コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


教え教われ






「こんなんやったなぁ」
 本屋を訪れていたセレシュが一冊の本を手に取って呟いた。周りには似た様な子供向けの本が幾つも置いてある。絵本には独特のタッチで描かれた優しい絵が描かれていたり、乗り物の写真が載っていたりと様々な種類の本が置かれている。
 その中からセレシュは一冊の本をパラパラとめくり、小さく頷いてレジへと向かった。

「ありがとうございましたー」
 店員の声を背にしながら、茶色い紙袋に包まれた本を一冊胸に抱く様にセレシュが本屋を後にした。自分が昔買い与えられた事のある本と似た本だった。
「…まだまだ色々教えたらなあかんしな…」
 ぼやく様に呟き、夕暮れに染まった空を見上げる。が、その表情は実に明るく、優しい微笑みを浮かべていた。




―――

――






 夜が訪れ、セレシュは夕方に買って来た本を持って地下にある工房へと訪れていた。陽は既に人化し、玩具を買い与えられた子供と同じ様に、陽は少し目を輝かせながらセレシュに渡された本を手に取ってまじまじと見つめていた。
「子供向けの本やけど、色んな事が載っとるからな。それ見て勉強や」
 こくり、と小さく頷いた陽が本を開き熱心に読み始める。思わずその光景を見ていたセレシュは笑ってしまう。
 昨夜教えた文字の読み書きは既にほぼ吸収しているのだろう。子供向けの本なら漢字もたいして載ってはいない。問題なさそうだ。
 セレシュはそんな事を思いながら、陽が本を読む姿を見つめていたが、陽に背を向ける様に机に向かって座りなおした。その手には陽の本体とも言える、あの手鏡が握られていた。
 セレシュが古い言語で書かれた羊皮紙を机の上に広げて目を通す。
「これやな…」セレシュの動きが止まり、魔法陣の描かれた部分をじっと見つめる。「防御術式…」
 かつて自分が今つけている眼鏡にも施した術式。懐かしそうに目を細めて、セレシュが静かにその描かれた術式を一枚の紙に模写していく。陽が本を捲る音と、セレシュが紙の上をペンで走らせる音だけが響き渡る。
「…セレシュお姉ちゃん」
 不意に、陽が遠慮気味にセレシュの背に向かって声をかけた。
「ん?」セレシュが手を止め、陽へと振り返る。「どないしたん?」
「これ、『は』?」陽が指を指して本を見せてくる。
「あぁ、それは『は』やけど、読み方は『わ』やね。『これ“は”こまった』って読むんよ」
 読み方の違う同じ文字。日本語というのは厄介だ。
「でも、字が違うよ?」
「読み方が変わる言葉は日本語にはいくつかあるんよ。『〜〜は』、って言葉はよう使うんよ」
「そうなんだ…」陽が本を見つめてそう呟いた後、セレシュへと再び振り返る。「邪魔しちゃった…?」
「ううん。解らない事がある時はいつでも聞いてきてえぇよ」
「…うん」
 セレシュの言葉に陽が微笑みながら頷いて答え、そのまま視線を本へと戻す。セレシュもそんな姿を見て再び防御術式を書き上げに背を向ける。


 ―暫くお互いに集中して作業に勉強にと没頭する。時折声を出して本を読む陽に、セレシュは何処か穏やかな笑みを浮かべながら小さく微笑んでいた。懐かしくすら感じる。まるで、昔の自分を見ている様な、そんな気分だった。
「よっしゃ、完成やな」
 セレシュが手鏡を模写した魔法陣の上へと置き、手を翳す。魔法陣がセレシュの手から練り上げられた魔力に反応する様に煌々と輝きだし、手鏡をその光りで包み込んだ。その光りの揺らめきに気付いた陽が本から視線を移し、セレシュの隣りへと歩み寄る。
「何してるの?」
「この手鏡が壊れん様に、防御の術式を施したんよ。頑丈になるおまじない、やな」
「おまじない…」
 光りが収束し、手鏡がその姿を再び現す。一見すれば変わり映えのない見た目だが、防御の術式を組み込む事には成功した。
「昔、うちもこの眼鏡が壊れへん様にこうしておまじないをしたんよ。言うても、まだやらなあかん事もあるから終わらへんけど…」
「昔…?」セレシュの横顔を見つめながら、陽が呟く。
「せや。もう随分昔の事なんやけど、な…」
 セレシュが何処か寂しそうな目をしながらそう呟き、小さく笑った。そんなセレシュの姿を見た事がなかった陽の心に小さな願望が生まれる。

 セレシュのその笑顔の理由に興味を持った陽が、セレシュの記憶を覗き込む…――。






―――

――








「食事?」
 訝しげな表情を浮かべながらセレシュが椅子に座って尋ねた。
「せや」まだ何処かあどけない顔をしたセレシュに、男がそう声をかけてにっこり頷いた。目の前に出された食事は具を大胆にぶつ切りにした野菜炒めなどが並べられ始めた。
「ゴルゴーンは食事を摂らなくても大丈夫だぞ?」
「そういう問題ちゃう。食卓を囲んだ団欒は大事なんや。ほれ、食え」
「…うん…」言われるがまま、用意された卵焼きを不器用な箸使いで口へと運ぶ。「うえ、何これ…」
 口に運んだ瞬間、表情を歪ませたセレシュが呟いた。
「あかんかったか?」やっぱり、とでも言わんばかりに男が笑って箸でセレシュが食べていた卵焼きを口に運ぶ。「んー、醤油入れ過ぎたかもしれへんなぁ」
「変な味…」
「変って何やねん、こら」男がセレシュの頭を鷲掴みにする。「人からもろうた食いモンはうまいって言うとったらえぇんや」
「なんか違う気がする…」口を尖らせながら、セレシュが小さく文句を漏らしながら男を睨み、他の料理を口に運ぶ。「あ、これ…」
「お、うまいもんあったか?」
「これは“うまい”かも…」
 セレシュが目の前に出された野菜炒めを箸でつつきながらセレシュが呟く。
「お、そうか?」男がにっこりと笑ってセレシュの頭を乱暴に撫で回す。「せやろ? まぁ卵焼き失敗してもうたけどこれであいこやな」



――。


「ぬあー、あっつー…」セレシュが風呂から上がり、タオルを身体に巻いてリビングへと歩いてくる。
「長風呂やったからなー…って何しとんねん! はよ服着ろ!」男が慌てて背を向けて声をあげる。
「えー…暑いー…」パタパタと手で仰ぎながら頭を拭く。
「女として生きるには恥じらいっちゅーもんが必要やねん。ほら、はよ風呂に戻って服着て来い」シッシと手をひらひら動かして背を向けたまま男が言った。
 セレシュがその行動に、男の顔をわざわざ覗き込みに近寄っていく。
「イッヒッヒ、顔赤くして欲情でもしたのか?」
「アホか。ガキの身体見て誰が欲情すんねん。犯罪やっちゅーねん」笑い飛ばす様にセレシュの挑発的な態度を無視して男が答えた。
「んなっ! なんだとー!?」
「そないな事も解らん事自体がガキやっちゅーねん」意地悪く笑いながらセレシュへと男が告げた。「仮にも女やねんから、ちゃんと考えなあかんぞ。って言うても、まだまだガキやしな。いきなり大人の女みたいに振舞われても似合わなへんな…」
「そっ、そこに直れ! 石化してやるー!」
「そないなもん効かんわー」手を振り回すセレシュを男がからかう様にセレシュの頭を掴む。「アイス食ってまうぞ?」
「アイスッ!?」セレシュが声をあげた。「あの冷たくてうまいもんか!?」
「せや。はよ服着て戻ってけえへんと、自分の分なくなるかもしれへんな?」
「だめ!」セレシュが洗面所に向かって走り出す。「ちゃんと残しといてなー!」
「関西弁混じりよったな…。えぇからちゃんと身体拭いて出て来るんやでー」
「うん!」





――。



「おかえりって…どないしたんや、真っ赤な目して」
 制服姿で学校から帰って来たばかりのセレシュが肩を上下にして息を整えながら声を絞り出す。
「…教えて…」
「…何かあったんやな…」男が溜息を吐きながら呟くと、セレシュは小さく頷いた。
「友達とぶつかって眼鏡落として…。それで友達が…!」セレシュが涙をぼろぼろと零しながら手を握り締める。「教えて…! じゃないと友達が…―!」
「―解っとる」男がセレシュの頭を少し乱暴に撫でる。「落ち込んどる暇ないやろ。石化解除の魔法は簡単やない」
「…ッ! はい!」






―――

――





「くぉらぁ!」
「いたっ!」
 セレシュの拳骨が陽の脳天に直撃し、現実へと戻される。
「陽、よう聞き」セレシュが陽へと顔を近付ける。「人の過去は勝手に見るモンやないんやで」
「セレシュお姉ちゃんも見えたの?」頭を擦りながら陽が尋ねると、セレシュが頷く。
「まだまだ制御が未熟やから、うちにも流れ込んで来たんよ。それにしたって、陽。能力を無闇に使ったりしてもあかん」
「…うん…、ごめんなさい…」
「解ったらえぇんやけどな…」セレシュが陽を抱き締める。「人間として生きるんやったら、色々学ばなあかん。ちゃんと謝って偉いな、陽」
 抱き寄せた陽の頭を撫で、セレシュが陽にそう告げると、陽は静かに頷いた。セレシュはそんな陽の頭を再び撫で、作業へと戻った。陽は再びセレシュにもらった本を手に、読み始めた。



 ―こうして、夜は更けていくのだった…―。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

中途半端な気温が続いて、体調崩してました…w
体調を崩さない様、お気をつけ下さいね。

セレシュお姉ちゃん奮闘記も三部目に入りました。
色々な部分が似ているこの二人の関係は
やっぱり何処か微笑ましいですw

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司