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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


内通者-U







■□研究所B2F・奈義 紘一郎専用研究室□■





「ふぅ…」
 数時間後、一通りの研究を終え、部屋に戻るなり紘一郎は小さく溜め息を吐いた。それはデータを強硬手段で奪おうとする様な事態に合わずに一日を過ごせた安堵による物か、或いは終わらない内通者との見えない対峙によって辟易とした物なのかは紘一郎にも解らなかった。



 静かに思考を巡らす…――。



 先日から続いている内通者騒動。紘一郎は既にネットワーク管理者に問い合わせ、ファイルアクセスの形跡から通常の技術を使ったクラッカーか、異能の力で侵入を試みたのかを確認していた。


 ―答えは後者だった。


 それもそうか、と小さく紘一郎が溜め息を漏らした。一般的な技術を利用するクラッカーが、恐れ多くもこの“虚無の境界”の息がかかる研究所で形跡を残し易いアクセス方法を利用してくる様なリスクを負うつもりはないらしい。


 ―だが、それを踏まえた上でも紘一郎の読みは当たっていた。


 異能を使っているのだとすれば、それは痕跡すら残らない可能性もある。だが、そこまで精密な盗みを行うには、“盗みの獲物”を把握している必要がある。それに比べて、異能の持ち主…。つまり内通者と呼ばれている犯人は、『私のデータ』への徹底的な介入を試みているらしい。電子機器に影響はないが、それぞれのファイルが同じ様に壊れているのは異能によるものの可能性が高い。管理者から情報を得た事で、紘一郎の勘は自然と肯定されていく。


「―…噂を大きくしたのはそれが狙いか?」紘一郎は確認するかの様に自分へと問いかける。


 内通者の存在を自ら広め、紘一郎自身にデータを持ち出させる事。それこそが一番重要なデータだと確信する為の一番の近道ではないだろうか。もしもそうだとしたら、紘一郎はその一手に乗った形となる。だが、不利な状態ではない。物理的に奪いにかかって来れるだけの状況を作った内通者の作戦は成功した。が、それと同時に、紘一郎のデータの『何が重要』なのかを解っていないという事は明白。


「―…だとすれば、内通者の“背後”に何かがある、という事か…」



 紘一郎は思い立った様に立ち上がり、自室を後にした。









□□研究所B4F・施設内廊下□□





「あれ? 奈義さん、どうしたんです?」助手の男が紘一郎を見つけて小走りで近寄って来る。
「あぁ、少しばかりな」多くを語ろうとせず、紘一郎は助手の男がつけているネームタグへと眼を向けた。「…“菱沼”君、一つ頼まれてくれないか?」
「え…? は、はい」思わず名前を呼ばれた事に驚いた様子を見せながら、助手の菱沼は慌てて返事をした。
「これを君に預けておこうと思ってね」紘一郎は一周囲を見回し、誰もいない事を確認すると、一本のメモリースティックをポケットから取り出し、手渡した。
「これは?」菱沼が尋ねる。
「今回狙われていると思われるデータの全容だ」
「そ、そんな大事な物、僕に預けて良いんですか?」菱沼が思わず問いただす。
「…あぁ、外部に持ち出したデータを誰かに預ける事は、内通者にとっても容易には想像しにくいだろう」
「確かにそうかもしれませんけど…」
「そのメモリーの中に研究データは“全て”入っている。勿論、今の状況でバックアップは取るつもりもない。キミと私だけの秘密にしておいてくれ」
「…っ! は、はい!」菱沼がデータをギュっと握り締め、ポケットへと手を突っ込んだ。「それにしても、内通者の存在に目処はついているんですか?」
「…いや、正直な所、まだ見えていない」紘一郎が歩き出すと、菱沼も隣を一緒に歩き出した。「俺も研究所仲間の対人関係こそ詳しく知らないが、研究内容とその力量は把握している。アクセスしてきた人間さえ特定出来れば、と思っていたんだが…」
「…?」
「どうやら相当の実力を持ったクラッカーらしい。痕跡すら残してくれていなかったよ」
「そうですか…。せっかく奈義さんが一生懸命やってきた研究を、横から持ち逃げされる様な結果にはしたくないですね…」
「あぁ。だからこそ、キミの協力が必要だ。外部に持ち出したデータこそが重要だと、内通者はそのメモリーを狙って来るだろうからな」
「奈義さんが持っていなければ、下手な真似も出来ないでしょうからね。解りました、必ず守ります」
「ただし、私がいない所でそれを開かない様にしてくれよ」紘一郎が続ける。「パスワードを三回間違えてしまったら、中のデータは破棄されてしまうからな」
「パスワード、ですか?」
「あぁ、そうだ」
「解りました」
「私は一度自室に戻って今日は休ませてもらう。菱沼君も、今日は帰って休むと良い」
「え…あ、奈義さん…―」
「―しっかり寝るんだ。明日も研究だぞ」
 紘一郎はそう言って、菱沼に見送られながら再び自室へと戻って行った。





 ―表立った舞台での内通者とのせめぎ合いの一日目が終わろうとしていた。





■□研究所B4F・施設内生物兵器開発実験室□■






 既に時刻は深夜。研究所内も随分と静まり返り、研究所内は不気味な静けさを醸し出している。
「……」
 実験室の電気は消えたまま、デスクの机の電気だけが点いている。そんな中で菱沼は椅子に座りながら、紘一郎から預かったメモリーを見つめ、周囲を見回した。人の気配はない。そう確信し、安堵の溜め息を吐いて振り返る。
「…研究データの全容を、僕みたいな一介の研究者に渡すなんて…」
 菱沼は呟いた。今、このデータを欲している人間がいるにも関わらず、その目星はついていない。つまり、もしも“内通者”がデータの所在を知っていれば、確実に狙われる。
「…嫌だなぁ、こんなの持ってるの…」菱沼が溜め息混じりに愚痴を漏らす。
 しかし、菱沼はその後、小さく少しだけ微笑んだ。紘一郎を慕っている部下として、名前を呼ばれ、大切なデータを任された事。それは、紘一郎が少なからず自分を信用してくれている証拠だ。菱沼はそんな喜びを小さく噛み締めていた。
「…っ!」
 突如背後から物音がして菱沼は振り返った。人影はない。菱沼の身体が強張り、嫌な汗が頬を伝う。
「…だ、誰かいるんですか…?」
 いる筈のない人影に向かって菱沼は声をかける。が、やはり返事はかえってこない。菱沼は恐る恐る立ち上がり、物音のあった方へと歩み寄った。
「―がっ…!」
 唐突に後頭部に鈍い音と共に激痛が走る。何かで殴られた。朦朧とする意識の中で、倒れ込みながらも犯人の顔を見ようと首を動かすが、暗闇の中で顔が見えない。
 犯人は菱沼のポケットをまさぐり、メモリースティックを抜き出そうとしている。
「…やらせ…ない」菱沼は犯人の腕を掴み、小さく呟いた。頭から生暖かい血が流れていく感触が伝わる。「…奈義さん…の…大切な…」
「…チッ」男が手に持っていたパイプを振り上げ、菱沼へと振り下ろす。
 何度も振り下ろし既に菱沼に意識はない。男はそれでも離れない菱沼の手を振り解き、ポケットに入っていたメモリースティックを抜き出し、その場を後にした。









■■研究所B1F・特別治療室■■






 危険な実験や研究には、それ相応の被害が出る。そんな研究員を救うべく、最先端の医療用具まで揃えたこの研究所は、病院と同等の治療が可能だ。製薬会社という表向きの看板を利用し、紹介先に売りつける名目で買い揃えてきた医療用具。それらが今、紘一郎の眼前で菱沼に使用されている。
 騒ぎに“気付いた”紘一郎が実験室へ向かうと、そこには血だらけで倒れている菱沼の姿があった。何度も執拗に殴られた形跡。それを見るだけで、菱沼が一生懸命にメモリースティックを守ろうとした事は見て解った。割れた眼鏡と、血だらけの白衣。
「…ッ」紘一郎は壁を殴った。
 迂闊、いや、軽率だった。名前も知らなかった部下を使い、データが全部入っていると嘘を吐いて菱沼自身にも疑いをかけた。その結果、従順にもデータを守ろうとして、今目の前で生死の境を彷徨っている菱沼の姿がある。
 普段は他人に構わない紘一郎も、この時ばかりは憤っていた。内通者に対して抱く怒りよりも、自分の取った行動が、菱沼を危険に曝した事に対して。
「…安心しろ、菱沼」紘一郎は静かに呟いた。「“印”は刻まれた。内通者は、炙り出してみせる」
 紘一郎は静かにそう呟いて、自分の仕立てたばかりだった白衣を脱がずに歩き出した。キチっと仕立てられた白衣に、菱沼の応急処置をしていた時の血が付着しているにも関わらず。
「…さて、あとは応用するだけだ…」







□■研究所1F・食堂■□





 さすがに奇異な目で見つめられ過ぎる。奈義は自室で一度白衣を着替え、食堂へとやってきた。情報の行き交う食堂。紘一郎はいつもの様に自販機の前でコーヒーを口にしながら周囲を見つめる。
 既に菱沼が襲われた事は周知の事実となっている様だ。紘一郎を見る目が畏怖にも似ている。今紘一郎に関わる事は自らを危険に曝す事だとでも思われているのだろうか。
「…(…条件発動魔術…。あのメモリーを操作すれば、『最後にメモリーに触れていた人間』の手の甲に焼印が刻まれる。簡単な魔術だが、これで犯人の目星はつく)」
 紘一郎がメモリースティックに施した魔術。それが発動し、刻印がついた事を知らせる、紘一郎の部屋にあった蝋燭。それに青い炎が点いたからこそ、紘一郎は菱沼の元へと向かったのだった。
「川井さん、手を怪我してたんだよなぁ」
「手? 昨日の実験中に何かあったっけ?」
 二人の研究者がそう話しながら自販機の前へとやってきた。
「さぁ? 俺は見てないんだけどな。包帯巻いてたからさ」
「ふーん…?」
 紘一郎が二人の会話を聞いて記憶を蘇らせる。
「…(…“川井 幸仁(かわい ゆきひと)”。確か、戦闘用兵器開発部の副主任か…。配属されたのは去年だったか…)」



 紘一郎が歩き出す。向かう先は、川井の元へ…――。




 
                                               to be continued.






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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。


さて、三話構成のお話、第二話終了しました!
お楽しみ頂けてますでしょうか?

第三話では、川井との対峙となります。


お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。


白神 怜司