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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.15 ■ 衝突・ユリカ 






 禍々しい程の妖気が充満している事に、美香は気付いていた。今までに感じた事のない禍々しい妖気と、その矛先に自分達が立っている状況。だが、不思議と恐怖というものは感じない。
『美香、随分余裕ね』ユリカが声をかける。
「うん…。禍々しい程の妖気は嫌でも感じるけど、怖くはないかな…」
 ユリカは美香の言葉の真意を聞かずとも解っていた。美香の中に存在するユリカにとって、美香の精神状態は手に取る様に解る。美香の心の中は穏やかそのものだった。恐怖に萎縮する訳でも、戦闘に緊張している訳でもない。
「百合っぺのフォローなら、俺と美香で前線で食い止めるしかなさそうだな」
『うむ。だがスピードでかく乱出来る美香殿とは違い、拙者と翔馬殿ではそうもいかぬでござる』
「ユリカ、サポートしてくれるよね?」
『何当たり前の事聞いてんのよ。しっかり私の声を聞いてなさい』
「うん。じゃあ、行くよ!」
「気を付けろよ」
 武彦の声を背に、美香が一瞬でガルムの目前へと移動し、右手につけたガントレットを構える。大型トラック以上の大きさをしたガルムが前足を振り上げる。
『美香、右から来る!』
 ユリカの声を聞いてガルムの足の間へと走り込み、美香はガントレットを叩きつける。バリバリと激しい音と青い光を放ちながら美香の拳が突き刺さる。
「…っ!」感触は鈍い。美香はそれに気付くとガルムの身体の下から横へと飛び出し、ガルムを見つめる。
『…だめね、効いてない』
「うん。やっぱりそうだよね」
 咆哮をあげながらガルムが美香へと振り返る。
「うおおおぉぉ!」翔馬が飛び掛り、ガルムの前足へと強烈な打撃を入れる。「かってぇ!」翔馬が弾かれた腕をブンブンと振りながら叫び、後ろへと飛び退いた。
 しかしガルムは美香しか見ていない。どうやら翔馬の攻撃など気にも留めるつもりはないらしい。
「ガルム…?」美香が呟く。
『どうしたの?』
「…うん、ガルムから戦う気というか、威圧感を感じない…」美香がガルムへと歩み寄る。
「美香! 離れろ!」翔馬が叫ぶ。
「大丈夫」美香がガルムに触れる。「…私の事が解るの?」
「っ!」
『どういう事でござるか…?』スサノオが思わず呟く。
 異様な光景だった。冥府の番犬が、美香に触れられながら戦意を喪失している。美香の匂いを嗅ぎ分ける様に、ガルムが匂いを嗅ぎながら美香を見つめる。
「…そういえば、以前の試験的召還。あの時の美香もそうだったな」ポリポリと頭を掻きながら武彦が呟く。
「どういう事だ?」
「アイツは傷だらけになったガルムが牙を向けているのに、そんな事に気付きもしないでアイツはガルムを助けようと必死だった」武彦が呆れた様に続けた。「変わったなとは思ったが、どうやらアイツは根っからのお人好しのままみたいだな」
 ガルムの戦意が喪失されれば、実質的には今回の虚無の境界とIO2の作戦は失敗に終わる。誰もがそう思った瞬間だった。
「冥府の番犬ともあろうモノが、随分と腑抜けた姿を見せてくれる」
 周囲の視線が声の主へと注がれる。フェンスの上に立っていた声の主はファングだった。
「チッ、鬼鮫とぶつかり合って潰し合ってくれりゃ助かったんだがな…」武彦が銃を構える。
「こんな生温い感情の持ち主達と行動していたとはな。柴村だけが“この状況”をしっかりと見極めているといった所か」ファングが百合を見つめて呟く。
「あら、貴方に褒められるとは思わなかったわ」百合が空間接続の準備を進ませながらファングへと答えた。「エヴァと巫浄 霧絵の繋がりを考えれば、ここで退いた理由も解る。でも、貴方は違うわよね」
「無論だ」ファングが美香に目掛けてナイフを投げつける。
 ガルムが尾を振り、ファングの投げたナイフを弾く。落ち着いた表情をしていたガルムが一変、低く唸りながらファングを睨み付ける。
「飼い犬にでも成り下がったか、ガルム」ファングが嘲笑を浮かべる。「冥府の番犬とは聞いて呆れる」ファングの挑発に、ガルムが咆哮をあげる。
「ダメ! 挑発に乗らないで!」
 美香の声など聞こうともせず、ガルムがファング目掛けて突進する。崩れるフェンスと共にファングが姿を消す。
「おいおい、事態は無事解決って流れだったっつーのに!」翔馬が思わず声をあげる。
「ファングの狙い通りにはさせない!」百合が巨大な空間接続を完成させ、ガルムが吸い込まれる。「みんな、飛び込んで!」
「チッ、しぶといな」ファングが百合の近くへと姿を現し、百合へと突進する。が、翔馬が百合の目の前へ飛び出し、ファングの狙いを阻止する。
「くっ…! おもっ…」
『翔馬殿、加勢する!』スサノオが翔馬の横に姿を現し、ファングへと刀を振り下ろすが、ファングが後ろへ飛び、重心を低く構えて睨み付ける。
「美香! ディテクター! ガルムを!」
「うん!」美香がガルムを追って空間接続の扉へと飛び込む。
「あぁ、解った!」武彦もまた美香を追う様に飛び出し、その場から姿を消した。
「…貴様ら二人で、この俺を止めるか」ファングが嘲笑う様に呟く。
「ヘッ、お前を止めれるかどうかは解らねぇけどな。とりあえずガルムは残念だったな。美香が一緒にいりゃ、ガルムは大人しくなるんだよ!」
「それはどうかな?」ファングが呟く。
「何か知っている様な言い方ね、ファング」百合が向き直る。
「お前の事だ。ガルムを連れ出すのに適した広い場所と人のいない場所。我々の旧訓練地域でも選んだのだろう」
「…それって…」
「えぇ…、ファングの読み通りよ…。旧戦闘地域。つまり、富士の高原」百合が苦々しげに呟く。
「だが、これを読んだのは俺じゃなく、盟主様だ。あの方は貴様の狙いを読み、ある仕掛けを施した」
「…っ!」
「仕掛けだと!?」






――。






 富士の高原。あまりに殺風景な世界にガルムと共に美香と武彦が姿を現した。ガルムは周囲を窺う様に匂いを嗅ぎながら身構えている。
「富士の高原…。どうにかガルムを街から隔離するのは成功したみたいだが…」武彦が呟く。
『問題は、この後よね。予想外な邪魔が入ったせいで、百合の合流が…』
「でも、ガルムは私を憶えていてくれるみたいだし…」
 美香の言葉を遮る様に、突如ガルムが咆哮をあげる。美香がガルムの目を見ると、先程までの穏やかさは消え失せている。
「どういう事だ…!?」
『…妖気の奔流…。美香、一度離れなさい!』
 ユリカの言葉を聞いた美香が距離を空ける為に後ろへと飛び退く。ガルムが牙を剥き出しにしながら唸り、美香と武彦を睨み付ける。
「どういう事?」
『多分、ここって霊力が多く集まる場所ね。何かを細工されてるわね。ガルムが正気を失っているわ』
「来るぞ!」
 武彦の声と共にガルムが飛び掛る。美香と武彦が左右へと飛び、避けた途端、武彦目掛けて前足をなぎ払う。
「くそ…っ!」避けきれないと武彦が感じた途端、美香が武彦を連れて更に遠くへと移動する。「…っ! 悪い、助かった…」
「いえ…。でも、どうして…」
『今のガルムには意志がないわ。あるのは衝動だけ…』ユリカの声すらも苦しそうに歪み出す。『この“音”のせいね…』
「音?」美香が尋ねる。
 確かに、ユリカの言う通り音が原因かもしれない。美香がガルムを見つめると、ガルムは頭を振りながら苛立った様子で周囲へとその苛立ちをぶつける様にもがいている。
「“音”が原因なら、その原因を叩くしかないって事か」武彦が周囲を見つめる。
「もしもそうだとしたら、ここに連れて来られる事を読まれてたって事?」
『多分…ね…! ダメ…、気が遠くなる…!』
「ユリカ!」
 ガルムが二人へ目掛けて襲い掛かる。美香は仕方なく右腕のガントレットを構えながらガルムへと突っ込む。
「させない! 止まって、ガルム!」美香がガントレットを叩き付け、青い閃光を走らせる。閃光にたじろぐガルムを見るが、やはり目付きは相変わらず殺気立っている。
「美香! どうすりゃ良い!?」
「“音”です! 何かが“音”を放ってガルムとユリカを苦しめているみたいで…!」
「…音、か…。解った、なんとか持ちこたえろ! “音”とやらの正体を探す!」
「お願いします!」美香が再びガルムに突進しながら答える。ガルムが再び美香へと前足を薙ぎ払うが、美香はガルムの攻撃を避け、ガルムの速度を遅くした。
『くっ…』
「ユリカ、何とかするから待ってて…!」





――。





「―クソ、急いで美香達と合流しなきゃならねぇってのに…!」翔馬が膝をつき、息を整えながらファングを睨み付ける。
「はぁ、はぁ…。さすがはファング…。戦闘センスの高さは尋常じゃないわね…」
「柴村。貴様が集めた仲間はこんなものか…?」息一つ切らさず、ファングが立ってナイフを手に持つ。
「フザ…けんな!」ファングへと翔馬が飛び掛る。
『翔馬殿!』スサノオの制止を他所に、ファングが翔馬の攻撃をあっさりとかわし、翔馬を蹴り飛ばした。
「翔馬!」
「がはっ…」
「…ファング…!」百合がファングを睨み付ける。
「終わりだ、柴村!」
 ファングが百合へと襲い掛かる。




 絶望的状況が訪れようとしていた。美香と武彦、翔馬と百合。それぞれ対峙する厳しい状況の中、激戦は加速していく。






                               to be continued....




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依頼参加有難う御座います、白神 怜司です。

草間興信所とは対照的に、時系列的には“現在”を書かせて
頂いた、Episode15です(笑)


虚無の計画が動きだす一日目、
早速苦戦を強いられる四人はこれからどうなるのか。

そして、草間興信所編に追いつく迄に至るまで、
色々盛り込みます!

今後とも、宜しくお願い致します。


白神 怜司