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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


セレシュお姉ちゃん奮闘記-U







 鍼灸院の今日の予約の最後の客を見送ったセレシュは椅子に座って太めの百科事典の様な物に目を通していた。表紙には自己主張せんとばかりに大きく人名事典と書かれている。ふぅっと小さく溜息を吐き、大きな人名事典を閉じてテーブルに置いたセレシュは、今度は目の前にあったパソコンを慣れた様子でカチカチと操作する。
「迷うわぁー…」
 セレシュが何やら熱心に調べていたのは、昨夜から始まった奇妙な同居生活を共に送る事になった付喪神の名前だった。語源の『鏡』という言葉を色々調べ、何か良い名前はないかと探している。
「…鏡…ミラー…ミラ? 女の子みたいな名前になってまうしなぁ」左手で頬杖をつき、モニターを見つめながらカチカチとクリック音を奏でる。「お?」
 セレシュの目に映ったのは、『鏡』と書いて『あきら』と読む文字だった。
「これで『あきら』って読めるんや…。せやけど、正体バラしてる様なモンやな、これ…」あははと小さく笑いながらセレシュが『あきら』という文字を検索してみる。「…『陽』でも『あきら』って読めるんやなぁ…。最近の日本語はよう解らんわぁ…」セレシュがそう言いながらもその文字を見つめる。「鏡は太陽の象徴って話もあるし、暖かい心をもって欲しいっていう意味も込めてこれにしよかな〜」
 よし、と小さく呟いてカチカチとマウスの軽快な音を鳴らしながら、パソコンのプラウザを閉じる。既に外は夕暮れ。太陽が空を紅く染めてはいるが、街は随分と暗くなりつつある。
「今日は店閉まいやな〜…」座ったまま両腕をぐっと天井に向かって伸ばし、大きく伸びをしてセレシュが呟く。


 ―夜が訪れる。セレシュは妖気の流れが変わる事を感じ、付喪神が人化した気配を察知し、地下の工房へと足を向けた。
「おはようさん」
「セレシュおねちゃん…」
「いや、お姉ちゃんやって」
 付喪神の少年がセレシュを見て笑顔を浮かべる。人化したばかりの身体でいそいそと近くに置いてあったペンダントを首にぶら下げる。
「ちゃんと憶えてるんやな、えぇ子や」
「…へへ…」
「それでな? 自分、名前が無いやんか」セレシュが紙に『陽』と書いて見せる。「これは太陽って字に使うんやけど、『あきら』って読むんよ。うちが考えた名前やねんけど、これ名前でどうや?」
「…名前…あきら…。うん…」コクコクと嬉しそうに少年が首を縦に振る。どうやら気に入ってくれたらしい。「ぼくは、あきら」
「せや、今日からよろしゅうな、陽」
「うん…っ」
 嬉しそうに頷く陽を見て、思わずセレシュも嬉しそうに小さく微笑む。
「陽、今日から色々な事勉強せなあかん。せやけど、まずは能力の確認をしときたいんやけど、質問するから答えてな」セレシュの言葉に、陽が頷いて答える。「過去を見せる能力は今でもあるん?」
「うん。見たい?」
「遠慮しとくわ…」乾いた笑いを浮かべてセレシュが答える。「それと、呪具や道具から言葉を聞いたりは出来るんやろ?」
「…うん。でも、聞こえないのもある…」
「…呪具や特殊な能力を持った、古い品やったら聴こえるっちゅー事やな…。微弱な付喪神さえついとったら言葉を聴けるっちゅー事?」
「……よく解らない…」陽が俯く。やはり言葉等の一般的な教養も欠けている様だ。
「他に何か力はあるんかも気になるけど、どうやろうなぁ…」
「……?」
「せやったら、もうちょい様子見とこか。次行くで」セレシュが眼鏡を外し、陽を見つめる。「…石化せえへん…。元が鏡やから、外からの呪術は効かんのかもしれへんな…」
「……? セレシュお姉ちゃん?」
「うちの眼を直接見ると、その人を石化させてしまうんや。普段はこの眼鏡で抑えてんねんけど、一緒に暮らしとったら眼鏡外してる時もあるかもしれへんから、ちょっと試させてもらったんよ」
「石化…? ゴルゴーンの力?」
「そや。人が石になってしまうんやけど、陽は大丈夫みたいやな」セレシュがそう言って眼鏡を机の上に置いた。「まぁ陽の持つ能力が他にもあるんかは、これから色々勉強しとったら解るやろうな」
「…勉強?」
「せや。昨日言うた通り、人間の中で暮らしていく為には色々学ばなあかん事がある。その大前提が、今のこの状態の制御。つまり、妖力全般の制御にあたるっちゅー訳やな」
「……?」解らない事がある時の陽は首を傾げてセレシュを見上げる。今日はやけにこの光景を目にする。
「まず陽、自分が何で夜中にのみ人化出来るのかって事やけど、何でか解るか?」
「…夜中は、力が溢れるから…?」
「ま、感覚的に言うたらそうやな。夜中は妖気が街中に溢れる。それを利用して、陽は人化してるんや。せやけど、それはまだ自分の意志やない。制御出来てへんから、朝になったら自然とそれが解けてまうんよ」セレシュはそう言って陽のかけたペンダントを指差す。「それがなくても妖気が外に漏れ出さない様にする事がまず第一歩や。自分の中に留める練習やな」
「どうすれば良いの?」
「これを使うんや」セレシュは目の前にあった不思議な形をした高さ十五センチ程の瓶を指差した。丸い瓶に蛇の彫刻が巻きつき、空へと向かって口を開いている。瓶の中には緑色の液体が揺れている。「この蛇の火瓶に灯した炎は妖気に反応する。この口のトコに火を近付けたら、こんな風に火が点くんよ」
 セレシュがマッチを擦って火を近づけると、まるで蛇が炎を吐いているかの様に緑色の炎が灯された。二十センチ程の高さの火が灯る。
「緑色の火…」
「妖気を溶かす水が油みたいになるんやけど、この炎は熱は持ってない。妖気を可視化する為の呪具なんや」セレシュが手を緑色に揺らめく炎の中に突っ込む。「この中に手を入れて安定した妖気を循環させると、こうなるんよ」
 揺らめいていた炎がセレシュの手の上で集まり、綺麗な球体を作り出す。
「わ…」陽が目を輝かせる様にセレシュの手を見つめる。
「安定した妖気を循環させへんと、こうした綺麗な円が作れなくて、さっきみたいに揺れる火みたいになるんよ」セレシュがそう言ってもう一方の手で蛇の火瓶の口を押さえ、炎の乗った手を陽の目の前に差し出す。「陽、手を」
「うん…」陽が両手を差し出し、セレシュの手の上にあった炎を掬い取る様に持ち上げる。セレシュの手から可視化した妖気の塊が陽の手に移り、再びゆらゆらと燃え上がる炎の様に踊りだす。
「この炎を球体にする事が出来る様になったら、人化する為の妖気の制御の練習に入れる。陽、これを球体にするイメージをしっかり持って、それを操るんや」
「うん…」
 次の瞬間、セレシュは思わず目を丸くした。陽は先程セレシュが見せた様に綺麗な球体を作り上げている。
「なんや、簡単にクリア出来てるなぁ…」思わずセレシュが呟く。
「…出来てる?」
「あぁ、しっかり出来てるわ」セレシュがそう言って陽の手から炎を掬い上げ、蛇の火瓶の口へと戻し、蛇の口を少し大きく開けるかの様に触れた。すると、蛇の口の中に妖気の炎が吸い込まれ、蛇が口を勝手に閉じた。
「今のイメージで、自分の身体の中にある妖気を循環させて、身体の中に停滞させるんや。やってみ」セレシュが陽のペンダントを外す。
「うん…」陽が集中しながら自分の身体の中に妖気を集中させる。
「そのまま練習しとくんやで。うち、ご飯持ってくるから」
 セレシュの言葉に陽が頷いて答える。ご飯を食べれるかどうか、それを調べる必要もある。文字を教えたり、道具の使い方を教えたり、何しろ教えてやらなくてはいけない事が多い。
「あの人も、うちを拾った時はこんな気分やったんやろか…」思わずセレシュがそんな事を呟く。が…。「ないな、あの人は」




――。




「全然出来とるな、陽」食事を持って工房へと戻ってきたセレシュが陽の様子を見て呟く。「妖気も安定しとる。これやったら、人化も自分で調整出来る様になるまで時間はかからへんな」
「…へへ…」セレシュに褒められてご機嫌の陽がセレシュの持ってきたシチューとバケットを見つめる。「良い匂い…」
「陽の分もあるから、ご飯にしよか。遅い時間になってしもたけども…」
 既に日付が変わり、午前二時。セレシュの分は少なめに盛られているシチューだが、陽が食べなければ鍋に戻せば良い。そう考えていたセレシュは陽の前にシチューとバケットを置く。陽はくんくんと匂いを嗅ぐ様な仕草をしてシチューを見つめる。
「食べてみるか?」
「うん…」
「こうするんやで」セレシュがスプーンを持ち、シチューを皿から掬う。ふぅっと息を吹きかけ、シチューを冷ましてみせると、陽もそれを真似て息を吹きかける。「いただきます、って言うてから食べるんや」
「いただきます…」陽がシチューを口に運び、ゴクリと飲み込む。「…これ、好き」
「うまいやろ?」
「うまい?」
「美味しいって意味や」
「うん、うまい」
 どうやら陽も食事に関しては普通に摂れるらしい。必要かどうかまではまだ定かではないが、それもいずれ解って来る事だろう。セレシュはそう思いながらバケットを千切ってシチューにつけて口に運んだ。陽もそれを見て真似る。どうやら気に入ったらしく、陽はにっこりと笑って再び「うまい」とセレシュに告げた。

 ―食事を済ませ、今度は文字の読み書きを教え始める。やはり頭は良いらしい。教えていく事を次々と吸収していく。物の扱い方も一通りを学べばすぐに扱い始める。
「今日はここまで。とりあえず今日は人化でいつまでその姿でいられるか試して、そのまま妖力をキープするんやで」
「うん」
「あと、この部屋からはまだ出たらあかんよ。うちがまた様子見に来るから、好きな本でも読んだりして色々学んどきや。うちは少し寝るから」
「寝る?」
「せや。脳を休める為の休息や。陽も疲れとったら目を閉じて、そのまま少しゆっくりしとき」
「うん」



 ―二日目にして、陽は見た目の歳相応の知識をある程度身に付けてくれたらしい。朝が訪れようと、薄らと外が明るくなりつつある。セレシュは仮眠する為に自室へと戻る事にした…――。





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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

二日目、名前の決定と、基礎知識を色々と教えようと
頑張るセレシュさんでしたw

陽君が今後どういう存在となっていくのか、
なかなか楽しみになってきました(笑)

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも
是非とも宜しくお願い致しますー。

白神 怜司