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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.13 ■ 「守るって決めたんだ」






 状況は押され気味。
 凛はその現実を受け止めながら、エストと共に魑魅魍魎が跋扈する渋谷の街で戦闘を繰り広げていた。

 ファングと鬼鮫の戦いは、下手に助力しようと飛び出せば自分の身が危ない。
 その上、魑魅魍魎は相変わらずの増殖を続け、人々を食い荒らす様に暴れていた。

 渋谷にいた数千という人々が魑魅魍魎に喰われてしまったのだ。この現実を鑑みれば、虚無の境界が本気で動き出そうとしている事は火を見るより明らかだ。

 まず確実に、この場を握られたらまずい。

「ぐ……っ!」
「どうした、ジーンキャリア。その程度か!」

 鬼鮫は既にファングによって傷を受けていた。
 横腹を斬り裂いた、赤を滴らせる銀の刃が振り下ろされる、その瞬間――。

 ――突如の銃声が鳴り響き、ファングの足元へと撃たれた。

 武彦が銃を構え、煙草を咥えたままファングを睨み付けていた。

「……ッ、ディテクターか……」
「おいおい、鬼鮫。ずいぶんとらしくないな」
「チィッ、おまえに助けられるとはな」

 鬼鮫が後方に飛び、その先に立っていた武彦の横に並ぶ。

「状況は分かってるのか?」
「あぁ。勇太のトコにも援護が行った。大丈夫だろうよ」
「だったら、こっちはこっちで片付ける事になりそうだな」

 鬼鮫と武彦が互いに構え、ファングを睨み付ける。

 弾ける様に飛び出したのは鬼鮫だった。
 白い独特の柄をした日本刀を手に、ファングへと強襲をかける。ナイフで受け止めるのは酷かと悟ったファングが隣りへ飛ぶと、銃声が響き渡った。

 三発の銃弾がほぼ一斉にファングの身体に向かって飛び、その銃弾をファングを睨んだ。

 本来であれば、ファングに銃弾は通用しない。しかし、武彦の放った銃弾は、普通の銃弾とは違う“何か”をファングへと感じさせた。

 この判断が功を奏した。
 ファングは更にもう一歩奥へと脚を踏み出し、その場から跳んで距離を稼いだのだ。

 武彦の放った銃弾が接着した地面。半径一メートル程度の範囲を凍り付かせた。

「……なるほど、実に厄介な武器だな」
「チッ、受け取ってくれても良かったんだぜ?」
「遠慮しておこう。あれは俺でもさすがに厳しくなるだろう」


 圧倒する戦いを見つめながらも、凛は魑魅魍魎をエストと共に祓っていく。

 事態は確実に良い方向へと向かっている。
 そんな考えが浮かんできた凛は、先程より少しばかり表情を明るくさせた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 ――その一方で、勇太と百合の戦いも激化していた。

「いっくぞー!!」

 勇太の掛け声と同時に、周囲に散っていたガラスが浮かび上がり、その切っ先を霧絵に向けた。
 途端、数十とも言えるそれらが霧絵の身体目掛けて飛び出す。

 霧絵もそれを予測していたのか、ズズっと足元から這い上がった黒い影に呑まれて姿を消し、飛び掛かる刃の雨から姿を消した。
 再び霧絵が鞭を振るう瞬間。百合の手からサイコジャベリンが具現化され、霧絵に襲い掛かる。

「く……ッ!」

 攻撃に転じようとしたその動きを制動出来ず、霧絵がバランスを崩してその場に倒れる。ギリギリで避けた上空を念の槍が駆け抜ける事になったが、その倒れた上空に影を感じて霧絵が顔を上げた。

「喰らええぇー!」
「――ッ!」

 勇太の手に具現化された手の平大の球体。重力球が倒れ込んだ霧絵の身体に突き刺さる。
 ミシミシと鈍い音を立てながら圧迫される霧絵の腹部。そして、その勢いに負けてコンクリート製の床が砕け、砂塵を巻き上げる。

 勇太と百合は一定の距離を保つ様に後方へと飛び退き、砂塵が消えるまでの様子を見つめて腰を落とし、すぐに動ける様に構えた。

「……フ、フフフ……フフハハハハ……」

 砂塵の向こう側から聞こえる声に、勇太と百合は戦慄する。
 禍々しい程の空気。黒い怨霊が具現化し、砂塵を切り裂いて周囲を舞った。

 砂塵の向こうに姿を現したのは、倒れたままの霧絵。しかしその笑い声は消えず、今なお響いている。

「厄介なヤツ……! こうなったら――」
「――ッ! 待ちなさい、勇太!」
「え?」

 百合が勇太に抱き付く様に飛びかかり、その場からテレポートしてビルの外へと飛ぶ。

 瞬間、勇太達がいたビルから爆発が舞い上がり、ビルが倒壊を始めた。

「な……、なんだよ、それ……!」

 ビルの外に立った勇太は落下してくる瓦礫を防ぎに、念障壁《サイコバリア》を張り、それらから自分と百合を守った。障壁に阻まれた瓦礫が次々に周囲を埋め尽くしていく。

「どうなってるんだ……!? 自爆したのか!?」
「あれは多分偽物よ」
「偽物……!?」
「とにかく、離れましょ」

 瓦礫の倒壊から逃れる為に勇太と百合は駆け出す。

「盟主――いえ、巫浄 霧絵の能力は、怨霊を操る力。膨大なエネルギー体となってその身体に過剰に霊力を集中させて周囲を巻き込んで爆発。それをさせる事が出来るのは、分身体のみ」
「だったら、本物は近くにはいないって事か?」
「いえ、稼働限界の距離があったはずよ。確か、動けても数キロ圏内。つまり、本物は確かに近くにいる」

 百合はこの霧絵の能力を知っていた。
 あまりに強力な力と、本物と違わぬ容姿を持つ分身体を使えばIO2を葬る事は容易いのではないか、と考えた虚無の境界の幹部達が霧絵にその技の事を聞いたからだ。

 結果として、何体も数を出せない事と、距離に限界がある事。その制約下にある事から実際に使われるには至らなかった。

 ――「使えるとしたら、囮ぐらいかしらね」

 クスっと笑った霧絵の表情と言葉を思い出して、百合が顔を青ざめさせて立ち止まる。

「どうしたのさ?」
「そうか……そうだった……!」
「お、おい。百合?」
「巫浄 霧絵の今回の標的は、アンタじゃない……。多分……――」
「――……草間さん、達!?」

 勇太の言葉にコクリと頷いた百合を見て、勇太が一瞬唖然とする。
 自分がターゲットになる事ばかりを考えていた勇太にとって、これはマズい状況だ。

 勇太が急いで百合の手を取り、凛達の近くへとテレポートする。






◆◇◆◇◆◇◆◇






「凛! エスト様!」
「勇太!?」

 テレポートして姿を現した勇太が、慌てるように凛とエストに向かって声をかけた。

「勇太、その怪我……。それに、貴女は……?」
「敵じゃないわ」
「うん。怪我なら大丈夫だよ。それより凛、草間さん達は?」
「あちらで戦ってますよ」

 エストが光を放って周囲を一掃して振り返った。

 混戦状態で、それも長期戦。エストでさえ疲労しているだろう事は、その肩を上下させながら息をしている事で勇太も気付いた。

「百合、俺は草間さん達のトコに行く。凛達をお願い」
「ちょ、ちょっと、アンタ! 何を勝手に!」

 百合の声を無視するかの様に勇太が走り出した。

 勇太と百合。二人はテレポートがある為、なんとか逃げる事も出来る。ならお互いに二人に分かれるべきだろう。
 勇太はそう思って百合を残したのだが、当の百合と凛はどこか複雑そうな顔をしていた。

 もちろん、勇太はそれには気付かないが。



 勇太が走って行く先で、武彦と鬼鮫がファングと対峙して戦っていた。
 ファングと言えど、さすがに二人を相手にして無事でいられる訳ではなかった。その身体には血が流れ、ところどころに切り傷などが目立っている。

「……え……」

 勇太が武彦を視野に入れると、背後からまっすぐ黒い何かが武彦に向かって伸びる。

 ――黒い槍の様な何か。
 それが霧絵の攻撃だと勇太が気付くのに、時間は要らなかった。

「駄目だーー!!!」

 勇太がテレポートして武彦の真後ろに飛び出し、サイコバリアを展開する。
 テレポートして飛ぶには間に合いそうもないと判断した勇太だったが、その判断は甘かった。

 回転しながら抉り出す様に障壁を打ち破り、勇太に襲い掛かる。

 甲高いガラスが砕ける様な音。

 その音に反応した武彦が振り返る瞬間、勇太によって身体を押され、横に倒れ込む。

「間に合った……――ぐッ!!」

 勇太の脇腹を貫いた、黒い槍。

「――ッ、勇太ぁぁ!!」

 武彦が振り返り、勇太を支えようと手を伸ばした瞬間、勇太の身体を貫いたその槍は勇太の身体を引き、伸びてきた先へと戻っていく。

 勇太達を追ってきた百合達も、勇太が黒い槍に引き寄せられ、力なく崩れたまま宙に浮いてる姿を見て息を呑む。

「そ、んな……」
「……い、いやああぁぁぁ!!」

 エストの言葉と、凛の叫び声。
 そして武彦と鬼鮫の視線の先には、勇太を目の前にして微笑を浮かべた巫浄 霧絵の姿があった。

「予定通り、とはいかなかったけど。これはこれで良い収穫ね……」
「そうはさせない!」

 一瞬の隙を突き、百合が勇太の目の前に姿を現し、勇太の身体を転移させて引き寄せ、後方に下がる。そんな百合とすれ違う様に凛が飛び出し、霧絵に向かって飛び掛かる。

「よくも勇太を!!」
「フフ、邪魔よ。お浄ちゃん」

 霧絵の足元から影が飛び出し、刃となって凛へと襲い掛かった。しかしそれも虚空を斬り裂き、凛は百合によって引き寄せられていた。

「放せ! アイツを殺す! 勇太を、勇太を傷付けた!」
「熱くなってんじゃないわよ!」

 凛の頬を百合がはたいた。

 一瞬の静寂。百合と勇太、そして凛を守る様に武彦と鬼鮫、そしてエストが間へと立ち塞がり、霧絵を睨み付ける。

「……百合、どうだ?」
「まだ息はあるわ」
「……チッ」

 武彦の視線が殺気を帯びる。睨んだ先に、ファングが歩み寄り、武彦達を見つめた。
 一触即発。正にその空気になろうかと言う所で、霧絵がファングに声をかけた。

「行きましょう、今日はこれで十分よ」
「……はっ」
「残念ね。もうその子は助からないわよ?」
「フザけんな……!」

 怒りを浮かべる武彦を見つめながら、霧絵達はズズッと闇に呑まれる様に姿を消した。

「……去った、か」
「勇太……勇太ぁ……」

 ボロボロと涙を流す凛の横で、エストが勇太の身体を神気を使って守ろうと試みる。

「何とか時間は稼げます。ですが、この状況は……」
「今すぐ病院に――」
「――無駄よ」

 武彦の言葉に、百合が口を開いた。

「アイツなら、“宗”なら何とかしてくれるかもしれない」







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