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その名が示す物
光り輝くネオン街。高層ビルが立ち並び、車の進行指示機は縦並び。歩行者の信号表示も、WALKかSTOPの文字表記である。
金髪、黒髪、茶色。様々な髪の色をした歩行者達が立ち並び、楽しそうに語らう黒人達は膝でリズムを取るように音楽を流しては踊っている。
一歩路地を入れば、そこは先程までの喧騒すら何処か遠い場所のような、そんな錯覚を覚える。スラムだ。服は薄汚れ、新聞紙を胸元に広げて壁に背を預ける男性。そこに女性もいる事もまた、『この男』の祖国とは違う。
寒いニューヨークの街に、黒いスーツに黒いロングコートを着た男は白い吐息を漏らした。
『――聞いてる?』
「あぁ、悪い」
耳につけられたイヤホンから聴こえる女性の声に、男は返事をした。
『ごめん、じゃないわよ、まったく。良い? 標的はもうすぐ来るわよ』
「へいへい」
黒く冷たい銃を手に取り、男は軽く小言が始まりそうな気配を察知しながら返事を返した。
『能力者だから注意してよね。って言っても、貴方にこんな事を言うのは“無意味”かしら』
「教えてくれなきゃ困るんだけどね……」
男の返事に、イヤホン越しの声はクスクス笑っている。
『頼んだわよ』
「了解」
◇◆◇◆
ジャッシュは非常に冷静な男だ。
金色の髪はいつも六対四にキッチリと分けられ、緑がかった瞳は少し吊り上がっている。かけられたフレームのない四角い眼鏡を光らせながら、目の前にいる男を見つめてため息を漏らした。
(まったく、この男はいつもいつも同じ事を……)
そう言いたくなるのも仕方がない事だったと言える。
目の前にいる青年は、黒い髪に不釣り合いな緑色の瞳をしている。黒いスーツを着ている姿はもう見慣れているが、どう見ても子供にしか見えない。
(東洋人――いや、日本人は幼く見えるのか)
東洋として一括りにするより、日本人らしい顔だ。少なくとも韓国人の切れ長で薄めの瞳や、中国人特有の独特な雰囲気は持っていない。これはあくまでもジャッシュの独断と偏見による判断材料ではあるが、それを鑑みれば、目の前の男はやはり日本人らしい、と言うのが妥当である。
「いつになったら日本に帰してくれるんですか〜?」
口先を尖らせた男はブツブツと呟いている。かれこれ三ヶ月と十三日。男はジャッシュに対して同じ言葉を告げる。
「すまないな。正直、キミが日本支部に行きたい気持ちは分かるが、私の勝手な権限では頭を縦に振りにくいんだ」
「いや、だったら上に言うとかすりゃ良いのに……」
男の言葉にジャッシュは「またか」と呆れ、ため息を吐いた。男はいつも文句があると日本語で小声で呟く。理解出来ないと思っているのだろうか、と思いつつジャッシュはいつも通りに理解していないフリをする。
ジャッシュが男の要望を受けない理由。それは、ジャッシュよりもずいぶんと偉い『上層部』がイエスと言わないからだ。
まだ英語すらまともに話せない日本人が、IO2のニューヨーク支部へと来た四年前。ジャッシュはその頃から目の前の男を知っている。今以上に幼い顔をしていた彼は、今では少しばかり大人らしくなっている。
たった四年。三十歳を目前に控えたジャッシュはその言葉の意味をよく理解している。しかし、目の前の男は『たった四年』で地位を確立している。彼は既にこの特殊な業界では有名だ。
『上層部』が育て上げたと勝手な自負をするのも頷ける、現ニューヨーク支部では最高の実力者。ジャッシュもまた、そんな男を辺鄙な島国に戻す必要はないと考えている。
「まぁ落ち着いてくれ。かの有名な呼び名。『探偵』の名を冠する人間が、日本にあっさり戻られては困るんだ」
「勝手にみんながその呼び名を使いたがるだけじゃんか」
確かに、とジャッシュは肯定する。
目の前の男は、誰が言い出したのか『ディテクター』と呼ばれている。それは、数年前まで日本支部にいたと言われる、伝説のエージェントの呼称だという事はジャッシュも理解している。日本出身だから、というものではない。野球好きのアメリカ人が、
「イ○ローの国」と日本を呼ぶそれとは、大きく異るのだ。
この四年で検挙率は断トツのトップ。そして、信じられない『力』を持つ青年。
ジャッシュにとっては可愛い弟分であり、尊敬すべき実力者。それが、目の前の青年である。
それと同時に、ジャッシュが知っているのはこの男の過去だ。
幼い頃、アメリカでも有名な“虚無の境界”と真正面からぶつかり合う、日本のディテクターと付き合いのある男。そして、彼はディテクターと懇意にしている。
「不毛な言い合いは止そう。今回の事件さえ解決してくれたら、俺も本格的に上層部へ伝えるつもりだ」
「ホントか!?」
「あぁ。だから、こいつを捕まえてくれ」
ジャッシュが見せた一枚のファイル。それを受け取った男は眼の色を変えたと思った次の瞬間、明らかに面倒臭そうに顔を歪ませた。
「……こいつか」
「あぁ。通称“バク”。ドラッグを使って人を廃人にして、キマってる状態の感覚を利用した催眠の能力を持つ面倒な奴だ。そいつがどうにも、ちょっと大きな組織と繋がりを持っているらしいな」
「なんか気持ち悪いんだよな、こいつ」
男は呟いた。
バクはかつて、この男が一度捕まえた男だ。しかし、ただの麻薬所持に対する容疑に留まり、とうに出所を果たしている。
「こいつを捕まえるだけで良いの?」
「正確には、バクの背後を捕まえたいんでな。大きな仕事なら、お前の意見も上層部には通り易いと思うが――」
「――ならやるよ」
「……はぁ、分かり易い男だ。まぁ良い。任せるぞ。サポートはエルアナがつくらしいからな」
「……やっぱやだ」
「ワガママ言うな。エルアナはあれでお前を心配しているつもりだ」
「絶対それはないと思うけど……」
男の言葉にジャッシュは小さく笑った。
「日本よりエルアナの恐怖が勝るか?」
「あー、もう! 解ったよ、やるよ!」
「あぁ。頼んだぞ」
男が部屋を後にしていく姿を小さく笑ったジャッシュが見送っていた。その後で、ジャッシュは座っていた椅子の背もたれに背を預ける。
(……ったく、アイツがいなくなるのは頭痛の種が増える方が多いか、減る方が多いか……)
暗にフェイトを頭痛の種として考えているジャッシュは心の中で呟いた。
◇◆◇◆
「――バク。刑務所暮らしでもクスリは抜けなかったみたいだな」
「――ッ!」
不意に背後からかけられた声。バクはあまりに予想だにしていなかったこの事態に、顔色を変えた。
――あぁ、こいつに見つかったら終わりだ。
脳の中の警鐘が、全ての情報が告げる。眼前のこの男は“化物”だと。
「クソ――!」
奇襲に成功する確率は、一割にも満たないだろう。それがバクの心算だ。だがもしも僅かな可能性があれば、という浅はかな考え。それがバクの心に灯った、一縷の望みだった。
銃を引き出し、突き付ける。そのまま引鉄を引こうと人差し指に力を――。
「え……」
――込められない。引鉄は溶接されたかのようにびくとも動こうとせずに、その場で止まっている。
男はバクの銃を持つ手を蹴り上げ、更に自分の懐から銃を取り出す。宙を舞ったバクの銃は吸い込まれるように男の手へと収まり、外していたはずの安全装置をピンと手で弾くと、バクの眼前に二丁の拳銃が左右の手から水平に重ねて突き付けられた。
「……あんまり余計な事しない方が良いよ」
男の言葉に、バクはその場でへたり込んだ。
――やはり化物。そして、噂通りの通称。
それが、バクの頭の中に浮かび上がるたった一つの単語だ。その言葉は眼前の男を指し、その言葉は自らに突き付けられる。
「……Fate……」
眼前の黒髪緑眼の男は、真っ黒なコートをなびかせながらバクを睨み付ける。
「教えてもらおうか、バク。それが残されたアンタの“運命”なんだから」
バクの心は一瞬にして刈り取られた。
そして、眼前の男――フェイトこと勇太は小さく笑みを浮かべてこう思った。
(――決まった!(キリッ))
to be countinued...
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