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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route4・蝶と戯れる少女 / 葛城・深墨

 店先に並ぶ色とりどりのお団子。
 みたらしに、あんこ、いそべにずんだ。他にもゴマやしょうゆだけと言うお団子もあり、かなりな品ぞろえだ。
「うーん……どれも美味しそうなんだけど、ここはやっぱりみたらしかなー……」
 そう零すのは、かれこれ30分は悩み続けている葛城・深墨だ。
 彼が今いるお団子屋は、前に蝶野・葎子から聞いていたお勧めのお店。彼女から美味しいとは聞いていたが、ここまで種類があるとは思っていなかった。
 値段はとってもリーズナブル。
 10本買っても1000円に満たない、昔ながらの価格で販売しているお店だ。
「よし、決めた! すみませーん」
 深墨の前に店員は居ない。とは言っても、本当に誰もいない訳ではなく、少し奥の見える位置に、腰の曲がったおばさんが座っている。
 彼女は深墨の声を受けると、「よっこいせ」っと勢いを掛けて立ち上がった。
「ふぉふぉふぉ。何にするか決まったかいねぇ?」
 皺くちゃの顔をクシャッとさせて笑うおばあさんに、深墨は笑顔で頷く。
「はい。ここにあるお団子、全種類下さい」
「はいはい。1本ずつで良いかいなぁ? ちょっと待っててねぇ」
 結局、どれかに絞ると言う事が出来なかった。
 ならば全種類買ってしまえば良い。
 そんな深墨の言葉に、おばあさんは気を悪くするでもなく、ニコニコと言われた通りのお団子を包み始めた。
「おまけにお饅頭もつけておくからねぇ」
「ありがとうございます」
 深墨は笑顔でそう言って包みを受け取った。
「葎子ちゃん、よろこんでくれるかな」
 今日は葎子に誘われて温室に行く。
 約束の1時間前に家を出たので待ち合わせには問題ない。
 深墨はおばあさんに代金を支払って、待ち合わせ場所に急いだ。
 向かったのは商店街。
 ちょうど商店街の中心に時計が立っている。そこが待ち合わせ場所だ。
「よかった。まだ来てない」
 流石に女の子を待たせるのは悪い。
 例えそれが彼女の方から誘ってくれた物でも、だ。しかし――
「あ、深墨ちゃん。おはよう♪」
「え」
 時計の前に立つときは確かにいなかった。
 けれど振り返った先には葎子がいる。
 首を傾げ気味に目を向けると、葎子は笑顔で深墨の前に移動してきた。
 その顔はいつもと変わらない。少なくとも、葎子はそう思っているはずだ。
 けれど、深墨にはわかる。
「――あ……また。頑張らなくて良いって言ったんだけどな」
 ポツリと呟き苦笑する。
 以前葎子が倒れた時、深墨は彼女に「あまり頑張らないで」と告げた。だが彼女にそれは出来ないのだろう。
「……でも、そこが葎子ちゃんの良い所でもある、か」
 元気に振る舞うのは一緒にいる人の為なんだと思う。だとするなら、彼女に笑うなと言う事は出来ない。
 そうすることが、彼女のしたいことなのだろうから。
「どうかした?」
 きょとんと眼を瞬く姿に慌てて首を横に振る。そうして来る途中で買って来たお団子を持ち上げて見せると、途端、葎子の目が輝いた。
「その包み!」
「うん。この前、葎子ちゃんがおすすめしてくれたお団子屋さんのお団子。あとで食べようね」
「やったぁ♪」
 嬉しそうに飛び跳ねる彼女に笑みを零す。
 やはりカラ元気な笑顔より、こうして本当の元気な姿を見る方が良い。
「葎子ね、葎子ね、そこのお店のみたらし味が好きなの♪」
 あ、やっぱり。
 そんな声を出して笑う。
 そうして歩き出すと、2人は葎子のお気に入りだと言う温室に向かって歩き出した。

   ***

 葎子が案内したのは、彼女が昼寝をしていた公園からそう遠くない温室だった。
 緑が生い茂り、色とりどりの花が咲く場所。
 そこには無数の蝶が舞い、思い思いに花の蜜を吸って過ごしている。
「おー……すごい……」
 感嘆の想いを込めて呟く。
 正直、ここまで壮大なものは想像していなかった。
 単純に数匹の蝶が飛んでいて、そこに花が咲く程度。そう、思っていたのだ。
「えへへ、葎子のお気に入りの場所♪」
 そう言って、彼女は蝶の中に飛び込んでゆく。
 蝶の種類も多種多様。知っている種類もあれば、見たこともないような種類までいる。
「ここまで集めるのは大変だっただろうな」
 思わず呟くと、葎子はツインテールを揺らして振り返った。
「集めるのもだけど、育てるのも大変なんだって。みんな、元々育った環境が違うから、って」
「へえ」
 葎子によると、ここは蝶野家の管轄にあるらしい。
 つまり彼女の家が経営している温室。そんなところだろう。
「ねえ、葎子ちゃんは蝶が好き?」
 無邪気に蝶と戯れているようにも見える。
 けれどその顔には、先ほど見えた陰があった。
 だから問いかけたのだが……
「うん、好き♪」
 両手を広げて笑う彼女の腕に、ヒラヒラと蝶が舞いおりる。
 そうして彼女の腕を止まり木にする蝶を見詰め、深墨はゆっくり彼女に近付いた。
 彼女に止まる蝶を驚かせないように、ゆっくりと。
「もし詳しかったら教えて貰える? 俺が分かるのってモンシロチョウとかアゲハチョウくらいだから」
「種類のこと? それなら葎子も詳しくないよ?」
「え」
 先ほど、この温室は蝶野家の管轄にあると言っていた。
 それに葎子のお気に入りの場所だとも。
 けれど葎子は蝶の種類を知らないと言う。それは少し問題があるのでは。
「葎子が知ってるのは、この子たちは悪い子じゃないってこと。確かに、蝶野の家は蝶についていろいろ知ってなきゃだけど……葎子はぜんぜん……」
 マズイ。
 そんな考えが思った瞬間、身を乗り出していた。
「葎子ちゃん、お団子食べようか!」
 唐突過ぎただろうか。いや、しかしあのままあの話をしていたら、葎子は完全に落ち込んでしまったかもしれない。
 カラ元気なのも問題だが、本当に元気がなくなってしまう事だけは避けたかった。
「だめ、かな?」
 キョトンと目を瞬いた葎子に、そっと問う。
 すると彼女は、腕に乗っていた蝶を彼の頭に乗せ、クスリと笑った。
「深墨ちゃん、食いしん坊さんだ♪」
 そう言って、次々と蝶を頭に乗せる。
 完全に花冠ならぬ、蝶冠の出来上がり、そんなところだろう。
 とりあえず自分では見えないので良いが、自然のリボンを大量に乗せた男子大学生と言うのは微妙に違いない。
「葎子ちゃん、蝶はこれ以上乗せなくて良いからね?」
「えー……可愛いのに」
 いや、可愛くはないだろ。
 そうツッコむと、葎子は笑って深墨の手を取った。
「あっちにベンチがあるの。そこで食べよう♪」
 嬉々として招く場所には、確かにベンチがあった。
 但し、花に囲まれたメルヘンチックなベンチが、だ。
「深墨ちゃん、早く早く!」
 葎子はちょこんと座って手招く。
 彼女が座る分には似合っているのだが、大丈夫なのだろうか。
 とりあえず言われたままに腰を下すと、葎子の目がお団子の包みに落ちた。
 まるでお預けを喰らった犬のように、食い入るように包みを見る姿に思わず笑う。
「どっちが食いしん坊なんだろう」
 笑って包みを開ける。
 すると葎子から「わあ♪」という歓声が上がった。
「何が良いかイマイチ判断がつかなかったから全部買って来ちゃった。好きなだけ食べて?」
「わぁい♪ じゃあ、まずはみたらしもらうね♪」
 温室の花ほどではないが、色とりどりのお団子を目で追いつつ彼女が取ったのはみたらし団子。
 それを口いっぱいに頬張ると、彼女の顔に自然と笑みが乗った。
「おいひぃ♪」
 ほっぺたを蕩けさせて零した声に、安堵の息と笑みが零れた。
「葎子ちゃんの好きな物は、蝶とお団子、か」
「ぅん?」
 もぐもぐと口を動かしながら首を傾げる葎子にクスリと笑う。
「いや、葎子ちゃんが好きなもののこと、知りたいなって」
 微笑して小首を傾げると、葎子は一生懸命に口の中のお団子を消化した。
 そしてお団子が付いた串を手にしたまま呟く。
「葎子は蝶々とお団子とお天気とお友達と……あ、深墨ちゃんも好きだよ♪」
 無邪気に笑う彼女を見て思う。
 きっと友達とかも多いんだろうな、と。そして自分もその内の1人なんだろう、と。
 そんな事を思っていると、思わぬ問いが降ってきた。
「深墨ちゃんは何が好きなの?」
「え……俺?」
 思わず言葉に詰まる。
「そう、だな……」
 これと言って好きな物は浮かばない。
 だが、
「あ、本は好きかな!」
 ポンッと手を打つと、葎子が身を乗り出してきた。
「ご本?」
 葎子の言い方だと絵本とかそう言うのを連想してしまいそう。だが、流石にそれはない。
「うん、本。特に小説が好きだよ」
「小説……葎子、活字を読むと眠くなっちゃうの。眠くならないご本ってある?」
 実に葎子らしい。
 思わず吹き出すと、頬を膨らませる顔とぶつかった。
「深墨ちゃん、ひどいっ!」
「ごめんごめん。そうだな……」
 葎子が眠らないで済むおすすめの小説。
 さすがに今すぐにはコレって物が出て来ない。
「んー……今度、探して教えてあげるよ。葎子ちゃんが読めそうなやつ」
 ね? そう笑い掛けると、葎子の頬が更に膨れた。
「楽しそうだけど、なんだか、ぶー……」
「ぶっ」
 ぶーって!
 流石に我慢の限界だった。
 盛大に吹きだした深墨に、葎子は「ぶーぶー」言ってお団子に被り付く。
 だが本当に怒った訳ではなかった。
 すぐに彼女も笑いだし、2人は声を上げて笑った。
 本当の笑顔と笑い声で……。

   ***

「あー……今日は良く笑った」
「葎子もー♪」
 夕暮れの中、葎子の働く喫茶店までの道のりを歩きながら、2人は今日の事を思いだして笑った。
 はじめはカラ元気だった彼女も、今ではすっかり元気になったようだ。
 喫茶店の傍に辿り着くころには、お別れが名残惜しくなるほどに。
「もう着いちゃった……」
 しゅんっと項垂れる葎子に、深墨は笑顔で言う。
「今日はありがとう、楽しかった!」
 楽しませるつもりが、自分も一緒に楽しんでしまった。
 そのことに素直に礼を言うと、葎子は大きく首を横に振って、残ったお団子の包みを優しく抱きしめた。
「葎子の方こそ、ありがとう♪ すごく楽しかった♪」
 陰りのない本当の笑顔。
 この顔が今日の時間を楽しんでくれたのだと物語る。
 それを見ていると、自然とこちらも笑顔になった。
 そこへポツリと声が響く。
「深墨ちゃんの優しい気遣い、葎子気付いたよ?」
「あ……」
 言葉に思わず苦笑する。
 気付かれないようにしたつもりが、全部気付かれていたらしい。
「うん……少しでも気が晴れたなら良かった。でも、どうしても辛いことがあったら、話してくれると嬉しい。何も出来なくても、力になりたいから」
 深墨はそう言うと、照れ隠しの様に笑った。
「ありがとう。深墨ちゃんも……なにかあったら葎子に言って? 葎子、なんでも協力しちゃう♪」
 言って、握り拳を作った彼女に、深墨は笑みを深め、そして彼女の頭を撫でた。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート4への参加ありがとうございました。
深墨PCのおすすめの本は何だろう? とか考えつつ書かせて頂きました。
もし何かありましたら、ぜひともお声掛け下さい。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました!