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異世界探索日記 ◇ 三日目
異世界道中も三日目を迎え、今日も採集へと足を向けるセレシュと陽。
「昨日のハーピーのトコ行くで」
「う、うん」
陽にとっては困惑の一言。昨日の今日でもう一度行って、セレシュがまた怒るんじゃないだろうかという危惧が陽には生まれた。
対するセレシュは、昨夜色々と反省する結果となっていたのだが、陽はこれを知らない。
いくら頭に血が上ったとは言え、目の前に現れた魔物をあっさりと殺す真似をしてしまったら、これでは陽には悪影響を及ぼしかねない。
そう考えたセレシュは一度、ハーピーを蘇らせようと考えたのだ。
ハーピーとの邂逅から一晩経って、元ハーピーと呼べる石材が昨日と同じまま放置されていた。
「修復魔法や、見とき」
「まほー?」
陽に向かって告げたセレシュの手から、白い魔法陣が浮かび上がった。
ハーピーの破片となっていた石材がカタカタと動き出し、身体を構築させ、その場に寝かせていく。
感動しながらも陽がセレシュの顔を見上げると、セレシュの顔に黒い笑みが浮かんでいた。
「(せやけど蘇らせても腹立つのは変わらへんのよなぁ。どうせやったらあの無駄な贅沢肉を削いで蘇えらせたろか……)」
「……セ、セレシュお姉ちゃん……?」
「ん? どないしたん?」
「……なんか顔が怖い……」
「気のせいやって(あかん、そないな事したら昨日の二の舞や。それに、胸だけ削ってもなんやグロくなるし、やめとかな……。……そんな顔に出とったんか……)」
苦笑いを浮かべながら修復していくセレシュに若干の恐怖を感じながらも、陽は再びハーピーへと視線を戻した。
セレシュの手から現れていた魔法陣が消え去り、ハーピーの身体がその場に横たわる。
「石化、解くの?」
「解く前に色々説教や」
セレシュが左手の指先を光らせ、その手を額に当てる。
「どや? 聞こえるか?」
『ちょ、ちょっとアンタねぇ! この石化解きなさいよ!』
「アホ言うな――と言いたいトコやねんけど、取引や。素直に応じるんやったら石化解いたるで」
『と、取引……?』
セレシュの言葉しか聞こえない陽にとって、この光景はセレシュの独り言に近い。退屈そうに、しかし興味を持って見つめている陽にも聞こえる様に、セレシュが陽の頭に右手の指先を光らせ、その手を当てた。
『……良いわ。取引の内容は?』
「この近くに洞窟あるんやったら場所とか教えて欲しいんよ。山の守りのハーピーやったら、何か知ってるんちゃうんかなぁって思うて」
『洞窟? 何でそんなトコ聞きたがるのよ?』
「色々鉱石やら採集しに来とんねん。教えてくれたら解いたるんやし、隠しててもえぇ事ないで」
『……本当に教えたら解いてくれるんでしょうね?』
「疑り深いやっちゃなぁ。そのつもりがなかったんならわざわざ生き返らせたりせぇへんよ」
セレシュの言葉にハーピーは逡巡する。
ハーピーとしては、これは願ってもない提案だ。確実に勝てる相手ではない以上、ここで意地を張っても仕方がない。
山の守りとは言われているものの、之といって守る物がある訳ではないのだ。せいぜい自分の住処を守るぐらいのものだろう。
『良いわ、教える。この先をもうちょっと登ったら、大きな双子岩があるのよ。その右に進んでしばらく進めば、魔物は住んでるけど、それなりに大きな洞窟があるわよ』
「双子岩を右やな。分かった」
『ちょっと、早く解いてよ!』
「まだや。嘘やったり報復されても面倒やから、帰りに解いたる。それまでそのまま反省しとき」
『な、何よそれ! 教えたら解くって言ってたじゃない! こらー!』
パッと念話を使う為に光を帯びていた指先から魔力を消し、ハーピーの声は誰にも届かなくなった。
「今のもまほー?」
「そやで。念話の魔法なんよ。陽も練習したら使える様になるやろ」
「へぇー……。でも、顔も動いてないのに話が出来るのってなんか怖いかも」
「それは同感やな……。ま、せっかく教えてもらったんやから、早速いこか」
「うん」
その場に寝かされた、一流彫刻師による作品の様なハーピーの石像を放って、セレシュと陽は一路、双子岩へと向かって山道を歩き出すのであった。
◆◇◆◇
両子岩から右手に逸れて十分程歩いた所に、硬い岩肌にポッカリと口を開けた様に洞窟が姿を現した。
魔物が住んでいる、とハーピーが言っていた事を思い出し、セレシュが愛用の細剣を構えながら陽の先へと進む。
洞窟の魔物はセレシュにとっては相性の悪い魔物だ。
暗闇で生きる彼らは、深海魚と同様に目が退化しているものが多く、ゴルゴーンの持ち味とも言える石化の効果は期待出来ないのだ。
剣と魔法。この二つで切り抜ける事が重要になってくる。
「中は暗いなぁ……」
「懐中電灯?」
「ううん。魔法を使うんよ、こうして、っと」
セレシュが手を翳すと、光輝くバスケットボール程度の大きさの球体が現れ、セレシュと陽の頭上に浮かび上がる。
光の球体はセレシュの真上にピタッと張り付き、その周囲を白い光で照らし出す。前方十メートル程度まで伸びる光。さながら電気をつけた室内かの様だ。
「陽、洞窟の中は自然がそのまま息づいてるんよ。足元とかも整備されてへんから、しっかり気を付けて歩くんよ」
「うん」
足元も壁も、凸凹を繰り返す。凹凸を繰り返す足場は想像以上に体力を奪うが、陽もセレシュも魔素が空気中に広がるこの世界では、幸いにも疲れにくい体質をしている為、たいした苦にはならない。
「陽、下がるんや。魔物が来とる」
「……わ」
前方に現れた、大きなアルマジロの様な生き物。
身体は硬そうな皮で覆われ、鼻が発達しているのか長く伸びている。どちらかと言えばアリクイに近い容姿をしている。体高は六十センチ程度だが、体長にすれば一メートル近くある。
目が存在しない所を見ると、この洞窟内のみを生息圏としている事は見て取れる。
スンスンと音を鳴らしながら鼻をあっちこっちに動かしていた魔物が、その鼻をセレシュと陽に向けた。
「来るで」
セレシュの言葉と同時に、魔物が身体を丸めて転がって突進してくる。陽を連れて横へと飛んだセレシュは、細剣を構えながら魔物を睨みつけた。
道幅が三メートル程度ある広い道で助かったと言わざるを得ない。もしもこの場所が狭ければ、あの身体はそのまま直撃していただろう。
「はぁッ」
弾ける様に駆け出す。足場の悪さを考え、前方五メートル程度の所まで一足で飛んだセレシュが細剣を振り上げ、下から上へと斬り裂きにかかった。
しかし、セレシュの斬撃は、まるで岩を殴ったかの様にガキンと鈍い音を立て、その剣先を弾いた。
「硬っ!?」
戸惑った刹那の後、再び魔物が身体を丸め、そのままセレシュへと襲い掛かる。再び横に避けたセレシュは手を翳し、魔法陣を生み出した。
「あっついでー!」
直径にして八十センチ程度の火球が浮かび上がり、ゴウッと音を立てて魔物の身体を包み込んだ。燃え盛る炎の中に、魔物が身体を倒し、そのまま黒い炭へと変わっていく。
下手に酸素が薄くなるリスクを考え、セレシュが更に魔法でそれを鎮火し、風の魔法を使って空気を流す。
一連の動作を終えて、ようやくセレシュが陽へと振り返る。
「ふぅ、思ったより厄介やったなぁ」
「凄い! 魔法いっぱいだった!」
いくつもの魔法を見た陽がセレシュに向かって感動を示し、目を輝かせる。あまり魔法を使える事が珍しくはないこの世界で、今の程度の魔法なら人間でも使える範囲である為に、セレシュもなんだか複雑な気分でその賛辞を受け止めていた。
「陽もその内、使い方教えたるわ」
「うん!」
童心ながら、魔法に憧れる男子。セレシュはそんな陽を連れて更に奥へと進む。
道中での魔物は、先程戦ったアルマジロの様な魔物と、大きな蜘蛛。そして、かなり牙が鋭利な蝙蝠だった。
アルマジロ以外は斬撃が通用するものの、さすがに蜘蛛には近寄りたくない為に、風邪の刃で斬り裂く。
蝙蝠に至っては、空気を振動させ、超音波を誤認させ、墜落。その蝙蝠をあっさり剣で斬り裂くといった具合に、順調に奥へと進んだ。
洞窟の奥には魔石が多数存在していた。
輝きを放つものや、そうではないもの。そして珍しいのは、セレシュが魔法で周囲を照らしていた光を吸収する、漆黒の闇そのものが鉱石となっているものなどだ。
鉱石から鉄鉱石、そして魔石の採集を陽と二人で進め、一段落。
二人は一路、洞窟の入り口へと戻っていく。
◆◇◆◇
洞窟を抜け、再びハーピーの元へと戻り、念話を再開させる。
『やっと帰って来たぁぁ……』
「なんや、情けない声して……」
開口一番に泣き出しそうな声を出したハーピーにセレシュが冷たくリアクションを返した。
『置いてけぼりで酷いわよ〜……』
「自業自得や。これに懲りたら、もう人間襲わんと約束しいや。そしたら石化解いたるわ」
『な、なんか条件が増えてる……。良いわ、どうせ人間なんて滅多に来ないし、ただの暇潰しだもの。約束する。だから早く石化解いて〜』
「しゃーないな……」
パチン、と指を鳴らし、金色の翼から光の粒子が舞う。石化したハーピーの身体を包み込むと、ねずみ色をしていた身体が徐々に元の身体にゆっくりと戻っていく。
「ほな陽、帰るで」
「うん!」
念話を終わらせ、セレシュが陽を連れて歩き出す。
三日間の異世界道中は、こうして終わりを迎えるのであった。
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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。
さて、今回で異世界道中は一段落ですね〜。
なかなかファンタジーな世界は書くのが楽しいですw
それはそうと、前回の題名を見て愕然としました;
まさか一日目にしたままだったとは……。
もしよろしければ、いちでもリテイク出して下さい;
それでは、今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司
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