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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


依頼主は元恋人―V





 ――現実を知るという事は、時には痛い想いをしなければならないのだろうか。

 目の前で張り詰めた顔をしているかつての恋人に、詐欺師、“真川 章吉(まかわ しょうきち)”の正体を報告しながら、佑樹はそんな事を改めて実感していた。

 ――先日の調査で分かった事。それに、ヤクザ同士の抗争絡みになるのではないかと覗わせている今の状況の証拠は出揃った。
 それらを武彦と共に照らし合わせながら、今現状で警察に突き出せばそれなりには動いてくれるだろう、と確信を持てる所までの証拠を握った佑樹と武彦は、とりあえず依頼人の本意を聴く事にした。

 その為にこうして顔を突き合わせているのだが、佑樹の心の中はどうにも釈然としない感情で埋め尽くされていた。

「……それで、どうしますか?」
「え……?」

 しばらく続いた沈黙を押し破るように、佑樹がそっと口を開いた。

「今回の依頼は、この真川の正体を探る事でした。それ以上の依頼は特には受けてません」
「――そ、そんな――!」
「――零、黙ってろ」

 佑樹の言葉に思わず反論しようとしたのは同じ事務所の零だった。それを制止するかのように武彦が零の前に手を突き出して止めた。

 これは佑樹から昔の恋人である依頼人に対する配慮なのだ。

 零は知らないが、この状況で佑樹がこの現実を突き付ける事には幾つかの“可能性”を排除する意味合いを持つ言葉だ。

 一つは、昔の恋人はれっきとした詐欺師であり、そこに恋心はないという事。
 一つは、既に戻ってくる可能性も、本人が思い直す事はないだろうという事。

 そして、未練を捨てる為に、未来に向かって決断するという迫る為の質問だ。

 残酷かもしれないが、と佑樹は心の中で呟き、以前の恋人に優しい言葉をかけたくなる気持ちをグッと堪えた。その覚悟を知るからこそ、武彦は零を制止したのだった。

「……どうすれば、良いのかな……」

 か細く震える声で依頼人がポツリと呟いた。複雑な心情を吐露してしまわぬように、佑樹が静かに深呼吸する。

「ここで手を引くのなら、それも良いと思いますよ。追加の依頼は追加の料金も発生します。今回の事は高い授業料だったと折り合いをつけるのもまた、一つの方法でもありますから」
「――ッ! でも、そんな簡単に整理なんて――!」
「――私は探偵で、貴方は依頼主です。どうすれば良いのか、なんて質問には私達が答える範疇を超えているとは思いますが?」
「……ッ!」
「……佑樹、ちょっと席を外そう」

 武彦に言われ、佑樹は返事もせずにそっとソファーから腰をあげて席を立った。
 外へと出て行く武彦達と擦れ違いざまに、零に向かって武彦が「話をしてくれ」と伝えたのを佑樹も見逃さなかったが、その方が良いのかもしれない、と何も言おうとはしなかった。

「……ごめんなさい。佑樹さん、ちょっと配慮が足りませんよね」
「……。」

 何も話そうとせずに俯いた依頼人に向かい合うように零がソファーに座った。

「……昔から、そうでしたから」
「え?」
「佑樹は、冷たい現実を受け止める強さを持っていて、私にはそれがなくて……。だから折り合いがつかなくて喧嘩になる事とかも多くて……」
「そうだったんですか……」
「でも、本当は変に熱い所があるから、そのギャップも私は知ってます……。きっと佑樹はあんな言い方してるけど、私の為に嫌われ役を買ってくれてるんだと思うんです……」

 零にはその言葉の意味がよく解っていなかった。
 しかし、佑樹の本当の気持ちがそこにあるという依頼主の言葉は、あながちにも間違いではなかった。

 ――今回の事件に、依頼主である彼女に落ち度はない。

 佑樹はそう思うからこそ、ああして悪辣な態度を取って自分を嫌いにさせてでも立ち直らせようと感じていた。
 明確な気持ちがそこにあったのか。それとも、ただ今の恋愛に自分が関わる事に苛立ちがあったからなのか。そんな事は、佑樹にとっても解らなかったが。
 いずれにせよ、今回の事件に対して、第三者として静観を決め込める程、佑樹も心から冷静でいられる訳ではなかった。

 釈然としない想い。それは、怒りにも似た感情だった事に佑樹も気付いてはいない。

「落ち着いたか?」
「……俺は落ち着いてます」
「そうか」

 武彦の返事の意味は解らなかったが、紫煙を吐き出す武彦の目は遠くを見つめていた。
 そんな二人の後ろからドアを開ける音が聴こえ、武彦と佑樹は振り返った。そこには零と一緒に真っ直ぐと佑樹を見つめた依頼人が立っていた。

「……再依頼、お願い」
「依頼内容は?」
「……警察に、彼を……」

 それは果たして探偵に頼む事なのだろうか、と依頼人が思わず口を閉じた。
 しかし、佑樹にはその言葉だけでも十分だった。

「零、書類手続きは任せるよ」
「はいっ」
「草間さん」
「あぁ、解ってる。行くぞ」

 ――佑樹は動き出す。




―――
――





 警察署で必要な書類を手渡し、最近話題となっている詐欺集団の情報を渡した事で警察側もやる気を見せてくれた。これで、ヤクザ同士の抗争などに関しては自分達が介入する必要はないだろう、と佑樹はほっと肩を撫で下ろした。

「あとは真川の自首を促せれば言う事なし、なんだがな」
「擬似餌への接触、ですか」
「あぁ、そうなるな。本人の自宅に行ってみるか」

 武彦の言葉に佑樹は頷き、再び木枯らしの吹く街中を歩き出した。

 佑樹にとって、今回の詐欺師。そして、その背後にいる集団は絶対に許したくない相手だった。恐らく下手に擬似餌に飛びつけば、背後にいる組織はきっとトカゲの尻尾切りのように真川を切り捨て、雲隠れするだろうと考えている。
 それだけは許したくない。そんな事を考えながら、その独特なセンスと頭の回転の速さを活かし、何十というパターンを思い描きながら真川に接触する方法を考える。

「……やはり、自首を促すには少々脅すのが一番手っ取り早いかもしれないですね」
「お前、その顔でそんな事サラッと言うなよ……」

 武彦の隣で顎に手を当てながら考えていた佑樹が呟いた一言に、武彦は冷や汗を流しながら思わずツッコミを入れる事になった。



 一見すれば閑静な住宅街の、築十年は経っていると思われる二階建てのアパートがある。白塗りの外観は出来た当初は新築感を感じさせただろうが、今となってはそのペンキも色褪せ、年月が経った事をはっきりと示していた。
 一階に四部屋と、二階にも四部屋。このアパートの二〇二号室に真川は住んでいる。

 昼間に自宅でのんびり滞在している可能性は低いかとも見ていたが、真川の部屋には誰かしらがいるようだった。冷蔵庫などの維持電力とは比べモノにならない速さで電気メーターが回っているそれは、部屋の中で電気を使っている――つまりは誰かしらがいる事を容易に特定させる。
 武彦と事前に話した通り武彦は窓の外を見張り、佑樹が入り口からチャイムを鳴らして真川の登場を待つ。

「はい?」

 警戒心の薄い真川がドアを開けた。佑樹はすかさず営業スマイルを浮かべるかのように笑顔を見せ、ドアの隙間に足を挟み込んだ。

「草間探偵事務所の者です。真川さん、結婚詐欺について少しお話を聞かせてもらいたいんですが」
「くっ!」

 慌ててドアを閉めようとした真川だが、佑樹の足がそれを邪魔する。慌てて室内に逃げた真川が道路に面した窓を開けて飛び降りようと構えるが、その下から武彦が道路に立って見上げている。
 真川の判断から、武彦の雰囲気と華奢に見える佑樹の身体。どちらが押し通れるかと考えた結果、それは佑樹になった。部屋の玄関から入り込んだ佑樹に向かって駆け寄って殴りかかろうとする真川だが、佑樹にそのままあっさりと投げ飛ばされ、地面に背中を強打した。

「……ふぅ。落ち着いて下さい。何も無理やり連行しようとか、組の人間に引き渡そうとか考えてる訳じゃありませんから」
「……ッ!」
「貴方には自首してもらいたいんですよ」
「な、何を……!」

 佑樹がポツリポツリと話を始めた。
 既に詐欺集団の背後の組の情報も警察に渡した事。そして、このまま時間が経てば、確実に真川も警察に捕まるだろう事を。
 事前に警察に状況の説明はついている。今もしこの場で逃げれば、私人逮捕という形で自分が捕らえて警察に渡すだけだ、とも。

「……貴方には直接謝って欲しいぐらいですけどね」
「へ、引っかかるのが馬鹿なんだよ!」

 そう真川が答えた瞬間、佑樹の腕にぐっと力が入り、真川の身体に激痛が走る。

「そういう奴で良かったよ。同情の余地もない、そういう奴で……!」
「痛てててて! や、やめろ!」
「痛い? こんなモノじゃないんだよ、お前の毒牙にかかった人達の心は!」
「――佑樹、そこまでにしておけ」

 声をあげて叫んだ佑樹を止めたのは、部屋に訪れた武彦だった。


 警察を呼び、真川を引き渡した後で佑樹は警察に情報提供と犯人逮捕の代わりに、報道に対する規制を約束させた。犯人グループが逃げ出す可能性を考えれば、今は真川の情報が漏れない方が良いだろう、と判断した警察も、その佑樹の申し出を素直に応じる事にした。




 その翌日、大々的にニュース番組に流れたのは詐欺組織を一網打尽に出来た警察の活躍だった。
 事務所でその報道を見つめていた佑樹と武彦に、零が静かにホットコーヒーを注いでテーブルの前に差し出した。

「まるで警察のお手柄ですね」
「そう言ってやるなよ。俺達の仕事は裏方の仕事だ」
「裏方だって大事な仕事ですよ?」
「解ってるよ」
「まぁお兄さんは、佑樹さんと違って勝手に依頼料下げたりしちゃうから、ウチは小さくて目立たない仕事も大歓迎ですけど?」
「ぶっ! そ、それは言うなよな、零……」

 探偵稼業なんてものは、華やかでも目立つ仕事でもない。

 それは佑樹もよく解っている。

 それでも、依頼人がその仕事を果たした事で前を向けるきっかけになるのなら、それでも良いのかもしれない。

 佑樹はそんな事を考えながら、静かに零の淹れたコーヒーを口にした。




 ――「ありがとう……」




「……そう言われるのも、悪いものじゃないな」

 木枯らしの吹く秋の話だった。





                                          FIN



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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

今回は2〜3話でのお話、という事でしたので、
これにて解決という形を取らせていただきました。

佑樹君の微妙な感情の表現や、内面部分を描く事もあり、
私自身としてはこういう人なんじゃないだろうか、と
想像して書かせていただきました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後ともまた機会がありましたら、
是非よろしくお願い致します。

白神 怜司