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Episode.30 ■ CHESS
チェス。
白と黒の陣営を操るマインドスポーツの一種。
六種類、十六個の盤上の戦士達を動かしながら、敵のキングを攻め落とすゲーム。
――アイの作戦はいつもこのチェスに見立てられている。
ホテルの椅子に浅く座り、背もたれに身体を投げ出していたアイは、身体を起こし、盤上の黒いポーンを一つ蹴り落とし、白のポーンを一手動かす。
ポーンのみが中央にせり出した構図を見て、アイはブツブツと口を動かしながら、自身の陣営を数手動かし、敵の陣営である白い布陣も数手動かす。
状況はイーブン。
まさに睨み合いが続く布陣となったそれらを見つめ、アイはしばしの静寂の中、その瞳を閉じた。
「……相手は相当頭のキレるタイプや。多分、昨日のヘマを見逃してくれへんやろ。せやけど、ターンはうちの番や」
投げ出した足を再び市松模様のボードの横へと投げ出し、思案する。
「IO2[ポーン]はあくまでも陽動にしか使えへん。せやったら、うちが自分で動くか、信用出来る手駒が必要や。ルークかナイトか、或いはビショップ。うち[キング]が自分で動くには、まだまだ時間がかかるわ」
何処か楽しげなアイの言葉は、静寂に満ちた室内に響き渡る。
「せやったら、掻き乱すのが常やろうな。コイツでいく方がおもろいやろ」
アイの身体が再び盤上へと伸びる。
その手に取ったのは、ルーク。
縦横無尽に動き回る、直線の戦士。将棋で言う所の、飛車。
そして彼女はスマホを手に取り、電話をかける。
「……うちや。社交辞令はいらん。それより、おもろそうな事があるんやけど、一枚噛んでみいひん?」
受話器越しの声は、何処かか細い女性の声。
ルークの印象とは何処か遠い。
「決まりやな。せやったら、早速頼みたいんやけど……――」
アイがルークを盤上へと乗せる。その位置は、まさに敵地。
前方のポーンを取り払った彼女の作戦が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇
時を同じくして、憂の研究施設では憂が笑顔を浮かべていた。
「出来たぁぁぁぁーッ!」
タッチパネルを「ポチっとな!」と声を出して押す。死語である事は美香もツッコミを控える事にした。
『……起動中。稼働率、上昇中。二十秒後、百パーセント予定』
機械から流れる音声に、美香は思わず古い機動戦士のアニメや、世紀末の対決戦兵器、紫色のアレを彷彿としながらその行末を見守っていた。
「シンクロ率八十パーセント超え……ッ!? 凄い、初めてだと言うのにッ! ……使えるから呼んだんだ」
何かを一人で騒ぐ憂の姿に、どうやら後者の想像が当たっていたのだと美香は確信する。
一人二役、しかもセリフが飛んでいる辺りは憂の世界観によるものだろう。
『起動します――』
「エヴ○ンゲリ――」
「――それ以上はダメだと思いますッ!」
美香のツッコミがついに響き渡った。
机の上に寝かされた、金髪の美少女が身体を起こす。何処かまだ目が虚ろではあるが、柔らかそうな唇が動き出す。
手を動かし、足を動かし、身体の動作環境を確認する。
「……問題なし。ヒューマノイドタイプ、『メイドちゃん』。起動確認。自律思考型システム。タイプ“ツンデレ”。起動します」
そう、この眼の前にいる金髪の美少女。
髪はかつての宣言通りにツインテールに縛られ、リボンは薄いピンクで長く細い。
服装は何故か白いブレザーとブラウスで、学校の制服の様な上着。腰の部分に伸びるブレザーには大きめのリボンがつけられ、スカートは赤と白のチェックのスカート。
白いツルツルとした素材のハイソックスの側部にもリボンがつけられ、靴は茶色いローファー。
何処からどう見ても高校生。そして、何処からどう見ても、“ツンデレ”。
肌は柔らかな十代を彷彿とさせるシミ一つない肌で、その見た目も感触も、まさに人間そのもの。
そして、そんなこだわりは、ある部分にもある。
その事については、これからの会話から御覧頂けるであろう。
「……おはようございます、マスター」
「おっほー! メイド君、改めメイドちゃん! おはよー! いやー、イイねイイね! 身体の不具合とかもなさそう!?」
「はい。これでマスターと同じ身体になれたんですね」
まずはこの頬の朱に染まる姿である。
「いやー、美香ちん、どう!? ツンデレと言えば、十四歳から十七歳までだと私は思うんだよっ! それに、金髪ツインテールは外せないっ!」
力説する憂にたじろぐ美香。
「ま、まぁ、お約束ですよね……?」
「王道だからこそ、紆余曲折を経て王道に還るのだよッ! それにこの制服! まさにエ○ゲーとかラブコメに出て来る制服!」
興奮がクライマックス。そんな憂が、台上に座ってキョトンとしているメイドちゃんの胸を鷲掴みにする。
「ひゃ……!?」
「そしてこれだよ! そう、ツンデレと言えば、貧にゅ――!」
「――判りましたからー!」
「何言ってるの、美香ちん! ステータスだよ、至高なんだよ!? スク水は大事なんだよー!?」
「意味が分かりませんっ!」
ゼェゼェと息を切らせる美香と憂。
「……ふぅ、テンションアゲアゲも疲れちゃうね。メイドちゃん、喉乾いた。オレンジジュースちょうだい」
「へっ、あ、ハイ」
パタパタと動作確認したメイドちゃんが、なれない身体で小走りに冷蔵庫へと向かって走って行く。「ひゃう!」と情けない声を漏らして転ぶ姿を見て、ニヤニヤする憂。スカートの下が見えた後で、「縞模様は外せないっ!」と拳を握るのであった。
「……凄いですね」
「私のこだわりを追求したからね。あの子が一般に出回ったら、世の中のオタク君達は私を神として崇めるかもねっ」
その人間らしさを作り上げた事に称賛した美香と、“ツンデレ”を作り上げた自分を褒める憂の言葉はかみ合っていない。
「それで、どうしてメイド君の完成を急いだんですか?」
「メイドちゃん、だよ。んとね、アイって子が何か仕掛けてきた時に、メイドちゃんが人型を取っている方が便利なんだよ。それに……」
「それに?」
「あの子、ユリカちんの戦闘データを基盤にしてるから、多分人間じゃ勝てないよ」
「へ……?」
フフンと小さな胸を張る憂。「ステータスでしょっ!?」と言わんばかりの自己主張をしている。
「へぇ、それは面白そうね」
「ユリカ」
ユリカが姿を表し、美香の隣りに立った。
「もちろん、基本技能は人間と変わらないけどね。バックパック装備をつければ、スピードは十分対応出来るけど、さすがにソニックブームは出せないね」
「美香、アンタ最近なまってるなら鍛えておけば?」
「戦闘シミュレートもしたいから、それはいつでも手伝うよ〜。あ、でもでも、それよりもまずは対策立てなきゃね」
「お、おまたせしました」
慣れてない身体でお盆に乗せて飲み物を運んだせいか、お盆の上にはオレンジジュースが零れている。
「あらら、やっちゃったね、メイドちゃん」
「うぅ〜〜……」
「大丈夫! 起動から一週間ぐらいでミスが減るから!」
「慣れるまで、って事ですか?」
「ううん。最初はドジっ娘ツンデレちゃんを楽しみたいから、わざとバランス感覚の調整を崩してるの」
「酷いです、マスター!」
「いっひひー! ドジっ娘ツンデレちゃんを楽しみたい私の為に、しばらくは転んでも良いからねっ!」
趣味を追求する。それこそが、天才たる所以なのではないだろうか。
そんな真理に美香が行き着いたのも無理はない。
「マ、マスターのおにー! 悪魔ー!」
タッタッタッと走るメイドちゃんの姿を見ながら、憂がまたニヤニヤと笑みを浮かべると、メイドちゃんはまた転んだ。
憂がサムズアップして満悦な笑みを浮かべる。
「さてさて、美香ちん。美香ちんには言っておきたいんだけど、アイとの戦闘でユリカちんの力は使っちゃダメだよ」
「戦闘、になるんですか?」
「どうかなぁ。やっぱり動き出すとしたら最初は頭脳戦。だけど、あの子はそれなりに実力にも自信があるタイプだと思うから、実力行使にならないとも言い切れないかなー」
「でも、今の美香の戦いはアタシの力を使って威力を向上させてる。それを使わないとなると、思考速度をあげて対処は出来るだろうけど、銃器を使われたりしたら厄介かもしれないわ」
ユリカが敢えての苦言を呈する。
ユリカの能力は【速度】。例外なく触れたものの速度を操ったり、思考能力をあげるというものではあるが、それでも身体は付いて行かないケースもある。
もちろん、脳の思考能力が上がる事で、あらゆる事態に対応は可能ではあるが、身体がついて行かないのでは意味がない。
多少は身体にも【速度】をあげる必要があるというものだ。
「難しいとは思うけど、そこの対処でメイドちゃんと訓練だね。メイドちゃんはあれでも常人以上の身体能力だから、そこは練習出来ると思う。問題は頭脳戦だね」
「頭脳戦、ですか……」
「向こうはきっかけを作って仕掛けてくるけど、多分電話はもうしてこない。直接接触して仕掛けてくる可能性の方が高くなる、かな」
「だとしたら、しばらくは様子を見るしかないね」
美香が頷いて肯定を示す。
――その頃、美香の自室の前には一人の少女が立っていた。
少女は、どこか呆然とした表情を浮かべながら扉を見つめる。
「……深沢 美香」
弱々しく言葉を紡いだ彼女は、ルーク。
「……ゲームスタート」
その表情には、一切の迷いもない。
彼女は美香を待つ。
to be countinued...
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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。
防御面の選択という事で、アイからの一手、ルークの登場です。
次回は彼女からの接触でスタートします。
そして、メイド君改め、メイドちゃんの完成です。
完全に憂が暴走していますが、彼女は美香さん陣営の
手駒として動く事が出来ます。
今回は事前準備がメインとなりましたので、
お互いの手駒を披露する形となりました。
趣味全開と熱弁。まさに憂の真骨頂でしたw
つい書いていて自分で笑う始末です←
それでは、今後ともよろしくお願い致します。
白神 怜司
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