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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route8・極上☆スマイル / 工藤・勇太

 小さな照明を1つだけ灯した部屋の中、工藤・勇太は丸くなるようにしてベッドに転がっていた。
 その脳裏にあるのは昼間のことだ。
「あの女の子、りっちゃんに似てた……」
――あの女の子。
 それは葎子が家の蔵で見付けたと言う本の中にいた少女のことだ。
 何もない空間に存在したガラスの街。空には無数の星と流れ星があって、透き通った建物が点在する夢のような場所に彼女はいた。
 まるで、その国に住むただ1人の住人であるかのように……。
「……そう言えば、りっちゃんのお姉さんにも。それに……」
 それに、饕餮(とうてつ)と名乗る謎の少女にも似ていた。
 つまり、あの少女は葎子にも、光子にも、そして饕餮にも似ている。そういうことになる。
 勇太と葎子は本の中にいた少女と目が合った時、強制的に現実に引き戻されてしまった。まるで本の中にいる少女が、そこに来ることを拒むように。
「……あれは、りっちゃんじゃない。じゃあ、りっちゃんのお姉さん? いや、それとも違う気がする」
 それなら当て嵌まるのは「饕餮」と名乗った少女だけだ。
 どこからきて、どこへ消えているのか。全てが謎に包まれた少女。以前会った時、彼女は葎子を知っている風だった。
「彼女なら、何か知ってるのかな?」
 漠然と零した声だった。
 けれどそこに僅かな光が見え隠れしている気がする。自分が何をすべきなのか、どこへ進むべきなのか。
 確実な光ではないけれど、それでも何かの光が見えた。そんな気がした。
「……もう一度本の中に入るのは危険だ。俺にも、りっちゃんも、負担が掛かり過ぎる」
 そう零して、勇太はベッドから起き上がると、自らの手に視線を落として、そこを握り締めた。
 本の思念と向かうには相応の力が必要だ。
 それは物理的な物ではなく精神的な力で、あまり掛け過ぎると心にも影響が出てしまう。
 自分はまだしも、葎子にそんな負担を掛けるわけにはいかなかった。
「でも、もしあの子が饕餮なら、俺はもう一度あの子に会いたい……でも、どうすれば……」
 本に入らずに会う方法が必ずある筈だ。
 それは現実世界で彼女と会っているから間違いない。なら、その方法は何処にある。
「――……くそっ!」
 ドンッと思い切りベッドを叩いた。
 焦っても、苛立っても仕方がないのは分かっている。それでもどうしても気持ちばかりが急く。
 こうしている間にも光子の余命は迫り、葎子は彼女を救う唯一の方法を実行しようとするだろう。
 それをさせないために努力すると誓ったのに、結局のところ何も出来ていない。
 それがもどかしくて情けなくて、どうしても腹が立った。
「……落ち着かなきゃ……落ち着いて、考えなきゃ」
 そう、呟いた時だ。
 携帯に着信を示すランプが付いている事に気付いた。
「いつの間に……」
 手を伸ばして引き寄せると、確かに着信の文字がある。
 時間はちょうど5分くらい前で、ベッドの中でぐるぐる考えごとをしていた時間だ。
「おかしいな。携帯の音はしなかったんだけど……え?」
 着信履歴を見て驚いた。
「りっちゃんが、俺に電話?」
 彼女から電話をかけて来る事は滅多にない。
 その逆に勇太からかける事やメールなら何度かあるが、こうして携帯に直接連絡が入った事はなかった。だから驚いたのだが、このタイミングにも驚いてしまう。
「りっちゃんも、俺に何か用があるのかな」
 昼間にあんなことがあったばかりだ。葎子自身も何か思う事があってもおかしくない。それに、勇太も葎子と話したいと思っていた。
 だから、こうして折り返し電話を掛ける事は、なんら不思議の無い事だった。

 トゥルルル……トゥルルル……。

 携帯の向こうから聞こえてくる呼び出し音が無性に長く感じる。
 実際にはそんなに経っていないのに――
『……勇太ちゃん?』
 カチャリと繋がったその先から聞こえた声に、勇太は無意識に唇を引き結んだ。
『ごめんね……葎子、急に電話なんかしちゃって……勇太ちゃん、寝てなかった?』
 携帯の向こうから聞こえる声は、どこか元気がない。けれど彼女がその向こうで笑顔を作ろうと努力しているのは想像が出来た。
 結局の所、無理に笑う事を良しとしないのに、彼女がそうしないでいられる環境を作れていない事に、虚しさやら悲しさやらが込み上げる。
「……ごめん」
『勇太ちゃん?』
 思わず零れた小さな声に、心配そうな声が響いた。
 その事に慌てて口を開く。
「いや、なんでもないよ。それより、どうしたの?」
 葎子からかけてくるなど余程の事だろう。けれど、携帯の向こうから聞こえてきたのは、勇太の想像を外れた物だった。
『病院から帰る時、勇太ちゃん元気無さそうだったから……大丈夫かなって』
 まさか自分の心配をしてくれているなんて。
 どうしてこうも予想外のことばかり起きるのだろう。勿論、この予想外な出来事は嫌なことじゃない。
 寧ろ嬉しくて暖かいものだ。
「ん、大丈夫。それよりも俺、思ったんだ」
 思わず零れた笑み。
 自分の手を見詰めながら、ふと浮かんで来た言葉を口にする。
「俺に大事なお姉さんを会わせてくれて、ありがとう。俺、ますます二人を守りたいと思ったよ」
 こんなにも優しくて暖かな女の子を傷付ける事はしたくない。
 守ると言ったことも、彼女が死なずに済む解決方法を探すと言ったことも、必ず実行して見せる。
「絶対、りっちゃんもお姉さんも助けるから」
 湧き上がってくる決意。それを新たに口にして、勇太は部屋の時計に目を向けた。
 時計の針は既に午前0時を指そうとしている。けれど、勇太にはどうしてもやっておきたいことがあった――否、やらなきゃいけないことが浮かんだ。
「りっちゃん。今日もかなり冷え込んでるから暖かくして寝てね。俺ももう寝るから」
『うん、わかった。勇太ちゃんが良い夢を見れるように、葎子頑張ってお祈りしておくね!』
「ありがとう……おやすみ、りっちゃん」
 そう言って携帯を切った。
 今の言葉通り、葎子はこのまま眠りに落ちるだろう。けれど勇太はまだだ。
「夜間窓口から入れるよな」
 携帯とコートを拾って防寒を施すと、勇太は闇が帳を下す外にその身を落とした。
 向かうのは、昼間葎子に連れて行ってもらった病院だ。もし勇太の考えが正しければ、きっとそこにあるはずだ。
 今後の自分と葎子を決める、何かが……。

   ***

 深夜の病院は想像以上に静かで近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 けれどここで引き返す訳にはいかない。
 勇太はこっそり夜間窓口から忍び込むと、記憶を頼りに病院の屋上に向かった。そして外に出た途端、冷たい風がコートを攫うように吹き込んで来た。
「……きちんと着込んできて良かったな。あとは……」
 コートの前をしっかり閉じて空を見上げる。
 昼間に本の中で見たのと相違ない程の星が空を埋め尽くし、そして冷たい風が時折強く吹いてくる。
「ここならきっと」
 確かな情報がある訳じゃない。
 それでもなんとなく、ここなら『会える』んじゃないか、そう、思った。
 だから……。
(硝子の街に住む女の子……饕餮……もし届いているなら、俺の言葉に応えてくれ……どうか……)
 記憶にある本の思念に住む少女。その少女の思念に向かってテレパシーを使って呼びかける。
 何度も、何度も。
 それこそ、月が位置を変えるほど長く。
 そしてどれだけの時が過ぎただろう。勇太がテレパシーを送ることに限界を感じ始めた頃、ひときわ強い風が吹いた。
「――ッ!」
 目を塞ぎたくなるような突風に、思わず腕で顔を覆う。
「今の風は」
「何か、ご用ですか」
「!」
 抑揚のない、突然の声に顔を上げる。
 そこにいたのは、水色の髪の幼い顔立ちの少女――饕餮だ。
 彼女はフェンスの上に立ち、微笑みながら勇太を見ている。けれどその表情が本当に笑っていない事を、勇太は見破っていた。
「饕餮も、りっちゃんと同じように無理して笑うんだな」
 葎子と同じ顔だからか、なぜかそう判断することができた。だからだろう。
 勇太のこの声を聞くと、饕餮はすぐさま表情を消して勇太を見た。その視線に僅かな戸惑いを覗かせて。
「……用件がないのでしたら、私は失礼します」
「待って!」
 踵を返そうと顔を動かした彼女に慌てて叫ぶ。
 その声に、冷たい色の瞳だけが向けられた。
「あの本の中にいたのは饕餮だよな? 何であそこに……いや、饕餮は何がしたいんだ? 何が望みなんだ?」
 葎子の前に現れたこと。そして本の中に居たこと。それらに意味がないとは思えない。
 そう問いかける勇太に、饕餮は思案気に目を落し、そして真っ直ぐに勇太を見た。
「……蝶野葎子の消滅……そして、光子の消滅。その双方を私は望みます」
「なっ!?」
「……葎子はそれを望んでいます。愚かなほど真っ直ぐに……」
「そんなはずない! だって、りっちゃんは――」
――りっちゃんは死にたくないって……言った、か?
 叫ぼうとしてハッと我に返った。
 よく考えてみれば、葎子から『諦める』と言う言葉を聞いていない。それにこの前も葎子は『大丈夫』と言う言葉を口にしていた。
 それはつまり、
「……諦めていない?」
「アナタが何を思ってこうした行動に出たのか、理解に苦しみますが……そうですね、その行動力は褒め、ヒントを与えましょう」
 饕餮はそう言うと、フェンスから飛び降り、勇太の目の前に立った。
 そして間近に勇太の顔を覗き込み、こう囁いた。
「私が消えれば光子が消えます。けれど、私が生き続ければ必然的に葎子が消えます……蝶の羽根は2対あれど、元は1つ。見えている真実が真実とは、限らない……そう言うことです」
 クスリ。そんな笑みが零れ、饕餮は勇太から離れた。
 その瞬間、蝶の鱗粉が舞い上がり、勇太の周囲を包み込む。その光景は葎子が披露してくれる舞いに似ていた。
「……見えている真実が真実とは限らない……」
 勇太は無意識に饕餮の言葉を繰り返し、手を伸ばした。
 いつの間にか饕餮の姿は消えていた。
 残ったのは掌に残った鱗粉だけ。
 けれど勇太にはこれがただの鱗粉には思えなかった。
 饕餮の残した言葉と手の中の鱗粉。それらがゆっくりと繋がり、徐々に形を成してゆく。
 それはまるでパズルのピースが合わさるような、そんな不思議な感覚だった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート8への参加ありがとうございました。
葎子ルートの終盤に差し掛かり、謎の解明の一歩手前まで来ました。
次回は最終話直前です。そして最終話直前を控え、饕餮以外に私からも1つだけヒントを。
えっと、解決の糸口は「蝶の鱗粉」です。
今までどの場面でこれが使われたか。それを思い出してみてください。
では残り2話となりましたが、もしよろしければ最終話までお付き合いくださいませ。

このたびはご参加いただき、本当にありがとうございました。