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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 予想外な依頼






「あ、祐樹さん!」
 草間興信所に来た“椎名 祐樹”を何処か慌てている様な様子で零が小走りに迎えに来た。
「おはよ、零。…どうした?」
「お客さんが来てるんですけど、お兄さん出かけちゃってて…」
「お客さん?」祐樹が応接用のスペースを覗き込む。応接用のスペースには中学生ぐらいの女の子と、高校生ぐらいの男の子が座っていた。「内容は?」
「迷子になった子猫を探して欲しいそうです」
「子猫…。珍しいな、怪奇がらみじゃないなんて」そう言って祐樹が子供達の元へ歩き出す。「零、俺コーヒーよろしく」
「あ、ハイ」
 そう告げて祐樹は二人の子供の前に座った。
「お金はちゃんと持ってるの?」
「は、はい。三万ですけど…」高校生の男の子がそう言って折り曲がったお金を手渡そうとしてくる。「足りますか?」
「お兄ちゃん、私も…」
「良いから」
 兄妹で子猫を探す為にお金を出し合おうとする。何とも素敵な兄妹愛だなぁ、と思った以上に感動の薄い眼差しで見つめる祐樹。ふうっと小さく溜息を吐いて二人を見つめる。
「…よし、引き受けよう」祐樹の笑顔での返事に二人がパアっと顔を明るくする。「じゃあ幾つか聞かせてもらうけど、質問良いかな?」
「はい!」



―――

――





「祐樹さん、あんなに優しく受け答えてあげるんですね」
 子供達から子猫の情報を聞いていた祐樹を見ていた零が、子供達を見送ってからニッコリと笑いながら祐樹に声をかけた。
「子供相手に話しを聞くには、笑顔が一番ってね」何食わぬ顔で祐樹が零の入れたコーヒーを口に運んで答える。「それにしても武彦さんは?」
「何でも大きな仕事が入ったとかで、今日帰って来れるか解らないって言ってましたけど…」
「大きい仕事、ね…」事務所に置いてある地図を見つめながら、小さく溜息を漏らした。「とにかく、しらみつぶしに情報の聞き込みだ。行って来るよ」
「あ、私も行きます!」
「ダメだ。事務所を空けてどうするんだ?」
「大丈夫です。もし何かで祐樹さんも動く様なら、事務所を空けて手伝えって言われてますから」
「…武彦さん、まだ俺の事学生扱いだよ…」祐樹がポリポリと頭を掻く。「ま、良いか。危険な仕事でもないし…。行くぞ」
「はいっ」
 零がいそいそと準備を始める。時刻は昼前。出来る事なら陽が落ちる前に片付けたい所だ、と祐樹が腕時計を見つめて小さく呟く。
「これが子猫の画像。あの妹の方から送ってもらった」歩きながら零に携帯電話に送ってもらった画像を見せる。全体的に濃いネズミ色をしている子猫が映っている。「まだ生後半年ぐらいで、行動圏内は恐らく半径一キロ以内って所だ。あの子達の家を中心に…―」
「―祐樹さん、あれ…」
 祐樹の言葉を遮る様に零が声をかけて前方を指差す。
「…おいおい、あっさり依頼解決か…?」祐樹が思わず緊張する。まさかビルを出て数歩の所で探している猫と思われる子猫が十メートル程前方でこちらを見つめている。
「そ、そっくりです…」
「待て、落ち着くんだ。あの猫、完全に俺達を警戒してる。下手に急いで近付けば逃げられる…」
「じゃ、じゃあ呼んでみますか…?」
「名前が無いらしいぞ」
「…じゃあ、こうします…」零がその場にしゃがみ込む。「ほーら、おいでおいで」
 零がしゃがみ込むと、子猫が少しばかり警戒を和らげたかの様に首を少し下げてこちらの様子を見つめる。零に引っ張られ、祐樹もその場にしゃがみ込み、子猫を待ってみる。すると、一歩ずつ子猫がゆっくり歩き出す。が…、走ってきた自転車に驚き、その場から逃走されてしまった。
「ああぁぁぁあ…、あとちょっとだったのに…」零がガクッと肩を落とす。
「追うぞ、零」
「はーい…」




――。




 ―商店街。あっさりと見失ってしまった祐樹と零は、商店街方面へと逃げていった子猫を追ってきていた。立ち並ぶ商店の間や、ビルの隙間。祐樹がそういう所を見ている中、零が通行人に猫の画像を見せながら情報を収集する。
「祐樹さんー」ビルの間を覗き込んでいた祐樹に零が声をかけた。祐樹が零の元へ小走りに駆け寄る。
「どうした?」
「さっきこの先にある川沿いの土手で、似た猫を見たって人がいました!」
「確証はないけど、行ってみる必要はありそうだ。行こう」
 大きめの川だが、普段から穏やかな川。子供達がたまに遊び場にするという結構知られた場所ではあるが、先日の雨で増水している可能性もある。

「案の定、か」川に着いた祐樹はそう言って小さく溜息を漏らした。
「まさか、流されたりは…」
「大丈夫だとは思うけどな…。とにかく、探してみるぞ」
 川はいつもよりも増水し、流れは若干速い。大人の猫なら危険性を理解する事も出来そうだが、子猫ではそれもあまり期待出来ない。流されてしまえば、命はないだろう。
「…何の人だかりでしょう?」不意に零が上流にある人だかりに目をつけ、そう呟いて人々の視線の先へと目を向ける。「…ッ! 祐樹さん!」
 零が祐樹の腕を引っ張り、指差す先に子猫の姿があった。が、流されている最悪な状態ではないが、遊んでいる内に戻れない場所まで下りてしまったらしい。川の中に孤立したバケツの中で鳴き続けている。幸い、何かに引っかかっているせいか、周りの砂利道に近い場所で停滞している。
「おいおい、お約束の危険パターンか…?」祐樹が溜息を吐きながら近寄る。「…ッ! 水位が上がってる…」
「あぁ、そうなんだ」近くにいた中年の男が答える。「昨日の雨を流し始めてるみたいでな。もうすぐ一気に水位が上がるかもしれない。今下手に川に突っ込んだりしたら…」
「迷ってる場合かっての!」
 祐樹が階段を使って川まで降りて子猫の元へと向かう。普段の川の水の高さは膝程度だが、水位はかなり上がっている。しかも放流を始めているせいか、徐々に上がり続けている状態らしい。なんとか川に入らずに届く位置だ。祐樹はそう思いながらちょっとずつ近付く。祐樹に対して猫が驚いたのか、威嚇しながら狭いバケツの中を動き回る。
「あ、コラ! 動くなって!」
 祐樹がそう声をあげた瞬間、バケツもろとも猫が川の流れに投げ出され、一気に下流へと流されていく。
「マジかよ…!」祐樹が急いで川の中へジャンプする。
 そこまで荒れた川の流れではない。とは言え、バケツ毎子猫は徐々に川の中央へと流れ、手が届かない。祐樹の運動神経を持ってしても、徐々にその距離を縮めていくのに結構な時間がかかっていた。
「…(クソ、流れが思ったより速い…)」着衣状態で泳ぐのは至難の技だ。徐々に差は縮まるが、祐樹が思っていた以上に体力を消耗していく。
「祐樹さん!」不意に声が聞こえ、祐樹が水から顔を上げ、声の先を見つめると、零が岸辺で並走していた。「なんとかバケツを止めます!」
「あぁ!」祐樹が再びバケツを追いかけて泳ぎだす。「…(なんとかって何する気だ…?)」
 外の様子を見る余裕がない。祐樹はとりあえず零を信じてバケツを追う。すると、突如バケツが止まる。祐樹がそれを見て手を伸ばす。
「…(よし、届いた…って、いてててて!)」
 バケツをグイっと引っ張って祐樹がなんとか岸へと上がり、祐樹は息を整えた。バケツの中から子猫をひょいっとつまみ上げ、顔を見る。
「…ったく、ひっかきやがって…」そう言いながらも祐樹の顔が優しく緩む。「もう俺の事、怖くないだろ?」
 ミャーと高い声で鳴く猫を大事に抱え、祐樹が立ち上がる。ふと祐樹が見上げると、野次馬達が拍手をしながらこっちを見ている事に気が付いた。零が歩み寄る。
「無事で良かったです」
「…零、どうやってバケツを止めたんだ?」
「え!? いや、その…。あは、あははは…」急に困った様に零が笑いながら後ずさる。「ちょ、ちょーっとだけ…使いましたけど…」
「…誰にも見られてないだろうな?」
「だ、大丈夫です! 多分…」
「多分、ね…」祐樹が小さく笑う。「ま、良いか…」





―――

――







 夕方、祐樹が事務所でシャワーを済ませ身体を拭いて服を着替えて出て来ると、零が猫を膝の上に抱き上げていた。
「…あ、祐樹さん」
「随分懐かれてるみたいだな」
「でも、もうすぐお別れですけどね。あの二人、今から迎えに来るって喜んでましたよ」零がニッコリ笑って答える。
 祐樹は知っている。零の素性も、全て。だからこそ、こういう時に浮かべる零の笑顔は、本物なのかと一瞬疑ってしまう。そんな自分が、ちょっとだけ嫌だったりもする。
「…そっか」



            「ここにいると退屈しないよな、ホントに…」




        ――そんな事を思いながら、祐樹は今日も依頼をこなしている。





                      FIN




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ご依頼有難う御座いました、白神 怜司です。

今回は初めてのご依頼有難う御座いました。
何処となくイケメン風な祐樹クンでしたが、
口調が意外とそっけない感じで面白いなぁと思いながら
書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも、機会がありましたら、
是非また宜しくお願い致します。

白神 怜司