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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


●斡旋屋―取り立て―/奈義・紘一郎

 成り行き上仕方がないとは言え、面倒くさそうな出来事だ、と奈義・紘一郎(8409)は飛んでしまったビニール袋を引き寄せた。
 中にはサプリメントやスティックタイプの簡単に栄養が摂取できる食品が、無造作に突っ込まれている。
「取り立て先は、よく知った相手のようだが」
 まさか、滅多に出ない外へ出たとたん、この様な出来事に巻き込まれるなど思ってもいなかった。
 黒のコートに薄い桃色のシャツを羽織った、銀縁眼鏡の味のある中年男。
 そして、和服姿の少女である斡旋屋(NPC5451)の取り合わせは珍しいのか、行き交う人々が二人へと視線を送る。
 だが、必要以上に干渉しないのがこの街の好ましいところだと紘一郎は思う。

(「千の魔法を使う魔術師……胡散臭いな。多少、私情が入った評価か」)

 魔術の基本をエキスパートしたのなら、後は全て応用である。
 職業こそ研究員であるが、紘一郎は錬金術師や魔術と言ったオカルト知識も所有する『学者肌』の人間だ。
 行きましょうか、と口にした斡旋屋の足取りにあわせ、冷静に観察する。
 小さな歩幅のようでいて、斡旋屋は滑るように進む。
 それは視界に入る人形も同じようで――彼が観察し、得た情報によるとこの人形、紘一郎以外の人間には視る事が出来ないらしい。
 紘一郎は歩幅を併せる必要がない事を知り、自分のリーチで悠々と歩く事が出来た……大通りから少し入り組んだ細い路地へと入る。
 猥雑なグラフィティアートが無機質なコンクリートを色どり、用済みになって棄てられたと思われる新聞紙が風にはためいた。
 周辺に詳しい訳ではないが――空間の歪みを感じて瞬けば、周囲は草木の生い茂る森へと変化していた。
「……此処を通るのか?」
 あからさまに眉を顰めて口にした紘一郎に、そうです、と慣れたものなのか斡旋屋は平然と返す。
「あまり……あなたは、外に出かけるのがお好きではなさそうですね」
「分かっているのならもう少し、歩きやすい道を用意して欲しいものだ」
 軽口に軽口を返しつつ、ふくらはぎに感じる草木に眉を顰め、何かの『違和感』を感じ、一本の木に目を凝らす。
 じっくりと観察してみると、どうやら魔法のセンサーのような仕組みになっているらしく、此処を通れば直ぐにわかるだろう。
「見張られているぞ」
「……ああ、本当ですね」
 紘一郎の言葉に、斡旋屋は参りましたね……、とため息を吐き、全く参っていない様子で口にした。
 紘一郎としてもこの場で立ち尽くして、血を吸いに来る蚊の餌食になるのは遠慮したいところだ。
「このまま侵入しましょう、此方には斡旋料を貰う権利があります」
 貰う権利はあるだろうが……勝手に相手の敷地内に入り込む権利は無いだろう、と口にしようとして紘一郎は止めた。
 魔法陣を無視し、中に進んだ斡旋屋は人形を先頭に歩かせる……暫く無言が続き、時折、空間の歪みを指摘する紘一郎の言葉だけが響く。
 そして、現れたのは無機質な白いコンクリートで作られた研究室だった。

「何か用か」

 しわしわの白衣を着たまま、顔を歪めて応対する魔術師……の幻影。
「斡旋料を頂きに参りました。私、斡旋屋と申します」
「成り行きで付いて来た、奈義・紘一郎だ」
 強引に連れて来られたと言っても過言ではないが、それをこの場で言ったところで仕方がない。
 伸び放題の髪の毛をうなじで括り直し、紘一郎は返答を待つ。
 暫く立って、入れ、と許可を得ることが出来、二人は中に入る事が出来たのだった。



 指紋一つない銀色の机を挟み、向かい合う3人。
「……わたしから斡旋料を取ろうと言うのか。このわっぱが」
「貴方は『短時間で高収入』の依頼を希望しました。私の情報内で、もっとも『短時間で高収入』の依頼があの依頼でした」
「――言い合っても時間の無駄だろう、俺にも詳しく話してくれ」
『私情抜きで、事実のみを』と付け足した紘一郎へ、斡旋屋が口を開く。

 短時間で高収入の『肉体労働』の仕事を斡旋した事。
 契約書には魔術師のサインがあり、魔術師を派遣した事。
 だが、魔術師のサインは偽りで、アナグラムの要領で作られたものだった事。
『肉体労働』の仕事を現地で断った魔術師は、サインの名が偽りである事と『肉体労働』と言う自分に不向きな仕事である事から支払いを拒否している事。

 ……と言うのが、大まかな事情のようだ。
「魔術師の方は、易々と名乗る訳にも行かないでしょう。名は魔術的価値を持ちます。ですので、アナグラムも契約者サインの一つと考えております」
「そもそも、あの依頼はわたし向きではなかった。依頼が失敗しているのだし、斡旋すれば何でもいい、と言うものでもないだろう」
「――使い魔にでも、やらせればどうです。貴方のお陰で当斡旋所でも、不利益を被ったのですよ?」
 絶対失敗しない、と言質が取れたから斡旋したものを……と斡旋屋は悔しそうであるが、紘一郎からしてみれば取ってから斡旋するべきだ、と言いたくもなる。
 とは言え、一の言葉を発せば百にも千にもなって返って来そうなので口をつぐみ、周囲を見回す。
 お世辞にも、裕福とは言えない生活だろう。
「ふむ、とは言え無い袖は振れないと言うからな……何か、他のもので代用は出来ないだろうか?」
 目に付いたのは、不思議な色の液体の入ったフラスコ、さる高名な博士が作った『善と悪の二つに人間を分ける』為の薬のレプリカのようだ。
「善悪の二分化は、精神を探る際の弊害だと思わないか。若い研究者よ」
 視線に気づいた魔術師が、親しげに話しかけてくる。
 その口調に、味方に引き込もうと言う真意が見えて紘一郎は内心、ため息を吐いた。
「何とも言い難いな。見方が代われば、善悪も変化する。精神構造は二分化出来ない、と規定してしまう事が弊害になると思うが」
 人間と犬の精神構造は同質か? と問いかける紘一郎に、魔術師は唸った。
 虚無の人間側の紘一郎ではあるが、決して慣れ合いはしない。
 面白い事を言う、と汗を噴きつつ言った魔術師の存在は紘一郎の中で霞み、周囲の知識欲を刺激する物質と成りはてる。

「いいでしょう。この研究室の中から、必要なものを持ちだします」
 選定していた斡旋屋は、充分、斡旋料の代わりになると判断したのか頷いた。
「妥当なラインだろう」
「斡旋料と交通費、手数料に違約金。全て取り立てますので、価値のあるものをお願いします」
 ……何時から、そんなに増えたのだ、とツッコミを入れたくなる。
 助手のように扱われている自分は、報酬を貰ってもいいのだろうか……斡旋屋は断固として拒みそうなので、魔術師から頂いておくか。
 目に付いた魔術書を幾つか取り出し、紘一郎が魔術師の代わりに説明する。
「魔力を持たない者が使えるよう、力を込めた書物になっているな。この本は」
「成程。汎用性がありそうですね、この絵本は?」
 斡旋屋が指差した絵本は『空飛ぶピエロ』と書かれており、目の下の涙が印象的だ。
『善と悪に二分化する薬』のレプリカも、押収物に入っている――後は、マニア向けのものになるだろう。
 紘一郎としては、魔術に関して地域別の歴史なども面白いのだが、斡旋屋はあくまで斡旋料の代わりになるものが必要だ、と言い切った。
 残念であるが、魔術師に断りを入れてメモを取り、絶版になっている本なども頂いておく。
 日に焼けて古くなった頁をめくりながら、紘一郎は徐々に自分の世界に入り込んでいった。
「……さん」
 聞こえてくる声が疎ましく、うぅ、と曖昧な獣の唸り声にも似た声を上げる。
「同行者さん!」
 耳元で大きく叫ばれ、紘一郎は斡旋屋を見、少女の横に立つ人形を見、そしてまた自分の手の中の本へ視線を移す。
 視線を手でさえぎられて、紘一郎はやれやれ、とため息を吐いた。



(「意外と強欲だな」)

 斡旋屋の手に集まった物品を見ながら、紘一郎は思わず口にしそうになった。
 自身も興味のあるもので不要な物は貰ったが――此れは正当な権利だ――彼の倍以上を斡旋屋は手にしていた。
 頬が桜色に紅潮しているところからみるに、表情には出ないが、少なからず興奮しているのだろう。
「では、帰りましょうか。またのご利用をお待ちしております、今度は事前に斡旋料を所持の上、お越しください」
 最早慣れたような印象のある言葉を紡ぎながら、斡旋屋は返事も聞かず歩を進める。
 魔術師が後ろでぶつぶつと呟いているが、表だって文句を言わない辺りが、彼の生活にそれなりに必要である事を窺わせる。
「今回は付いてきて下さって、ありがとうございました」
 太陽の代わりに月が、素面の人間の代わりに酔っ払いが、支配している東京の街に戻った時、斡旋屋はそう言って一枚の名刺を渡す。

『斡旋屋 晶』

 と書かれただけの名刺に指を伸ばし、受け取る。
 どうやら、転移の魔法陣が描かれているようだ。
「他者は、しょう、や、あき。もしくは斡旋屋と呼びます。何か御用命があれば、どうぞ」
 斡旋屋は、荷物を隣の人形に預けた。
「ああ。俺は奈義・紘一郎。また、縁があれば」
 今更の自己紹介を終え、二人は別方向へ歩きだす。
 月と星の光よりも強い東京のネオンの下、雑踏にまぎれていった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8409 / 奈義・紘一郎 / 男性 / 41 / 研究員】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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奈義・紘一郎様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

頂いた文章から、真摯に向き合える人物が浮かびました。
一度向かいあった相手とは、向き合ってくれると思います。
髪は伸び気味かしら……と私の好みで書かせて頂きました。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。