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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


内通者-V









■■研究所B1F・特別治療室■■




 再び紘一郎は菱沼が眠る治療室へとやってきた。
「再生医療技術の応用…。無事に治ってくれれば良いんだが…な」
 紘一郎が菱沼の横に置かれた椅子に腰を降ろし、手に持っていた鞄からファイルを取り出した。【社外秘】と書かれたファイルをパラパラとめくりながら紘一郎は思考を巡らせていた。

 ―実に短絡的な犯行だと、そう感じざるを得ない。凶器を用いた殴打など、すぐに足がつく事は冷静に考えれば判断出来る筈の行動だ。
「…(…と言う事は、川井の背後に誰かがいる。そして、研究データの入手を催促されている状態、と考えれば辻褄は合う、か)」
 紘一郎が足を組み、書類に目を通した先に載っている、“川井 幸仁”の経歴書類を見つけ、手を止めた。
「…(…有名大学を卒業後、都内の薬学研究施設に在籍。昨年の春からウチに来た、将来を期待されている研究者の一人と言った所か。年齢はまだ三十…)」
 それにしても過去が明白過ぎる。それが紘一郎にとっては気掛かりだった。

 “虚無の境界”の研究に携わっている事は、誰にとってもその研究に行き着くだけの過程を持っている人間が多い。目の前にいる菱沼は、まさにそれを物語っている。
 菱沼は以前いた研究所では周囲とのやり取りすらうまく行かず、研究結果を横取りされていたらしい。その結果、彼自身は誰からもその才能を評価されずに埋もれていた。上がらない給料に、研究期間中の生活費等から首が回らなくなり、やがてヤミ金などから多額の借金生まれ、逃げる様にこの施設の門を叩いた。
 他の人間の細かい経歴は解らないが、この施設にいる人間はいずれもそういった過去を持っているか、マッドサイエンティストの肩書きが実に相応しい人間ばかりだ。


「…(…そんな中に、川井の様な明白で綺麗な過去を持った人間が来るなら、組織的な関与の可能性は必然的に高まるな…)」


 組織的な関与。その言葉に、紘一郎は“ある機関”を思い浮かべる。が、それは推測していてもしょうがない事だと、紘一郎はその考えを切り捨てた。

「…(考えるだけでは仕方ない…。用心するに越した事はないが、こちらのカードは“パスワード”だ。もう一枚ぐらい手札が欲しい所だが…)」

 紘一郎は手元で開いていたファイルを鞄にしまい込み、立ち上がった。







□■研究所B4F・施設内生物兵器開発実験室■□





 菱沼が襲われた一件から、一夜が明けた。その間に菱沼が流した血痕も乾き、赤黒く染まっている。新たな手掛かりが欲しい訳ではないが、つい紘一郎はその場に目を向けた。そして、更に奥へと進み、現在安定状態に入っている生物兵器、所謂“合成獣(キメラ)”の籠が安置されている部屋へと向かって歩いていく。
 顎に手を当てながら紘一郎は籠を見つめながら歩き続ける。“キメラ”を作り上げる上で重要なのは、能力や特性の掛け合わせだけではない。理性を持たせ、命令を聞かせる事にある。実験上、ここに保管されて生かされている“キメラ”は、その条件を満たしている。勿論、生みの親である紘一郎の言う事には従順に従う。
「…お前がいたな…」
 一つの籠の前で足を止めた紘一郎が静かに呟く。檻の中にいた七十センチ程の全長の鳥が紘一郎の顔を見つめて「キュルルル」と独特な音を喉で奏でた。












■□研究所B3F・戦闘用兵器開発実験室□■






「これはこれは、話題の奈義博士。この様な所へわざわざ何か御用向きでも?」
 滅多に訪れない客人である紘一郎に声をかけてきたのは、戦闘用兵器開発部の主任、“綿貫 圭一(わたぬき けいいち)”だった。年齢は紘一郎より二つ程上だったが、何しろ紘一郎を目の敵にしている男だった。
「あぁ、川井副主任に大事な話がありましてね」
「川井クンに? よもや、彼をあの可哀想な助手の代わりに連れて行こうとでも?」
「可哀想? 菱沼の事ですか?」
「いかにも。キミの様な男の元にいたから、今回の騒動に巻き込まれてしまった。そんな彼を可哀想と言わずに何と言え、と?」
「…そうですね。ですが、川井副主任を引き抜くつもりはありませんよ。手の怪我のお見舞い、といった所です」
「フン、つまらん男だ。川井クンは奥にいるが、研究データを保管しているのでな。盗まないでくれたまえよ」
「解っています」
 紘一郎は普段からこんな態度を取る綿貫が面倒臭く感じていた。何かとつけて因縁をふっかけ、喧嘩したがる。そんなやり取りも、随分昔に慣れてしまって、今更目くじらを立てる気にもならないが。

「…やはり来ましたか、奈義 紘一郎さん」
 研究データを保管している資料室の奥に立っていた川井が紘一郎へと振り返って声をかけた。
「…予測していた、という事かな」
「えぇ。まさか条件発動を行う魔術を施せるとは思っていませんでした…。驚かされましたよ」
 不思議な余裕に満ちた雰囲気を放ちながら、川井は静かに言葉を続けていた。自信か諦めか、紘一郎の中に疑問が生じる。
「魔術や錬金術にも多少興味があってね」
「…そうでしたか。情報不足でしたね…。こうして以前から会話をした事がある相手なら、私ももう少し万全の態勢で対応出来たのですが…。残念です」
 川井がそう告げると共に、目つきを鋭くさせる。
「…目的を吐いてもらおうか?」川井の豹変ぶりに戸惑いながらも紘一郎が尋ねる。「キミの様な頭の良い人間が短絡的な凶行に及んだという事は、時間がないんだろう? 背後に何がいる?」
「…冷静ですね。部下があんな目にあったと言うのに」
「感情に踊らされる事は苦手でね。こう見えても、多少の憤りは感じているがね」
「でしょうね。でなければ、こんな所にわざわざ出向くリスクを背負う事はなかったでしょう…」川井が小さく笑う。「奈義さん。大人しくデータのパスワードを教えてもらえますか?」
「断る、と言ったら?」
 そう言いながらも、紘一郎は嫌な気配を感じていた。追い詰められている筈の川井から感じられるのは余裕でしかない。白衣のポケットに手を突っ込んだままの川井の姿がそれを物語っている。焦りどころか、開き直った様にすら感じられる。
「それなりの事をしてでも、吐いてもらうまでです」
 瞬間、川井が風景に溶け込む様に姿を消した。
「…消えた…?」紘一郎が呟く。
「見えなくなっただけですよ」
 川井の声と共に紘一郎の脇腹に強烈な痛みが走り、その衝撃で身体を弾き飛ばされる。棚に身体を打ちつけ、紘一郎の表情が歪む。
「ぐっ…」
「滑稽な姿ですね」何処からともなく川井の声が響き渡る。「魔術や錬金術に詳しいとは言え、アナタのそれは魔法陣を必要とする初級や中級魔術。それを施す時間と手間がなければ常人に変わりない」
「…かく言うお前は、特殊な能力を持っているみたいだな」紘一郎が周囲の気配を探りながら静かに口を開いた。
「えぇ。透過能力ですよ」声が移動しながら挑発する様に紘一郎の周りをウロウロと動き回る。
「くっ…、菱沼を襲ったのもそれを使ったのか…」
「えぇ。近寄るには便利な能力でしてね」クスクスと川井が笑う。「なかなか往生際の悪い男でしたよ。手荒な真似をすれば、アナタに対する間接的な脅しになると踏んでいたのですが…。その目付きを見る限り、効果はなかった様ですね…」
「何故データを欲しがる…?」睨む様な目付きのまま紘一郎が口を開く。
「アナタには興味もない事かもしれませんが、そのデータを欲しがっている連中はゴマンといます。生物兵器というのは、それだけ魅力的な商売道具でしてね…」
「金の為に、といった所か…」
「えぇ。でなければ、誰が好きでこんな研究施設に入り込むというんですか」嘲笑する様に川井が言葉を続ける。「さぁ、パスワードを教えて下さい」
 紘一郎の胸に衝撃が走る。再び棚に打ちつけられながら、紘一郎は手を伸ばす。が、川井は既に離れてしまっている様だ。紘一郎の手は虚しく空を切った。
「…クソ」紘一郎が言葉を吐き捨てる様に呟いて俯く。「…面倒だ。諦めるか」
「やっと解ってくれましたか…。さぁ、教えて下さい――」
「――お前を生きたまま連行する気が失せた。そう言ったんだがな」
 紘一郎が指をパチっと鳴らす。すると、「キュルルル」と独特な声が鳴り響き、キメラが突如姿を現した。キメラは紘一郎のもたれかかった棚の上から、紘一郎を見つめる。
「そ、そいつは…! やめろ!」川井の声が響き渡る。
「抵抗すら出来ない菱沼をあそこまで痛めつけただろう? 俺も痛いのは嫌いでな。お礼だ」
 キメラが一点に顔を向け、翼を少しだけ広げて飛び立つ姿勢を整える。再び紘一郎が指を鳴らすと、キメラが飛び立ち、素早い速度で飛びかかり、何かに向かって口を開き、ザクっと牙を刺した。
「う…ぐああぁ!」キメラが捕らえた先で川井が姿を現し、その場に倒れ込む。
「ハブなんかよりも強烈な毒をもった牙だ。激しい痛みで身体を動かす事も出来ず、吸い出そうものなら口の中から身体を蝕む」紘一郎が歩み寄りながら手を前に翳すと、キメラが紘一郎の手に乗って再び独特な鳴き声を奏でた。
「う…ぐあぁぁ…」痙攣を起こしながら川井がのた打ち回る。その声を聞いて、研究室から他の研究員達が中へと流れ込んできた。
「か、川井クン…!」
「綿貫さん。彼が内通者です」紘一郎はポケットから血清を入れた注射器を取り出し、川井の首に打ち込んだ。
「バ、バカを言うな! 貴様、キメラを使ってこんな真似を…」
「会話は全て、録音してあります」紘一郎はポケットから小さな音楽再生機器を取り出して再生してみせた。そこには川井とのやり取りが全て録音されていた。
「…そんな…」



 内通者事件はこうして幕を閉じた。紘一郎の行動も問題視されるかと思われたが、キメラの実戦投与への実験としてのレポートすら書き上げ、その成果を報告した。



 その翌日、目を覚ました菱沼はベッド脇に置かれていた新品の眼鏡と、新しい白衣が置かれていた。
「お勧めの白衣だ」と乱雑に書かれた紘一郎のメモを見つめて、菱沼は小さく笑っていた。




                                                FIN



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ご依頼有難う御座いました、白神 怜司です。

三部作、第三篇。
漸く書きあがりましたので納品させて頂きました。

字数の都合などで後書きが簡素になってしまいましたが、
いかがでしたでしょうか?

気に入って頂ければ幸いです。


それでは、今後また機会がありましたら、
是非宜しくお願い致します。


白神 怜司