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異世界探索日記 ◇ 一日目
果てしなく続く青い空には、転々と浮かんだ白い雲が悠々と泳いでいる。
見渡す限りの自然溢れるその情景は、まさに草原。木々が生い茂る森と、お世辞にも舗装されているとは言い難い、幅五メートル程度の馬車道が申し訳程度に開け、地平線の先へと続いている。
柔らかな風に髪を揺らしながら、セレシュは「ふぅ」と一つ小さなため息を漏らした。
「予定通りやな。陽、どうや?」
金色の髪は蛇状に戻り、背に生えた翼をバサっと音を立て、文字通りに羽を伸ばすセレシュ。
その本来の姿に、肌着の上から革であしらわれた胸当てに腰当て、そして靴は膝下まで届くブーツ。腕には肘に届かない程度までの腕当てと、肩当て。
軽装とも取れるが、ゴルゴーンであるセレシュは、装備に対しての期待はそこまで抱いてはいない。
愛用の、柄に意匠のこしらえられた細剣を鞘に収めているセレシュの姿は、さながらゲームやマンガの中に出て来る様な、『冒険者』を彷彿とさせる。
「うわぁ……っ!」
声をかけられた事も意に介さず、周囲を見回して爛々と瞳を輝かせる陽。
自身の服が変わっている事に気付き、その感触を楽しむ様に身体を動かしては布を触っている。
白い上下の長袖の肌着に、茶色いブーツは脛まで覆われている。
緑色のVネック型の七分袖の服は太ももまでの長さがあり、腰は黒いベルトでしっかりと留められている。
見た目の割に、セレシュがかけた防御魔法によって、その性能は見た目からは想像も出来ない代物である。
「着心地悪かったら言ってな? 今の内に直さなあかんくなるから」
「ううん! 大丈夫!」
咲いた花の様な笑顔で答える陽の頭を、セレシュが小さく微笑んでくしゃっと頭を撫でた。
「それと、これは護符や。もし何かあったら、使うんやで」
セレシュが陽に、長方形の白い髪に不思議な紋様が描かれた紙を数枚渡し、その使い方のレクチャーを開始する。
――何故彼女達が、さながらファンタジーの様な世界にいるのか。
それは、セレシュの趣味とも言える神具・魔具研究が関係している。
研究用の素材が足りなくなった事をきっかけに、セレシュはこの『異世界』へと旅立って来たのだ。
この世界の鉱物や草木、そういったあらゆる物には、『魔素』と呼ばれる魔具の力の源が宿っている。
セレシュが持っている不思議な魔具の中には、こういった『異世界』へと渡航する事が出来る物があり、こうしてこの世界を訪れる事が出来る、という訳である。
『現行世界』――つまり、今セレシュや陽が生活している世界――では味わえない冒険。
陽にとっても色々な自然を知り、経験し、成長する事が出来るのではと考えたセレシュは、こうして今回陽を連れて来たのであった。
「これが『異世界』やで、陽。文明レベルは、『現行世界』で言う所の中世ヨーロッパ辺りに近いんや。人も育み、生きとる」
「中世ヨーロッパ……。国毎に分かれ、絶対的な権力者であり、象徴である王が営む社会?」
「まぁ解釈はそんなトコでえぇやろ。せやけど、圧政を強いている様な国はないんとちゃうかな。まぁ世界の歴史に残っとるんは残忍な事件ばっかりやけどな。うちはこの世界の人々は嫌いやない」
セレシュの言葉に陽が首を傾げる。
「でも、この近くに人いないよ?」
「ここは人里から離れた場所やからなぁ。うちも見ての通り、变化の魔術解いとるやろ?」
「うん。“こっち(異世界)”の世界は変身しなくても良いの?」
「人前やったら変化の魔術はせなあかんけどな。まぁ“向こう(現行世界)”と違うて、こっちの世界でも珍しい見た目なのは変わりないんやけど、「いるはずない」様な見た目やないんよ」
どうにも的を得ないセレシュの答えに、陽はそれ以上聞く事はしなかった。
「おっしゃ、行くで。なるべく安全な道通るけど、気ぃつけて付いて来るんやで?」
「うん」
セレシュと陽が歩き出す。
目指すは、平原の続く道とは逆にある、山の中。
◆◇◆◇
陽の言っている言葉は、まさにその通りではあった。
この世界には魔法が存在し、魔物と呼ばれる獰猛な生き物もまた存在している。
しかし、金色の翼を広げ、蛇状の髪をした少女を見ればどう反応するか。それは国や場所によって様々なのかもしれない。
神殿の守護神として生まれてきたセレシュ。
その名が示す通り、神として崇められる可能性もあれば、悪魔として淘汰される可能性もある。
この辺りはセレシュもまだあまり確定的な情報を得ていない。
と言うのも、素材としての興味はあれど、住まう世界が違う者同士が接触してどういった影響を及ぼすのか。
その不確定要素と、個人的興味。
天秤にかければどちらが重いかという結果は、火を見るより明らかである。
その事をセレシュに教えた本人はと言うと、まぁこれはセレシュの記憶に留めておこう。
「おっちゃんは個人的興味に負けたんとちゃうか……。まぁ、感謝はしとるんやけど」
つまりはそういう事だ。
もちろん、文明レベルにまで干渉せずに接する分には問題ないだろうが、『現行世界』の技術をこの世界に伝えてしまえば、どうなるか解った物ではない。
◆◇◆◇
山道に入ったセレシュと陽は、行く先々で草木を見ては素材としてどういった物なのか、等を陽に教えて歩いていた。
見る物すべてに目を輝かせてしまう陽に、今は未だ未知への恐怖などは持ち合わせていない事をセレシュは感じていた。
色々な事を学ぶ為には、多少の『恐怖』を知らなくてはいけないのかもしれない。
セレシュはそう考えていた。
例えば、「命は尊いものだ」という標語の様な当たり前も、「何故尊いのか」を知らなければ通用しない。
そして、それを知るには、「死」を知らなくてはならないのだ。
今でこそ、セレシュの言う事を聞いてすくすくと育つ陽だが、いつまでもそうであるとは言い難い。
もちろん、陽が馬鹿な真似をするはずはないと信じてもいる。が、それはあやふやな感情の下に生まれる信用であり、何かのきっかけにそれが揺らぐ危険性を孕むものでもあるのだ。
――「まったく、子育てっちゅーのはこない難しいモンなんか」
思わずセレシュは心の中で小さく呟いた。
山道を進んでいたセレシュと陽は、綺麗な水の流れる川のほとりにいた。
山の中を流れる川の水は綺麗に透き通り、陽光をきらきらと反射させて輝いていた。
近くの大なり小なりといった岩や石。
大きさの違いに、川の流れが関係して磨り減る事。
雨の次の日などはあまり川には近づかない事など、様々な知識を陽に教えていく。
課外授業とも呼べるセレシュと陽のやり取りは、昼食と共に一時中断となった。
川縁にある大きな岩に腰かけて、セレシュはお弁当箱を取り出し、陽に手渡す。
何処から取り出したのか、というと、これは魔具ではなく魔法である。
先程草木や鉱物に含まれる『魔素』の話が出たが、これは空気中にも含まれている。
魔法を扱う上で、この『魔素』を操れば、『現行世界』では叶わない様々な魔法を使う事が出来る。
その代表例とも呼べるのが、亜空間を作り出す魔法だ。
このご都合主義さながらの魔法のおかげで、セレシュは採集に行きつつも荷物を収納していられる。
ちなみに、『現行世界』に帰る際は全部亜空間から取り出して運ばなければならないので、大きなバッグごと亜空間に突っ込んであるのだが、それでも利便性には非の付け所がない。
「陽、この世界はうちと陽のいる世界とは全然違う。楽しいやろ?」
「うんっ!」
お弁当を頬張りながら返事をする陽の笑顔は眩しいものだった。
昼食を済ませたセレシュと陽。午前中で草木の採集が一段落した為、午後からは鉱物を採集する方向に落ち着いた。
鉱物は独特な光を輝くものだが、『現行世界』の宝石とほぼ見た目は変わらない。しかし、これにも『魔素』は含まれ、『魔素』の密度や保有力が高い物を、『魔石』として利用し、魔具の核として利用する。
鉱物によって、保有している魔具の種類は変わる。
例に挙げるならば――。
透明:『空っぽ』
赤 :『火・熱』
青 :『水・冷却』
緑 :『風』
黄 :『地』
黒 :『闇・幻覚』
――と言った具合ではあるが、これは一例に過ぎない。
セレシュが来ているこの山は、どの恩恵も弱く、出来る限り透明な物の方が研究としては向いている。
透明であれば、魔法を『組み込む』事も出来るという利点があるのだ。
これも、セレシュの予備知識程度であり、全容は解明されていない。
採集にはお誂え向きに、つるはしや金棒、それにハンマーにハケを利用する。
これは陽が色々と練習し、実践させる為にセレシュが用意したものだ。
陽に指示しながら、その近くにある鉱物をセレシュが魔法を使って綺麗に取り外すが、陽は掘る事に楽しさを覚え、「魔法ズルーい!」とは言わなかった。
そう言われるかもしれないと覚悟していたセレシュも、思わず胸を撫で下ろす結果となった。
夜になり、この日は陽と二人でキャンプをする事にしていたセレシュは、薪を集め、焚き火をする。
飯盒炊爨に米と採集した薬草などを刻んで、一緒に炊く。
キャンプをする事も本で読んで知っていた陽は、自分がそれをしているんだと知ると、何処か終始落ち着かない様子でセレシュの手伝いを申し出たが、初めての冒険に疲れているだろうとセレシュが休ませ、食事の準備を終えた。
「陽、美味しい?」
「うん、美味しい!」
異世界冒険の一日目は、陽にとっても様々な経験になり、本人も楽しめた様だ。
夕闇の下、夜空を見上げたセレシュは、陽を連れて来て良かった、と静かに笑みを浮かべるのであった。
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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。
さてはて、今回は初の異世界冒険という事で、
会話主体よりは世界観設定などから入らせて頂きました。
今回のお話で色々と出した設定ですが、
あくまでも「セレシュさんの推測」に基づく不確かな
情報である事を基盤にしているので、
設定などがあったらいつでも教えて下さい。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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