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限界勝負inドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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そう言えば、この風景は見た事がある、とセレシュ・ウィーラーは思った。
景色は既に一変しており、薄暗い、石造りの壁が四方を囲う、朽ちた遺跡の中だった。
柱が幾つか倒れているが、それでも頑丈な天井が落ちてくるようなことはなさそうだ。
朽ちている、と言っても作り自体はしっかりしている建物である。
「やっと、見つけた」
セレシュのモノではない、少女の声が石壁に反響する。
気がつくと、大広間の入り口に、冒険者としてそれなりの恰好をした人間が立っていた。
声から察するに、歳若い少女か。
セレシュは出来るだけゆったりと動作し、首をもたげる。
「……我が守護する聖域に踏み入るのは、何者か」
「アンタに名乗る名前なんか無いわ」
跳ねっ返りの強い返答に、セレシュは内心でムッと口を曲げる。
しかし調子を崩さず、片手を掲げて、先ほどよりも強い調子で声を出す。
「如何なる者も、許し無き場合はここを通すわけにはいかない。即刻立ち去るか……それとも」
「一戦交えようってんでしょ? わかってるわよ」
少女は背負っていた、彼女の背丈ほどもある長い杖を振り回して取り出し、宝石のついた先端をセレシュに向けた。
「こっちはそのつもりで来てんのよ。御託はいいから、さっさとかかってきなさい」
とりあえず、セレシュがカチンときた事には、間違いない。
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調子付いているのは、若気の至りと言うヤツだと思っていた。
年端も行かない人間にはよくある事だ。
自分の力を過信し、身に余る言動を取ってしまう事はままある。
だが、それをセレシュが看過するかどうかまでは、別の話だ。
「よくも言った、人間よ。しかし分を弁えぬ言葉は死に直結するぞ!」
セレシュは大きく瞳を見開き、少女を睨む。
途端、パキっと無機質な音が大広間に響き、石壁にひびが入る。
まるで圧倒的なプレッシャーに悲鳴を上げたようだったが、無機物はそんな事はしない。
石壁が、なおも石化したのだ。
セレシュの特殊な魔眼、それは伝承に聞くゴルゴンのそれと同一である。端的に言えば見たモノを石化させる魔眼。
彼女の視界の全てが一瞬にして色を失い、硬くなり、動かなくなる。
よく見れば大広間の影には、幾つか人のような、動物のような、細部に至るまで緻密に彫られた石造があったが、どうやって出来たかについては想像に難くない。
全て、セレシュの魔眼によって石化された、元生き物である。
そして今、セレシュは入り口を見た。
そこには確かに、乱入者である少女がいたのだ。
彼女も当然、石化するはずだった。しかし、
「ぐっ……」
「あら?」
セレシュが声を上げる。よく見てみると、少女はまだ色を失わず、石とは化していない。
稀に魔力抵抗の強い者や、元々石化に対する対抗魔術を使っている者は、セレシュの魔眼の効きも悪くなる。
少女はどうやら……前者のようだ。
「くっ、なるほどね。どうやらその姿、伊達や酔狂じゃないらしいわね」
セレシュの姿は、見るも見紛うはずもなく、伝説のゴルゴンのそれ。
後手を取ったと言わんばかりに悔しそうな顔をしている。
しかし、悔しいのはセレシュも同じだ。
一撃必殺の特技を凌がれたのだ。悔しくないわけもない。
「あ、貴女! 一体なんなの!?」
「……えっ?」
感極まって発したセレシュの声に、少女は呆気に取られたように首をかしげた。
今の言い方では子供が発奮したようにしか聞こえなかったのだろう。今までの雰囲気が台無しだ。
しかし、セレシュは誤魔化すように二度ほど咳払いし、少女に向き直る。
「よくぞ我が魔眼に耐えた。褒めてつかわそう、人間よ」
「気を取り直そうとしているところ悪いけど、私にはあんまり時間がないのよね!」
少女は杖を振り回して、空中に魔法陣を描く。
そこから飛び出したのは、幾本もの魔法の矢。
少女の周囲から三百六十度、グルリと展開した魔法陣から発生した矢は、しかしターゲットロック機能でも有しているかのように、セレシュに向かって飛び始める。
「くっ!」
慌てて防御術を展開する。
セレシュは自分の前面に防御用の魔法障壁を発生させ、全ての矢を受け止める。
しかし、矢の勢いはすさまじく、障壁は一瞬でズタボロになってしまった。
「なんて威力……こんなの聞いてない!」
魔眼は通用しない、攻撃力はハンパない。
少女はここ最近で、五本の指に入るほどの厄介な侵入者だった。
「私がいつまでも同じ場所にいると思ったら――」
気がつくと、セレシュの右脇から声が聞こえる。
何十メートルもあった距離を一瞬にして縮めた少女が、そこにいた。
杖の先端には凝縮された魔法陣が描かれ、引き金が引かれるのを待っている。
「――大間違いよっ!」
ほとばしる閃光。それはセレシュを完全に捉えたか、と思われた。
しかし、何の間違いか、狙いが逸れる。
セレシュは肩に光線を受け、痛々しく抉られるが、それでもこの程度の傷では絶命には到底至らない。
フェイントか何かか、と思って警戒したものの、少女は慌ててセレシュから距離をとった。
「……どういうつもり?」
セレシュが尋ねるが、少女は何も答えない。
あの魔法は、やろうと思えばセレシュに大ダメージを与える事が出来たはず。
それをしなかったと言うのは、相手の手心と言うことだろうか?
だが、それならば先ほどの言動との矛盾が生じる。
少女は『時間がない』はずだ。
「貴女、人間のクセに生意気なのよ! 手加減しようってんなら、私にだって考えがあ……、あるぞ、人間!」
「取り繕おうったって、限界があるわよね、ゴルゴンさん?」
少女の見透かしたような笑顔に、セレシュは喉を鳴らす。
一応、自分はゴルゴン。神獣、幻獣の端くれだ。それなりの矜持もある。
だから侵入者相手には出来るだけ恰好良く、出来れば偉そうに、ふんぞり返って、余裕綽々で圧倒したかったのだ。
だが、今はもう、それも叶わないようである。
「それに、どっちかって言うと、地の方が好感触よ?」
「人間ごときに好かれようとは思わんわ!」
とは言ったものの、こうなってはセレシュの手札は乏しい。
攻め手と言えば、魔眼による石化が最大の切り札であり、唯一の有効手段である。
それが防がれるとなれば、どうしようもない。
あと残された策と言えば、相手が人間だと言う事に付け入り、疲労を待って隙を突くという戦法。
いまいち荘厳さに欠けるので、取りたくはない戦法だったが、こうなっては仕方ない。
「かかってくるが良い、人間! その分不相応な振る舞い、身をもって償わせてくれよう!」
「……じゃあ、お言葉に甘えてっ!」
少女の杖の先に、またも魔法陣が浮く。
先ほどの光線のような威力の魔法が飛び出すのなら、並みの防御魔法じゃ防ぎきれない。
気合を入れて、厳重な防御魔法を繰るセレシュだが、その時ふと気付く。
少女の構えが固い。
初撃は目くらましから距離を詰め、そのまま攻撃に転じたアクティブさを見せたのに、今回は何の奇策もなく、ベタ足で構えている。
相手も策が尽きたのだろか? いや、そうではないのだとしたら?
よく見ると、少女の顔は苦痛に歪んでいる。
「貴女……もしかして」
セレシュは一つ思い当たった。
最初の魔眼が効いているのだ。
思えば、光線の狙いが外れたのも謎だったが、あれは石化による影響で狙いが外れたのだろう。
だとすれば、今も石化が進み、セレシュを翻弄するような策が取れない可能性は低くない。
「くくっ、見栄張っても遅いわよ! 私、全部わかったんだから」
「ふん、だったらなんだって言うのよ。私は貴女を殺すわ! そのために来たんだから!」
杖を構える少女。
しかし、魔眼が効いているとわかれば、セレシュにも戦い方はある。
光線が飛び出す前に、セレシュは床を蹴った。
ゴルゴンと呼ばれる神獣、幻獣であるセレシュ。その身体能力も見かけどおりの女の子というわけではない。
少女が構える杖の射線上から逸れ、回り込むように移動する。
当然、少女はセレシュに狙いをつけようと身体を動かそうとするだろう。
だが、しかし、足は言う事を聞いてくれず、
「ぐぁ……っ!」
痛みに声を上げて、その場に膝を突く。
「ふふふ、もうそろそろ片足が動かなくなってきたんじゃなぁい? そんな事じゃ、まともに私に狙いもつけられないわね?」
「う、うるさいっ!」
目に見えて焦りが出ている少女。
どうやら時間がない、とはこの事だったようだ。
最初にセレシュに睨みつけられた時点で、彼女自身には石化の呪いがかけられていると自覚は出来ていたのだ。
故に、自分が石化してしまう前にセレシュを倒そうと、短期決戦に打って出たのだろう。
だが結果はどうだろう。セレシュを倒す事は出来ず、身体は石化の呪いに蝕まれている。
「くそっ、くそっ! 動いてよ、私の身体……っ! こんなんじゃ……」
「はいダメー、もう無理ー。よくもまぁ、そんななりで私に勝とうと思ったもんだわ!」
セレシュは少女に近付き、首元を掴んで持ち上げる。
「ぐぅ……」
「なっさけないの。腕まで石化しちゃって、もう杖を振り回すことも出来ないじゃない」
ケタケタと笑うセレシュを前に、何も出来ない自分が悔しかったか、少女は涙を溜める。
セレシュは少女を放り投げる。少女はまともに受身を取る事も出来ずに、床を転がった。
鎧も着てない少女が床に転がったのに、やけに重たく、硬い音がした。
「その身体じゃ、じきに全部石になっちゃうわね」
「くそ……くそ……ぅ」
最早、全く動かなくなってしまった少女の身体。
しかし、それでも少女はセレシュを睨みつける。
「チクショウ……絶対、絶対……殺して……や……」
言葉を最後まで言い終える事もなく、少女は完全に石化した。
それを眺めていたセレシュは、ややしばらくして、少女だった石造に近付く。
近付いてみると、もう既にそれは精緻に作られた石像に他ならない。
今の今まで生きていたとは思えないほど、どこにも生気が感じられない。
セレシュを睨みつけていた、強い光を放つ瞳も、もう既に中空を眺める石の瞳に過ぎない。
「あーあ、終わった」
詰まらなそうに、セレシュは呟く。
石化したばかりの少女を突き、ため息をついた。
セレシュの肩は、もう既に再生を始めており、すぐにも傷跡すらなくなるだろう。
そうなれば、この少女の生きた痕跡など、この場からなくなる。
あるのは、彼女に良く似た石像だけ。
「貴女は何をしにここに来たのかなぁ」
何か目的があった様だった少女。しかし、その意図を知ることはもうないだろう。
退屈な日々が戻ってきた事に、セレシュはあくびをして、元の定位置に戻った。
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「酷い……夢を見たなぁ」
寝床でパチリと目を覚ましたセレシュは、そう独り言を呟いた。
アレは、昔々の思い出。実際にあったセレシュの記憶。
何故今、夢と言う形で思い出したのか、それはわからないが、とても懐かしく、あまり思い出したくない記憶だった。
「記憶から、消してしまいたい……」
布団の中にもぐりこみ、頭を空っぽにするように、セレシュは二度寝を始めるのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー (セレシュ・ウィーラー) / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
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■ ライター通信 ■
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セレシュ・ウィーラー様、ご依頼ありがとうございます! 『金髪、青眼はストレートに好きです』ピコかめです。
外見にズキュンと来ました。なんか……ありがとうございます!
一応、対戦相手の少女にも軽い設定をつけてみましたけど、それが生かされる場面がありませんでしたね!
まぁ、表に出ない設定ほど練り甲斐があるってもんです。
今回、勝敗で言えば、完勝です。まぁ、過去の戦いなので、負けるわけもないですが。
それでは、また気が向きましたらどうぞ〜。
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