コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


+ 【珈琲亭】Amber +



 寂れた雑居ビルが建ち並ぶ一画。
 昼でも薄暗い路地裏に瞬く街灯。
 まるで闇夜で灯りを見付けた蟲の如く。


 ふらりと一歩。
 ……また一歩。


  『なんぞさがしものかえ?』


 突然響いた女性の声に辺りを見回すと、仄かな光。
 ある雑居ビルの地下一階。其処に掲げられている看板。

  【珈琲亭】Amber

 ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・・ぎ・・・・。
 重い年代物のドアを開けると……。


「あら、いらっしゃぁい。マスタ、お客さんよ!」
「…………」
「ったく! マスタってば挨拶くらいしなさいよ! ふふ、無愛想な店主でごめんなさぁい。あ、ちなみにメニューはこ、ち、ら♪ でも大抵のモノは作れちゃうからメニューに載って無くても気軽に相談オッケーよ!」
「……それで、お前さんは飲みに来たのか。食べに来たのか」
「HAHAHA、それとも例の人形の作製依頼かねぇ?」
「ちょっと藪医者! あたしのセリフ取らないでよ! ……ねー、マスタ。こいつ入店禁止にしようよ〜、ね、ね!」
「はっはっは、cuteな顔が台無しだぜぇ、お嬢ちゃん。藪医者なんかじゃなくってniceな腕前を持つ俺様を入店禁止にしたら、お嬢ちゃんの身体改造してやんないよぉ?」
「っ〜! いらないわよ、バカっ!」
「――お前達、少し口を塞げ。客が喋れない」


 元気一杯の声で迎えてくれたのは女子高校生らしきくるくるパーマが良く似合うポロシャツにミニスカを履いた女の子。
 カウンターにて食器の手入れをしているのが前髪を後ろに撫で付けた灰髪のウルフカットに右に梵字入りの眼帯を付けた茶の瞳を持つ三十代後半の店主。
 最後に常連客と見られるベリーショートの金髪碧眼を持つ四十代ほどの男は、店員である女の子の台詞を奪い軽快な笑い声を上げた。


 店主に諭されやっと二人は声を止める。
 やっと自分に喋る順番が回ってきたと安堵の息を付き、此処に来た用件を伝えようとする人物。
 だがその瞬間その耳に届いたのは――。


  『なんぞ、さがしものかえ?』


 カウンターの上に乗っている黒髪の美しい少女型日本人形が今まで伏せていた瞼を持ち上げ、意思を持った瞳で客に微笑んだ。



■■■■■



 茫然自失の状態でやってきた客もとい俺、向坂 嵐(さきさか あらし)はやっと自分の用件が告げられる状況になるとはっと意識を取り戻す。
 くそ、俺とした事が、この店の連中――の主に二人――に気圧されて用件が喋れなくなるなんて一生の不覚!! だがこれで喋れるぜ!


「用件は失せ物探しの依頼。……ここって失くしたもの、探してもらえる、のか?」
「あ、そっち関係の人ねん。オッケ、オッケ! じゃあ話の間に飲むものはなにがいいかしらー♪」
「お、もしかして奢り?」
「もちろんメニューに載ってるものは有料でーっす!」
「――……水で」
「かしこまりましたぁ! マスタ、ほら、お話聞いてあげて!」


 くっ、ウェイトレスの少女は快活な動きと口調とで俺を翻弄しやがる。危うくタダだと勘違いして一つ頼みかけちまった。さてそんな少女が俺に出すお冷を準備してくれている間、俺はカウンターの隅に置かれている日本人形へと視線を走らせる。先程この人形が俺へと語りかけてくれた声――そう、俺は……。


「ゆつに導かれてきたか」
「お」
「失せ物探しの依頼だって言ったな。何を失った?」


 マスターの男が皿を拭きながら俺へと話しかけてくれる。
 そこでやっと事が進んだ俺はカウンターテーブルの上に両手を付き大きな音を響かせる。


「やっぱり此処で探し物依頼が出来んだよな! だったら、探してくれ! 俺のバイク!!」
「HAHAHA、記憶の隅から消し去っちまったわけじゃなくってぇ?」
「ちげえよ、盗まれたんだよ。今朝、駐輪場からなくなってた。盗難防止のチェーンとかもしてあったのに」
『それはそれは……けったいなおはなしじゃの』
「そうだろ? ってうわ! やっぱりこの人形喋った!」
『わらわの声をきいてやってきたもののくせに、いまさらじゃのぉ……』


 改めて少女型日本人形の唇が動き喋りだすのを見て俺は驚きの声を出す。そんな様子を見てにやにや笑うのはベリーショートの白衣を着たどことなく胡散臭い銀髪のおっさん。ちょっとムカッとしつつ俺は話を続ける事にした。


「実は今、盗難届出してきたところだったんだけど警察が探すのなんて待ってらんねぇ。仕事に差し障って食ってけねぇとかそんなんも困るけど何より!! 俺の大事な相棒が今! この瞬間にも誰か知らん奴に汚い手で弄くられてんじゃないかとか、ば、ばらされてたりとか…思ったら…ぬがぁ!! 耐えられ〜ん!!! 一分一秒でも早く!! 見付けないと!」
『ジル殿、このおとこ、なみだめになっておるぞ』
「それだけ失ったものに対して愛着を抱いているという事だろう。――物の型番と置いていた場所をこの紙に」
「書く書く! 見つかるならそれくらい書く!」
「あと依頼料の話だが」
「……あ、でも金はないぞ? 出せても――」


 当然といえば当然出てくるシビアな金銭のお話。
 俺は自分の財布を取り出し、その中身をじぃーっと見つめる。何度見直してもそこに入っている金銭は同じで変わることはなく、俺はがくっと両肩を脱力させ項垂れた。


「うん……五千円までくらい……」
「銀行に行く間くらいは待ってあげるわよぉ?」
「いや今月苦しくてマジで出せんのこれくらいで……」
「あららら。どうするのよ、マスタに姫さん。――はい、お冷」
「ども」


 出して貰った水入りのグラスを手に俺は一縷の望みをかけて、先ほど出されたメモ用紙とペンを引き寄せそこにバイクの型番と特徴、それからバイクを置いていた駐輪場の場所を書く。ああ、憎々しい。犯人が捕まったらそりゃあもうこの怒りをぶつけてやろう。暴行は絶対にしないが、ある程度怒鳴りつけたって俺は悪くない。それくらいなら許されるはずだ。


 一方、依頼人の俺に対して仕事を請ける側の方々と言えば――。


「金がないなら……他の支払い方法でも私は構わないが」
『そうじゃの。からだではらってもらうがいちばんじゃ』
「か、身体って――はっ、まさかそっち方面の人!?」
「仕事は何をしてる」
「華麗にスルー……あ、仕事はバイク便ライダーやってまーっす。って、だから、俺は仕事の相棒をだな!!」
『あついおとこじゃの。ジル殿、このもののしごとはなにかやくだつかえ?』
「そうだな。運搬関係で用事が出来た場合タダ働きをしてもらえるなら引き受けてもいいかと」
「マジで!?」
「嘘を付いてもこちらにメリットはない。――書き終えたか」
「待て! 探してくれんだったらもうちょい詳しいとこまで書くからよぉ!」


 淡々とした口調のマスターだが、どうやら根は良い人らしい。
 ついでに俺が色々と詳細を書き加えている間、自分達の紹介を簡単に行ってくれた。
 マスターの名前は「ジル」。この店の店主で、失せ物探し以外に「スキャニング・ドール」(走査型人形)と呼ばれる霊的なものの操作が可能な人形を作る事が出来るらしい。
 次にウェイトレスは「下闇 朔(しもくら さく)」、ちなみに女子高校生らしい。「朔ちゃんって気軽に呼んでいいわよ」って言われたが、ちゃん付け慣れしてねぇ俺はあっさりと呼び捨てる。だがそれを彼女が気にした様子は無ぇ。
 そして胡散臭い男の名は「サマエル・グロツキー」。この店の従業員ではなく、同じビルの二階にある診療所の医師だとか。……胡散臭ぇが腕は確かだと男はニヤニヤと笑った。
 最後にカウンターにて座っている少女型日本人形、「ゆつ」。ジル以外の二人から「姫さん」と呼ばれている彼女はなんと「スキャニング・ドール」(走査型人形)だという事。それもかなりの年季の入った人形らしく、それゆえに芽生えた『自意識』を彼女は持っている。俺に呼びかけてくれたのも、失せ物探しの気配を掴んだため興味を抱いて囁いてみた――そういう事だったらしい。


「出来たー! これで俺のバイクを探してくれるんだよな!」
「……随分と良いバイクじゃないか」
「あんたこのバイクの価値が分かんのか!? くぁー! 分かってくれて嬉しいぜ、実はよ――」
「さて、正式に依頼を受理しよう。朔、暫く店番を」
「はいはーい、いってらっしゃーい♪」
「――ほんっと、マイペースなマスターだなっ!! くっそ、男同士であっつーい話が出来るかと思ったのによぉ!!」
『ほんに、ジル殿はおだやかであるおかた』
「穏やかなのかぁ?」


 ジルはゆつを抱き上げると俺を店の端にある「KEEP OUT」の看板が紐によって取り付けられた階段へと手招く。
 紐を外し、彼は俺に階段を下りるように指をさした。依頼を受けてくれる事となった俺はそれに素直に従い階段へと足を下ろす。後ろではジルが再び紐をかけ、これにより店内から地下へは関係者以外立ち入り禁止となった。
 丁度一階分降り切ると鉄製の扉にぶち当たり、俺は思わず眉根を潜めてしまう。だが俺の脇を通り抜けたジルは全く気にせずその扉を開いた。


「うお、すげえ!」


 その中は作業部屋。
 様々な器具が置かれた専用の作業場に、資料だと思われる沢山の本やファイルが詰め込まれた本棚が立ち並び、部屋の中央に一応それなりに綺麗に整理されたテーブルとパイプ椅子がある。ジルは俺にその椅子に座るよう指示を出すと、遠慮なく俺はそこにどかっと腰掛けた。そっとゆつがテーブルの上へと置かれれば、彼女は支えも無く自身でちょんっと座った。


「今地図を出す。見たところ範囲内は東京、神奈川県内。それならばゆつに頼んで走査が可能だ」
「へぇ、他には?」
「バイクに縁があるものを出して欲しい。鍵でもバイクの一部でもなんでも構わない。それを使って今どこにあるかゆつが見抜く――ただし、本来ゆつは霊的なものに対して走査を行う。そのバイクが付喪神憑きなら精度は上がるが……」
「霊的なもんなねーかもしれないが、俺の熱い情熱ならいつも注いでるぜ!」
『そういうぬしの想いが「ばいく」とやらににもやどっているなら、やりやすいもの。けっかはわからぬがのう……』
「ゆつ、地図だ」
「あ、俺からは鍵を」


 ジルがテーブルに東京とその周囲の県が記載された地図を出し、隣に詳細な地図が纏められた冊子も用意する。
 ゆつは人間の人差し指程度の小さな手を俺に向けてきた。促されるままに俺は取り出したばかりの鍵を彼女に手渡すと、ゆつは「よい念じゃ」と一言漏らした後それを全身で抱き込むかのように優しく腕を交差させた。


「ゆつが走査を行っている間は依頼書にサインを頼む」
「了解! ホントに運送関係タダ働きと引き換えでいいんだな?」
「こき使われても文句は言えなくなるが」
「この店の状況見てっとそんなに頻繁に呼び出しを喰らうわけじゃねーだろ。良いよ。仕事のついでに出来そうなことだし、それで」
「――ゆつ、走査を」
『――まかされよ――』


 依頼書と文頭に書かれた紙が出されると俺はそれにさっと目を通し、最後の依頼人の部分に名前を書き記す。あいにくと印鑑は持ち歩いていなかったため、拇印となってしまったがそこは仕方ねぇ。朱肉に指を押し付けて印を行った後ウェットティッシュが差し出されたので有り難くそれを受け取り俺は親指を拭う。


 その間にゆつの方は集中し、やがて何かを感知したらしく地図の上へと指先を這わせた。だがそれは東京外へと通じる国道で。


『このぶぶんを移動しておる』
「移動!? ってことは誰かが乗ってるってことか!?」
「運んでいる可能性も否めない。トラックに積んで売却目的も」
「ぬぁああああ!! 俺のバイクがぁあー!」
「……まずいな。このままじゃゆつの捜査範囲を出てしまう。そうなれば確実な位置は分からない」
「い、今すぐ追いかける! 犯人は捕まえたらフルボッコの刑! 決定!」
「車を出そう。ゆつ、まだ視えるな?」
『とうぜん』


 ジルは地図を両方纏め上げるとゆつを抱き上げ、階段を素早く駆け上がりバーへと出た。俺も置いていかれまいと必死に後を追いかける。
 バーには客は増えておらず、朔とサマエルがびっくりした面立ちでこちらを見たが、ジルが「車を出す」と一言告げれば朔はすぐに状況を察したらしく、「CLOSE」の札をカウンター下から取り出し店の入り口に引っ掛けた。


「いってらっしゃーい、マスタ♪ 無事見つかる事を祈っておくわ」
「ゆつの走査範囲外に出なければ容易い」
『そうじゃの。いまはこのものの念同士でつながっているが、とおすぎるとみえなくなるゆえに』
「向坂さんは助手席に乗ってゆつを抱いておいてくれ。あと本の方を開いてゆつに案内を頼むように」
「ほんっと頼むぜ、可愛いお人形さん!」
『うむ。――ジル殿に嵐殿。かすれはじめたぞ。いそぐのじゃ』


 ジルが所有する車に乗り込み、朔に見送られながら俺達は動き出す。
 俺の大事な格好良い相棒。待っててくれよ。今すぐお前を助けて俺の元に戻ってくるよう頑張るからな!


 かくして決意を新たにして俺は盗人に想いを走らせる。
 それはもう――怒りという情熱を持って。


「安心しろ。契約を交わした以上は必ず見つけよう」
『みつけたばあいには、ぬしはただばたらきじゃ』
「タダ働きって言われるとなんか気合が殺がれっから!!」


 けれど走る車の速度が軽く制限速度を超えていたのは――あえて無視をしよう。
 それは何よりもジル達の為と……俺の愛車の為に。









□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【2380 / 向坂・嵐 (さきさか・あらし) / 男 / 19歳 / バイク便ライダー】

【共有化NPC / ジル / 男 / 32歳 / 珈琲亭・亭主,人形師】
【共有化NPC / 下闇・朔 (しもくら・さく) / 女 / 17歳 / ただの(?)女子高生.珈琲亭「アンバー」のアルバイト】
【共有化NPC / ゆつ / 女 / ?? / 日本人形】
【共有化NPC / サマエル・グロツキー / 男 / 40歳 / 開業医】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、PCゲーノベへの参加有難うございました!
 
 今回はバイク探し&連作可能と言う事でこういう形で仕上げさせて頂きました。
 このままでも話は通りますが、嵐様が「この手で捕まえたい」と思ったらまた発注して頂けましたら嬉しく思います^^
 どちらにしてもタダ働き決定ですので、もし機会がございましたらNPC達に運送依頼をされるシーンなどのプレイングも読ませて頂けましたらなっとv

 ではでは、無事バイクが戻ること祈って!