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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


乾杯は薄桃色で


「や、絢斗。飲みに来たよ」
 そう言って、開かれた扉から姿を見せたのは碧摩・蓮。
「ん? ほんまや。鷹崎さんやないの」
……と、一緒に来たのはセレシュ・ウィーラー。
 妙なところで妙な人と会ったため、セレシュはあれと眼を丸くし、絢斗は『うわっ』と呟いて嫌そうな顔をした。
「……ちょい待ち、鷹崎さん。うわ、はないやろ!」
「蓮さんは歓迎だけどさ、キミは未成年じゃないの?
こんなところに子供が来たって、出す飲み物はないんだけど。あ、コンビニは少し歩けばあるよ」
「っ、相変わらず失ッ礼やなぁ……!」
 自分と同い年やっちゅーねん! と、拳を握って怒りにブルブル震えるセレシュ。
 ふわふわとしたウェーブヘアが感情を代弁するかのように揺れた。
 まぁまぁと言いながらそんなセレシュを蓮が宥め、絢斗が二人分のコースターを手にとったのを見つめている。
 どうやら、勘違いではなく……いつもどおりセレシュをからかっているだけのようだ。
「ごめんなさいね、ええと……セレシュ、さん……? 絢斗君、知り合いが来ると意地悪ばかり」
 今まで座っていた久留栖 寧々が困ったような表情を浮かべてセレシュへと詫びた。
「あー……、そんな気にせんでもええですから。うちら、いつも顔合わせるとこんな感じやし……」
 仲が悪いわけではないんよ、と健気に弁解してくれるセレシュだが、
 絢斗は『仲良いわけでもないけどね』と憎まれ口を叩きながら、セレシュにカウンター席かテーブル席かと希望を訊いた。
「オーナーさんに心配かけさせんと、こーいう時は仲良しって言うときぃ……あ、席?
うちはどっちでも構わんけど……蓮さんはどっちがええ?」
「そうだねぇ……カウンターの方がいいかね。こういった服だし、椅子で踏んじまうかもしれないからさ」
 蓮の赤いコートの合わせ目から覗く、スリットの大きく開いた紫色のチャイナドレスが揺れる。
 ではこちらに、とカウンター席にコースターを置きながら、絢斗は二人を促す。
 毛長の絨毯を踏みしめつつ示された席へ移動しながらも、セレシュは物珍しそうに令堂中へと視線を彷徨わせていた。
「見つけてくださる方は少ないけれど、住宅街にこんな建物があるなんて珍しいでしょう?」
 金色の瞳を柔らかく細め、寧々はセレシュへ微笑むと――蓮にも『絢斗君は迷惑かけていない?』と尋ねている。
「まぁ、絢斗もセレシュもよくやってくれているよ。二人とも魔法具の扱いは得意だから、安心して任せられる。そんなに心配しなくてもいいんじゃないかね」
 蓮が煙管を取り出してそう答えると、寧々はいくらか安心したような表情を浮かべた。
「あら、ではセレシュさんも絢斗君と同じような力を?」
「俺は自分相応の魔具を扱ったり、力の使いどころを変えるだけ。
彼女の力は神具も扱えるし、解析も作成も修理もできる。相当便利だよ」
 温かいおしぼりを来客へ手渡しながら、絢斗が口を挟む。
「鷹崎さん、じっと作業してるうちの手元見てるんよ。やりたいなら教えようかって優しく言っとるのに、
『キミの仕事が無くなったら困るだろ』って、覚えようとせんの」
 セレシュは、寧々を見つめて絢斗への仕返しとばかりに勤務中の絢斗の事を伝えつつ、
 寧々がヴァンパイアである事に気づき、そっと魔除けの力を最小限に抑えた。
 それに、よしんば絢斗へ教えてやったとしても、努力だけでは資質の差を覆すことは出来ないのだが。
「絢斗の力も便利だし、セレシュの実力も高いよ。
ちょっと大きな仕事を請け負ってね。今しがたセレシュと二人で片付けてきたばかりなのさ」
 慰労も兼ねて、ここへ飲みに来たんだよ――と煙管から紫煙を細くたなびかせ、蓮は店の二人へいきさつを教えた。
「お仕事お疲れ様でした。そういえば……絢斗君はそのお仕事に行かなかったのね」
「絢斗は、ここの仕事が入っているからって来なかったんだよ。ひどい男さ」
 蓮が赤く艶やかな口角を上げ、絢斗を流し目で見やる。すると、絢斗は仕方がないじゃないか、と言いよどむ。
「俺には魔具の力が強くて難しいものだったし。それに、ゾロゾロ行くようなところでもなかっただろ?」
「鷹崎さんで役に立ったこともあったかもしれへんのに。薄情モン」
「俺でも、ってなんだよそれは」
「言葉の通りやないの?」
 不満そうな顔をしたが、それ以上言及しない絢斗。
 そして寧々にはセレシュが力を抑えてくれている配慮が通じたのだろう。
 身体に纏わりつく力が薄れたことも感じ、銀髪の女性はセレシュに微笑みを浮かべ、絢斗へシャンパンを出して、と伝えた。
「おや、寧々? まだ酒は決めてないんだけどね」
 セレシュと蓮は顔を見合わせて怪訝そうな顔をしたが、いいのよ、と寧々は首を振る。
「ボトルは私からセレシュさんへ。お近づきの印に振舞わせて頂くわ。遠慮しないで飲んで頂戴?」
 ほんまですか、と目を輝かせたセレシュは、おおきに〜と可愛らしく言いながら喜びを表している。
「セレシュさんに飲ませたら、うちの店摘発されちゃうんじゃないの? もしかして大酒飲みかもしれないよ。酒が全部飲まれるかもね」
 やはり、そこに軽口を叩くのは絢斗である。コルクをゆっくり引き抜き、やや長く細身のシャンパングラスへと薄桃色のシャンパンを注いでいく。
 ゆっくり慎重に注がれていく液体を楽しそうに視界へ収めつつ、セレシュは『鷹崎さん、そないなことばっかり言うたら、女の子から嫌われるで』と一撃を放つ。
 絢斗は片眉を不満そうにあげ、ニヤニヤ笑うセレシュを見やった。
「男は孤独なものだからいいんだよ」
「なんやの、それぇ……」
 おかしな返答にくすくす笑いながらもシャンパンを受け取る。同じく酒を手渡された蓮と顔を見合わせ、軽くグラスを掲げて『乾杯』と声を揃えた。
 くいとグラスを傾けると、まろやかな甘味と口当たりを舌に感じ、鼻腔から抜ける香りに思わず感嘆の声を上げるセレシュ。
「こない美味しいお酒、頂いてしまっておおきに……ええと」
「ごめんなさい、名乗っていなかったわ。私は久留栖 寧々。苗字でも名前でも、セレシュさんのお好きに呼んで?」
 二人の会話を聞きつつ、蓮は『あたしは彼女を寧々と名前で呼んでいるんだよ』と言った。
「じゃぁ、久留栖さん。おおきに」
「ふふ、美味しそうに飲んでいただける方がいるのは嬉しいわ」
「その人、きっとアルコールなら何でも美味しいって言いますよ」
 黒いベストと同色のソムリエエプロン姿の絢斗が冷蔵庫から何かを探しつつ、また意地悪なことを言っている。
「なんでもええわけやないよ!? ちゃんと味わってるって!」
 不満そうにカウンターのテーブルをポコポコと叩き、カウンター向かいの絢斗へ激しく異を唱える。
 蓮はクスッと笑って何度目かのやり取りを見ながら、再びグラスを傾けた。
「ま、二日酔いにならない程度で呑むならいいんじゃないの?」
「……そういえば、一度もあらへんなぁ。酔う前にお腹いっぱいになってしまうん……」
 その言葉の意味をどう解釈したのか、絢斗は『どれだけ飲めばいっぱいになるんだか』と言いながら、
 セレシュと蓮の前へ、カマンベールチーズといちごジャムを添えて置いた。
「これもサービス。よく合うつまみもないんじゃ、酒の美味しさも半減だしね」
 珍しい絢斗の心遣いに目を見開いたセレシュは、慌ててメガネを外すと服の袖でレンズを磨く。
「あかん、鷹崎さんがええ人に見えてしもたわ」
「……じゃぁ要らないわけだね」
 半眼になった絢斗が一旦置いた皿を掴むと、慌ててセレシュはそれを止めた。
「セレシュ、腹も減ってるんだろ? 何か軽いものでも頼むとしようか」
 蓮は渡されたメニューを受け取り、開いてからセレシュのほうへと身を寄せる。
 セレシュもそれを覗きこむようにして、フードメニューの文字を眼で追っていた。

 楽しげな二人の姿を見守るような眼差しを向けていた寧々。
「今日は、明るい夜になりそうね……」
 こういう日も、たまにはあって然るべきだわ、などと……久しぶりに、満足そうな様子で笑っている。

 そうして、令堂の時間は静かに、ゆっくりと流れていくのだった。
 


-end-

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登場人物一覧

【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 年齢21歳 / 鍼灸マッサージ師】

NPC
【A009 / 碧摩・蓮 / 女性 / 年齢26歳 / アンティークショップ・レンの店主】
【5405 / 鷹崎 絢斗 / 男性 / 年齢21歳 / 妖魔術師】
【5406 / 久留栖 寧々 / 女性 / 年齢312歳 / 施設管理者】


■ライターより

この度はノベルをご発注いただき、誠にありがとうございます。
普段落ち着いていそうなセレシュさん。絢斗にからかわれていそうだなぁ、というような設定で組ませていただきました。
なお、ちょっと違うよという箇所がございましたら(言葉遣いがイメージと違う部分があるなど)ご遠慮なくお申し付けください。
少しでもキャラクタのイメージに近ければ嬉しく思います。