|
節分の日
「そういやセレシュちゃん。陽クンは今年でいくつになったんだい?」
新年を迎えて一ヶ月が過ぎた。
異世界探索も終え、鍼灸院で仕事をしているセレシュに、馴染みのお客さんである近くの肉屋の主人が声をかけてきた。
ちなみに、絶賛現在施術中である為、背中を向けてうつ伏せに寝転んでいる。
陽の正確な年齢といえば、まだ一歳にも満たない程度なのが事実であり、付喪神として生きた年数で言えば、おおよそ数十から数百年近く経っている可能性すら出て来る。
なので、見た目相応に、キリの良い数字を答える事にした。
「十歳やで。なんやの、急に?」
「そっかー。そしたら今年は十個だなぁ」
「十個?」
背中に針を立てながらセレシュが尋ねる。
「今度の日曜、節分じゃないか。豆は歳の数だけってね。ちなみにセレシュちゃんは――」
「――こら。女の子に年齢聞くのはあかんよ」
「おいおい、こんなおっさんに年齢聞かれても、セレシュちゃんの歳だったら若いんだから気にする事もないだろうに」
笑い声をあげながら、肉屋の主人はセレシュに向かって告げる。
言える訳もない。セレシュと陽が豆を“生きた年の分だけ食べる”なんて話になったら、大皿一杯ずつ程度まで堆く積まれる事は必至だろう。そんなに食べたい訳がない上に、いくつ積むのかと思えば気が遠くなる。
だからこそ、公称している年齢を答える。
「せやなぁ。うちは二十一よ。陽のほぼ二倍やなぁ……。あかん、なんや歳寄り臭く思えてきた……」
「あっはっは、セレシュちゃんなら見た目も若く見えるし、問題ねぇよ」
「歳相応って言うてくれへん?」
「いたっ、痛い痛い痛い! 針! 針が動いてる!」
どっからどう見ても拷問の類であるのだが、この街の商店街ならではの付き合い方とも言える。
「節分かぁ……。そういえば、陽にもその事教えなあかんなぁ」
「うー、いたたた……。豆ならあそこの文房具屋兼駄菓子屋で仕入れてたぜ」
「そか、おおきにな。そないやったら後で陽連れて買いにいこかな」
「おう。ちなみに、恵方巻きには特性の肉巻きなんてどうだい?」
「却下や。陽もおるから、酢飯炊いて二人で作るわ」
「まぁ恵方巻きで肉巻きはねぇやなぁ。いやー、良いねぇ。明日は商店街を中心に鬼役が走るからなぁ。しっかり陽クンにも豆投げ頑張る様に言ってくれよ」
「ん、おおきにな。陽の事気遣うてくれて」
――「せつぶん?」
営業終了後、セレシュは早速陽を連れて買い物をしながら節分の説明を始めた。
「そや。『季節を分ける』って意味なんやけど、古来から日本では季節の分け目に邪鬼が出るって言うてな。それを祓う為の悪霊祓いから来てんのや」
「邪鬼……?」
「そうや。古い時代に追儺って言われた鬼祓いの儀式があったんやけど、そこが由来になっとるんや。まぁ今では無病息災を願って豆を撒く風習みたいなもんやなぁ」
陽の顔が怪訝に染まる。
邪鬼や鬼といった類に対しての警戒心からか、陽の想像では実際に鬼と対峙して戦う姿を想像している様だ。
「まぁ実際の邪鬼が来る訳ちゃうし、心配せんでも大丈夫やで。とにかく豆を買いに行って、恵方巻きも作らなあかんし」
「えほーまき?」
「大きな巻き寿司や。七種類の具を包むんよ」
「何で七種類なの?」
「商売繁盛や無病息災を願って、七福神に因んだもので福を巻き込むっちゅー意味や。まぁ今では何巻いてもえぇみたいやけどなぁ」
商店街を歩きながら陽に向かって説明しているセレシュは、魚屋の前で足を止めた。
「明日は日曜やから、節分で鬼役のおっちゃんが現れるんやって。せやから、陽も豆を鬼に向かって投げるんやで」
「うん、分かった」
「あのおっちゃんも多分鬼役やな」
魚屋の主人を見てセレシュがニヤっと笑って陽に告げる。主人も突如鬼扱いされ、驚いてセレシュを見つめていた。
「どうして?」
「いつもオマケしてくれへんもん」
「なっ! セレシュちゃん! いつもオマケしてるだろー!?」
「そうやったかなー?」
こうして、セレシュによって誘導されたオマケをする事になった魚屋の主人は、この日は妙に太っ腹であった。
何せ、彼も明日は鬼役になるのは確かだった。
自分で引っ掛けたとは言え、妙に太っ腹だった理由をセレシュが知るのは翌日の夜になってからだった。
◆◇◆◇
翌朝から、セレシュと陽は恵方巻き作りに精を出していた。
直径にして五十センチ程の“巻きす”の上に、海苔を敷き、酢飯を広げる。そこへ海鮮を七種類乗せた海鮮恵方巻きだ。
具材は様々であったが、海鮮恵方巻き具として提供されたのは、イカ、エビ、まぐろ、イクラ、サーモン。それに青じそとキュウリを足したものだった。
“巻きす”は竹で作られた旧来の物を使い、巻きながらギュっと力を込める。
陽にそれを任せ、今年の恵方を携帯電話で調べはじめた。
「今年は丙(ひのえ)――南南東やな」
「南南東?」
「そや。南南東に向いて食べるんよ、これを」
「ふーん……?」
そんな事を言いながら、セレシュは昔の記憶を思い出していた。
―――
――
―
それは、セレシュが初めて節分をしようと、今日の陽と自分の様に、おっちゃんと自分が恵方巻きの説明をされていた時の事だった。
「恵方巻きっちゅーんはな、一回食いついたら食い切るまで口を離したらあかんのや」
「そうなの?」
「そういうもんや。長ければ長い程、その願いは叶うんや。って事で、おっちゃんはこっちの普通ので、自分はこの長い特別な方を食べるんやで」
そう言って出されたのは、今まさにセレシュが巻いている巻きすとほぼ同等の長さの太巻きだった。
「……これ、口を離さずに食べるの?」
「当たり前や! 無病息災・商売繁盛! 関西人の基本やないか!」
「……無理」
「あかん! それ失敗したらこわーいしっぺ返しが来るんやでぇ〜……?」
そう言われ、結局セレシュは涙目になりながらもそれを食べさせられ、その数日後にようやくそれが嘘だったと分かり、おっちゃんにも同じ報いを受けさせたのであった。
―
――
―――
さすがにそれは陽にはやらせられないセレシュではあったが、イタズラ心がない訳ではない。正直な所、何かで引っ掛けて楽しい思い出にするのも良いだろう、と思った辺り、セレシュは「おっちゃん」の影響をよく受けていると言える。
「陽」
「ん?」
「恵方巻きは、これぐらいのサイズを口を離さずに食べきるんやで」
そう言ってセレシュは二十センチ程度に切り、陽に向かって指さした。
「……大きい……」
「せや。これは節分の一種の修行みたいなもんやな。うちも昔通ってきた道や」
うんうん、と頷きながらそう告げるセレシュであった。
昼になり、陽とセレシュは豆の入った枡を持って商店街に向かって歩いていく。
毎年この商店街では鬼役が持ち回りでまわってくる。
鬼役は一家の大黒柱である父親が務めなくてはならないので、セレシュの所にまで回ってくる事はないのだが、この鬼役は赤鬼と青鬼の二人で務めるのだ。
今年は、魚屋の主人と、八百屋の主人だ。
両方とも陽とセレシュとも顔馴染みであるのだが、彼らに対して同情してしまうのはセレシュだけではない。
何しろこの日の子供達ときたら容赦がない。
投げつけられる豆を、全身タイツにも似た服で受け止めるのは地味に痛いのだ。
だからこそ、毎年鬼役をこなした家には酒などが振舞われる事もあり、この商店街はそういった温かい繋がりを持っている。
実はセレシュもその席にはいつも呼ばれ、華を沿えるのだが、今年は陽も一緒なのでお酒を呑む事にはならなそうである。
「ほら陽、来たで!」
「うん!」
「鬼はー外! 福はー内!」
子供達の掛け声を真似ながら、陽も早速豆を投げ始める。
子供達のヒートアップぶりはなかなかに凄まじく、鬼を追いかけて走り回り、逃げ惑う二人を豆で攻め続ける。実に過激な構図であった。
「陽、行くでー!」
「うんっ!」
せっかくの祭事なのだ、とセレシュは陽の手を引っ張って走り出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二人で歳の分。セレシュは二十一個を、陽は十個をポリポリと口につまむ。
子供達には他のお菓子なども振舞われ、上機嫌で商店街を後にしていた。
茜色に染まった商店街で、豆掃除をしていた他の大人達も、夜の節分打ち上げに今から胸を踊らせていた。
「セレシュお姉ちゃんー」
「お、陽もお菓子もろうてきたんか」
「うん。ちゃんとお礼も言った」
「偉かったな」
セレシュが陽の頭を撫でて褒めると、陽は嬉しそうにその目を細めた。
「帰ったら恵方巻き食べような」
「今年は南南東、だよね?」
「そうや。口離したらあかんで?」
「う……っ、が、がんばる……」
こうして、陽の初めての節分祭りは静かに幕を閉じて行くのであった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
いつもご依頼ありがとう御座います、白神 怜司です。
今回は節分のお話でしたので、色々と節分の豆知識を
取り入れながら書かせてもらいました。
べ、別に豆だけに豆知識だなんて思ってないんだからねっ←
っていうのは冗談です、ハイw
それでは今後とも、宜しくお願い致しますw
白神 怜司
|
|
|