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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


犠牲







「…どうにか、隔離には成功したらしいな…」
 翼とオフィーリア、そして潤がその場に立ち尽くし、周囲を見つめる。潤達が魔法陣で覆った場所だけがくりぬかれたかの様に、その風景が全てモノクロに染まっている。何もかもが色を失くし、ただそこに佇んでいるだけの瓦礫と何ら変わり映えしない光景だ。
「空間を断絶して、その世界を隔離。これで“虚無”の被害は最小限に抑えられるね…」翼がどこか安堵したかの様に呟く。
「いや、それはどうやら甘い考えかもしれない」潤の表情が険しく染まる。「あれを見ろ」
 潤が目を向けている方向に現われた、“虚無”。おおよそ人と同じぐらいの身体の大きさではあるが、両腕を胸の前で交差して手で身体を縛っている様な風貌はまるで拘束具に身体を縛られているかの様だ。目や口を閉じた顔。
「…寒気すら感じる…」思わず翼の背筋にゾッと悪寒が走る。「“虚無”。あれが、世界を回帰させる神…」
「姿形はアテにならない。能力も未知数だ…」潤が構える。「気を付けろ、翼…―!」
 潤が翼へと視線を向けた瞬間、翼の真後ろに虚無が姿を現し、ゆっくりと口を開いている。潤が翼の身体を蹴飛ばし、互いに逆方向へと避ける。
「アー…!」甲高い女性の声の様な音が響き渡った次の瞬間。二人の避けた直線上の空間が一瞬で塵と化す。
「…ッ! なんて力だ…!」潤が思わず息を飲む。「翼、二手に分かれるぞ!」
「あ、あぁ!」
 一斉に一度潤と翼が虚無から距離を取る様にその場から姿を消す。虚無がただ同じ体制のまま、何をしようともしない。
「風の刃よ!」翼が上空に姿を現し、真空の刃を虚無目掛けて放つ。が。虚無はぐるっと翼へと首から頭だけを向け、口を開く。
「アー…!」
「くっ!」歪曲術で空間を歪ませ、虚無の攻撃を避ける。そのつもりだったが、翼が異変に気付き、身体を翻す。間一髪、肩からかけていたマントだけがその場に残り、一瞬で消し去られた。「術の無効化…!?」
 翼が地面に着地し、神剣を抜く。が、その一瞬に虚無が姿を消す。
「なっ…!? 何処に!?」翼がそう呟き、周囲を見つめたその一瞬の隙を狙ったかの様に斜め上空後方から「アー…!」と声が鳴り響く。が、それと同時に翼の身体が突き飛ばされる。
「油断するな、翼。ヤツは神の中でも最悪な部類。殺す事に躊躇う気などない筈だ」
「ありがとう…」
 翼が改めて虚無へと視線を向ける。
「…目が、徐々に開いてきてる…」不意に異変に気付いた翼がそう呟いた。
「…悪い報せだな。今翼と俺が戦っている相手は、虚無の覚醒までの防衛システムって訳か」
「防衛システム?」
「あぁ。完全なる覚醒まで、もう少しばかり時間が必要らしいが、完全に覚醒されたら更に勝機が減るって事だ。叩くなら今だ」潤がそう言って動き出す。「散るぞ」
 翼が動き出そうとした瞬間、虚無が分身を生み出し、潤を追わせた。
「…なるほど、最初のターゲットは僕って事か」翼がマントを外し、その場で投げ捨てる。「相手になろう!」
 翼が風の能力を利用して加速した状態で虚無へと迫る。が、虚無はテレポートでもするかの様に翼から更に後方へと下がり、口を開く。
「アー…!」
「同じ手は喰らわないよ」翼が空間を歪曲させ、自らの身体を違う空間へと送り込む。「もらった!」
「アー…!」
 一瞬で振り返り、翼に攻撃が放たれた。翼は咄嗟の判断で身体を横へと避けたが、反射速度は確実に虚無の方が高い。間一髪で避けれたとは言え、それでも完全に虚無に対応された。その事実が翼に焦りを生み出す。
「…さすがだね…」翼の目付きが鋭くなる。「神殺しの業を背負いたくはないけど、今回ばかりはそうも言っていられないみたいだ」
 一閃、今までとは比較にならない程の速度で翼が虚無へと間合いを詰め、神剣を振り払う。が、その一瞬の攻撃も虚無を捉えられず、空を斬る。空間を操作し、虚無の現われる場を推測し、翼が更にそこへと飛ぶ。現われた虚無の身体に再び神剣を振り払い、捉えた。が、甲高い金属音を奏で、神剣がその動きを止める。
「――ッ!」
「アー…!」
 魔力を高め、身体をガードする。無理に避けるよりもダメージを抑える為の翼の考えは当たったが、翼の身体はそれでもかなりのダメージを受けて吹き飛ばされる。
「がはっ…!」膝をつき、神剣で身体を支える。
「アー…!」間髪入れず、第二波が襲い掛かる。翼はそれを避け、肉体再生を計りながら虚無へ手を翳す。
「雷鳴!」
 翼の手から魔法陣が浮かび上がり、猛々しい轟音と共に電撃が虚無へと襲い掛かる。が、虚無はそれを避けるどころか、口を開いて飲み込んだ。
「…魔力を喰らった…。生命だけじゃないのか…」
 虚無の眼が半分ぐらいまで開く。時間がない事を悟る不安材料が目の前で覚醒を迎えようとしている中、翼は肉体再生を終え、再び神剣を構える。
「迷いを持った剣では斬れない…。なら、一撃に全ての魔力を注いで断ち切る!」
 徐々にダメージを与えようにも、中途半端な攻撃はダメージを負わせる事すら出来ない。翼は意を決した様に神剣へと力を込める。
「はぁっ!」
 一瞬の爆発力に魔力を切り替え、更に翼がスピードを上げる。完全に虚無の背後を捉え、翼が首を斬り落とすかの様に本気で居合いの要領で刀を振り払った。空間もろとも裂ける程の神剣の威力と翼の魔力が相成り、虚無の首が飛ぶ。シューっと音を立てながら首が煙となって再び虚無の身体へと復元されていく。
「…そんな…」翼が事態を飲み込み、その姿を見つめていると、虚無の顔が完全に復元され、目を開けていた。
「…我、覚醒の刻来たり」
 虚無の身体から巨大な爆発が起こったかの様に強烈な衝撃波が周囲へと円状に広がる。翼は風を操り、身体をその衝撃波から守り、虚無を睨み付ける。衝撃波が止み、虚無の両腕も既にその呪縛から解かれている。瞬間、虚無の姿が消えた。翼がそれに気付いたのは、既に右半身に強烈な衝撃が走り、吹き飛ばされる瞬間だった。地面を抉りながら翼の身体が数メートル先のビルへと衝突し、砂塵が舞い上がる。
「無へ還れ」虚無が両腕を翼の吹き飛んだ先へと翳し、男性か女性かも解らない声を響かせた。周囲の景色が歪んだと思った次の瞬間、光線の様な太い光りが放たれ、全てを消し去った。
「…はぁ…はぁ…」間一髪で距離を取る様に逃げた翼が息を整え、様子を覗う。「…(…ここまでの強さだったなんて…。このままじゃやられる…!)」
 僅かな時間、攻撃の算段を立てる様に翼が思考を巡らせる。が、その直後、虚無がグルっと翼のいる方向へと振り返る。
「憐れな」虚無の声が響き渡り、その直後に翼の目の前へと移動してきた。
「…ッ!」翼が神剣を振って対抗しようとするが、あっさりと弾かれる。「…くっ!」
 再び翼がその場を離れる。予想だにしていない程の力の差が、更に心に焦りを生み出す。心拍が乱れ、頭がうまく働かない。頭から血が流れ、目に入りそうになり、それを拭う。その瞬間、再び虚無が目の前に現われ、翼の身体を蹴り飛ばした。
「…汝の生命は糧にならぬ。滅びよ」
 虚無が再び巨大な魔力を練り上げる。翼の身体はぴくりとも動かず、瓦礫の中に埋もれていた。僅かに開いた目が捕らえた光景は、躊躇なく放たれた光りの矢が自分へ向かって放たれた光景。力を振り絞る様に、翼は風の力を使って身体を起こし、間一髪でその場から逃れる。が、蓄積されたダメージのせいで、身体がまだ言う事を聞かない。翼がバランスを崩し、倒れ込む。そんな翼に向かって虚無がゆっくりと歩み寄る。身体が動かない。肉体再生が間に合わない。
「消え去れ」
 虚無がその一言と共に、腕を振り上げ、翼の身体へ襲い掛かる。魔力を帯びた右腕、恐らく当たればあっさりと肉体を壊す。が、身体は相変わらず言う事を効かない。翼が諦めた様に目を閉じる。ドスッと鈍い音が響き渡り、鮮血がほとばしる。翼が違和感に気付き目を開けると、そこには潤の姿と、その腹部を貫いた虚無の腕があった。
「…兄…さん……!」
「ぐっ…! 間に合ったか…」潤が口から血を零しながらも、自らの身体を貫いた虚無の手を掴んだ。
「愚かな」虚無がそう告げると、潤を貫いた腕をそのまま潤の身体もろとも振り払い、潤の身体を吹き飛ばす。
「兄さん!」翼が力を振り絞り潤の元へと駆け寄るが、潤は意識を失い、その場に倒れていた。



                                         FIN


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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回のお話で虚無との戦闘が開始した訳ですが、
何しろ圧倒的な強さを誇る、“神”。

次回以降、翼さん達は一体どうなっていくのか、
ちょっと厳しい展開に追いやられています。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも是非宜しくお願い致します。

白神 怜司