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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.27 ■ 憂





 白を基調とした床や壁。天井は高く、目算で十メートル以上といった所だろうか。一見すれば、倉庫や工場のような天井の高さだ。
 周囲には銀色の円柱型の筒が並び、それらにはモニターが取り付けられている。それだけならばまだしも、研究資材は更にあっちこっちに点在し、その広さはこのワンフロア全てを使っている事は容易に想像出来る。

 美香の前を歩く、憂。

 美香も決して身長は高くないが、そんな美香の胸元よりも頭が下にあり、普通よりも小さな白衣だというのに裾が地面に擦られるか否か、という所にまで下がっている。茶色い髪を肩まで伸ばしてふわふわと舞う髪。

 おおよそ年上とは思えない憂の姿を見つめながらも、それでも彼女はこのフロアを一人で使っている研究者なのだと、美香は改めて理解していた。

「凄い設備ですね……」
「まぁねー。でも、ありとあらゆる操作を一箇所で出来るようにしてあるから問題ないよ〜」
「一箇所、ですか?」
「そう、一箇所。案内するよー」

 相変わらずの何処か緩い憂の言葉と行動。だからこそ、美香はその警戒心を一層強く胸に抱いていた。




 天才と呼ばれるタイプとして、美香の中での憂は二通りのタイプである可能性が高い。

 一つは、ある程度の基礎状態から更に新たに物事を生みつつ、限りなく力を発揮出来るタイプ。
 そしてもう一つは、全くの無から作り上げてしまうタイプ。

 前者は極めて単純なケースであり、仕事をこなす上で能力を発揮し、他の追随を許さない。つまりは真面目で優秀なタイプである。このタイプに関しては美香自身が気付いていないが、美香もまたそのタイプに当たる。

 しかし――否、だからこそ、後者であるタイプは美香も判断が難しい。

 後者のタイプの優秀さ、怖さは美香の想像が追い付かないのだ。自分と同じタイプならそれを基準に無意識に判断出来る前者と違い、後者においては判断材料がない。それこそが、美香が抱く緊張感の謂れだ。




「――ここだよー」

 先程美香の目に映った円柱となっている筒上の一角。さらにその奥には大きな円柱型の小部屋とも呼べる空間が広がっていた。
 その中央には椅子があり、その隣の台には頭に被るようなサイズの白いヘルメットのような物が置かれていた。

「これは……?」
「“ダイブシステム”の起動装置。脳波を読み取って映像世界に意識を移して、その中で作業するのよん。ちなみに、これ作ったの私なんだよー」
「ダイブシステム……」

 ドヤ顔で小さな胸を張って強調する憂が美香に向かってピースサインを送っていた。

「外部からの操作は一切受け付かないから、この操作が出来る人間は私だけ。セキュリティに関しては、言うまでもなく世界最高レベルだよねぇ。あ、でもでも、美香ちんにはしっかり使ってもらうよ?」
「わ、私もですか?」
「うん。とりあえず、サクっと出してくれるかな――?」

 憂が指を鳴らすと、小部屋のドアが閉まった。

「――ユリカさん、だよね?」
「――ッ!」
『美香、どうするつもり?』

 不意な憂の一言に美香が腰を落とし、身構えた。

「あっれー、シン君から聞いてないの? 私今回の騒動はそっちの仲間だよ?」
「え……?」
「あ、シン君にも言ってなかったかも……。ちょい待ちー」





 ――二十分後、シンがこの階に訪れた時に鳴った“インターホン”の音に美香は思わずビクっと身体を震わせた。




「――影宮さん、本気ですか?」

 憂が味方をする、と言い出してから経緯を説明した後で、シンはそう尋ねた。

 憂の目的は、今回の炙り出しに対する協力の代わりに、ユリカやシンの身体データを取らせて欲しい、というものだったのだ。

「本気だよー。実際、私の中でもいくつか引っかかってるんだよね、兵器の開発内容とかが明らかにおかしくなってるし、緘口令まで敷かれてさー。私の研究の“ついでに”IO2の手伝いしてるのに、そこまでするのはやだしねー」
「ついで……?」
「まさか“あの噂”は本当だったんですか?」

 憂に向かってシンが尋ねると、憂は隠す様子もなく頷いた。
 シンから改めて説明された“噂”とは、憂がIO2に所属しているのは、あくまでも自分の研究の為に最新の機材や環境があるからだというものだ。

「私の研究と開発の副産物を、ちょっとIO2に回してるだけだよー。まぁ設計図とかもあるから、他の人が量産してるみたいだけど」
「えっと、つまり……?」
「私はIO2とはある程度は仲良くしてるけど、今回の異常さには疑いの方が強いの。それに、IO2じゃ手に入らないからねっ!」
「私とユリカさんのデータ、ですか」
「その通りっ! 人間と同じ容姿をしてるのに、“能力”を持っていて強靭な身体をしているキミ達に、私はご執心なのですっ」

 本気だと言う事はその爛々と輝いた瞳を見れば誰にでも分かる事だった。

「それにしても、影宮さん。どうして私の正体とユリカさんの存在を知っているのですか?」
「……いっひひ、武ちゃんのおかげでちょーっとね」
「武ちゃんって、草間さんですか?」
「そだよー。ちょっと前に外で会った時に、協力を頼まれたの。その時に美香ちんの話は聞いたんだよねー。いやー、さすが武ちゃんだよねぇ。私が好きな話題を振ってくれるんだもんねぇ」

 うんうんと頷きながら憂はそう言って腕を組んだ。
 武彦が憂と会ったのは、訓練をしている真っ最中の空白の期間だった。いずれ協力者も必要になると踏んでいた武彦は、憂を何とか味方に引き入れようと画策し、憂と接触したそうだ。

「でも、どうして私の正体まで?」
「美香ちんを連れてきたのはシン君だし、シン君の情報データって何処にもなくって。その上、私のトコに美香ちんを送り込んだって事は、そういう事でしょ?」

 ――美香はこの言葉に、呆れるようなため息しか出て来なかった。
 状況と事態。武彦の情報提供と、シンの存在。全てを繋ぎ合わせ、頭の中で憂が構築した情報は事実と違わないのだ。

「ついでに、この前シン君が来た時は上層部との繋がりが面倒そうだったから。でも、潜入させてきたって事は、武ちゃん達とも協力してるって事だと思って。どう!?」
「……まったく、貴女はやはり恐ろしい人ですね」

 シンがそう告げた後で、改めて美香へと振り返った。

「美香さん、ユリカさんにも聞いてもらって良いですか?」
「あ、はい――」
「――話は聞いてたわよ」

 美香が返事しようとした所で、ユリカが光と共に姿を表した。驚いたシンと美香。そして、その横で憂が再び目を輝かせる。

「おぉー! 召喚!?」
「まぁそんなトコかしらね。それにしても、アンタ。本気で私達に協力するつもりがあるの?」

 ユリカの視線が鋭く憂に突き刺さる。

「もちろんだよー。私の研究は、シン君とユリカちゃんの協力があれば大前進なんだからねっ」
「アタシ達を利用したいって事、かしら?」
「お互いにね。私は上層部の炙り出しに協力するんだし、利用って点ではお互い様だよ?」

 怖気づく様子もなく憂は小首を傾げてユリカに堂々と告げた。

「……良いわ。協力する」
「ユリカ、良いの?」

 美香は思わずユリカに尋ねていた。ユリカはあまり自分以外に興味を示さない上に、利用される事を嫌うらしい事は美香も理解していた。だからこそ、素直に条件を呑むとは思えなかったのだ。

「動き出されて面倒な事になるよりはマシ、よ。変な真似したらこの施設ごと壊してやるわ」
「あ、はは……」
「変な事しないよ!?」
「ユリカさんに異論がないなら、私も構いませんよ」

 ついにシンは折れる形となった。



 本格的な炙り出しは少なくとも一ヶ月以上は後の方が良い、と憂が提案する形となり、美香はそれまでの間、本格的に憂の手伝いを続ける事となった。





◆◇◆◇





 ――二週間が過ぎたある日。
 定期的な二日に一度は確実にかかってきた百合達からの連絡が途絶えて、三日が過ぎようとしていた。

「何かあったのかな……」
『定期的な連絡が途絶えるって事は、そう考えるのが妥当よね』

 仕事を終えて自室に戻った美香は、ユリカと会話しながら紅茶を口に含む。

『外部からの情報はシンを通してしか入って来ない。ねぇ、美香。ちょっと考えてみたんだけど、もしシンが私達を分断する為に、IO2に私達を潜入ではなく、“軟禁”しているんだとしたら?』
「……それは、ないと思う。確証も証拠もないけど、少なくともそんな手間をかけて私達を分断するなら、最初から能力で――」

 美香がそう言った途端に、美香の携帯電話が鳴り響いた。ディスプレイに表示された名前。そこには『影宮 憂』と表示されていた。

「もしもし」
『あ、美香ちん。ちょっと面倒な事になったから、私の研究室に来てー』
「え、あ、はい」

 用向きだけ告げられて切られた通話。状況が状況なだけに美香は慌てて部屋を飛び出した。





to be countinued...




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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

今回はちょっと説明回となってしまい、
あまり動きがない状態で区切る事になりました。

今後の展開への布石が、どう動くのか、ですね。

今年も残り僅かとなりました。
体調には気を付けて、良いお年をお過ごし下さい。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。


白神 怜司