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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.14 ■ 『宗』






 ――人里から離れた孤島にある研究施設。
 相沢 馨はその患者の状態に、ではなく、その顔に驚いて目を大きく開けた。

「……ッ、工藤 勇太……!?」
「馨、時間がない! どうにかこいつを助けられないか!?」
「それより、宗はいないの!?」

 武彦と百合が馨に向かって詰め寄る。しかし、馨は表情を曇らせる。
 エストと百合、そして泣きじゃくる凛と武彦。その姿を見て、馨は意を決した様に声をかけた。

「とにかく、そこに寝かせて! 今から簡単に処置して培養カプセルの中で休眠状態にまで生存レベルを低下させるわ」

 馨の言葉に、全員の視線が交錯し、馨に向けられた。様々な言葉が発せられようかと言う所で、馨は自身の手を机に叩きつけた。

「くだらない詮索してる場合じゃないでしょう! 殺したいの!? 助けたいの!?」

 馨の怒声にも似た声に、武彦達は我に返って馨の言う通りに勇太を寝かせた。馨がマスクをつけ、白衣の袖をまくり、消毒用エタノールを手に付着させて手袋をつけた。






―――
――






 培養器の中、トランクス一枚の姿になった勇太が、酸素マスクをつけて黄色い液体の中に佇んでいた。
 その横にある意識レベルを計るモニターに異常は見られない。かろうじて一命は取り留めた状態だ。

「――だけど、皮膚の欠損箇所が激しすぎる。幸い今はこうして培養器の中で生存状態を保っていられているけど、細胞が死滅していて、再生は見込めないかもしれないわ」

 馨の淡々とした口調に、その場にいた誰もが俯いていた。
 凛はさっきからずっと長い髪を項垂れている頭から下げ、百合は下唇を噛んで悔しさを滲ませている。武彦も紫煙を吐きながら培養カプセルの中にいる勇太を見つめ、エストはそっと凛の肩を抱き寄せた。

「武彦。事情を説明して。何故こんな事態になっているのか。それに、どうしてここに連れて来たの?」
「それは私から説明するわ」

 百合が馨に向かって口を開き、あらましを静かに語り始めた。


 百合は全てを語った。
 虚無の境界とぶつかり合い、武彦を庇う為に勇太が動いた事。そして、勇太の身体を貫いたのは、紛れも無い巫浄 霧絵による攻撃だった事。

 それらを聞いて、馨はようやく勇太の傷の欠損状態が異常である理由を知った。

 これは武彦の銃にも言える事なのだが、呪物を用いた武器や攻撃は、人間の細胞を死滅させ、その箇所を壊死に至らせる。
 まして、巫浄 霧絵は呪詛を使った召喚に等しい攻撃方法を用いて戦うのだ。だからこそ、勇太の細胞は復元しようともしない。

 術中に壊死しかけた周辺の皮膚をも切り取る事になったが、これは馨の判断が正しかったと言える。もしも放っていれば、じわじわと壊死箇所が広がっただろう事は間違いなかった。



「……分かったわ」

 百合の説明に、馨が小さく頷いた。

「これから宗に連絡を取ってみる。彼ならこの状況を打破出来るはずよ」
「信頼出来るのか?」

 武彦の疑問はもっともだった。
 虚無の境界すら利用しようとする男。その危険性は、具体的に何が目的か解る虚無の境界よりも、潜在的に高いと言える相手なのだ。

 楓の一件を考えれば、勇太の身体を他人に任せるのはリスクも伴う事は、武彦にも解っているのだ。

「ある意味じゃ、ここにいる貴方達全員よりも、彼――工藤 勇太クンに生きてもらいたい存在かもしれないわね」
「どういう意味だ?」
「とにかく、彼はきっと来るわ。貴方達は別室で休んでて。話を聞く限り、酷い戦いだったんでしょうからね。百合ちゃん、貴女は案内出来るでしょ?」
「わ、私は嫌です! 勇太の、勇太の傍にいたい……!」

 乞う様に涙を溜めて見上げる凛に、馨はキッと目つきを鋭くさせて歩み寄り、右手で凛の頬を勢い良く叩いた。

「――ッ!?」
「泣き喚いている人間が近くにいても迷惑なのよ。彼の為を思うなら、その甘ったれた感情で私に乞う以外にもやれる事はあるでしょう?」

 痛烈な一言。凛はおろか、その場にいたエスト達でさえ馨の言葉には誰も反論しようとしなかった。

「百合ちゃん。お願い」
「……分かったわ。こっちよ」

 百合に連れられて、凛達はその場から離れて歩いていく。最期に武彦と擦れ違う瞬間、馨は静かに口を開いた。

「……酷い女ね、私。あんなまだ若い子相手に……」
「いや……。嫌われ役を買わせて悪いな」
「いいのよ。それが、私だけで唯一出来る事だもの」

 馨の肩に触れていた手はもう一度だけポンと馨の肩を叩き、離れて行く。
 武彦が凛達に続いて部屋へと案内されていった。






◆◇◆◇





 孤島の研究所。
 ここは本島から遠く離れた場所ではあるが、それでも設備などに関しては最新機材が置かれていると言っても過言ではない。

 とは言え、研究区画以外は申し訳程度に改装され、ちょっとした不気味な雰囲気が漂う古めかしい造りではある様だ。
 歩いている最中、エストは「不浄がいます」と告げて浄化する光を放ってみせたが、そのせいか不気味さは消えてくれた様だ。

 百合に案内された武彦達は、改装された室内に集まっていた。
 セミダブル程度のベッドが二つ並んだ、テレビのないホテルの一室、といった所だろうか。
 ベッドにはエストと凛が隣りに並んで座り、ソファーには武彦が灰皿と共に鎮座し、向かい合う様に百合が座っていた。

「鬼鮫の奴に任せてきちまったものの、アイツも心配だろうな」

 武彦が呟く。

 霧絵達、虚無の境界が去った後で、百合は急いでこの場所に扉を繋いで飛んできた。鬼鮫は事後処理を兼ねてIO2の職務に戻りはしたが、あれだけの激しい戦闘の後では動けないだろう、と武彦も踏んでいた。

「下手に私がIO2と関わってもロクな事はないでしょうしね。どっちにしても、勇太だけでも連れて飛んで来るつもりだったわ」
「勇太は、助かるんでしょうか……?」

 凛の言葉に、再び沈黙が流れる。
 まだ研究所を離れて十分程度。宗と呼ばれる男が元々待機しているとも思えなかった武彦ではあったが、静かに待っているだけ、というのはなかなか耐えられるものではない。

 勇太は自分を庇った。それが、武彦の心を強く揺さぶっていた。

「……馨と話してくる。すぐ戻る」

 紫煙を吐き出して、武彦がソファーから立ち上がって歩き出す。凛もそんな武彦に付いて行こうと口を開くが、先程の馨の言葉が胸に突き刺さったのか、言葉を飲み込んで俯いた。

 武彦が部屋を後にした所で、再び沈黙が流れる室内。

 百合も凛も、エストでさえも勇太の傷から復活するのはほぼ不可能だと考えても仕方ないとすら感じていた。
 それでも、今は馨達にすがるしかない。だからこそ、その沈黙は重く、息苦しいものだった。

「……凛、とか言ったわよね」
「……はい」
「アイツは死なないわよ。言っておくけど、強いわ」
「……知ってます」
「だったら、今は寝ておきなさい。アンタは人間でしょ」
「……え……?」
「アタシはお世辞にも、純粋な人間とは言えない身体。睡眠なんて取らなくても問題ないわ。だけどアンタは違う。ゆっくり休んで、次に備えるしかないのよ」

 百合の言葉に、凛は逡巡する。
 かつて凰翼島で勇太から聞いた、『敵だった女の子』。それが彼女なのではないか、と女の勘が告げる。

「……貴女は、勇太の敵ですか?」
「元、ね。今は……。少なくとも敵ではないわ」
「味方、とは仰らないんですね」
「……アイツがそれを許してくれても、アタシがまだそれを認められる立場じゃないのよ」
「…………」







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 再び戻ってきた武彦の視線に、馨と並んで話している男の姿があった。黒い髪は何処か特徴的なツンツンとした髪。それでいて、整った顔立ち。
 どこかで見た事のある顔。それが、武彦の最初の印象であった。

「……武彦」

 馨の言葉に、男が振り返る。サングラスをかけた男はそれを外そうともせずに、再び培養カプセルにも似た中で眠る勇太を見つめた。

「では、宗。言われた通りにやっておきます」
「あぁ。一日で出来るだろう」

 馨がそう言ってその場を離れていく姿を見て、武彦は宗へと歩み寄る。

 これが、武彦と宗。二人の長い因縁の始まりとなる。

「……宗、か?」
「IO2ディテクター、草間 武彦か。アンタの様な大物に知られているとは、光栄に思うべきか厄介だと苦い顔をするべきか、計りかねる」

 振り向きもせずに宗は皮肉を言い放った。
 その声ですら、どこか聞き覚えのある声に似ている。

「……今はどちらでも良い。勇太は――いや、こいつは助かるのか?」
「培養状況にもよるが、今すぐカプセル内の液体を抜いて放置しない限りは生きていられる。それを助かると言うなら、もう助かっているって言えば良い」
「そんな事を聞いている訳じゃない」
「解ってるさ」

 ククッと笑うその姿に、武彦は心の中で小さく身構えた。
 自分の正体を知り、虚無の境界とも繋がる男、宗。しかし、一切自分に対して気取られるつもりもないのか、すぐ隣りにいても緊張感すら漂って来ない。

 まるで、正体を知っているが、「それがどうした?」とでも言わんばかりの余裕を見せつけられている様だ。
 故に武彦はいつも通りに接する事が出来ず、すぐにでも動ける様に僅かに腰を落としていた。

「……そんなに緊張するな。今のお前達にちょっかいを出すつもりはない」
「今の……? それはいずれが来るって事、か?」
「さぁな」

 宗が小さく笑い、踵を返して歩き出す。

「そいつなら助かる。まぁ、施術を終えてからまた話でもしようじゃないか」

 不思議な雰囲気を放ちながら、宗は武彦に背を向けて歩きさって行くのであった。






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