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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.14 ■ ガルム降臨 





 百合が空間接続を使い、空間の扉を開くと同時に、ファングと鬼鮫が激しくぶつかり合う。ぶつかり合う衝動がビリビリと武彦と百合にも伝わってくる。
「協定も何も、俺には関係のない事だ…」鬼鮫が刀を抜く。「楽しめるかどうか、それだけで充分なのはお前と同じか」
「奇遇だな、鬼鮫」ファングもまた、サバイバルナイフを構えて鬼鮫を睨む。
「百合、止まるな!」武彦が足を止めていた百合へと声をかける。
 武彦の声で我に返ったかの様に百合は次元の扉へと飛び込む。寒気すら感じる程の圧倒的な力の持ち主同士の戦いの火蓋が切って落とされた。ただそれだけの光景だったというのに、百合は一瞬、身体が硬直していた。
「…くっ…」ギリっと険しい表情をしながら百合は込み上げてくる悔しさを噛み殺した。一瞬とは言え感じた恐怖にも似た感情。百合にはそれが許せなかった。
「百合。俺達の目的は?」空間を移動した先へと姿を現した所で武彦が小さく尋ねた。
「…解ってるわ」百合が空間を閉じて目の前に建っているビルを見つめる。「召喚地点はここね…」
「あぁ。今はまだ直接対決する訳じゃない。目的を果たせれば俺達の勝ちだ」武彦が煙草に火を点ける。
「…そうね。行くわよ」
「あぁ…!」
 二人は妖力の溢れる目前のビルへと走り出す。




――。




 一方、美香と翔馬は妖魔を次々と撃破しながら一般人の救出に当たっていた。
「おらぁ!」
 翔馬の一撃で妖魔が消え去る。最初に戦った妖魔との戦いから、美香はサポートに専念しながらなるべく少ない労力で妖魔を撃破していく。
「はぁ…はぁ…」美香がギュっと自分の胸を掴む。能力の酷使で体力は削られていく。
『…キリがないわね。次から次へと湧き出てるわ』
『うむ。溢れ出ている妖力のせいで妖魔共が大量に生まれているでござる』
「美香、大丈夫か?」翔馬が美香へと声をかける。
「大丈夫…です…」キュっと口を結び、美香は周囲を見回した。「なんとかこの辺りの妖魔は片付いたみたいですね…」
「あぁ。IO2の連中がどうにか一般人を戦闘区域から逃していってるみたいだ」
 人の気配が消える都会。静寂さが異様な違和感を生み出している。
『被害が広がらずに済んだという訳でござるな』
「だと良いんだがな。ガルムの召喚とやらが不発に終わってくれれば、俺達の背負うリスクも下がる。願ってもない最善の結果だ」
「…大量の生贄が必要なのに、このままあっさり召喚を阻止する事が出来るのかな…」美香が呟く。
『確かに美香が言う通り、簡単過ぎるわね。人的被害が広がらないのなら、IO2も虚無も、わざわざ手を組む必要はない筈』
「手を組んでいる…。…っ! いけない!」美香が何かに気付く。
「どうした?」
「IO2と虚無の境界は秘密裏に繋がっているんですよね!? 大量の生贄を使い、ガルムを召喚すると言うなら、普通の人達を逃がした先は…!」
「…っ! クソ!」翔馬が苦々しげに壁を殴りつける。「IO2の上層部が指示した先が虚無との打ち合わせが前提にあるって事か!」
『IO2が一般人を隔離しているポイントに、虚無の境界があらかじめ罠を仕掛けて生贄を大量清算させるつもりって事ね…』
『もしもそれが狙いであったなら、妖魔共は全て囮でござるな…』
「だったら、早く助けにいかないと―!」
 美香の言葉を遮る様に、妖力が一瞬で周囲を包み込む。異様な空気が一瞬で周囲に溢れ、息苦しくすら感じる。
「…最悪な展開だな。まんまと先を越されたって訳だ…」翔馬が苦々しげに呟く。
「…っ! そんな…!」
『悔やんでいる場合じゃないわ、しっかりしなさい』ユリカが美香に声をかける。
『うむ、ユリカ殿の仰る通りでござる。翔馬殿、ガルムとやらが召還される条件が揃ったでござる。百合殿達と話したポイントに急ぐでござるよ』
「…あぁ、これ以上好きにやらせる訳にはいかねぇ!」
 二人は一路、目的地である合流ポイントへと向かって走り出した。






――。






 ――同時刻、召還予定ポイントのビル内。武彦と百合は溢れる妖気を辿る様に屋上へと向かって走っていた。
「おい、今のは…」
「予想通りの展開よ。ガルム召還の生贄が大量に作られたみたいね」
 百合と武彦が階段を登りながら話しをしている。ビル内に妖気が集中している。
「って事は、美香達もやられたのか…!?」
「それはないわ。恐らくIO2と虚無の境界が裏で手を引いて一気に民間人とIO2の下っ端連中をまとめて排除したって所かしら」百合が何食わぬ表情でそう言って周囲を見回す。「美香達なら大丈夫よ。心配するのは心の問題って所かしら」
「心の?」武彦が尋ねる。
「人を守る為、助ける為に戦う事を選んだ。美香はそういう子でしょ。不器用で真っ直ぐで、疑う事を知らない。だからこそ、大量の生贄が発生した現実を知れば、苦しい筈よ」
「…フ…、まるで姉妹みたいだな」
「ばっ、バカな事言わないでよね! 私は、あの子を巻き込んだ。あの子を理解していなきゃいけない立場なだけよ」
「はいはい、そういう事にしといてやるよ」武彦がそう言って扉を開けると屋上に二人は飛び出た。「無駄話はここまでみたいだな」
「…やっぱり、アナタが見張りだったみたいね、エヴァ」
「邪魔をしに来たのね、百合」エヴァが相変わらずの身体に似合わない大鎌を肩にかけて睨み付ける。「盟主様の予想通りね、裏切り者」
「…読まれてたって事…。さすがに鋭いわね…」
「深沢 美香。あの子を連れて来た頃から、盟主様は私にユーの監視を命じた。だからこそ、この前あの子と戦って実力を計らせてもらったのよ」
「美香が戦ったのか…?」思わず武彦が口を挟む。
「えぇ。エヴァの攻撃を崩しながら一撃をヒットさせたわ」百合がそう言って再びエヴァを見つめる。「邪魔するって言うなら、ガルムと共にアナタも飛ばしてあげるわよ」
「その必要はない。私はユー達が来た時に伝言を伝える様に言われているだけ。無益な戦いに興味はないわ」
「…伝言?」
「えぇ、そうよ。盟主様からの伝言よ。『百合の裏切りを咎めるつもりはないわ。もう既に世界の歯車は動き出した。何処までも足掻いて、楽しませてちょうだい』って」
「…巫浄 霧絵…!」ギリっと百合が歯を食い縛る。
 その瞬間、エヴァの背後にあった魔法陣が真っ赤な光を空へと放った。圧倒的なまでの妖気が周囲へと溢れ出る。
「さようなら、百合。次会う時は、恐らく戦いの中ね」エヴァがクスっと小さく笑って光の中へ姿を消した。
 光の収束と共に、巨大な狼が姿を現す。圧倒的なまでの力を持った本物のガルムが姿を現し、咆哮をあげた。大気が震え、武彦と百合は衝撃を耐える様に腕を顔の前で構え、ガルムを見つめる。
「…は…、これがあの時の狼か…?」武彦が思わず呟いた。「遥かにデカいぞ、あの時より…」
「試験的な召還では力も身体も弱い状態での召還だったハズよ。今目の前にいるあの狼こそ、本物のガルム…!」
「やれやれ…、いくか!」
 咆哮が収まるとほぼ同時に、武彦と百合がガルムへと目掛けて左右に散りながら距離を詰める。武彦は銃を構え、ガルムの足へと二発撃ち込みガルムの注意を引いた。
「クソ、銃弾が通らないとはな…っと!」武彦がぼやきながらもガルムの振り払った尾をギリギリの所で横へと飛んで避けた。「骨が折れる仕事だ…」
「もうちょっとよ!」百合が巨大な空間の扉を開きながら武彦へと叫ぶ。「くっ、このサイズの空間接続はさすがに時間がかかる…」
 ガルムが再び大きく息を吸う。
「おいおい、マジかよ…! 百合、引け!」武彦が声をかけると、ガルムが再び咆哮をあげて百合と武彦を吹き飛ばす。
「くっ…!」
 二人が屋上の落下防止フェンスへと叩き付けられる。百合の開いていた空間の扉が霧散してしまう。
「クソ…!」武彦が再び銃を構える。「百合、起きろ!」
 武彦は百合へと声をかける。どうやら今の衝撃で百合は気を失ってしまったらしい。ガルムが百合へと今にも襲い掛かろうと身体を構える。武彦が銃を撃ち、注意を引こうとするが、ガルムが百合へと一直線に走り出す。
「おい、百合!」武彦が叫ぶ。
「―…うっ…」百合が目を開けると、既にガルムが目の前へきて鋭い爪を振り下ろす。「しまっ…―」
 フェンスもろとも百合のいた場所を抉る。舞い上がった砂塵で周囲が見えなくなる。
「―大丈夫、百合ちゃん?」
「―…っ、美香…!」百合の身体を引っ張り上げ、ガルムから離れた位置で美香が百合の身体を降ろす。「な、何でここに…」
「ちょ…美香…! おま…早すぎ…!」ゼエゼエと息を切らしながら翔馬が姿を現す。
『無理もないでござるよ。ユリカ殿の力を使った美香殿のスピードには追いつけないでござる』スサノオが当たり前の様に口を挟む。『しかしどうやら、そのおかげで大事に至らずに済んだ様でござる』
 ガルムが美香を睨み付け、鼻を動かす。
「随分大きくなったね、ガルム…」美香が驚いた様に呟く。
「美香! どうしてお前達がここに…!」武彦が美香へと駆け寄る。
「あ、さっきの光の柱みたいなのがどうしても気になって…。すみません」
「いえ、助かったわ…。合流の手間も省けたし、ね」百合がそう言って再び扉を開く。「翔馬、ディテクター! それに美香! 扉を開くまで時間を稼いで!」
「おう!」翔馬が腕をまくって返事をする。武彦もまた、銃を手に握り煙草に火を点けてガルムを睨み付けた。
『…美香、フルパワーで行くわよ』
「…うん…、もうこれ以上、被害を出させたりしない!」
「…杞憂だったみたいね…」百合は美香の背を見つめながら呟いた。「やっぱり、強くなってるわね、美香…」






                           Episode.14 Fin