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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


その名が示す物―W






「――まるで悪い夢でも見ている様な気分だ」

 人はあまりに絶望的な状況に追い込まれると、あたかも自分の事を第三者的な立場で分析する傾向があるという。

 バクの今が、まさにそれだった。

「こっから先は通行止めだ」

 クルーザーの船首に現れた黒いコートの男。
 いるはずのない相手。つい先程まで、そこに人影はなく、隠れていた形跡もない。

 なのに、何故こいつはいるんだ。

「今頃は俺達のアジトで蜂の巣になっているか、せめて足止めぐらいにはなっている筈だろうが……ッ!」

 ダンッと叩きつけた腕。大きくむかれた瞳。
 もはや恐怖ではない。その胸にあるのは諦めの一択。それは最悪な想像が浮かんできたからだ。

「……お、お前……、まさか、能力者、なのか……?」

 バクの言葉に、前方の男は何も答えない。ただ不意に、口角が釣り上がった。

 ゾクッと血の気が引く感触。
 紛れもなく、こいつは“化け物”である可能性が高い。バクの心臓が警鐘を鳴らす。

 能力者は、能力に溺れているタイプが多い。圧倒的な力を前に、肉弾戦なんて意味を成さないからだ。
 バクはそれを知っている。

 しかし、前方の黒いコートの男。東洋人の幼い顔をしたあの男は、そうではない。

 自分の能力で操った者を肉弾戦で圧倒する、“危険人物”。
 それが、能力を持っていたとしたら、それは大きく意味を変え、“化け物”と呼ぶのが相応しいではないか。

「とりあえず、止まってもらうよ」

 手を翳した“化け物”。その瞬間、急にクルーザーが止まって身体のバランスを崩しかけた。

 止まったんじゃない。周囲の景色が降下し、クルーザーは空に浮かんでいる。

 慌ててバクは顔をあげるが、目の前には漆黒の闇が広がっていた。

「――寒いから気をつけて」

 バキッと側頭部に痛みを感じ、バクはそのまま身体を投げ飛ばされた。
 そして、奈落の様な真冬の川へと吸い込まれていく。





◆◆◆◆





「――チィ」

 その後方から聞こえてきたヴィクターの声に、フェイトは後方に飛んだ。途端、フェイトの眼前で“ある物”が目に映り、何もないその場所が燃え上がった。

「ほう、今のを避けたか。勘の良い猿だな、イエローモンキー」

 後方に飛んだフェイトに向かって、ヴィクターは嘲りを混ぜて口を開いた。

「だが、偶然は続かないぞ」

 パチンと指が鳴らされ、フェイトの眼には再び“ある物”が映った。フェイトが横へ飛ぶと、再びフェイトの立っていた場所が燃え盛る。

『フェイト、何が起こってるの!?』

 通信機から聞こえたエルアナの声に、フェイトはふぅっとため息を漏らしてから口を開く。

「……恐らく、念動力の能力者。パイロキネシスを使ってきてるね」
『パイロキネシス……、自然発火!?』
「ほう、見破ったか。それにさっきの船といい、私の力と似ている能力者か?」
「別に教えても知られても差し支えないから言っておくけど、まぁそんなトコだね」
「笑わせてくれる。ならばその脳、見せてもらうぞ!」

 ヴィクターがフェイトの脳をいじろうと念動力を発動させる。
 捉えた、そうヴィクターが思った次の瞬間、念動力は一瞬にして消し飛ばされ、フェイトに届く間もなく消滅した。

「――ッ、な、何故だ! 何をした!?」
「……別に。そこは教えても仕方ないでしょ」
「〜〜ッ、おのれ……! 死ねぇぇ!」

 ヴィクターが叫び声をあげて手を翳すと、さっきよりも大きな炎の塊が生まれ、フェイトの身体を飲み込んだ。燃え上がる炎が、火柱をあげる。

「どうだッ! これ程の炎なら、対抗出来ないだろう――!」
「――空気中を“歪ませて”高速で摩擦を起こし、熱を発動させるパイロキネシス能力。それに空気を押し出し、簡単な炎の竜巻を作った、ってトコだね」

 炎の火柱があがるその横に、黒いコートをなびかせたフェイトが淡々と告げる。

「……――だね」
「貴様ァァッ!」

 ヴィクターが次々にフェイトの身体を直接発火させようと、パイロキネシスを放ち続ける。燃え上がるフェリーに燃え移る火の手。

「エルアナ」
『な、何? というか、さっきから“一体何が起きているの”……?』
「とりあえず、ヨーハン達に追って来る様に伝えておいてくれる?」
『わ、分かったわ』

 フェイトが迫り来る炎から逃れながら、ヴィクターへと距離を詰める。しかし、あと一歩という所で火柱が上がり、ヴィクターは歪な笑みを浮かべた。

「フフッ、フハハハハッ! どうした!? 炎が怖くて近寄れないのか!?」
「……まぁ、火傷はしたくないかな。ヒリヒリするし」
「フハハハ、安心したまえよ。そんな事を心配せずとも、死ぬのだから!」

 ゴオッと音を立てて炎が巻き上がる。

「ほらほら、どうした! そうだな、貴様が避け続けるなら周囲の家もついでに燃やしてやろう」
「やってみなよ。そんな事、“出来やしない”」
「フッ、逃げてるだけの脳無しめ! その減らず口、叩けなくしてやる!」

 さらに範囲を広げたパイロキネシスが、ついにフェイトの身体を捕らえ、その身体を炎が包み込んだ。

「ハッハー! 決まった! 貴様の負けだ! 肉を焼き、身体を溶かし、そのまま死ね! 死ねぇぇぇ!!」






◆◆◆◆





 冷たい水の中から船上から響き渡る声を聞き、バクが慌てて水からあがり、その戦況を見る為に急ぐ。

 ヴィクターがフェイトを倒したのだ。ヴィクターの声を聞いたバクはそう確信し、川のほとりに身体を寄せて船上を見上げた。

「――ッ! な、何だよ、ありゃぁ……」

 バクは一瞬、その光景に目を疑った。

 パイロキネシスを使うヴィクターの能力は、バクも知っていた。
 それだけ苛烈な戦いが行われているのだ。

 全てを灰に化す程の炎の“燃焼”効果は、人の身体ですらあっさりに消し炭にする。

 以前バクは、組織を裏切った下っ端の男をそうして処分したヴィクターの姿を目の当たりにしたのだ。

 だからこそ、ヴィクターならフェイトを倒せるかもしれない、そう感じたのも事実だった。

 能力を使う“化け物”が相手だとしても、それはヴィクターも一緒なのではないか、と。
 現に、ヴィクターは勝利に歓喜した声をあげて叫んでいるではないか。

 だからこそ、バクは眼前の光景を見つめて、言葉を失い、口を開け、頬に一筋の嫌な汗を流した。





 ――船上を見つめたバク。




 ――船上には、立って欠伸をしているフェイトと、一人で大声をあげているヴィクターの姿があるのだ。






 ヴィクターのパイロキネシスの形跡は見事に一箇所のみ。
 さっきまでバクの耳に届いていた戦闘の声は、一体何処に消えたと言うのだ。

 バクは考える。
 そして、ある事に行き着いた。

 ――炎が上がっていたのなら、何故周囲は“赤く”染まらなかったんだ……?

 おかしい。何もかもがおかしい。
 バクは更に思考を重ねていたが、不意に身体が無重力に襲われて思考を断絶する。

「う、うおぉ……ッ!?」

 船上にフェイトによってサイコキネシスで引き上げられたバク。
 その近くで、未だに高笑いしながら叫び声をあげているヴィクター。

 一体何が起きていると言うのか、彼はもはや考える事を放棄して尋ねた。

「な、“何が起きてるんだ”……?」

 バクの声に、フェイトが振り返り、一歩ずつゆっくりとヴィクターに向かって歩き出す。

『そ、そうよ、フェイト。一体、さっきから“彼は一人で何を叫んでいるの”?』

 エルアナの声もまた、フェイトにぶつけられる。

「簡単な話だよ。まずはバク、動くなよ」

 フェイトがパチンと指を鳴らすと、バクの目の前で炎が起きる。

「――そんな……ッ!?」
『――どういう事……ッ!?』
「念動力なら、俺も原理さえ判ればこれぐらい出来る。だから俺はさっき、ヴィクターに向かって言ったんだよ」



「……――だね」
「貴様ァァッ!」



「そう、『曲芸』だね。ってね。あぁ、バク。身体暖めておきなよ」

 炎を見つめてフェイトはあっさりと告げる。

「だ、だが、ヴィクターは何でいつまでも笑って……」
『そうよ、さっきから一体何が起きてるの? アナタ、さっきから“何もしてない”じゃない!』
「ヴィクターにも教えてあげなきゃね」

 フェイトがヴィクターの肩をポンと叩く。

「ハハハ! ハハ……は?」
「おかえり」

 ヴィクターがキョロキョロと辺りを見回した後で、慌てて振り返る。

「ど……、どういう事だ! 何故貴様――!」

 ヴィクターの言葉を遮る様にフェイトが手を翳し、ヴィクターの身体をサイコキネシスで吹き飛ばし、操縦席に背中から勢いよく叩き付け、そのまま自由を奪った。

「が……ッ! な、何が……、どうなって……!」
「簡単な事だよ。さっきまでアンタが見ていたのは、全てアンタの“夢”なんだから」
『――ッ!!?』
「ど、どういう事だ……!」
「サイコネクション《精神共有》。ジャミングってのがあったんだけど、同調して映像を見せる一つの催眠術みたいなもので、相手に幻覚を与えて、その映像を俺が“共有”していただけ。頑張って攻撃してたのも、全て脳が創りだした“夢”だったのさ」

 そう、フェイトは事実、パイロキネシスのロジックを破った所からヴィクターの現実と夢を入れ替えさせていたのだ。
 つまり、エルアナから見れば、フェイトは実際、“何もしていない”。にも関わらず、ヴィクターは歓喜し、声をあげていたのだ。

 まるで、一人舞台を演じているかの様に。

「……ばけ、もの……め……」

 ヴィクターが気を失い、バクもまたその場で凍て付いた。

「ミッション・コンプリート」
『お、お疲れ様……、フェイト』

 エルアナも、さすがにその現実には引き攣った笑みを浮かべる事しか出来なかった。


 船が岸に着くと、既にヨーハンら別働隊が待機していた。

「おーい、ハイスクール!」
「お、ブザー。こっちは終わった。あとは頼むよ」
「……ったく、やるな。いいぜ、降りて来いよ」
「あぁ」

 カッコ良く決まった、とそう感じながらフェイトがヨーハン達の元へと飛び降りようとした途端、久々に使った新能力のせいかバランスを崩し――

「あ……あぁああ!!」

 ――川へ転落。

「……台無しだな、おい」
「ほっとけー!」

 ヨーハンに手を借り、上がってきたフェイトがガタガタと身体を震わせる。
 既に別働隊はおおいに爆笑している始末だ。

「ほら、これ着てろ」

 ヨーハンに頭からヨーハンのコートを着せられて、フェイトは顔をあげた。

「あ、ありがと」
「風邪引くのも“運命”か? ハイスクール」
「うるせー。さっさと上層部に“ブザー”鳴らして報告してこいっての」

 互いに皮肉を言い合い、拳をぶつけ合った。





                               FIN