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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……・3 +



「ミラーさん、何書いてんの?」
「これ? これは日記だよ」
「へぇ、ミラーさんでも日記とか付けんやね。意外やわ」
「僕とフィギュア、そして後輩にあたる子達の四人でやっている遊びさ」
「ふぅん。そんで、どんな話書いてんの? ミラーさんらの日常って気になるわー」


 それはある日のお茶会。
 鏡張りの部屋の中でフィギュアさんとミラーさんとでお茶会をしていたところだった。うちはたまにここの二人の屋敷に来るんやけど、ミラーさんがこうやって何かを書いているところを見るのは初めて。
 いつもはマナーの問題とかで人前で何か物を書くとかせぇへん人や思てたから尚更。


「では、この間書いた日記の内容でも話してあげようか」


 記憶を保てないフィギュアさんもまた初めて聞く話だというように興味津々な顔でミラーさんが読み出す日記に耳を傾け、うちも今日のお茶請けのケーキを突きながら紡がれる言葉に意識を向けた。



■■■■■



 そう、それはうちが開業しとる鍼灸院の近くで起きたんや。
 サビ柄というちょっと特徴的な模様を持つ猫がうちの事見よってん。でもな、その猫うちと視線があった瞬間、一目散に逃げていきよった。まあ、そこまではええねん。なんか思うことでもあったんやろかとうちも特に気にせずすぐに仕事に戻ったんやわ。人嫌いなんやろなとも思うたし。
 でもな、また別の日にうちはその猫を見かけてんよ。
 その猫特徴的やし、よくよく観察したら首輪も付いとったから飼い猫やってん。でな、通りがかる人らに対してなんか懐っこいんやわ。だから人嫌いやなかったんやなーってうちもその猫撫でに行こうと思うてん。
 ところがな――。


「に″ゃー!!」
「な、なんや変な声出して」
「にゃ! にゃー!!」
「もしかしてうち、威嚇されとる?」
「にゃぁ!」
「あ」


 そのまま猫はうちにだけ過剰に毛をぶわっと立てたまま逃げよった。
 周囲に居た人らが同情の視線でうちを見てきよった事……あれは忘れられんわ。だって今まで他の人間には自ら近付いてむしろ撫でて撫でてって甘えとってんよ? それなのになーんにもしとらんうちにだけ警戒心バリバリで逃げていくんや。
 そりゃあもう、何か腹立ったわ。


 でもな、話はそこで終わりやないんよ。
 また別の日、そいつはそこに居ったわ。なんやろね。前回が前回やったからうちは今度こそ撫でたろ思てな。猫じゃらしを用意して近付いてん。もちろんその猫は他の人らには超が付くほど人懐っこい。ごろごろと喉を鳴らして甘えるわ、綺麗に整えられた毛並みは遠慮なく触れさしよるわ、うちにはさせんことを大判振る舞いでやりよる。
 だから撫でてる人らにまぎれてうちは近付いた。
 ――でもな。


「にゃー!!」
「お前、何でうち見て逃げんねん!!」


 猫じゃらしに猫の前足が触れたまでは良かったんよ。
 でもその猫目がうちの事を視認しよった瞬間、またしてもぶわっと威嚇のポーズを取った後逃げよったわ。ああ、ホンマへこむ。走り去る猫に両手を挙げてきぃきぃと喚くうちの姿を一緒に居った人らはまたしても同情の目で見てくれたわ。
 でもうちは負けんかったで。
 逆に逃げられると燃えるというものや。例えばあの猫がうちに虐待とか受け取ったっつーんやったら逃げるのもわかんねん。でもな、そういう事実は無根。触れられへん猫を苛める事も出来るはずないっつーわけで、うちは「うち」の何が悪いかちょっと考えてみたんよ。
 ……あれや。結局、勘の良い動物は人間以外を察するっていうヤツやと気付いたわ。っていうかそれ以外にあらへんやろ! それ以外やったら余計に落ち込むで、うち!


 というわけで、今度は餌付け作戦に出てみることにした。
 鍼灸院近くの道路はその猫の散歩道みたいでな。とにかく毎日通る事を確認してからうちは猫缶を用意してみた。それもちょっと値段張るヤツや。それを皿に入れて一回食べるかどうか道に置いて様子を見てみたんよ。そしたらその猫はあっさり食いよった。満足げにぺろりとや。
 だからうちは「これやったらいけるやろ」と後日同じ猫缶を解し乗せた皿とついでににぼしも数匹携えて近寄ってん。


「にゃ?」
「そう、そうや。お前の好きな餌があんでー」
「……にゃー……」
「なんやねん、その不信そうな声」
「――にゃっ!!」
「ああああ!!」


 毛並みを整える猫はうちの気配に気付くも餌の香りを感じ取って今日はすぐには逃げんかった。だから「今度こそいける!」とじりじりと距離を詰めて、あと少しでうちはその猫に触れれると思うた時や。
 あの猫! うちの手からにぼしだけ取ってまたしても逃げよったんよー!!
 ああ! ほんまへこむわっ! ……ほんまに、ほんまにへこんだんよ。そりゃあもう、うっかり客の足のツボ間違って押してまうくらいに……。
 ってこれは秘密や、しー! しー! やで。医療の携わる者としてはちょっとしたミスも許されへん。お客さんには特別にマッサージ時間延長して許してもろたけど、痛恨のミスやったわ。
 ああ、でもこれも全てあの猫のせい! うちはただその毛並みに触れたいだけやのに!!


「――はぁ。どうすればうちあの猫に触れんねんやろ」


 ぐったりとデスクの上でうちは項垂れる。
 あかん、猫の鳴き声の幻聴が聞こえそうなくらいここ数日あの猫ん事考えとるわ。


「もうええ! あの猫の事は無しや! ミスしてお客さんに迷惑かけるくらいやったらうちはあの猫の事は忘れる!」


 開き直り、身体を起こして拳を作る。
 金色のウェーブ髪が白衣に叩きつけられてばさばさっと音が鳴った。その日からうちはあの猫を見ても……あの猫が逃げよっても無視を決め込む事に決めた。いわゆる猫断ちや。
 それで終わり。
 うちらの関係はお終い。



■■■■■



「ところが、セレシュさん本人が知らないところで『彼』は彼女を見ていた」


 ミラーさんが日記を読み続ける。
 うちはぽかんっと間抜けな顔をしながらそれを聞いていた。


「それはある日、セレシュさんが調子の悪いエアコン室外機の取扱説明書を見ていた時の事だよ。セレシュさんはしゃがみ込んで必死にどこが悪いのか考え込んでいた。その長い髪の毛を地面に向けて垂れ下げながらね。ところが彼女の髪の毛は『動いた』のさ」
「動いたって? 風にでも煽られたのかしら」
「いいや、風は無かった。でも彼女の髪の毛はうねうねとまるで『蛇のように』動き漂うのさ。まるで髪自身に意思があるかのようにね」
「まあ! それは不思議な光景だったでしょうね」
「それを見た問題の『彼』――ああ、セレシュさんにとっては猫だね。その例のサビ柄の猫はその動く髪の毛の誘惑に逆らえずとうとう恐怖よりも好奇心が勝ち、動く髪にじゃれたり、前足をこう……くいくいっと動かして――ああ、あっちの世界では猫パンチというのだったかな。そうやって遊び始めたのさ」
「――って、ミラーさん! あんた見とったんか!?」
「さて、話は続きまして」
「無視なん!?」


 うちの突っ込みをさらっと流してミラーさんは日記帳のページを捲る。
 思わずうちは持っていたフォークを力いっぱい握り締めてそのままテーブルの上に頭をくっつけて項垂れてもうた。あかん、あの猫との事こんなにも鮮明に記録されとるってなんでこないに恥ずかしいねん。もう終わったと思うたのに。


「さて、一方その頃僕らの世界には<迷い子(まよいご)>がやってきていた。彼の名前はアシュレイ。にゃあにゃあと鳴く一匹のサビ柄の猫だ」
「ん? んんん? ちょ、ちょい、待ち、まさかその猫って」
「彼は言った。『不思議な女が最近散歩道に現れて僕を触ろうとする。でも触られそうになると僕の毛はぞわぞわと逆立ち、まるで天敵が現れた時の様に無意識のうちに威嚇体勢を取ってしまうんだ』」
「あら、あたしにその記憶はないわ」
「今記憶を渡したら面白くないからね。今しばらくは僕の話を聞いておくれ」


 語り部は現実を物語る。
 うちからしたら猫の言葉を代弁するように。
 まるでその猫が今も此処でにゃあにゃあと鳴いているかのような気配すらした。


「だから僕とフィギュアは言った。
 『彼女は人間ではない、だから君の本能が反応しているのさ』
 彼はまた言った。
 『人間じゃない事なんて見て分かる。どうすればあの不思議な女に反応しなくてすむようになるか知りたいんだ』
 僕らは答えてあげた。
 『君は感受性が強すぎるようだね。でも彼女は僕らの知り合いだから安心すると良いよ。危害を加えたりはしない、ただ遊びたいだけなのだろう』
 彼はその前足でくいくいっと顔を掻き考え込んだ末、言った。
 『ならば隙を見て遊んであげようかな』」


 そしてミラーさんはパタンっと日記帳を閉じる。
 書きかけやないのかと突っ込みたくなったけど、彼の次なる動作にうちは目を見開く。まるでそれは手品、まるでそれは奇術。閉じた日記帳はぐぐぐっと膨らむように形を変え、やがてポンッ! と軽い音が響いた後――。


「にゃー」


 テーブルの上、ちょこんっと現れたのは一匹の猫。


「あー!! あの猫やー!」
『猫言うな。僕の名前はアシュレイって言うんだ。……う、ぞわぞわ』
「お、今日は逃げへんのか? っていうかしゃべっとる!!」
『ミラー、ミラー。ぞわぞわするよー!』
「それもすぐに収まるよ。さあ、彼女で思う存分遊びたまえ」
『ぞわぞわー!』
「さ、触るで! 今日こそは触る!」
『僕はあの時うねうね動いてたその髪で遊びたいよー!』


 「にゃーにゃー!」と鳴く猫とうずうずしだすうち。
 猫は器用にテーブルの上に並んだ皿やカップを避け、うちの髪を狙い飛び掛る。うちはびくっと身体を跳ねさせつつもそのまま逃げず、受け止めようとして――べしゃっと猫の生温かい腹がくっつく。そのままずる、ずる……と下がって。


「あ、あかん! 眼鏡ずれ――」
「フィギュア、あっちを向いて」
「いつもいつも石化の視線のコントロールに大変ね」
『にゃーん! 落ちる、落ちるよー!!』
「ええい! やっと捕まえたで!」


 うちは猫をべりっと顔から外しつつ、眼鏡を押し上げる。
 ミラーさんが空間を歪ませてるせいで二人の姿はゆらりと陽炎のように揺らめいていたけれど、うちは今手の中におる猫の温かさをしみじみと手で味わう。
 やっぱり毛並みは手触りが良く、肉体はしなやか。凛とした顔付きも中々ええ感じ。


「はぁ……やっと触れれたわ」
『にゃー! 髪で遊ばせてよー!』
「今はうちの番や」
『やだー! にょろにょろ髪つんつんしたいー!』


 もうぞわぞわ……というかあれはうちへの威嚇やな。
 アシュレイと名乗った猫はもう警戒せずにうちの腕の中で不満そうに左右に身体を揺らす。でももしうちの正体がゴルゴーンって事が分かって、実はこの髪の毛が蛇やって分かったらこの猫どない反応すんねんやろ。


『遊ばせろー!』
「あとでなー」
「仲良き事は良いことよね」
「僕としては<迷い子>の案内と彼女の不満解消が同時に果たせて良かったよ。今日の日記の続きが書けるしね」


 ミラーさんが楽しげにうちと猫を見やる。
 この出来事も日記に書くのかとうちは呆れたけど、今日はええわ。許したる。
 今日は猫触り放題、弄り放題。
 でも後でうちが触られ放題の弄られ放題。


 これでうちらが現実世界で仲良くなったかはまだ秘密やけどな。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【ゲストNPC / アシュレイ / 男 / ?? / 猫】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回はほんわかノベル有難うございました!
 猫との日々……こんな形での決着はどうでしょうか? お任せと言う事でしたので思う存分遊ばせて頂きました♪

 今後も猫と仲良くやっていって貰えると嬉しいものですvではでは!