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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


異界食べ歩きツアー・1st






 黒い髪に茶色い瞳。スラッと伸びた手足と高い身長。整った顔立ちをしている若い男、久能 瑞希(くの みずき)は何処か楽しげな表情で軽快に足を進めていた。

「確かここいらに美味いラーメン屋があるって聞いたんやけどなぁ……」

 瑞希が辺りをキョロキョロと見回しながら呟いた。




 
 ――「そうだ、異界に行こう」

 さながらどこかの観光促進のコマーシャルを、本人曰くオマージュしたセリフと発想が飛び出たのはつい数日前の出来事だった。

 仕事柄、瑞希は“この世界では”顔が知られてしまっている。と言うのも、絶賛人気沸騰中のアイドルユニット、【Mist】のリーダー『バーミリオン』であるのだから仕方ない。それは本人も分かっているのだが、それが窮屈な日もあるという事だ。
 詰まる所、一般的な食べ歩きなどしようものなら大騒ぎになる上に本人も落ち着かない、というのが現実的な問題とも言える。

 だからこその異界だった。世界を渡れば、そこは似て非なる世界。

 とある情報通から異界のラーメン屋の話を聞いた瑞希は、早速異界へと渡り歩く事にしたのだった。





 ――かくして、瑞希はこの異界を訪れていた。

 瑞希の目論見通り、この世界で瑞希の存在を知られてはいない。これで心置き無く食べ歩きに執心出来るというものだ。これから出会う予定にあるラーメン屋に心を踊らせ、気兼ねなく街を闊歩出来る。それが、瑞希が楽しげに歩いている理由そのものだった。

「ん、この匂い……」

 スンスンと鼻をひくつかせながら瑞希は目を閉じた。鼻をつく独特な、濃厚なスープの香りが風に乗って流れてくる。人とは比較にならない程の嗅覚を持つ瑞希は、その匂いを嗅いで場所をすぐに特定する。

「あっちやな……」

 目を開けて瑞希は歩き出した。時折鳴らすスンスンと匂いを確認するような仕草は特徴的だ。

 ――そもそも、彼は人狼だ。その見た目とは裏腹に遥かに歳を取っている黒毛の人狼である瑞希の嗅覚や聴覚。月の満ち欠けによってその力は左右するが、身についているその尋常ではない嗅覚と聴覚だけでも人とは比にならない。


 しばらく鼻を頼りに道を進んでいると、瑞希は一件の小さなラーメン屋を前に足を止めた。香ばしい匂いはここからか、と確信するように再び鼻をひくりと動かす。

「正解やな」

 赤い昔ながらの暖簾に書かれた、白い店名。【ごっちゃん】と書かれた暖簾をくぐると、今時分珍しい手動の横開き扉。瑞希は店内を見つめた。透明なガラスの向こうは、木の色をベースにした柔らかな茶色い壁や床と、温かみのあるオレンジがかった色の照明。ドアを開けて店内に足を踏み入れる。

「いらっしゃっせー!」

 思わず声のトーンに瑞希が驚いて身体を強張らせた。店内を漂うスープの濃厚な匂いとニンニクの匂い。鼻の良い瑞希にとって、ニンニクはなかなかに強敵とも言えるのだが、食事の際は仕方ない。むしろ食欲が上回るのだから不思議なものだ、と本人自身がその事には無頓着である。
 時間が時間だからか、店内は空いている。チラホラと座る客達と離れた位置に陣取り、カウンター席に腰を下ろした。机にある小さなメニューに見向きもせず、まっすぐ店員を見つめた。

「ラーメン一丁」
「……味は?」
「うち初めてやから、シンプルなヤツがえぇんよ」
「……はいよ」

 店員の鋭い目付きが瑞希を睨み付けた。瑞希は小さく笑いながらそれを見つめ返す。



 ――ラーメンは大きく分けて二つの要素が味を左右する。


 まずは命とも言えるスープ。
 これに関しては言うまでもなく、どこまでオリジナルのダシを使い、味を引き立たせるかが問題だ。煮込み時間や温度。その店独特の調理法。多少の違いが味を大きく変える。
 そして次に麺だ。
 麺は太さから数種類。それぞれのスープや味の特性を生かした組み合わせが重要とも言える。ちぢれ麺か直麺か。これだけでもスープとの絡み方が大きく変わると言える。

 瑞希の言葉は店員を挑発する発言とも言える。シンプルな味付けであり、店のベースとなるスープと麺の味を楽しめるのは王道とも言える、シンプルなラーメンだ。
 ラーメン屋に初めて来て、それを告げた上で王道のラーメンを頼む。これはすなわち、この店の全てのラーメンのベースともなる味を判断する、という事になる。

 もちろん、店主はこの挑発に気付いている。知ったかぶりで頼む訳ではなく、肥えた舌をしているかどうか。そして、瑞希自身が何処まで味にこだわっているのかを見定めるように睨み付けていたのだ。

 互いの熱い戦いが、今……――。


「――……(なんや、料理対決のシリアスもんみたいなナレーションが聴こえるわ……)」

 瑞希が小さくツッコミを入れる。
 瑞希自身はそこまで大層な考えでラーメンを比較するつもりはない。シンプルにこの香ってきた匂いを楽しみながら、出されるラーメンを待つ楽しみを味わっている、といった所だ。しかしその笑みが店主を焚きつける材料になっている事など、知る由もない。

「はいよ、お待ち」

 瑞希の前に手渡された中華椀。そしてその中には、薄っすらと輝く黄金色のスープと、細めの麺。その上にはシンプルに、メンマ・ほうれん草・もやし、チャーシューと海苔が二枚ずつ。シンプルかつ王道のラーメンが差し出される。
 割り箸を下の方から綺麗に割り、手に持つ。その手とは逆の手でレンゲを使ってスープを流し込む。黄金色のスープが、白いレンゲの上でキラキラと煌めいた。静かに瑞希が口に運ぶ瞬間を、店主は他の作業をしていながらも横目で見つめた。
 ――緊張の一瞬が、店主を縛り付ける。

 さすがは異界、といった所だ。形式は一緒でも、味の作りが今まで瑞希の食べてきたラーメンとは異なる。見た目は美しい黄金色に輝くスープ。そして、この濃厚な味にも関わらず、喉を通った後のスッキリとした口の中。瑞希はもう一度レンゲでスープを掬い上げ、口に運んだ。

「……うん。いただきます」





―――。





 それ以上何もいおうともしなかった瑞希の様子をチラチラと見つめていた店主を他所に、瑞希はラーメンをたいらげた。中華椀の上で揃えられた割り箸を置き、お金を置いて席を立った。

「ごっそさん。また来るわ」
「……ッ! ありがとうございましたー!」

 ようやくの緊張からの解放。店主は瑞希の言葉を聞いてようやくホッと一息ついた。「また来る」という言葉はつまり、店主の味を認めたという事。社交辞令だけでは出て来ない異質なラーメン屋で、この言葉は店主にとって大きい。
 とまぁ、感動を味わっている店主を背に、瑞希は店を出て大きく身体を伸ばした。

「さって、運動せな……」

 基本的にラーメンは体型を崩す食べ物、という認識がある瑞希が走りだす。そもそも肉が身体につかない体質をしている瑞希だったが、気分の問題でもある。

「食べ慣れない味やけど、好きな奴は癖になる好きな味やったな。うちも好きやな、あの味は」

 風を肩で切りながら、今も残るラーメンの後味を思い出しながら瑞希が呟いた。

「……今度あいつでも誘ってみよかな」

 まだまだ瑞希の食べ歩きツアーは始まったばかりだ。





                                         Fin


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ご依頼ありがとうございます、白神 怜司です。

さてはて、Mistのバミさんこと瑞希さんの登場でしたね。
今回は食べ歩きツアー、ラーメン編。
店主のおかげで見事に料理マンガさながらの雰囲気でしたが、
瑞希さんは一切気にしていないという展開でした。

お楽しみ頂ければ幸いです。

今後のメンバー追加フラグから誰がどう絡んで来るのか、
楽しみにしております。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。

白神 怜司