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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


内通者-T






□□研究所B2F・奈義 紘一郎専用研究室□□




「内通者のいる可能性、か」
 “奈義 紘一郎(なぎ こういちろう)”は相変わらず“整然と散らかされた”研究所にある自室で呟いた。長身でがっしりとした四十を越えた銀縁の眼鏡をかけた男。その風貌とは裏腹に、随分とピシっと整った白衣を身に纏い、銀色の髪。髪は生まれつきの色らしく、当人は気にする様子もないが周囲からはなかなか奇抜な格好に見える。
 とは言え、つい先日まではよれよれの白衣に無精髭を生やしていた。仕立ての良い白衣を手に入れ、ついでに髭を剃っただけの事。この清潔な状態がいつまで続くのやら、と周囲で密かに賭けの対象にされていた。







                     ――“虚無の境界”。



 表の世界には知られていない、過激な組織とも言われる組織がある。世界を虚無へという思想は、おおよそ毒薬を散布した何処ぞの組織よりもよっぽど危険な存在ではあるが、警察組織やマスコミは彼らには抵触しようとしない。そもそも、“虚無の境界”は異能の力を使った組織であり、一般人では対抗する事など不可能にすら思われる程の超人が何人も所属している。
 そんな危険な組織の内部にいる研究者がいる。彼らは“霊鬼兵”と呼ばれる戦闘兵器の開発や人体実験。更には異国文化の黒魔術等にも手を伸ばした幅広い分野への研究に手出ししている。



               ――紘一郎もまた、その研究者の一人だった。



 紘一郎もかなり変わった性格をしている。結婚歴もなく、研究一筋に生き、周囲を顧みない性格や、先にもあげた不精髭やよれよれの白衣もまた、なかなか今時らしくはない。
 そんな紘一郎以上に、変わった人間達が溢れる研究所と組織だ。紘一郎がわざわざ周囲の人間と関わりたがらないのも無理はない。だが、そんな紘一郎も今回の内通者騒動にはそうも言っていられない。



「よりにもよって、俺の研究対象だしなぁ…」ポリポリと頭を掻きながら紘一郎が呟いた。
 彼自身が携わっている研究は生物兵器の開発だ。そのデータを集計し、統合するのにどれだけの莫大な予算と時間を浪費してきたのか。紘一郎はそれを考えただけで深く重いため息を吐いた。






 ―話はその日の朝に遡る。研究所に閉じ篭りがちの紘一郎にとっては時間的脈絡は存在しないが、時間や周りの連中の顔を見る分には朝で間違いない。そんな事を判断材料にしながら紘一郎は朝か夜かを確認した。
「何でも、組織に内通者がいるらしいんですよぉ」
「あぁ、その噂なら私も聞いているわよ」
 二人の若い女性研究者が食堂で話をしていた。紘一郎は何の気なしに話しを聞いていた。
「先輩も知ってたんですか? 生物兵器の研究データの防護プログラムにアタックされた形跡もあって、でもそれって内部のパソコンからじゃないとアクセス出来ないらしいんですよねぇ」
「ネットワークに繋いでないからね、ウチの研究所。でも、奈義さんの研究データなんでしょ? だったら大丈夫よ」
 何がだ、と言いたい気持ちを堪えながら紘一郎がコーヒーを口に含む。
「どうしてですか?」後輩の言葉に思わず紘一郎が頷く。
「だって、あの人の研究資料って専門用語ばっかりで暗号みたいなモノだもの。外に流出したって、誰にも解読出来ないわよ」
「あ、そうなんですか」
 二人の会話を聞きながら紘一郎は左手を胸の前で組みながらコーヒーを再び口に含んだ。憤慨するつもりもなければ、関わる気もない。しかし、自らの研究データを他人に盗まれる等、願い下げである。







 ――そして今、紘一郎はこうして自分のパソコンと睨み合いをしている最中だ。インターネットに繋いでいる訳ではない彼のパソコンは、確かに外部からの進入は難しい。内部ネットワークからの直接的な干渉であれば、“内通者”の存在は明白。
 今朝の女性研究員達の会話だけではない。ここ数日、“内通者”の存在は密かに囁かれている。もっとも、紘一郎がそういった周囲の話題には疎い為、細かい話を聞くつもりもなく、BGMでも聴いているかの様に耳に飛び込んできた情報に過ぎない。
「さて…、どう動くべきか…」
 紘一郎の社交性では疑わしき人物すら浮かんで来ない。他人に興味を持たない紘一郎の性格を考えれば、それも仕方ない。とは言え、このまま手をこまねいている場合ではなさそうだ。
 紘一郎は静かに思考を巡らした。例えば“内通者”がいるとして、自分が研究している“生物兵器”という特殊かつ特定の分野の情報を欲しがる理由。商業的に、研究所の摘発の為に。どちらの可能性も捨てにくい。動機はいくらでも想像がついてしまう。
 再び紘一郎は考えた。研究所内にいる“内通者”になり得る可能性の持ち主。個々の素性は解らないが、自分の様に個人の研究室を構えている人間。そうなれば人数もだいぶ絞れるだろう。
 紘一郎の研究室へと入り込んだ人間を頭の中で模索する。が、この研究施設は“虚無の境界”の恩恵を受けている為、セキュリティは万全だ。紘一郎の使っているこの研究室も静脈認証を行わなければ開かない。やはり“内部”からのアタック。紘一郎の考えは一巡して振り出しに戻る。
「…これだから対人関係ってのは…」
 紘一郎は研究室を後にした。心当たりもないまま情報を探るなど、実に非効率的だ。しかし、考えていてもしょうがない。紘一郎は情報を収集すべく、貴重な研究時間を割く事にした。







■■研究所1F・食堂■■



 閉鎖的な地下へと伸びる研究所の造り。そんな研究所の一階に設けられたこの食堂には作業を中断した研究員が立ち寄る。時間の関係ない仕事だというのに、きっかり昼食時に昼食を済ませたがる人間はやはり多いらしい。紘一郎がこんなにも混み合う時間に食堂に来る事はないが、やはり人混みは情報が行き交う。
「おい、例の“内通者”の事、何か解ったのか?」
「いえ、一向に足取りは掴めませんね…」
「まったく…。このままじゃデータを盗まれてしまうだろうが…」
 一人の研究員と所長が話しをしている。明らかに不機嫌そうな所長は周囲を見回しながら“内通者”と思しき不審者を探している。あれではまるで、因縁をつけようとしているチンピラの様だ。程なくして所長の目が紘一郎に留まる。
「奈義クン!」こっちへ来いと言わんばかりに紘一郎を手招きする。
「…(…長話なら遠慮したいんだが…)」紘一郎は軽く会釈をして歩み寄り、所長と研究員が座るテーブルに座った。「おはようございます、所長」
「キミはどう思うんだね?」
「はい…?」
「例の“内通者”だよ。キミの研究ファイルにアクセスした形跡がある。当事者として、狙う人間に心当たりはあるのかと聞いているんだ」
 耳が遠いのだろうかと思うぐらいの大きな声だ。おかげで食堂内は静まり、紘一郎の発する言葉に耳を傾けている。普段なら願い下げな状況ではあるが、この状況を利用せざるを得ない。見当もつかないのなら、炙り出してやる迄だ。紘一郎はそう思いながら口を開いた。
「…ご安心下さい、所長」
「お? 何か対策を取ったのか?」
「えぇ、ちょっとした細工を施しましたので」嘘くさいまでの得意げな表情を浮かべて続けた。「私の大事な研究データですので」
「ほう、どんな対策を?」
「内部ネットワークを使って入り込もうと言うのなら、内部ネットワークにデータを残さなければ良いだけの事です。ちゃんと私自身が持ち歩いていますから」そう言って紘一郎はこれ見よがしに一本のUSBのメモリースティックを手から覗かせた。
「おお、それは妙案だ」相変わらず大きな声で所長が紘一郎へと声をかけた。「“内通者”には気をつけたまえよ。我々もすぐに見つけられる様に尽力するつもりだ」
 大声で安心した様子で歩く所長と、付き添っていた研究員。紘一郎は周囲の人の流れが再び動き出す。
「…(これでここにいる人間は“俺がデータを持ち歩いている”と認識した。であれば、俺に接触をせざるを得ない…。餌をまくには絶好のチャンスだったな…)」紘一郎は立ち上がった。「(見せ掛けのメモリースティックに釣られ、或いは何かしらの手を打ってくるか…。見物だな…)」





「…面倒な事をしてくれる…。罠にでもかけるつもり、か…」
 一人の男が小さく舌打ち混じりに呟いた。






■□研究所B4F・施設内廊下□■




「奈義さん、お早う御座います〜」
「あぁ、おはよう」
 紘一郎に声をかけてきた眼鏡をかけた黒髪の若い男は紘一郎へと小走りに駆け寄り、前を歩いていた紘一郎の隣を一緒に歩き出した。彼の名前を紘一郎は知らない。研究以外の事に無頓着な紘一郎の性格はそんな所にも顕著に表れていた。ただ上からの命令で助手として使ってはいるものの、交流を深めるつもりもない。
「やっぱり、ピシっと着込んで身だしなみを気をつけさえすれば、奈義さんってカッコ良いですよねぇ」
「褒めても何も出ないぞ」紘一郎はこれっぽっちも褒められた事を受け取るつもりもない様に無表情で答えた。
「それより、研究データが狙われている噂はやっぱり本当みたいですね」
「あぁ。内通者は確実にいるらしい。」
「内通者、ですか…。パソコンにアタックされた形跡でも?」
「あぁ、うまいけどトラップには引っかかったみたいだな」
 珍しくも饒舌な紘一郎の姿に思わず助手の男は少し驚いていた。普段は簡単な返事や応対しかしない紘一郎がいつになく上機嫌に見えていた。








               ――内通者と奈義 紘一郎の静かな戦いが始まる。




                                         to be continued



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依頼参加、有難う御座います。白神 怜司です。

全三話構成のオープニングという事で、“内通者”という存在。
目的や行動は一切未だ明かされていませんが、
せっかくですので幕開けは一手先手を打って炙り出す方法を
取ろうとする奈義さんからスタートさせて頂きました。

次話でのプレイングに応じて、展開を決めさせて頂ければと思いますので、
是非自由な展開をお楽しみ下さい。


今後とも、宜しくお願い致します。


白神 怜司