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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.31 ■ ルーク





 美香の身体能力は平時と変わらない。今は思考能力――つまりは頭の回転のみにその重点を置いている状態であった。
 だからこそ、美香は自分の身体の動きに苛立った。

 遮蔽物として置かれた四角いコンテナが大量に周囲に置かれている、模擬戦闘場。数十メートル先にいるであろうメイドちゃんの手には、アサルトライフルが握られている。
 そして、彼女の放つ弾丸は本物の銃弾。当たれば美香の柔肌などあっさりと貫き、抉る代物である。

「入射角、発射音、着弾までの音との誤差。数十メートルの距離じゃ読みにくい……」

 【速度】を使えない状態でも思考は冴えている。
 今までであれば【速度】を使い、一瞬にして飛び出し、その間合いを詰める事も可能であった。
 しかし、メイドちゃんはその特徴を知っているからこそ、常に数十メートル以上離れた場所からの攻撃を仕掛け続けていた。

 自分の戦法を唐突に変える事は、そもそもリスクが高い。
 ユリカによって学んだ戦闘方法は、あくまでも【速度】を利用し、それを最大限活かす為の戦法である。
 美香の今の身体能力は、平均よりも高い運動能力を持っている程度だ。

 もちろん、これは【速度】を利用して戦っている内に鍛えあげてきたものであり、常人とは比較にはならない。
 それでも、銃弾を前に動ける程の運動能力を持っているとは言えない。

「でも、いつまでも止まってる訳にはいかない……ッ!」

 点在しているコンテナからコンテナへと回り込みながら、美香は『記憶』していく。

「いつまでも隠れてたって、弾切れは起きないわよ!」

 再びメイドちゃんから放たれる銃弾の雨。
 しかし、それをモニターから見つめていた憂には、美香が何を狙って動き出したのかは理解出来た。

「22、25、18……」

 ブツブツと数字を口にしながら美香がコンテナからコンテナへと移っていく。

 メイドちゃんはその動きを見て、警鐘を鳴らした。
 慌てて距離を取ろうと動き出すが、それを見逃してくれる程に美香は甘くなかった。

「――くっ!」
「そこは7!」

 美香がいると思い込んでいた場所とは全く違う場所から強襲されたメイドちゃんの頭は一瞬の混乱に陥った。

 美香はコンテナからコンテナへ移動しながら、死角を通って距離を詰める為に遠回りした。それは、空間を把握し、思考能力を上げたからこそ出来る芸当だった。
 相手の視界から外れていない“フリ”をしつつ、あと僅かという所で死角からさらに迂回し、距離を詰める。

「はぁっ!」

 美香が伸ばした手が、メイドちゃんの身体を捕らえようとしていた。

 ――しかし、メイドちゃんの口元が緩む。

 後方にバックパックからブースターを発動し、一瞬で後方に飛ぶ。
 掴めると判断した美香だっただけに、改めて遮蔽物に向かう余裕がない。

 そして銃声が鳴り響いた。






―――
――






「うーん、惜しかったねぇ」

 電脳空間から戻った美香に、憂が声をかけた。

 今訓練をしていたのは、あくまでも電脳空間での訓練である。これは【速度】が使えない状態での訓練としては非常に有効な手段だった。

「いくら電脳空間でも、痛いですね……」
「しょっ、しょうがないでしょ!? 痛覚は五パーセントまで下げてあっても、痛いもんは痛いに決まってるじゃない!」

 額を抑える美香に、メイドちゃんが声をあげた。
 電脳空間での決め手――それは、メイドちゃんが美香の眉間に容赦なく銃弾を撃ち込んで終了するという、なんともトラウマになりそうな負け方をした美香であった。

「酷いです、メイドちゃん……」
「と、特訓なんだからしょうがないじゃない! 別にアンタの事が嫌いだから撃ったって訳じゃないんだからね!?」
「じゃあ私の事好きですか?」
「な……っ、バッ、バッカじゃないの!? 別に好きじゃないんだからっ!」

 顔を真っ赤にして言い返すメイドちゃんを見て、美香は笑いを堪え、憂は悦に浸っていた。
 メイドちゃんをからかう事でツンデレを発揮させようという、僅かな美香のイタズラ作戦は成功したのだ。

「――美香」
「ユリカ。見てた?」

 ユリカが美香に歩み寄り、頷いて肯定を示した。

 電脳空間に入り込めないユリカは現実世界で憂と共に留守番に興じていた。モニター越しに戦闘する姿を見ていたようだ。

「どうだった?」
「うん……。やっぱり、【速度】がないと攻め手に欠ける感じ……。私が習ってた合気道は、あくまでも守り手として使う物だから、遠距離攻撃が相手だとどうしようもないかもしれないなぁ、って」

 自己分析をしながら美香が呟く。
 実際、美香の戦法は最善手と言える動きだった事は、憂もメイドちゃんも、ユリカでさえ解っていた。

 しかし、美香個人としては納得出来る内容ではなかったのだ。

 攻撃を仕掛けようかと言う所で逃げられ、遠距離から攻撃を受ける。ジリジリと時間だけが過ぎていく様な戦闘を強いられ、自身の身体に【速度】が使えない事が、美香に苛立ちを覚えさせていたのであった。

「メイドちゃんはどう思った?」
「アタシは……、そうですね。運動能力は悪くないですし、何より戦いにくいとは感じました。隠れる位置も少し横に動いたら死角になる場所ばかりで、下手に近付けば反撃されそうで」
「高評価だねぇ」
「ちっ、違いますっ!」

 ツインテールを揺らしてメイドちゃんが頬に朱を差して憂に言い返す。

「まぁでも、今回の特訓は悪い成果じゃなかったよ。あとは対処方法を探す必要はありそうだけどね」
「はい」
「んじゃぁ、今日はここまでー。アイって子と戦うまでは、訓練と対策を練る感じだね」
「分かりました。それじゃあ、今日は失礼します」
「おつかれさまー」
「明日は圧勝してやるんだから、逃げるんじゃないわよっ!」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 自室に向かって歩きながらも、美香は思考能力を操って攻撃方法を考えていた。

『ねぇ、ユリカ。この思考速度を限界まで上げたら、どうなるの?』
『んー、世界がスローモーションに見えるってトコかしら』
『……あ、そっか。事故にあった人なんかがたまに言うヤツだね』

 周囲の状況を把握しようと、世界がスローモーションになる現象。
 プロの野球選手なんかも、極限まで集中していると物事がスローに感じると言う話を聞いた事があったが、ユリカの言うそれが美香の中でイメージされる。

『……頭痛くなりそう……』

 処理能力云々の話ではなく、単純に知恵熱でも出そうな気がしていた美香である。


 もうずいぶんと歩き慣れたその無機質な通路の向こう。自分の部屋の前に、一人の銀色の髪をした少女がいた。
 少女の服装は、まさにロリータ・ファッションというカテゴリーの中のジャンルの一つである、ゴシック&ロリータそのものだ。

 黒いレースのリボンに、黒いドレス。ヒラヒラと揺れるそのドレスを着飾り、見つめた瞳は燃える様な赤い瞳。
 年の頃は十二歳程度といった所だろうか。

 人形の様な風体で、少女は美香を見つめた。

「深沢 美香……」
「――ッ」

 名前を呼ばれた事で、美香はアイの差し金ではないかと身構えた。

「……戻って来るの遅い……。喉乾いたし、トイレ行きたい……」
「……え……?」

 なんとも力の抜ける邂逅に、思わず美香は耳を疑った。

「と、とりあえず待たせてごめんね……なのかな?」
「トイレ……」
「わ、分かったから! ちょっと待って!」

 こうして美香は、アイの差し金として現れた少女――ルークを相手に、何故かトイレを貸して飲み物を渡すという不測の事態に見舞われながら、自室に彼女を招く事になった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 一方、武彦と百合は別行動に転じていた。
 理由は簡単だ。最近、虚無の境界の動きは活発化を見せてはいるものの、大きな事件を起こさずに燻っている。

 その理由は、攻撃ではなく牽制。今、“何か”をしでかそうとしているのではないか、という嫌な予感ばかりが募っている百合であった。

『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が――』
「……どうなってるの……」

 美香へと電話をかけようとしていた百合が、電話が繋がらない事に気が付いた。

 定時連絡が出来ない状態ではあったが、美香が一方的に電源を切っているとは考えにくい。
 アイからの接触以来、一時的に電源を切っている美香ではあったが、今では電源も入っているし、圏外にもなっていない。

 もちろん、それを知らない百合ではあるが、代わりに焦燥感を沸き立たせる事となった。

「……動き出したって事……?」

 それが、アイの策略だとも知らずに、百合はどう動くべきかと頭を抱える事となっていた。





                     to be countinued...





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いつもご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。

今回は対銃器との訓練から、ルークである少女との邂逅。
そして、アイの布石が一部露呈する形になりました。

次回はルークとの邂逅から、自室に招いた後、
ルークから“ゲーム”を持ちかけられる予定です。

ゲームの内容はお任せでも何でも大丈夫ですが、
任せるとルークに一手を取られる可能性も……。
ちなみにルークは頭を使う事はあまり好きではなく、
こんな見た目とキャラなのに単直かつ好戦的ですw

メイドちゃん本領発揮ですね←

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司