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その名が示す物―V
チャイナタウン。
ひしめき合う異文化の交流、とでも言うべきだろうか。英語に漢字、様々な店が建ち並ぶそこは、騒がしい程のネオンに彩られている。
大きな道路が幾つかの道を交差さる中、モットストリートはどちらかと言えばメインストリートとは違い、そこまでの騒々しさはなく、少しばかり閑散としている印象を受ける、言うなれば玄人向けの道と言えるだろう。
そんなモットストリート沿いに建ち並ぶ『天道宮』の隣に立てられた雑居ビル。
かの興信所を思わせる様な雑居ビルは、古臭い印象を漂わせている。素人目に見ても危ない雰囲気を漂わせるその妙な存在感を前に、フェイトは小さく息を吐いて耳に手を当てた。
「エルアナ。補助頼んだ」
『オーケー。ちゃんとつけてよね』
「はいよ」
フェイトがエルアナとの通信と共に、薄めの色をしたサングラスをとりつける。
これはIO2で開発された、サポーター用の視界認識をする為の小さなカメラがついている。
その性能が、これである。
フェイトが中に入ると同時に、催眠状態になった男達が銃を放ってきた。
寸前、フェイトは横に隠れ、銃撃を免れる。
『オーケー、解析完了。L2CL1、R2』
「了解」
フェイトが物陰から姿を現し、指示された位置に連続して銃を放つ。
サイレンサーのついた銃口から独特な音をした銃声が鳴り響き、五人の男が倒れた。
相手の位置を把握し、その位置をサポーターが瞬時に解析し、敵の人数と位置を把握し、それを伝える。
それぞれのチームによって伝える方法は違うが、フェイトとエルアナの場合はシンプルな指示方法を好み、R/S/L(Right/Center/Left)で指示を出し合う。
ちなみに、このフェイトが使っている銃は実弾ではなく、衝撃弾と呼ばれ、言うなれば殺傷能力の低い弾丸を使っている。
それに、フェイトは思念の位置から敵の情報を察知する事も出来る為、エルアナの指示と共に細かい場所を選び出せる。
つまり、攻撃を外す事はないのだ。
「おいおい……。なんか見た事ある人混ざってるよ」
『……あらホント。それ警官だし、そっちのはテレビショーで騒いでる人じゃないの』
「はぁ。エルアナ、もうショックマガジン勿体無いから、能力使うよ?」
『オーケーよ』
◆◆◆◆
「エルアナさん、フェイトさんの能力って?」
「ん? あら、アナタ知らないんだ?」
サポート中に細い煙草に火を点けるエルアナ。本来であれば減給かクビにでもなりかねないこの行為も、エルアナは別に気にしていない。
決して鼻にかけている訳ではない。ただ単純に、上司を論破したのだ。
スモーカーは要所で煙草を吸う事で仕事効率を上げれるのだ、と。
もちろん、もともとヘビースモーカーではないが、吸う時は吸いたいと言うのはエルアナの言でもある。
「はい。フェイトさんって、銃撃戦と近接格闘だけでも十分点数高いですよね? 能力って一体……?」
「フェイトはね。能力が“強過ぎる”のよ」
「え……?」
「一歩彼が使い方を間違えたら、私達が一瞬で廃人になる事も有り得る程にね。まぁちょうど良いわ、見ておきなさい」
エルアナの言葉にメイがモニターを見つめる。
次のフロアに入ったフェイトに向かって、数名が一斉に銃撃を放つが、フェイトは避けようともせずに歩いていく。
これには映像を見ていたメイも驚き、声をもらした。
「え……っ!?」
「サイコキネシスよ。ほら、ここ。銃弾浮いてるでしょ」
エルアナの言葉に、映像を見つめたメイが口を開けて唖然とする。
『ほっ』
何処か力の抜けた声と一緒に、画面にノイズが走り、映像越しにバタバタと人が倒れていく。
「……エ、エルアナ、さん……」
「見たでしょ。今の彼と本気で戦うなら、多分毒ガス充満させるしかないわね。まぁ、それも意味ないでしょうけど」
「え……?」
紫煙を巻き上げながら、エルアナは小さく笑っていた。
◆◆◆◆
「――やっぱりあった。エルアナ。別働隊にビル内の倒れてる人達も検査お願い」
『……もう、ホントに一人で片付けるなんて』
呆れと驚嘆の入り混じる、エルアナの言葉。どこか予想通りだったという感情と、心配は心配だという複雑な感情が紡いだ言葉である。
『それにしても、大物は逃げ遂せたみたいね。GPS反応も止まってるし、着替えたみたい』
「用心深いね」
『まったく、まるで他人事ね。どう? 何かありそう?』
「んー、最上階まで調べてみたけど、特に何も。でも慌ただしく逃げた形跡もあるし、麻薬を持って逃げたって考えるのが妥当かな」
勇太の足元に落ちていた、水色の錠剤。
最近アンダーグラウンドで広まっている『フェアリーダンス』と呼ばれる麻薬の錠剤であるそれは、錠剤型ではあるが、これを砕いて炙り、吸引するという少々変わった服用方法を用いる代物だ。
手近にあった机の上にそれを置き、勇太が階段を降りて行く。
既に別働隊が駆け付け、気絶している構成員達を運び出している職員達。フェイトを見て声を漏らす者、敬礼する者。三者三様のリアクションが飛び交う中、フェイトは一階に戻った。
「さすがだな、ハイスクール」
「あはは、その呼び方もうやめて欲しいんだけど……。それより、ちょっとそこ調べさせてもらうよ」
「あぁ、構わないぜ。どうしたってんだ?」
声をかけてきたのは別働隊の部隊長をしている、ヨーハンだ。さながら仕事の出来る東洋系の二世である彼は、どちらかと言えばフェイトとは親しい。
そんな彼を横に、フェイトは手を翳し、大きなロッカーをサイコキネシスで弾き飛ばし、その奥にあった地下への階段を発見する。
「ビンゴ」
「相変わらずの規格外野郎だな。援護は?」
「大丈夫。ここを頼むよ、ブザー」
「誰が“呼び鈴”だ。まぁ良い、気をつけろよ」
彼の愛称を口にして、フェイトは地下へと駆け出す。
余談ではあるが、彼に用件を伝えると、瞬時に上層部に報告され、その対処が早い。その事から、ヨーハンは上層部への“呼び鈴”、ブザーと呼称されている。
閑話休題。
逃げ道を見つけた理由は簡単だ。
思念を追い、その通った場所を認識し、そこから逃走経路を炙り出す。
あとはこうして、フェイトが追いかけるだけ、という訳だ。
「あらまぁ、こんな所にまで」
『懲りないわね。フェイト、急いで』
「分かってるよ」
光量の少ない地下の洞窟。
お手製、とでも言うべきだろうか。岩肌が剥き出しになっているそれは、明らかに元々用意されていた物ではない。逃走経路に用いる為に作られた道だろう。
そして、催眠状態のさながらゾンビの様な男達。
しかし光量など、フェイトの前にとってはたいした意味もない。思念を追い、気配を察知し、一撃の下に彼らを沈め、地下を駆け出す。
「エルアナ。この地下道、何処まで続いていると思う?」
『ちょっと待って……。オーケー。配管と掘り進める方向を考えると、多分イーストリバーね』
エルアナが地下の構造を調べ、物理的に掘削が可能な道筋を割り出して答える。地下道を駆け抜けながらフェイトはそのエルアナの答えにため息を漏らした。
「イーストリバーって……。よくもまぁ、掘ったねぇ……」
『麻薬の売買より、強制労働の方が健康的で良いと思うわね』
「違いない。とりあえず追うけど、援護はいらない。上空から監視だけしてくれれば良いよ」
『ちょっとフェイト? ここまでやったんだから手柄の横取りなんて――』
「――違うよ」
エルアナの言葉を遮ったフェイトの声は、真剣味を帯びていた。
「バクの能力が強化されている、とは考えられない。だとすれば、多分ボスか誰かと一緒に逃げてるはずだよ。そうとなれば、ボスは何かしらの能力者だと思う」
『……成る程ね』
「それに、バクが下に付くって事は、隠れ蓑になれるだけの力を持っていなきゃいけない。そう考えれば、やっぱり能力者だよ」
『そう、ね。判ったわ、上空からの監視に回って、近くを見晴らせる』
◇ ◇ ◇ ◇
「何とかなったみたいだ……。助かりましたぜ、ダンナ」
「IO2が関わって来るとは思わなかったな……。しかし、IO2と言えど、私の敵ではないのだがな。どうせならば全て返り討ちにしてやっても良い」
「そんな事をしても、すぐに増援が来るぜ? それより、無事に逃げ遂せる方が大事ってモンさ」
バクはそう言いながら、川を走らせるクルーザーを操縦して、小さく舌打ちした。
バクの後ろで座っている男、通称ヴィクター。
三十代中盤程度の、インテリ系。細身でスーツを着こなし、つり上がる小さな瞳。金色の髪はオールバックで固められている男。
今回バクの背後を担う男だった。
彼も能力者であるが、バク以上にタチの悪い力を持っている。
戦闘に特化している訳ではないが、この男は“とある薬”を使って能力を手に入れていた。
念動力。
バクもヴィクターも知らない、フェイトに近い力を持っている。
しかし、ヴィクターの力の使い方は実に狡猾な方法だ。
脳外科医として名を馳せていた彼は、その力を使って脳の中を直接いじる。言うなれば、血の出ない脳手術、とでも言うべきだろうか。
構造を破壊し、バクの手駒を増やすという方法。
それを利用しているからこそ、バクとヴィクターの相性は良いと言える。
「それにしても、せっかくの駒が台無しだ。また集めなくてはな」
「まぁダンナと俺なら、それも簡単でしょうね。今回はIO2の厄介な野郎に見つかっちまいましたし、ロス辺りまで飛びますか――」
「――飛ばしてやろうか?」
バクの心臓が凍り付く。
いるはずのない男。
聞こえるはずのない声。
ヴィクターと共に、その声に視線を向けた先。船首に立っていた、黒いコートの男。
「……な、んで……」
「逃げれると思うなよ。お前達は絶対に逃さない」
フェイトの瞳には強い意思が宿っていた。
「(逃げられたら、帰れないだろーっ!)」
……個人的な意思ではあるが。
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