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―夏も終わって、すっかり涼しい季節になった。祐樹は少し肌寒くなりつつある風の冷たさを頬で感じながら、草間興信所のある雑居ビルの中へと入っていった。
「おはようございます、祐樹さん」
「おはよ」
「お兄さんは今お客様とお話してますよ」
珍しいな、と祐樹は「へぇー」と返事しながら応接用のスペースを遠巻きに見つめた。後ろ姿はおおよそ自分と同い年程度だろうか。女性が武彦と向かい合って話しをしている。
後ろ姿で察する限り、泣いているのだろうか。肩を小刻みに揺らしながら女性が武彦に向かって何かを一生懸命訴えている。困った様な顔をしながら対応している武彦。それにしても、どうやらよく舞い込んで来る怪奇がらみじゃないみたいだ。
これにもまた、珍しいなと思ってしまう辺り、この草間興信所の特殊さを感じさせてしまう。
「零、あのお客さんの依頼内容って?」
「はい、私も細かくは聞いてないんですけど、何でも付き合っている恋人が突然連絡が取れなくなってしまって、行方不明になってしまったそうなんです」
「…それって、ウチじゃなくて警察の仕事だろ?」
「そうなんですけど、警察は相手にしてくれないそうです」
警察の対応は相変わらず、といった所か。事件性が見つからない場合、こういった話は門前払いになると聞く。勿論、そうではない場合もあるが、今回はそのパターンだったと言う事だ。
ただ、確かに人捜しや素行調査等は本来の探偵の仕事の分野であって、何でもかんでも殺人事件に巻き込まれてはその犯人がトリックを仕掛け、それを暴くというスタンスの探偵なんて漫画やアニメの中にしかいない。
探偵稼業で働く様になった祐樹自身、それを以前よりも強く実感する。
どちらかと言うと、あんな晴れ舞台ではなく、裏から支える様な役回りになるのが探偵だ。
「お願いします! どうにか彼を見つけて下さい! お願いします!」
女性が声を張る。
それにしても何処かで聞いた事があるような声だ、と祐樹は少し目を細めながら女性を見つめた。
そんな祐樹の視線に気付いたかの様に、女性も祐樹を見つめて一瞬その動きを静止する。
「…あ…」
――互いに顔を見て、女性とほぼ同時に口を開いた。
彼女は祐樹が付き合っていた女性だ。詰まる所、元恋人といった所だ。
武彦が立ち上がってまでその事を問い詰めらてきたので観念してその事を伝えると、「だったらお前が話して来い」と突然祐樹に押し付けた。
「な、何でですかっ。 武彦さんが話し聞いてたんじゃないんですか?」
「聞くには聞いてたんだが、感情と主観ばっかりで話しが進まねぇんだ。昔の知り合いなら、お前の方が話しを聞き出すには良いだろうが」
「気まずいですって…」
「ほら、これも仕事だ。いけ」
「…解りましたよ…」
武彦に強引に押し付けられ、とりあえず武彦に代わってソファーに腰を降ろす。
「久しぶり…」
「…うん。元気そうで良かった…」
どうしようもなく気まずい雰囲気を感じながら、ぎこちない再会の挨拶を終える。仕方ない、これも仕事だ。そう言い聞かせる様に祐樹が溜息を吐いて気持ちを切り替えた。
「で、仕事のお話ですが、人捜し、という事で間違いありませんか?」
「え…、あ、うん」
突如敬語でキビキビと話し始めた祐樹に、思わず女性が驚きながら答えた。想像していた通り。特にその反応に臆する事もなく祐樹は言葉を続ける。
「具体的には、彼、と言うのは? 現在お付き合いされている方の事、でしょうか?」
「…言い難いんだけど…、恋人…」
まぁそれは言い難いだろう。何せ元恋人に、現在の恋人の事を捜してもらう形になってしまったのだから。
「失礼ですが、その方が故意に連絡を断った、という可能性は?」
「それはないと思う…。結婚の約束もしてたのに…」
結婚の約束、か。祐樹はソファーの背もたれに背を預けてボールペンを下唇の下に押し当てながら考え込む。
「…約束、というのは口約束ですか? それとも何か婚約の取り決めや結納を済ませた、とか?」
「口約束だけど、ちゃんと式も段取りしてて、それで…!」
「それで?」
「……。」
突如口を塞ぎ、キュっと力を入れたかの様に押し黙ってしまった。
思わず祐樹が溜息を漏らす。こういった場合、押し黙ったという事は何か思い当たる節があるものだ。ただ単純に失踪した訳ではなく、そのタイミングや思い当たる認めたくない何か、が。
「…お金を渡していたりしましたか?」
「――ッ!」
やはり、か。そう言わんばかりに祐樹は溜息を漏らした。
彼女はきっとお金を渡して、そのお金を持って消えた彼を疑いたくない。しかし額も額だ。ならば、彼の居場所をはっきりと突き止めておきたい。しかし、そこまでするのかと呆れられるのも怖い。
そういう心理を利用した詐欺の一種だ。
「…別におかしな事ではありませんよ。大きなお金となれば、それを持って失踪してしまったなら不安にもなるでしょう。当たり前な事です」
「…そう…だよね…」
彼女の肩に入っていた力を抜かせる様に、祐樹はそう言って静かに微笑んだ。
――彼女から詳しい話を聞く。男性の使用していた名前と、それに写真はないかと尋ねるが、顔が見切れてしまった写真データがある、と。よくあるパターンだ。顔を隠す為に手で顔を覆っている事を、「写真が苦手だから」等と言って隠す傾向。
それと同様に、彼の家を知らないかと尋ねた。
「彼の家は知らないわ…。でも、彼のご両親となら会って食事をしたわ」
「何処で?」
「ホテルにいるっていうから、ホテルのレストランでだけど…」
これもやはり確証が得にくい。エキストラを雇ったとも考えられるし、逆に複数人で動いている組織の手引きかとも考えられる。いずれにせよ、両親だと紹介されて、それを疑う人などいないだろう。
祐樹は情報を整理しながら、静かにそんな事を考えていた。
――恐らく…。いや、ほぼ完全にこの男は黒。
―――
――
―
「―成る程な…」
女性を帰らせた後で聞いた話を統合しながら武彦に向かって祐樹が聞き出した情報を告げる。武彦は祐樹の話を聞きながら紫煙を吐き出し、溜息混じりにそう答えて顔をしかめていた。
「武彦さん、やっぱりこれ…」
「あぁ、お前の考え通りだ。黒だろう」
武彦の言う通りだ。自分の意見もほぼそれで確定している。そうは思っても、正直辛い話だ。過去に付き合っていた女性が、今目の前で結婚詐欺にあったなんて。
祐樹はポーカーフェイスを装いながらも、その事実に重い溜息を漏らした。
「最近、この手の事件が多くてな。お前のこの知り合いのケースもそれと一致した部分が多い。相手は実家に暮らしていて、家には何かしらの理由をつけて来れなくする。もしくは、マンスリータイプのマンションだったりだ。その代わり、両親とは外であっさりと会わせたりするってパターンらしい」
「さすがにエキストラを何処かに頼んで何度も使えば怪しまれると思いますけどね」
「だとしたら、エキストラじゃなくて共犯者を直接作ってるって訳だ」
「事情を知っていなければ、違う相手と何度もって訳にはいかないですしね」
だとすれば単独の詐欺師ではなく、組織や裏のある人間である可能性が高いという事になる。
「祐樹、調べるぞ」
「えぇ」
こうして、ひょんな事から舞い込んできた詐欺事件を調べる事になったのだった。
to be countinued...
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
2~3話での解決のお話しという事だったので、
とりあえずは現在の情報の整理もかねて、OPに近い形で
書かせて頂きました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
行動等に関するプレは自由にお書き下さい。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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