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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.12 ■ 冥府の番人 





 東京都新宿。
 日本の主要都市とも呼べるそこで今日、前代未聞の大事件が巻き起ころうとしている事は、ごく一部の人間しか知らない。行き交う人々は喧騒の中をいつも通りに歩いているだろう。
 百合と武彦、翔馬と美香の二組に分かれた四人は、それぞれのペアが分担する箇所へと向かう。組み分けも戦闘能力と役割から、百合が算出した組み合わせだ。
「やれやれ、普段の日常と変わらないこの街で、これから百合っぺの言う大きな事件が起こるなんてな…」翔馬が呟く。
「はい…。でも、百合ちゃんが中途半端な情報を私達に伝える様な事はないと思いますし、恐らく…」美香がそう言って周囲を見回す。
「…戦火が巻き起こればこの辺りの人々はIO2が保護するだろう。心配しなくても、被害者はそんなに出たりはしねぇよ」
「…翔馬さんはIO2と面識があるんですか?」
「村雲家は何かとIO2には協力してきた過去があるからな。って言っても、俺が当代の当主になってからは一切そんな事件も起こっちゃいねぇが…。いけ好かねぇ役所連中よりタチが悪い連中って印象しかねぇな」翔馬が溜息混じりに告げる。
 美香にとって、IO2という組織は得体が知れない。百合や武彦の話を聞く所、どうやら超常現象に対する取締りを行う警察の様な存在でありながら、その実態は虚無の境界と裏で繋がって世界を変えようとしている。今信頼すべきは百合と武彦。そして、共に行動している翔馬。
『気負ってるわね、美香』
「ユリカ…」
「美香、ユリカってのに俺の声は聴こえるのか?」翔馬が声を挟む。
「えぇ。大丈夫だけど…」
「なら聞くが、ユリカ。お前さんは一体何者なんだ?」
「え…?」
「スサノオ。昨日お前が言った事を話してくれ」翔馬がそう言うと、翔馬の背後にスサノオが浮かび上がる。
『魔性の魂、ユリカ殿。お主の存在について、もしお主が拙者と同じく、何者かの魂の化身であるなら説明もつくでござる。しかして、お主はその事について美香殿と百合殿に何も伝えていないのでござろう?』
「…え…?」思わずスサノオの言葉に美香が唖然とする。
『…そうね、確かに私は能力者として先天的に生れ落ちた元は人間』
「ユリカ…、そうだったんだ…」美香が納得してる傍でスサノオからどういう会話をしているのか、翔馬が聞いていた。
『あまり驚かないのね?』ユリカが美香に尋ねる。
「うん、魔性の魂って言うけど、ユリカは人間らしさが強いから…。薄々、そんな感じがしていたの」美香が納得した様に答える。「でも名前とか、憶えていないの?」
『生憎、私自身が人間だった事は理解しているけど、生きていた頃の記憶はないわ。そんな事を人に言うつもりも、自分が何者かも知る必要はないわ』
「…ごめんなさい…」
『何よ、急に?』
「ユリカが眠っていたのに、私の中に入る事でそれを邪魔しちゃったんだなって…」
『バカな事言わないで。私は別にアンタの中にいる事を不満に思っても憎んでもいないわよ』ユリカが呆れた様に言葉を続けた。『スサノオ。アンタもそうでしょ?』
『無論でござる。拙者は村雲家によって造られた神霊。しかし、神霊として世界を見られるのであれば、それは常人には叶わぬ夢でござる。拙者はむしろ恵まれているのやもしれないでござるなぁ』
「恵まれている?」翔馬が尋ねる。
『戦乱の最中、武功を上げて生きていた時代。拙者が生きた時代は、それこそが名誉であった。しかし、誰もが争い無き平和を望んでいた時代でござる。現代の日本国は正にその望んだ時代でござる』
「でも、そんな時代を壊そうとしている人達がいる…」美香が口を開く。「翔馬さん、急ぎましょう。百合ちゃんの言っていた待機場所はこの近くです」
「あぁ、行くか」





――。




「俺とお前が一緒になっちまって良かったのか?」
 当初の予定通り、武彦は百合と目的地へと向かいながら百合に尋ねた。
「今の状況を考えれば当然よ」百合が武彦へと声をかける。「私達二人が作戦を成功させなければ、あの二人は動けない。リスクを負うのは私達二人の仕事よ」
「ま、名目上の撹乱なら、顔が知れている俺とお前が一緒にいる方が何かと話題性には富むだろうな」武彦がそう言って辺りを見つめた。「お前の作戦通り、既に俺達は監視されているみたいだしな。四人一組のバスターズと、一人のジーンキャリア。IO2か」
「…ディテクターとしての実力は錆付いていないみたいね」百合が歩きながら呟く。「あそこの十字路の曲がり角を曲がった瞬間、空間を繋ぐ」
「あぁ、戦闘開始だ。久しぶりだからな。フォロー頼むぜ」
 武彦の言葉が切れると同時に、百合が空間を接続し目の前へ扉を開く。追手のIO2所属部隊が百合の開いた空間に、武彦と百合を追う様に滑り込む。
「…っ! しまった!」バスターズの一人が声を上げるが時は既に遅い。
 空間を繋がれた先は、樹海の中だった。方向感覚もないまま樹海の中に放り出されたバスターズとジーンキャリアは周囲を警戒する。
「やれやれ、随分とえげつないな」
「そう? IO2の人間なら、樹海の中に放り出されたって生きて帰れるでしょ」
 空間を開く前に武彦と百合が歩いていた道を、何事もなかったかの様に百合と武彦が歩きながら話しをする。樹海の中へと空間を繋ぎ、その扉を開いたまま百合と武彦は別の扉から先程利用した曲がり角を直進した道へと更に空間を繋ぎ、二人は移動をして扉を塞いでいた。
「まぁ、大丈夫だろうが。実力者とぶつかる前に、腕慣らししておきたかったんだがな」
「あんな小手先の罠に引っかかる様な連中と戦って万が一怪我をするより、温存すべき状況だって事はアナタも解っている筈よ」百合が淡々と武彦へとそう告げる。
「…冷静だな。手間がかかるよりは楽だが…」
「私達の存在が警戒対象になるのは間違いないわ。IO2の下層部に伝わっている情報を察するに、恐らく私はIO2の機密情報を盗んで逃亡している犯人、とでも言うでしょうね」
「虚無の境界から美香を連れ去った時点で、虚無の境界の上層部からIO2の上層部にも情報は伝わっている、って事か」
「えぇ。むしろ都合が良いわ」百合が静かに呟く。「IO2と虚無の境界、どちらも敵対視してくれている方が、戦況は大きくかき乱せる」




――。



 時は遡る。村雲家、東京分家空き家。
「虚無の境界とIO2は明日、東京の主要部、新宿で大きな戦乱を起こすつもりよ」
 百合が初めて明確な説明を始めた。翔馬と美香が思わず息を呑む。
「秘密裏に協力体制を取っているIO2上層部と虚無の境界の盟主は、明日の戦乱を利用して一般人と自分達の兵力を利用して生贄として利用しようとしている」武彦が煙草の紫煙を吐きながら、美香の説明を補足した。
「おいおい…! 生贄として利用するって事は、古の妖魔や悪魔召喚の儀式でも執り行うつもりか…!?」翔馬が驚きを隠せないと言わんばかりに声を搾り出した。
「…美香、思い当たる節があるだろう?」武彦が美香へと尋ねた。
「…冥府の番人、ガルムですね…」
「そうよ」百合が口を開く。「あのガルムを召喚したのは、虚無の境界の仕業。言うなれば実験として試験的な召喚を施し、IO2と虚無の境界はその実現が可能かどうかを試した、と言った所かしら」
「ちょっと待て! 北欧神話の番犬を、この世界に召喚したっつーのか!?」翔馬が叫ぶ様に尋ねた。
「えぇ、そうよ。その一件にディテクターである草間 武彦を差し向けたのは、IO2の判断。あの事件の時から、既に虚無とIO2は繋がっていた」
「そうと解っていれば、美香を俺が連れて行く様な事はしなかったがな…。今回美香を巻き込んだのは俺の責任だ。…すまない」
「…私は、巻き込まれた訳じゃないです」美香が静かに口を開いた。「自分の意志で、選んだ事です。ユリカに出会う事も、こうして自分で何かをする事も、昔の私じゃきっと出来なかった事です。だから、謝らないで下さい」
「…あぁ」
 思わず美香と武彦は実感する。美香は以前とは違う強さを手に入れている。こんな突拍子もない話を聞いているというのに、動揺していない。真っ直ぐに受け止めるだけの強さを手にしている。
「百合っぺ。話しを戻すが、明日の戦乱ってのは? まさか虚無とIO2がわざわざ正面衝突するのか?」翔馬が尋ねる。
「いいえ。彼らは再びガルムを使って街を混乱に陥らせるつもりよ」
「チッ、実験対象を利用して世界滅亡の序章にするってのか、気に喰わねぇ…」翔馬が苦々しげに呟く。
「そこで、私とディテクターが虚無とIO2の注目を浴びながら、ガルムを空間接続で富士の高原へと連れ去る。実質的衝突の意味を排除する」百合の言葉に武彦が頷く。
「俺達はどうすれば良い?」
「混乱が起これば、それに乗じて妖魔を暴れさせる可能性がある。翔馬はそれらを倒し、美香は翔馬をサポートしながら犠牲者を減らす事だけを考えてくれ」武彦が口を開く。
「解りました」
「翔馬、虚無の境界の幹部に遭遇してしまったら、迷わず逃げなさい」
「それが、倒せる好機だとしても逃げろってのか?」
「今回の戦乱がもしも生贄を生めば、実質的な序章の幕開けとなる。無駄な戦いを避け、今回は計画を阻止する事だけを考えて」百合が憤る翔馬をなだめる様に告げる。
「…解った」
「俺達がガルムの移送に成功したら、俺が美香に連絡をする。混乱に乗じて、出来るだけIO2を味方するフリをしながら妖魔を倒すんだ」




―――。



 舞台は新宿へと舞い戻る。美香と翔馬が予定通りのポイントへ向かっている最中、黒い陰が揺らめいていた。
『美香、気をつけて。…妖魔よ』ユリカが声をかける。
『うむ。どうやら彼奴ら、ガルムとやらのみではなく、最初から妖魔を暴れさせるつもりでござるな…』
「…やらせねぇ」翔馬が前へ出る。「サポート頼んだぜ!」
「はい!」



 大きな戦が今、始まろうとしていた…――。



                                Episode.12 Fin