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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


その名が示す物―U





 突き付けた二丁の拳銃。
 冷たい鉄の塊の向こうには、何処か幼い表情と大人の顔を兼ね備えた、青年の顔。
 バクの身体を硬直させる、緑色の眼光。

「……フ、フフ……ハハハハ!」

 バクは嗤った。
 その冷たい鉄の塊を突き付けた本人の向こう側、背後にいる影が振りかぶるその手に握られた銀色の長い鈍器を見つめて。

 ――捉えた!
 起死回生のチャンスは自分にもある。

 そう。バクのその嗤いは、乾いた物ではない、確信の笑み。
 振り下ろされる鉄パイプが煌めき、下りる。

「――ッ!?」

 ガキンと甲高く鈍い音を立てた衝撃音。
 二丁の拳銃が交差し、鉄パイプを受け止めたフェイトがその場で後ろから襲い掛かった男の腹部に蹴りを入れて気絶させ、バクから奪った銃の上部、スライドと呼ばれる部位を引きぬいて壊し、マガジンを手に取って捨てる。

「クソッ!」

 バクが逃げていく後ろ姿を見送り、フェイトが周囲を見つめた。

『フェイト、気を付けて。これ――』
「分かってる。催眠術――バクの十八番だろ?」
『そうよ。生存本能を外して、力を振るうわ。力も強くて痛みも感じない。ハッキリ言ってゾンビね』
「確かにね。スプラッタ映画は興味ないけどね」

 周囲の立ち上がった人々はおよそ十五名程度といった所だろうか。
 白目を剥いているその姿をゾンビとは、言い得て妙である。

『第一段階までの能力使用許可を認めます! フェイト――』
「――いらないよ」

 駆け出す。

 バクの能力は『催眠術』。
 荒れている精神状態の心を蝕み、戦闘狂にする事も忠実な奴隷にする事も出来てしまう厄介な代物である。

 しかし、その命令は簡単な物しか聞かせる事は出来ず、力が強くても思考力がなければただの木偶の坊であった。
 まして、それが一般人や普通のエージェントならば、それも脅威には成り得たのかもしれない。





◆◇◆◇





 初めてのサポート役に抜擢されたメイ。
 ブラウンに近い髪の色のメイは 未だ垢抜けず、真面目を着飾った様な印象を受ける。

 そんな彼女はこの日、緊張していた。
 何せ、ニューヨーク支部最高のペアのサポート役として抜擢されたのだ。油断は出来るはずもない。

 世界的有名大学を首席で卒業し、IO2に入ったからこそ、最高のタッグと名高い二人の仕事を見られる。
 それだけで周囲から羨望の眼差しを受けていたメイは、自分ならうまくサポートが出来ると自負し、この任務に望んでいた。

 本部のサポート室。
 かの有名なペアの仕事ぶりを見ようという野次馬連中を背に、メイはまるで自分が見られているかの様な錯覚を味わいながら、高まる緊張感と高ぶる高揚感に身を委ねていた。

 バクと呼ばれる犯人を追い詰めたフェイトの動きは、賞賛に値するものであった。

 しかし、噂の実力程ではないのではないか、とそう思った。
 背後からの奇襲に、取り逃がしてしまっているのだから。

 ――「何だ、この程度なのね」

 そう思ったメイは、小さく余裕を浮かべ、嘲笑する。
 自分なら、この程度ならすぐに追いつける。そう思ったのだ。

 しかし、現実は違った。

 サポートに回っている、メイの隣りに座るエルアナ。
 エルアナとフェイトが通信を済ませると、エルアナは手元の機器を操作して静かに口を開いた。

「司令部より伝達。一般人十五名とフェイトが交戦“しました”。一般人を保護し、回収に向かって下さい」
『アルファーワン、了解』

 その言葉にメイは耳を疑った。
 救援でもなく、ただ回収を頼むなんてどういう事だ、と。
 まさか、トップと言われている彼女さえ、この事態に焦って判断ミスをしたのではないか、とメイが口を開いた。

「エ、エルアナさん。まだ交戦は――」
「――メイと言ったわね?」
「あ、ハイ」

 エルアナがメイに向かって画面を見つめながら声をかけた。

「よく見ておきなさい。彼がこのニューヨーク支部のトップエージェントよ」

 クスっと笑ったエルアナが、メイへとそう告げてモニターを見ろと言わんばかりに顎で指し示す。

 その光景に、メイは絶句した。

 振り下ろされた単調な攻撃をあっさりと避け、一撃で沈めるフェイト。
 襲い掛かる、まるで狂犬の様な男や女。口を開け、だらしなく涎を垂らす者達。そんな人々を、次々に一撃の下に意識を阻害する。

 その光景は、優雅なステップに興じる一人の踊り手。

 自身の実力に胸を張って臨んでいたメイも、噂のフェイトの実力を見ようと覗きに来た野次馬も、その光景には身震いを感じていた。

「……すご、い……」
『アルファーワン、あと三十秒程で目的地に到着します』
「了解。もう終わるわ」

 通信に慌ててエルアナを見つめたメイは、エルアナが髪をかき上げてクスリと笑みを浮かべた姿を見て、同じ女性相手だと言うのに見惚れてしまった。
 そして、エルアナが口を開く。

「――十五名を、二十四秒。フェイト、お疲れ様」
『エルアナ。サポートにこの人達の保護を頼む』

 再びだ。再びメイは慌てて、今度はモニターを見つめる。

 モニター越しに立っていたのは、黒いコートに身を包んだ黒髪の男性のみになっている事に気付き、改めて息を呑んだ。

 その姿に、メイは思わずゾクゾクと背筋を走る程の恍惚感を味わいながらも、あまりに遠いその距離を実感していた。

 息切れすらしていないモニター越しの声に、エルアナはクスっと笑みを孕んで応えた。

「もう手配済みよ」
『だと思ったよ。GPSはどう?』
「しっかり作動してるわ。これでアジトまで泳がせるだけ、ね」

 メイは二人のやり取りに、ただただ感嘆するしかなかった。
 あっさりと常人では有り得ない事を、お互いにやって見せる。

 その信頼関係は、ただの恋人や仕事仲間というだけでは確立させられる物ではない。

 互いの実力を評価し、互いに挑発する様に高みへ。
 切磋琢磨という言葉を体現しているそれは、メイの胸を熱く焦がした。

 逃したのは奇襲によるものではなく、“泳がせる為の布石”。
 そんな事、事前の作戦ミーティングにはなかったにも関わらず、フェイトとエルアナはそれをやってみせたのだ。

 ――私は、この人達に届く様に――いや、その遠すぎる背中を見える様になるまで、一体どれだけの時間がかかるのだろうか。

 メイの心には、そんな言葉が浮かんでいた。
 それは絶望ではなく、夢。
 焦がれ、逸る思いを抱きながら、メイはフェイトとエルアナに魅せられた。




◆◇◆◇




『しっかり作動してるわ。これでアジトまで泳がせるだけ、ね』

 エルアナからの通信を聞いたフェイトは静かに周囲を見回した。

「エルアナ。おかしいと思わないか?」
『麻薬中毒者が十五人もいたのか、って事?』
「うん。クスリ以外でも、心が荒んでいれば利用出来るって考えるべきじゃないか?」
『有り得なくもないわね。回収班に血液と尿検査をさせるわ。分かったら連絡する』
「あぁ、頼んだ。バクは?」
『多分アジトに入り込んだと思うわ。チャイナタウンの一角でGPS反応が止まってるわ。モットストリート沿いの店ね、『天道宮』っていうチャイニーズフードのお店の隣りよ』

 フェイトが専用端末をポケットから取り出し、GPS反応を受信して確認する。

「よし、場所は確認出来た。行くよ」
『ちょっと、フェイト。アナタならそれも有りかもしれないけど、そんな急に……!』
「ジャッシュに第三段階の能力許可をもらっておいてよ。銃撃戦になったら、普通のエージェントじゃ怪我をするだろ、って言ってさ」

 フェイトの言葉に通信機越しのエルアナの声が逡巡する。

『……賛成は出来ないわ、フェイト。その言い方をしたら、ジャッシュは間違いなくGOサインを出す事になるもの』
「だからそう言ってるんだよ」
『……もう、しょうがないわね……。だったら、帰ったら私とデートしなさいね。それが条件』
「ぶっ! デートって……」
『ジャッシュには私から言ってみるわ。デート楽しみにしてるわね、フェイト』

 エルアナからの通信が切れた。
 ちなみに、フェイトがエルアナが怖いのがこれである。

 無茶を言う度にデートに付き合わされるのだ。
 嫌いではないし、綺麗だなとは思うのだが、他のエージェントからの妬みが酷く、どの店に行っても、従兄弟だとか腹違いの姉弟だとかと勘違いされるのだ。

 童顔と妬みも含めて『ハイスクール』と呼ばれるのは、エルアナとペアであるが故なのかもしれないが、フェイトにとっては嬉しくないあだ名だ。

「……エルアナと俺、三つしか歳違わないのに……」

 フェイトが小さくため息を漏らした。

「まぁ良いや……」




◆◇◆◇




「エルアナさん、フェイトさん向かっちゃってますけど!?」

 メイが金切り声をあげる横で、エルアナが電話をかける。
 フェイトに言われた通り、ジャッシュに伝えると、ジャッシュは予想通りのGOサインを返す。

「メイ、アナタにお願いがあるの」
「な、何ですか?」
「ジャパニーズフードの美味しいお店、調べといて」
「へ……?」

 デートの件を知っているだけに、メイはこの言葉に唖然とした。

 エルアナのポーカーフェイスは鉄壁である。
 端から見ればデートを楽しみにしている上機嫌なエルアナを演じながら、モニターを見つめてフェイトの姿を見つめた。

「無事に帰って来なさいよ、フェイト……」

 誰にも届かない小さな呟きであった。





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