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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


異世界探索日記 ◇ 二日目





 朝陽が山間から顔を現した。
 夜の間に下りた霜が草花を煌めかせ、澄んだ空気を深く吸い込み自らの身体を浄化する様に深呼吸する。

 金色の翼をバサっと音を立て、気兼ねする事なく伸ばす。そんな開放感溢れる朝を迎えるのは、異国情緒ならぬ異界情緒ある世界だからこそ出来るものだ。

 山岳地帯で張られたキャンプは無事に朝を迎えたのだった。





「今日も採集日和やな」
「今日は何からするの?」

 二日目の朝を迎えたセレシュと陽はテントを畳み、採集の為に近くを散策しながら話しをしていた。
 山岳地帯の中にある森の中、獣道と言える程度の道を歩いていた二人。そんな折、陽から出たこの言葉に、セレシュは足を止めた。

 異世界での採集体験も二日目となれば多少の違いが出て来る。
 それは――。

「午前中はちょっとした採集やな。昼前ぐらいになったら食料を調達せなあかん」

 ――そう、食料の調達が必要になる事である。



 付喪神である陽とセレシュに関して言えば、食料に対する執着は持たなくても問題はない。ただし、これは生きるという事に繋がる。
 食物連鎖というピラミッド型の世界に、彼女達は本来含まれるべきではないのだが、体験するという事は大きな経験となり、血となり肉となり、学ぶ糧となるのだ。

 セレシュは陽に、この体験の中で学んで欲しい事がたくさんある。
 その中でも大事なものの一つ。それこそが、食するという事だ。

 無論、その食の中に含まれる話をする必要があるのだが、これは今は置いておこうとセレシュは頭の隅に、その言葉を置いておく。



「まずは陽。これ見てみ」

 朝露に濡れた、ギザギザの葉をした草を一枚。そして、その近くにあったキノコを一本。それぞれ手に取ったセレシュが陽へと見せた。

「朝露に濡れたこの葉。それと、このキノコは濡れてなくてもえぇんやけど、魔力を秘めてるんよ。これを集めるんや。これは見本やから、これを見ながら探しといで」
「うんっ」
「あんまり離れたらあかんよ」
「はーい」

 自分にも出来る事がある事が嬉しい。
 そんな事を言わんばかりに、陽は嬉々として目を光らせながら周囲を見回していた。

 さすがに異界での生活も二日目ともなれば、様々な事に挑戦したくなる。それは、本来の陽の年頃を考えればごく自然な事である。
 様々な経験をさせるには、理解と譲歩が必要だ。そんな事を考えながら、セレシュは陽とは手分けする形で草とキノコを探して歩き回る。

 魔力の抽出には、ある一定の条件がある。
 時間帯によって魔力を帯びているもの。そうでないもの。
 その代表例が、「朝露に濡れるネシレフの葉」と呼ばれる、陽に見せたギザギザの葉をした薬草だった。

 採集出来る時間帯が限られている事。それに、まさに人の手の届かない森の中などでなくては群生しない事。そういった特殊な条件を満たす事も必要になる。

「セレシュお姉ちゃん、これは?」
「あかん、それは麻痺毒を持ってる葉や。動けなくて死んでまうよ」

「これはー?」
「ワライダケや。愉快に死んでまう」

「これは〜?」
「毒草やな。ジワジワくるで」

「……これは?」
「それは〜……なんや、それ……」

 迷いに迷った挙句に飛んでくる陽からの質問。
 パターン化していたツッコミを返そうとしたセレシュが、ふと口を閉じる。

 陽が持っていたその葉は、黄金色に染まった、針葉。セレシュもまた、そんな葉を見た事はなかった。
 帯びている膨大な魔力と見た目に、自身の知識の泉にダイブし、照合する。

「……せや。それ、“ユレスの葉”やな……」
「ゆれす?」
「魔力が高くて、とっても珍しい葉や。よう見つけたな、陽」
「えへへ」

 セレシュに頭を撫でられ、得意気な笑みを浮かべた陽が、顔をくしゃっと緩ませた。






◆ ◇ ◆ ◇






 時間が経つに連れて、朝露は消えてしまう。時間にして、朝の十時頃といった所でセレシュと陽は採集を一度停止し、食料の調達に移る事にした。

 木の実や魚を手に入れるのが、一番抵抗なく食事にありつける方法だ。
 しかし、それではセレシュの目的を達成出来たとは言えない。何はともあれ、狩猟は実際に行う必要がある。

「まずは、獣の通り道を探すんよ」
「通り道?」
「せや。足跡や糞尿の形跡なんかやな。その新しさとかを見て判断したりするのが、狩りの基本や」

 当たり前な事を教えながら、セレシュは陽に動物達の形跡を探させる。

 比較的新しい糞尿はすぐに見つかった。野兎のものだ。
 セレシュはさらに形跡を陽に探す様に伝え、自分はそれを見守りながら近くにあった細く長い、それでいて頑丈な草を縛り上げて罠の準備を始める。

 本来、ファンタジーな世界と言えば、動物をまっすぐに追って仕留めるイメージがつく。しかし、罠を使って捕まえる事が、ある意味では最も大切な事でもあるのだ。

 勢いで仕留めるのではなく、向かい合う為に必要な事。それを陽に教える為に。

「セレシュお姉ちゃん。あそこの小さい洞窟に続いているみたい」

 陽がセレシュに声をかけ、野兎の住まう洞窟を見つけて指差した。

「上出来や。ほな、陽。早速やけど、捕まえるで」
「うんっ」

 セレシュはそう言うと、先程編み込んだ草を大量に巣穴の前に散らばらせた。
 セレシュが作ったのは、魔法を使った簡単な罠だった。触れた動物の身体に巻き付き、自由を奪う草の蛇を造る。

 あとは兎を驚かせ、巣から飛び出させるというものだ。

 巣穴に向け、直径にして十センチ程度の石に魔法を組み込み、投げ込む。
 爆竹の破裂するようなけたたましい音が鳴り響き、中から二匹の茶色い野兎が逃げ出す様に飛び出し、セレシュの作った罠によって、野兎の身体は自由を奪われ、身動きを封じられた。

「肉はあれでえぇな。陽、キャンプを張った川辺に戻るで」
「う、うん」

 体長にして六十センチ程度の野兎を一匹ずつ抱え、二人は一度引き上げる事にするのだった。





―――。





 小川に戻る間、陽は野兎を大事そうに抱えてついて歩く。
 動物を飼う事のないセレシュの暮らしでは、こうして動物と触れ合う事もない。愛着が沸いてしまえば、陽はきっと躊躇うだろう。

 小川に着いたセレシュは、野兎を寝そべらせてからゆっくりと口を開いた。

「陽、この野兎を殺さなあかんのは分かる?」
「食べる為に?」
「そうや。うちらが普段食べとる肉も、誰かが動物を殺してその生命をもらっとる。この世界ではうちらは自分で捌く必要があるんよ」
「……うん。でも……可哀想」
「せやな。だからこそ、しっかりと感謝せなあかん。植物が動物を育み、動物を食べて人は生きて行く。うちらは元々、食べなくても生きていける。せやけど、人間はこうして生きる為に生命を刈り取らなあかん」

 セレシュの言葉に、陽は神妙な面持ちで小さく頷いて答えた。

「今日は見とくだけでえぇんやけど、今から食べる準備をするんや。生命をもらう為に、目逸らしたらあかんよ。気持ち悪くなったらしょうがないけど、それでも、この現実から目を逸らす事は許されへんよ。えぇな?」

 二度目の頷き。

 セレシュは陽の頭を撫で、ナイフを手に取った。







 血抜きを済ませ、毛を火で炙る。
 食肉と化していくその様子を見て泣き出すのではないか。懸念していたセレシュの勘は、若干の外れを見せた。

 陽はその様子を、ありありと観察し、受け止めたのだ。

 付喪神という立場であり、生命に対する感情が希薄なのかもしれない。かく言うセレシュは、昔この陽の立場になった際は目を逸らしたくなった。

 全ての作業を終え、気分転換に食肉を亜空間へと放り込んだセレシュは、陽を連れて再び散策に回る。
 陽は何処か淡々としながらも思う所があったのか、口数が少なく、動物の死と生命を貰うというセレシュの言葉を真摯に受け止めようとしていた。






◆ ◇ ◆ ◇






 再び採集作業に戻ろうとした二人を待ち構えていたのは、魔物との邂逅であった。

 背に白い羽を生やした人間の様な身体。裸体にも近いその身体で飛んで現れたのは、その身体と歌声で旅人を魅了すると言われる、山の守り。ハーピーだった。

 一見すると出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ女性が、胸元と腰に毛糸を巻いている様な服装で翼を生やして飛んでいる。そんな印象を受ける魔物だ。

 しかし、魅了《チャーム》と呼ばれる魔法を使っており、意識を奪う彼女達は、谷に誘い、旅人を落とすという、見た目に反して狡猾な魔物だ。

「――フフフ、残念。女と子供じゃ、楽しめないわ」

 クスクスと笑うハーピーがセレシュと陽を見つめてせせら嗤う。

「何が楽しめない、やねん。陽、気をつけるんよ。魅了《チャーム》は男にはキツい魔法や。しっかりと……――」
「――ん? セレシュお姉ちゃん、あの人知り合い?」
「いや、知り合いやないけど、魔物やで。それより、何ともないんか?」
「何が?」

 付喪神である陽を前に、ハーピーの魅力など何がある訳でもない。
 冷静に考えれば、陽には人間の三大欲求というものがほぼ皆無だ。幼い事など関係のない魅了《チャーム》を前にした所で、それが変わるはずもない。

「き、効かないの……?」
「まぁウチは女やし、陽はこの通りやな」
「フ、フザけないで! アンタみたいなぺったん――」

 ピシッと音を立て、ハーピーの身体が石化し、浮いていた身体が無様に落ち、身体が砕ける。

「……」
「……」
「……セ、セレシュお姉ちゃん?」
「……なんや」
「……き、気にして――」
「――まったく。あんな服装して魅了《チャーム》なんて。あかん。教育に害をなす存在や。ほんま、ああいうのに拐かされたらあかんよ、うん」
「……うん……」
「……陽、別にうちは気にしてへんよ」
「……うん」




 ――その夜。
 兎は美味しく食べれたが、セレシュが何かと自分の胸元を確認する様に触れてはため息を吐く姿を見て、陽は『空気を読む』事を覚え、その日は早く眠る事にした。

 願わくば、明日の冒険はハーピーとは会いません様に、と祈りながら。





                      to be countinued...




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いつもご依頼有難うございます、白神 怜司です。

異世界探索日記二日目、なかなか色々な事がありました。

セレシュさんのコンプレックス?が露呈するという事態になり、
なかなか大変な陽でした←

しかしそれを気にしていたとh(石化


お楽しみ頂ければ幸いですw

それでは、今後ともよろしくお願い致します。

白神 怜司