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<東京怪談・PCゲームノベル>


■傍迷惑な夢の咲く、

 蠢く触手めいた木の根を手にした剣で叩き伏せ、金の髪を揺らす人物――見目は少女である――は身をくるりと回した。これで何度目だか知れない辺りの植物たちの襲撃を叩き、凌ぐたび金の粉が散る。攻撃の度に砕けるのは、幻想的とも呼べる黄金の矢――神話に語られる、太陽神の名を冠した必中の矢だ。辺りに雨霰と降りしきる薄紅の花弁と相まって、それは酷く現実味のない風景にも見えた。
 ――尤も、実際。現実味のない話なのだが。
「そら、これでラストや!」
 切り裂いた木の根は手応えも無く消えて行く。少女はそれを見送ってから、苛立たしげに眼前、そびえるような巨大な一本の桜の樹を睨み上げる。
「いい加減に、目ぇ覚ましたらどうなん。のんびりこんなところで夢見とらんで」
 声を投げかける先には、雲霞のような桜に紛れて、大きな枝にしどけなく座っているらしい人影が見える。姿かたちは定かではなかったが、覗く素足の足元だけを見るにそこにどうやら男性が座っているようだ、とは知れる。だが投げ出された足先は力なく揺れるばかりで、彼女の苛立った声に反応する様子さえ無い。
 一方で、その巨木の根元では、揺れる彼の足元に合わせるように、無数の幻影が湧きあがっていた。
 それはいつの時代の姿だろう、色とりどりの着物の娘達が祭りの余興に踊る姿であったり、しめ縄の施された巨木に酒を捧げる老人達の姿であったり、もんぺをはいて赤子を背負った女性が熱心に祈る姿もある。
「うーん、そろそろ起きていい頃なんだけどなぁ」
 呑気にぼやく制服姿の男子高校生を隣に見ながら、セレシュは剣を一旦納め、醒めた目で幻影を眺める。
(…『神様』の夢の中、ねぇ)
 そうしながら、彼女は、こんな幻影だらけの風景に入り込む羽目になった発端を思い出していた。


 ――狂い咲き。セレシュがその神社の、季節外れの桜に抱いた感想はまずその一言に尽きた。見上げれば雲のように花が咲き、辺りには雨霰と花弁が降っている。
 ただしその桜が尋常の存在ではない証拠に、セレシュの身体に触れるか触れないかというところで桜の花弁はふつりと姿を消す。現実のものではないらしい。
「えらい狂い咲きやなぁ、何なんこれ…」
 唖然としながら呟く。ついでに言うとセレシュの目には、得体の知れない巨木の桜の根元に崩れるように眠っている少年と少女の姿も映っていた。
(桜の樹の下に死体…なんて冗談にもならへんわ)
「あ、そこの通りすがりさん!!」
 そんなセレシュに声をかけたのは――何故かその巨木に荒縄でぐるぐるに巻かれた上でぶら下げられた人物であった。
「けったいな蓑虫も居たもんやな…」
 思わずそう感想を述べると、抗議するように「蓑虫」が揺れる。ぎしぎしという音と一緒に降ってくる声は甲高い少女のものだ。見たところ15,6くらい、――見た目だけならセレシュと変わらないくらいか。
「誰が蓑虫だよ! あたしには東雲響名って名前があるの!」
「ああそらご丁寧にどーも。うちはセレシュ・ウィーラー言うんよ」
 答えて視線を向けると、何故か少女――響名は揺れるのをやめてぴたりと視線をセレシュに向けた。首を傾げて、どうも彼女の眼鏡を気にした様子だったが、セレシュはあえてそれを無視して言葉を繋ぐ。
「ところでこれ、何の惨状なん?」
「…あ、あはは」
 その問いに目を逸らして気まずそうに少女が笑う。この異変に少なからず関わっている人物か、と見当をつけてセレシュは腕を組んだ。
「ほれ、きりきり説明しぃ。あんたが悪いことしてへんのやったら、そっから下してやらんこともないで?」

 そういう訳で事情を聴きだした訳だが、セレシュは勿論響名を下ろしてはやらなかった。半目で見上げて告げる。
「自分で作ったもんの管理くらいきちんとしぃや…仮にも術具の作り手が何しとんねん。反省し」
「うっわ酷い! セレシュちゃん酷い! あたしはさくらちゃんが『いい夢みたいなー』って言うから、好きな夢見られるように夢魔作ってあげただけだもん!」
「…その結果が暴走しとるやないか」
「てへっ」
「あかん。殺意湧いてきた」
「ごごごごめんなさい!」
 途中で剣を抜いたのが効果覿面だったらしい。自称・錬金術師見習いの少女は途端に大人しくなって、蓑虫の格好のままぐったりと項垂れた。半目でそれを一瞥して、それからセレシュは背後をふり仰ぐ。神社の境内の裏手は鎮守の森があるはずだが、今はただただ、桜吹雪が何もかもを覆い尽くしているばかり。眉根を寄せて少し思案したものの、夢の世界が現実に侵蝕している、という現状を見てしまった以上放置も出来ず、セレシュは嘆息してからその方向へ一歩を踏み出した。驚いたような声が背後、蓑虫姿の少女の方から聞こえてくる。
「セレシュちゃん、そっち本格的に『夢の中』だよ。危ないかもよ?」
「あんたの言うとったその『さくら』って神様、危険な相手なん?」
 肩越しに問い返すと、蓑虫少女は苦笑する。
「まっさかぁ! 殆ど神様の力も持ってないような超弱小神様だよ、気性も大人しいし。たださくらちゃん、そのー…」
 死にかけてるからなぁ、と、彼女は言いづらそうにぼそぼそ小さな声で続けた。
「…現実を見てると辛いのかも。もう信者も減っちゃってるし、本体のご神木も亡くなってるから、いつ死んでもおかしくない神様なんだよね」
 だからせめて、いい夢見せてあげたかったんだよなぁ。と。
 聞き逃してしまいそうな弱々しい声には一応は反省の色があった。セレシュは振り返らずにその言葉を聞いて、苦笑しつつ、桜の香りの強い方へと一歩踏み出した。

 「夢」の中心地を見つけるのは容易かった。少し歩いただけで、簡単に、セレシュは巨大な、そして見事な桜の大樹と遭遇したのだ。しめ縄を巻かれた老いた桜は、季節外れの満開の花を惜しげも無く柔らかな風に散らしている。
 その周りには、無数の過去の幻影と思しき映像も見えた。セレシュが触れればすり抜けてしまうそれは、恐らく「神様」が見ている夢とやらなのだろう。様々な時代のものが混在していたが、その全てが、桜を楽しみ、祭りを楽しむ人々の姿だ。その幻影をかき分けて、セレシュは「夢」の中心地である桜の古木へと歩み寄った。が、近付いたセレシュを拒むように、ざわりと花弁が、枝が、木の根が蠢き始める。
「またえらい寝起きの悪い神様やなぁ…」
 明らかな敵意を持った相手を見据えながら、さて、「夢の中」であるこの場でどう迎え撃ったものか。思案していると背後から声が飛んでくる。
「そこの女の子、」
 呼びかけにうんざりしつつもセレシュは振り返らなかった。見目ばかりは15歳程度のセレシュは、一応表向き21歳ということで通しているのだ――尤も、初対面で彼女を子供扱いしない人間の方が珍しいのだが。
「迎撃する気なら、ここ夢の中だから、適当にイメージすれば大丈夫だよ」
 どこから現れたのだろうか。セレシュの隣に立ったのはいっそ呑気な、と評したくなる表情の、これまた15歳程度の少年だった。
「夢の外から来たんだよね。…さくらのこと、起こしに来てくれたの?」
 少年はいっそ無邪気、と言える表情のままセレシュにそう問いかける。否定の余地もないのでセレシュは頷いて、僅かに瞼を伏せた。――ここは夢の中、と口の中で小さく呟く。
 それを待たずして、周囲の緊迫した空気が、破裂した。
 まず一斉に足元の花弁が舞い上がり、視界を奪う。瞬間対象を選び損ね手を止めたセレシュに、鋭く尖った桜の枝が無数に迫ってくる。だがセレシュは一度ぐっと強く瞼を閉じ、瞼の裏に、黄金の色を描いた。
 桜に覆われた視界を突き破るように、木の根が迫る。
 襲い来るそれらを、しかし、頭上から降り注ぐ光が一閃。砕いた。足元を狙う根を手にした黄金の剣で切り裂き、セレシュはくるりと身を回す。かわした場所に次々と枝が突き刺さり、また、移動したセレシュの頭上に迫る一撃は、
「…成程、夢ン中か。便利なもんやわ」
 視線を上げもせずセレシュは手にした鏃を投げあげた。黄金に輝くそれは太陽を想わせる輝きを空中で得ると、過たず的確に、セレシュに迫る木の枝だけを砕いて弾ける。黄金色の光が薄紅の花弁の嵐の中を散った。
「おぉう、何かすげぇなぁ」
 こんな状況でさえ、少年――セレシュの背後にちゃっかり隠れていた――の声は呑気に響く。
「うちの知っとる神さんの使とった弓矢や。ほんまはこんな簡単に砕けるもんとちゃうんやけど…イメージが足りひんのやろか」
 次から次へと。蠢き放たれる枝を根を、セレシュは砕いていく。砕かれたそれらは幻のように掻き消え、微かに人の笑い声や、祈る声や、祭りのざわめきを辺りに響かせた。


 ――かくて、現在に至る。
 ようやっと猛攻を凌いだセレシュは息をつきながら、大人しくなった桜の老木を睨むように見上げた。
「なぁ、『神様』とやら、さっさと起きや。表のあの蓑虫娘、あんたのこと心配しとったで」
 それに、と、セレシュは思い出す。神社の境内は綺麗に掃き清められていたし、社殿も多少ボロではあったが決して人に忘れ去られた、あの独特の侘しさを負うてはいなかった。あの神社の信仰は、――表に居たあの少女は「弱くなっている」とは言っていたが。
(あの神社、まだ人が通っとるやないか。人が信じとるやないか)
 脳裏に過る、記憶がある。
 ――冷たく黴っぽい空気の匂い。石造りの、滅んでいくばかりの建物。名を呼ぶ者も枯れ果て、誰もかれもが「それ」を忘れ去って、訪れる人は皆、ただ欲を満たしたいだけの侵入者ばかりで。
「まだ現役やんか、あんた。昔の幻に甘えて寝とる場合か!」
 胸に走った感情が思わず口を突いて出た。自分の予想以上に大きな声に、自分自身で驚いてセレシュは目を瞬いたが、それはどうやら隣の少年も――それから頭上の「神様」も同じだったらしい。

「…お説教されちゃった…」

 ――僅かな間を置いて、頭上からそんな照れくさそうな声が降ってきたのだ。
 寝坊助の神様の、お目覚めのようだった。






 セレシュが再度、その神社を訪れたのはきっかり三日後のことである。
 神社を訪問すると、夢の中で遭遇したあの能天気な少年が居た。秋野藤、と自らを名乗った少年は、隣にあの蓑虫娘――響名を連れていて、
「ほれヒビ、お前も謝れ」
「な、何で私まで! 私悪くないもん!」
「ほほう、自分で作ったモン暴走させておいて悪くないとはまた新しい見解やなぁ」
「あわわすみませんごめんなさい反省はしてないけどごめんなさい!」
「あかん、この子、一度痛い目見た方がええで」
「…セレシュちゃんもそう思う? …痛い目見せてくれていいよ?」
「ええの?」
 うち、割と手加減せぇへんよ、と脅すように問えば、藤は苦笑して肩を竦める。
「死なない程度で頼むな。こんなんでもうちの貴重な信者だから」
「…そうなん?」
「さくら本人がそう言ってるから、そうなんじゃね?」
 本人ねぇ、と、今度はセレシュが苦笑する番だ。そういえばあの奇妙な「夢」から醒めてこっち、あの「神様」の姿は見えない。
(力は殆ど失っとるちゅう話やったからなぁ)
 どこかで身を休めてでも居るのだろう。そんなことを思いながら、セレシュは眼鏡を――己の魔力を抑え込むための小さな枷を取り払い、「要・反省」な少女、響名の肩をとん、と叩いた。




 それから数日。
 どこかの小さな町の小さな小さな寂れた神社には、奇妙にリアルな少女の銅像が、狛犬よろしく鎮座している、という噂が流れたが――

「…ちったぁ反省したん、蓑虫娘」
「うーわー、まさかマジの魔眼持ちとは…ね、ねぇねぇ、もしかしてセレシュちゃんって人外さん!? うわぁ髪の毛とかもらっていい!?」
「あかん…! 欠片も反省しとらん!!」

 結局そんな噂はすぐに消え去ってしまい、小さな神社の格好の集客の機会は失われたのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】