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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.29 ■ 『七天の神託』





『それで、何か進展はあったか?』

 不意な武彦からの質問に、美香は言い淀む。

「……んー、なかなか難しいですね……」
『そうか』
「そっちはどうです?」
『どうも虚無の境界が派手に動き出してるみたいだ。エヴァには逃げられちまったが、もう片方は様子がおかしい。何か情報を持ってないかと思ったんだが、知らないか? 能力者として考えるにはちょっとばかりおかしな力だったんでな』

 美香の表情が強張り、小さく息を呑んだ。
 この言葉が美香の判断を後押ししたのだった。

 三つの地点に分かれて虚無の境界とぶつかった際の戦闘。その話は、シンが接触した時に情報を共有している。

 つまり、武彦や百合ならば、魔神化の可能性を視野に入れる。わざわざ美香に確認するかの様な連絡をする必要はない。

 にも関わらず、電話の相手は質問をぶつけてきた。

 ――つまり、この電話の相手は『武彦ではない』可能性を示唆した事になる。

「……分かりません。それより、草間さん。いつもより定時連絡“早い”時間でしたね」
『あぁ。今回のこの件は急ぎで確認したかったからな』
「そうですね。私も力になれれば良かったんですけど、ごめんなさい」
『いや、良いんだ』
「じゃあ、何か解ったら連絡ください」
『あぁ。なるべく定時に連絡する』
「はい。気を付けて下さいね」

 ブツっと通話が切られる音。そして、携帯電話は待受画面へと戻っていた。

「……探られてる……」

 情報を探り、侵入している事を危惧している連中がいるという事。
 こうなる可能性がなかった訳ではない。IO2に入り込んでいる以上、それを知られればこうなる事は至極当然と言える結果なのだ。

 憂の話した通り、『七天の神託』が虚無の境界と繋がっているのであれば、美香の存在は危惧されてもおかしくはない。
 しかし、IO2自体には美香の資料もなく、大仰に美香を捕らえるのは難しい。

 そこで敵は、美香の情報をどう手に入れているか。何処まで知っているのかを探ろうとしてきたのだろう。

 美香の持ち前の思考能力の高さが、その答えを弾き出す。

 なら、尚更憂との協力体勢だけは知られる訳にはいかない。

「……草間さん達との連絡は、しばらく普通の会話だけにした方が良さそう……」







◆◆◆◆






「――という具合で、どうにも情報を持っている気配はありませんね」
「なんや、たいした事ないんやなぁ」

 報告を受けた、赤みがかった黒髪の少女。その髪は短めで、クルクルと自由に動いている。

 歳は十代中盤といった所だろうか。

 ギシっと軋む椅子に背を預け、目の前の机の上に足を放り出す。黒い底が厚めの靴を履き、ハイソックスは黒と赤のボーダー。ホットパンツを履いていて、上着は黒いパーカーに、胸元には幾つもの缶バッヂをつけている。

 退屈そうにくあぁっと欠伸をして、その小さな口には棒つきの飴玉の棒が伸びている。

「下がってえぇよ。期待ハズレやわ」
「ハッ」

 ホテルの一室とも取れるその部屋で、少女は一人、去っていくエージェントを見送って椅子から立ち上がった。

「ホンマ、“IO2は”たいした事ないんやなぁ」

 呆れ混じりの言葉とは裏腹に、窓に歩み寄り、その窓に映った少女――アイの顔は、笑みを浮かべていた。

「えぇやん、深沢 美香言うたな。ただの駒やないっちゅー事か」

 クスっと笑ったアイの口元。独特な八重歯を覗かせ、ガリッと音を立てて飴玉を噛み砕いた。

「久々の頭脳戦としゃれこもうやないの」

 アイの考えに、憂が美香に関与している可能性は今の所は皆無だ。

 天才と呼ばれるタイプだが、あの二人はどうにも噛み合いそうにない。真面目で頭がキレるタイプの美香と、天然で思考が飛ぶタイプの憂では、水と油。

 故に、恐らくは侵入して自力で情報を探ろうとしていると考えるのが妥当だと当たりをつけている。

「……ククッ、あかんなぁ。楽しゅうて緩んでまう」






◆◆◆◆






 ――翌朝。
 起きて早々に美香は憂のいる研究室へと足を運んでいた。

「おはようございます、メイド君」
『おはよ。はい、これ』

 円柱型の側面が開かれ、ホットコーヒーの入った簡素な紙コップを手渡される。

「ありがとうございます」
『別に良いわよ、こんなの。お腹空いてるんだったら言いなさいよね』
「ちょっと空いてます」
『何よ、アンタ自分で料理ぐらいしなさいよね。ちょうど余ってるからコレあげるわ』

 更に別の側部が開き、チーンと軽快な音を立てて焼きたてのトーストに苺ジャムが塗られ、美香の前に差し出される。

「わぁ、有難う御座います。さすがメイド君ですね」
『フフン、そりゃそうよ。アンタもだいぶ判って来たみたいじゃない』

 ちょっと褒めるだけでメイド君のモチベーションはうなぎ登りになる。

 ちなみにこれも、憂がつけた『強制デレ機能』によるものだそうだ。「デレる姿を堪能したい時には褒めるのが良いんだよっ」とは憂の言である。

『それと、弐号機の中も掃除しといてあげたわよ』
「ありがとー」
『かっ、勘違いしないでよね!? 汚いのを放っておくのが嫌なだけなんだからっ』

 ウィーンと電子的な音を立ててメイド君は何処かへと走り去って行くのであった。

「あ、美香ちんおはよー」
「おはようございます」
「昨日もしかして、美香ちんの所に変な電話かかってきた?」
「えぇ、草間さんを名乗って探ってきた人がいましたね……。でも、何でそれを?」
「やっぱりねぇ。せっかくだから、この資料に目を通しながら聞いて」

 液晶をタッチパネルで操作して、憂がそれを手渡した。

「これは、昨日の“アイ”さんですか?」
「私が調べた情報と、考察だよー。世間には出回ってない逸品ですっ」
「それは、そうですね……」

 美香がモニターを見つめる。


 赤黒い短めの髪をくるっと跳ねさせる少女、アイ。
 活発な女の子の様な服装をしているが、聡明な顔立ちと、その容姿とは不釣り合いな程の鋭い眼光。

 人をパッと見た時に、「この人は仕事が出来そうだ」という判断は顔つきや雰囲気、佇まいから判断する事は少なくない。
 それは、人を選ぶという特有の仕事をしていた美香だからこそ、その選別眼は養われているのだが、画像を見ただけでそれを窺える者がどれだけいるかとなれば話は別である。

 明らかに普通の少女とは呼べない空気は、粗い監視カメラの画像からでも十二分に伝わってくる。

「どういう印象を受けた?」
「……とても頭がキレそうな、賢い印象ですね。ですけど、服装から察するに、まだ何処か感情の起伏が激しそうな節は感じます」

 美香の推論に、憂は思わず頬を緩ませた。

「凄いね、美香ちん。ホントにこの騒動が終わったら、私の所で働いていて欲しいぐらいだよ」
「え……?」
「美香ちんの推論は私が抱いた感想と一緒。多分頭はキレるし、何より自信に満ち溢れてる佇まい。これだけでも、やっぱり只者じゃない事は私も判る。でね、ちょっと彼女の周囲を調べて監視網を張ってたら、見事に美香ちんに接触してる形跡があるんだよね」
「それが、昨日の電話ですか」
「うん。多分アイって子の指示で美香ちんに探りを入れてると思う。何か話しちゃった?」
「いえ、雰囲気がおかしかったので、何も掴んでいない振る舞いを貫きました。もしも草間さん本人だったとしたら、定期的な連絡で確認してから調べるつもりですので」
「うん、正解だね。こっちから連絡したら辿られる可能性もあるし、逆探知するには時間がかかるから、その方が良いねぇ」

 憂の隣りにメイド君が寄り、コーヒーを差し出す。

 真剣な話をしている時は、こうして何も喋らないという、「KY機能――『空気読める機能』――を搭載している」というのも憂の言だ。

「ありがと、メイド君。それで、美香ちん。アイって子は確実に美香ちんにブラフを仕掛けてくるよ」
「ブラフ?」
「うん。多分昨日のその報告を聞いたアイって子は、美香ちんを注意すると決めたはずだよ。こういうタイプは、敵と認めたら確実に仕掛けてくると思う。自尊心が強くて、相手の心を折ろうとしてくると思う」

 憂の推測は、恐らく二手三手先まで詰んで攻撃をしてくるだろう、というものだ。

「それは……そうかもしれませんね」
「だから美香ちん。敢えてそれに乗ろうと思うんだよね」
「乗る、って……。つまり、同じ土俵で戦うという事、ですか?」
「うん。武ちゃん達が実動している以上、今は向こうを気にしていても埒が明かない。だから、私と美香ちんはこの挑戦を受けて、アイって子を引きずり落とす。情報がないなら、自白させれば良い」
「自白……。でも、あのタイプはそう簡単に負けを認めるタイプでもないかもしれません」
「うん。だから、こっちも挑発してあげるの。しばらくはお互いにお互いを引きずり落とし合うゲームだね。もちろん、美香ちんと私は協力してるから、ハンデはこっちにあるけどね」

 クスッと嗤う、今までに美香の見た事がない憂の笑顔は、どうしようもなく冷たいものだった。

「まずは二択。攻めを中心とするか、受けを中心とするかだけど、それは美香ちんに任せるよ」
「攻めと受けって、その表現はどうかと……」
「まぁまぁ。どっちに転ぶかは見てのお楽しみだからね」

 美香と憂、そしてアイの頭脳戦の火蓋が切って落とされる。






                      to be countinued...


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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

さて、しばらくは情報収集ですが、
何はともあれ、疑ってかかった事は正解でした。
疑わないで話していたら、アイとの接触方法が変わる、という
ギミックだったのですが、見事に同じ舞台に立ちました。

次の選択肢は、攻撃するチャンスを探して攻撃に出るか、
或いは防御に回ってジリジリと凌ぐか、といった所です。

さりげなくメイド君はヒューマノイド作成中ですが、
今後の展開でツインテールヒューマノイドになるのかっ!?←

……脱線も良いトコですね。

それでは、今後ともよろしくお願い致します。

白神 怜司