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Episode.28 ■ 憂と美香と
突然の呼び出しに、連絡のない百合達。
『ちょっと面倒な事になったから、私の研究室に来てー』
いつもの飄々とした雰囲気を纏った憂の言葉は、その内容とは裏腹に実にあっさりとしたものであった。
しかし、この二週間という時の中で美香は気付いている。
――憂という女性は、“焦り”を知らない。
何が起こっても平然として事態を受け止め、その事態に対する最善策を打ち出す事に動く。
戸惑いや焦りというものが感じられないのである。
だからこそ美香にとって、憂が口にする『面倒な事』というフレーズには少々気構えが必要である。
研究室に着いた美香が入り口の認証機へと手を翳すと、緑色の光が手をスキャンする。認証完了、の文字が浮かび上がり、そのまま研究室内へと足を踏み入れた。
「憂さん?」
広い研究室内を移動しながら美香が声をかけて憂の姿を捜していた。
余談ではあるが、これもいつもの光景であり、憂はこの研究所内のあらゆる場所を歩き回っている為、こうして捜す事から美香の仕事は始まるのだ。
しかし、稀に例外とも言える事態が発生する。
今日はまさにその日でもあった。
憂による作品、『メイド君』というちぐはぐな名前を名付けられた自走式のロボットが美香に向かって来る。
『メイド君』は円柱型の体高八十センチ程度のロボットだ。
憂が『ダイブシステム』を使っている際、現実世界と『ダイブシステム』を利用している際に憂のいる、“映像世界”を繋げる役割を果たす。
電話の対応などは『メイド君』を経由して通話をする。
ちなみに、彼――と言うべきかは今でも不明ではあるが――は、自律思考型のシステムを搭載し、自我を確立している。
「ツンデレ風に設定したんだよー!」
と言って美香に紹介されたのは記憶に新しい。
そして、そのツンデレ風の自律思考型ロボットが美香の元へと滑る様に近づいた。
「お疲れ様です、メイド君。マスターは何処ですか?」
『フン、ダイブシステムの中よ。アンタもさっさと行きなさいよねっ。弐号機はもう準備して、アンタが来るのずっと待ってたんだからっ』
「そうですか、ありがとう御座います」
『別にアンタの為なんかじゃないわよっ』
この手のやり取りになる事に慣れた美香も、既に毒されつつあると言える。
メイド君に搭載されたツンデレパターンは、憂曰く、王道パターンだそうだ。
美香が早速、美香用に憂によってアレンジされたダイブ機に向かって歩き出す。
名前は憂命名の、『美香ちん専用ジャンプちゃん』だそうだ。
ネーミングセンスが致命的な件については、「残念な名前って可愛げあるよねっ」と力説していた。
ちなみに、美香もこの件には反論も肯定も出来ず、ユリカに頭の中で『もしかしてアンタと憂、似てるんじゃない?』と言われる事になった。
“めけんこ”以来の恥ずかしさであったそうだ。
『ちょっと、待ちなさいよ』
「どうしたんです?」
『は、早く戻って来なさいよね。アンタがいないと、その……』
「はい。憂さんにも言っておきますね」
『わ、私がワガママ言ってるみたいじゃないっ! もう知らないっ! さっさと行きなさいよっ!』
この流れは既にお約束である。
メイド君の次代は女の子のツインテール型のヒューマノイドにするらしいが、美香は未だそれを知らない。
メイド君に言われた美香は早速、ダイブ機に入り込み、椅子に座る。
頭に取り付ける白いヘッドギアの様な物。
目元まで覆われるそれは、頭部に外部には何本ものコードがつけられ、これによって情報と脳波の直接伝達を行い、映像世界に入り込む。
伝達世界の会話もまた、同じ様に行われる為、考えた事がそのまま出てしまうという厄介な性質を持ち合わせるが、これは「伝えようとする意思」によって制御出来るそうだ。
早速美香がヘッドギアを頭に取り付け、暫くの間反応を待つ。
『Connect...』という文字が浮かんで来るが、目を閉じている為、その白く発光した文字が出ている状態は、既に脳に映像が送られてきている証拠にもなる。
眩いぐらいの白い世界を通り、やがて視界が開ける。
電脳空間。
文字の羅列が徐々に風景を作り上げ、宙に浮いている島の様な場所に出た。
しかしその宇宙は一面宇宙空間が広がっている様な、そんな空間である。
そこに、現実世界の憂と同じ格好をした憂が現れた。
「ごめんねぇ、こんな時間に“こっち”に来てもらって」
「いえいえ」
視界の右下に時計が表示されている。時刻は既に二十二時を回っていた。
「現実世界で会話するよりも良いからね。それに、見てもらいたい物もあってさ」
「見てもらいたい物?」
「うん、これだよ」
憂が手をスっと掲げて指を動かすと、憂と美香の目の前に、横二メートル、縦一メートル程の大きな画面が映り、その映像が流れた。
「――ッ! 草間さんと百合ちゃん……!」
映像の向こうで、金髪の少女と、黒髪の若い男と激しい戦闘を繰り広げている武彦と百合。
「虚無の境界のエヴァ・ペルマネントと、元IO2のエージェント、カイト。男の方は多分、魔神化してるね」
「魔神化……」
美香の頭の中に、先日の巫浄 霧絵と共に姿を現した男の姿が思い浮かぶ。
「なんだかきな臭い事になってきてるんだよねぇ。IO2のエージェントが失踪する事件が多いから、ちょっと色々な防犯カメラからデータを取ってたんだけど、やっぱりって感じ」
「どういう事ですか?」
「魔神化にIO2のエージェントが利用されてるんだよ」
「――ッ!」
憂が説明を始めた。
事の発端は美香が来て二日程経ってからだ。
IO2のエージェントが調査から帰って来ないという事態が多くなったそうだ。しかもその大半が、身体能力が高く、実力のある者ばかりが狙われたかの様に。
「それって、虚無の境界がIO2のエージェントの情報を知ってるって事じゃ……」
そう呟いた所で、美香が口を手で抑えた。
「そういう事。IO2の上層部が、魔神化の為にIO2エージェントの身体を提供してるって考えも出来る訳」
「そんな……」
「まぁ、IO2のデータが流れてるのは事実だよね。こんだけ狙って戦力明け渡して、ウチの上層部は裏切られたらどうすんのかなー……。って、そんな事より、はい、これ」
憂が再び手を振って美香の目の前に映像を浮かび上がらせた。
美香の目の前には、人物名と写真が載ったリストが浮かび上がる。
「これは?」
「IO2の実質的支配者達のリスト。上層部って言われる連中で、『七天の神託』とか大層な連中だよ〜」
「七天……、七名? でも、リストには九名載ってますけど……」
「あとの二名は、IO2にたまに顔を出す女二人なんだけど、ちょっとその二人は事情知ってそうだから、その二人について調べようと思うの。一人ずつの映像を投影させてみて」
「はい」
美香がファイルを手で触れ、指を横に動かし、手を広げる。
リストに載っていた一人の情報が浮かび上がった。
「“アイ”ってヤツだね。詳細情報がないんだけど、IO2の監視カメラにたまに映る人。じゃあそっちを調べるのが美香ちんの仕事ね」
「わ、私ですか!?」
「うん。私も一人調べるから、美香ちんはそのアイって子をお願い。この二週間、ダイブシステムの使い方はもう慣れて来たでしょ?」
「えぇ、それはそうですけど……」
「だったら大丈夫だと思うよ。これから一週間、ダイブシステムを使ってお互いにこの二人を洗いざらい調べて、情報をゲット! で、シン君と美香ちんには接触してもらうから」
さらっと言った憂の言葉を聴き逃しかけた美香が、逡巡して振り返る。
「接触、ですか?」
「うん。シン君には私から伝えておくけど、あの二人を確保して、尋問するつもり。そうじゃないと、七天のどれが敵なのか、とか、七天全部が敵なのかとか調べられないしね」
「憂さんでも調べられないなんて……」
「便利な社会になったからこそ、アナログな方法でやり取りしてるかもしれないでしょ? 直接の会話だったりメモで毎回燃やしてたり。だから、聞いた方が早いかもしれない」
「まぁ、そうですけど……」
「そういう訳だから、これからは調べる方向でお願いね」
「……分かりました、頑張ります」
「オッケー。んじゃ、出るよー」
「はい」
「「logout from this world」」
◆◇◆◇
『――フーン、そういう事ね』
自室に戻った美香が、ダイブ後に話した内容を思い返しながら、ユリカに向かって説明した。
ダイブ中の出来事はユリカも干渉が出来ない為、こうして美香が改めて説明するのだ。
「うん、だから明日からはアイって人を調べる事になったの」
『まぁ具体性が出てきたんなら進展あってよかったじゃない』
「うん……」
『軟禁されてる訳じゃなさそうで良かったわね』
「もう、またそうやって……。私はシンさんと憂さんの事、信じてるよ? もちろんユリカとか草間さんとか、百合ちゃんの事だってそうだし」
『可能性の問題、よ。百パーセントばかりじゃなくて良いから、多少は疑う事もしなさいよね、アンタ』
「う……、努力します」
そんな話をしている最中に、美香の携帯電話が鳴り響いた。
「あ……! 草間さん!?」
美香が慌てて携帯電話を手に取って、返事をした。
『よう、悪いな。定時連絡出来なくて』
「いえ、戦ってた映像見ました」
『はは、さすがだな。それで、そっちは進展あったか?』
不意な武彦からの電話に、美香は――。
to be countinued,,,
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いつも有難うございます、白神 怜司です。
さて、今回はメイド君やら何やらまで出てきて
少しおふざけ要素を加えてみましたw
お楽しみ頂ければ幸いです。
次回に続いて、ちょっと趣向を変えてみました。
ずばり、次回美香さんは、武彦に話すか話さないか、
という二択を選んで頂きたいのです。
これでストーリーがちょっと変わったりとかしますので、
そういう要素があっても良いかな、とw
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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