン、って背中を突然どつかれ、おわ、とよろける。
 そんな一人でどんどん怒りだしていく相方がさっぱり理解できず、ヒカルは思わず「いやもう、何が」と、呆れた声を出すしかない。
「だから、俺は、お前のそういう冷たい空気みたいなんが嫌なの」
「何でそこで冷たい空気とか、言い出してくんだよ。意味が分かねえんだよ。何が冷たい空気なんだよ」
「俺はそうやってお前に冷たくされて、最近、すげえつまんねえんだもん、何か正直。まー気持ちが他の女の子とかに向いてんだったらしゃーねーな、とか、今ちょっと納得したけどさ。でも、そういう個人的な悩みでもさ、言って欲しいとか、思うわけ俺は」
 そして、微かに。
 背中に触れてくる相方の額の硬さが、妙に鮮やかな感覚として、残った。
「そんな風に……思ってたのかよ」
「思ってたよ。つか、現在進行形で思ってるよ」
「あ、そ。馬鹿じゃねえの」
「って言われると思ったから、黙ってたんだよ、どうせ俺は馬鹿だよ。お前の事、なあーんも分かってやれねえよ」
「別に分かって貰おうと思ってねえよ」
「だろうな」
「つか別に、分からなくたって俺らが一緒にやってくのに、変わりねえんだし」
「冷たいよな、お前は」
 と、酷く淋しげで非難するような相方の物言いに、一瞬ぞっと血の気が引く。
 何か酷い事を言ったらしい、という事は分かるのだけれど、この言葉の何が冷たいのか、ヒカルには良く分からない。それでも一緒にやって行こうと思っている、という告白に対して、冷たい、と言われる意味が分からないのだ。
 けれど、その答えは、予想外の言葉として、相方の口から、すぐに明かされた。
「嫌々だけど、仕事だからやってこーってのか。大人だな、お前は」
「はあ?」
 と思わずヒカルは絶叫する。
 何がどうなればそんな考えになるのか。
「はあ? じゃねえよ。そういう意味だろーが。今のはどう考えても」
「いや、違うだろ、どう考えても」
「え、何、違うの?」
「違うよ」
「どう、違うの?」
「どうって……別に」
「出た。別に。何それ別にって」
「だから、歌詞の話だろ」
「はいほんで話とか変えてくるしね」
「恋愛かどーかは分かんねえけど。すっげえ腹立つ奴がいるから、そいつの事、歌ったんだよ」
「腹立つ奴? 誰」
 おめーだろ!
「知らねえよ、自分で考えろ」
「あーそーかよ。もー聞かねえよ!」
 プン、と絶対今そっぽ向いたよな、と、見てないけど分かる感じで、ハルカが、拗ねた。
 そのまま、ぷっつりと黙りこむ。
 こうなったら絶対構うだけ面倒臭いはずなので、ヒカルは内心でぶーたれながらも、無言でチャリンコを漕いだ。
 シャリシャリ、と、古めかしい自転車の部品が、明らかにもーキツイっす、みたいな音を立てる。
「なあ」
 暫くして、ハルカが、言った。
 拗ねはまだ、直ってないらしい。
「なんだよ」
「つか、さっきからずっと思ってたんだけど」
「んー」
「すっげ安定悪いから、背中とか、掴んでいい?」
 思いっきり拗ねたままの声で、唐突に、そんな事を、言う。
「ん」
 とヒカルは小さく、頷いた。「つか、もっと早く言えよ。その方が安定するんだからさ」
 ぶっきらぼうに、付け加えた。









    END








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 5549/ 朱月・ヒカル (あきづき・ひかる) / 男性 / 21歳 / 職業:ヴォーカリスト】
【整理番号 5548/ 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか) / 男性 / 18歳 / 職業:自称マルチアーティスト】
【整理番号 4691/ 水野(仮)・まりも (みずの?・まりも) / 男性 / 15歳 / 職業:MASAP所属アイドル】
【整理番号 6477/ 梅若・雪之丞 (うめわか・ゆきのじょう) / 男性 / 27歳 / 職業:マルチアーティスト】