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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


暴走する力






 目の前で封印される虚無を見つめ、翼がいつもとは違う黒髪と黒眼で潤を睨み付ける。衝動に心を奪われている翼に、目の前に立ちはだかる潤はただの敵としての認識しかもたらそうとはしなかった。

「翼、そこまでにするんだ」

 唸るように翼が魔力を込め、乱暴な魔力が周囲を覆い尽くす。荒々しい魔力の奔流に潤が険しい表情を浮かべて翼を睨み付けているが、翼にはそんな事は関係ない。
 弾けるように飛び出し、潤へと襲い掛かる。

 一閃、翼が乱暴に振り上げた剣が振り下ろされると、地面が割れるようにその剣先から魔力が放出される。潤はそれを身体を横に一歩ずらしただけであっさりと避け、翼を見つめた。

「目を覚ませ、翼」
「ウアアァァ!」

 潤の言葉を頑なに拒む翼が、潤の身体を魔力で吹き飛ばす。身体は吹き飛ばされるが、その魔力は何も攻撃性を持たず、ただ潤の身体を弾いただけで収束していく。
 翼が再び潤を見つめ、また荒々しい魔力を放出しながら飛び出した。

 連続する翼の攻撃の先を見つめながら、潤はただ反撃もしようとはせずに翼の攻撃を避けている。

「力に頼ったそんな戦い方、翼らしくもないぞ」

 潤が後方に飛び、翼もそれを見て後方へと飛んだ。
 両手を翳して掌に魔力を凝縮させ、翼が潤を睨み付ける。魔力の塊とも呼べる黒い球体が潤に向かって放たれるが、潤はその単調な攻撃をあっさりと避けた。

 暴走する力と魔力が翼の身体に負担を与えているのは見て取れる程だった。潤はその事実に気付いているようだが、翼自身がそれを全く見ていない。ただ単純に溢れる力と魔力に自我を喰われ、暴走し、衝動のままに目の前の敵である潤に襲い掛かるばかりだった。

 圧倒的な力を持っているとは言え、その力を振るう実力がなければそれはただの過ぎた力だった。

 虚無を圧倒した力も、潤の前ではただ空回るだけ。鋭い斬撃は素早い速度はあるが、その大振りな攻撃のせいで単調。圧倒的な魔力はあるが、戦い方が乱暴過ぎて潤には全て読まれている。反撃を繰り出そうとしない潤は大きな隙を作り出すリスクを負わずに、翼に向かって声をかけ続けていた。

「お前は俺の様にならなくて良いんだ、翼。力に振り回される戦い方や力なんて、持っていたって意味はない!」
「ウアァァァアアッ!」
「このままでは身体がもたないぞ!」

 暴走する魔力に自身の身体を傷つけながら、それでも翼は潤を襲い続けていた。その度に潤は翼の攻撃を避け、再び声をかけ続ける。

「翼! 力に飲まれるな!」

 暴走を続けた翼の身体が、あまりに荒々しい動きに耐え切れなくなってきた事は理性のない翼には理解出来なかった。ただ身体が言う事を聞かなくなった身体は重く、傷だらけになっている。
 苛立つように叫び声をあげるが、身体は徐々にその機能を失っていた。再生能力のおかげで多少時間があれば回復を開始するが、それ以上に酷使されている魔力が自身の身体を傷つけ続ける悪循環。
 本来の翼であれば、その連続した攻撃を止め、魔法と神剣の攻撃を組み合わせて戦う冷静な翼。しかし今は全くかけ離れた力ばかりに頼った攻撃。

 再び翼が潤へと連続した攻撃を放とうと襲い掛かった。





―――。





「……これが、ボクだと言うのか……」

 暴走する翼の意識の中で翼が呟く。
 目の前には傷だらけのまま説得しようとしている潤の姿が見えている。だと言うのに、意識とは関係なく身体が暴走して潤を襲い続けている。

「やめろ……! 兄さんももう……!」

 翼が頭を抱えて意識の淵で膝をついて崩れた。

 ――悲しみ。

 翼の中にはそんな感情が芽生えていた。
 実際に戦っている潤が翼の攻撃を避け、防ぎ、声をかけ続けている。だと言うのに、力に支配され、ただの愚かなまでの獣にでも成り下がってしまったかのように、自分の身体が潤を襲い続けている。

「兄さん……! もう、殺してくれて良い……! このままじゃ兄さんも!」

 ――悲痛な叫びだ。

 心の中にいる自分の心の声が潤に届くはずはない。でも、翼はそう叫ばずにはいられなかった。崩れそうになる身体を自分の手でヒシっと強く抱き締め、肩を震わせて叫ぶ少女。翼の心が脆く揺れている。

「――大丈夫だ。お前は死なせない。救ってやる」
「――ッ!」

 意識の向こう側。現実の世界から潤が翼に向かって口を開いた。翼がハッとして顔を上げると、潤が翼を見つめていた。

「俺も死にはしない。お前を救って、一緒に帰るんだ」
「……兄さん……!」

 届かない手を伸ばし、意識の淵から翼が助けを求めるかのように呟いた。その頬を涙が伝った。





―――。






 翼の攻撃をアイン・ソフで受け止めながら、潤は翼の身体に負担がかからないようにゆっくりと受け流していた。

「翼、もうすぐ魔力は枯渇する。今のまま暴走していたら、お前の身体はすぐに……!」

 潤の悲痛な叫びは翼には届かないままだった。
 翼が神剣を手放し、魔力を凝縮させて潤に向かって何発もの魔力の球体を放つ。潤がそれらを避けると、魔力の球体はそのぶつかった場所で爆発するかの様に広がり、その中にあった全てのものを消失させて空間を削り取るように消え去る。

「幾らなんでも、消失させる魔法は魔力を消費し過ぎる……!」

 避けながらも潤は翼に近付き、身体を押さえる。零距離での魔力の球体は自身の身体にも危険が伴う。翼は取り押さえられながらも叫び声をあげて暴れていた。

「グッ……! アアァァァ!」
「くっ……!」

 翼は潤の身体を吹き飛ばし、再び手を翳す。しかし、潤が再び翼の目の前へと近付き、間合いを取らずに翼の手を押さえる。

「翼! もう辞めるんだ!」

 翼の腕が魔力を帯び、潤へと振り下ろされる。それを潤にかわされ、翼が追撃に向かう。
 連続する攻撃が徐々に魔力を失い、非力な攻撃に変わりつつある。潤はそれを見つめながら、再び翼の腕を掴んだ。翼が抗い、残り少ない魔力を再び放出して潤の身体を吹き飛ばした。

 息を切らせながら、翼は潤をただ睨み付ける。





―――。




「もう魔力が尽きてきた……のか……?」

 乾いた瞳で虚ろげに見つめながら、翼が呟いた。
 自我が残っているのは翼の中だけだった。その届かない声と、届いている潤の声に涙が止まらなかった翼だったが、既にその涙は乾き、頬を強張らせるだけだった。

「兄さん……、もう良いよ……。ボクは助からない……」

 悠久の時を生きてきた翼が、その暗い意識の淵で目を閉じた。


 ――不老不死なんて、呪いみたいなものだ。 大事な人にも、時の流れにも、置き去りにされる呪い。


 翼の中に、その言葉がふと思い浮かんだ。
 そんな自分でも、あまり関わらなくても家族と呼べる潤がいた。だからこそ、心の中で、何処か孤独を感じずに済んだ部分もあったのかもしれない。

 翼はそんな事を感じながら、小さく呟いた。


「殺して、兄さん……」








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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は翼さんと潤さんの一騎打ち状態という事ですが、
ただ単純な攻撃をあっさりかわしているという現実の描写と、
自我の中に取り残された翼さんの心情という形で
書かせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

潤さんの方もすぐに納品させて頂きます。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司