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懐かしい記憶―ヨーハン
――四年前、
ニューヨークからヘルズキッチンを抜け、ジョージ・ワシントン橋を渡り、更に北上する。
ベア・マウンテン州立公園の近くにある荒野、仕切られた区画内にIO2用の秘密離着陸場が用意されている。
ここは本来、要人を迎え入れる時や能力者の護送に使う発着場で、一般的には荒野にしか見えない様に細工されてる。
能力を可視化しない限り、誰もこんな荒野に飛行機が降りて来るなんて思いやしねぇだろう。
まぁ州立公園の敷地内でも、立入禁止区域に当たるこの場所に、わざわざ誰かが入って来る事はねぇだろうさ。
「思ったより早く着いちまったな」
サングラスをかけた俺は空を見上げながら、到着時間を確認した。到着予定自国として聞かされた時間に余裕があるみたいだが、州立公園にレストランがある訳じゃない。
車の中で椅子を倒しながら俺は目を閉じて、このあらましを思い返していた。
―――
――
―
IO2ニューヨーク支部。
突然部隊長に呼び出されていた俺、“ヨーハン=クレイドル”は困惑させられた。
一般的にバスターズに所属される特殊武装部隊、“GUNS”。
俺はそこの部隊に選抜されて間もなく、初めて指名で任務の依頼が来たのだと心を踊らせていた。
指名で依頼を受ける事が出来るのは、実力を買われた一人前の証だ。
GUNSに配属されて一年。そんな短期間で指名任務を受けれるなんて、俺はとことん自分がツイていると感じていた。
周りからは羨望の眼差しを浴びて、俺は意気揚々と部隊長の部屋へと向かって歩いて行った。
「ヨーハン=I=クレイドルです」
「入れ」
部隊長が椅子に座ったまま、手を組んでこちらを見つめた。
GUNSの部隊長として、俺が尊敬してやまない人だ。戦績もそうだが、何より部下に好かれている。それだけの実力がある男。だからこそ、この人を相手に認められたというのは、俺にとって何よりも喜ばしい成果だと言えた。
「ヨーハン。お前、確か母方が日本人だったな?」
「は、はい。日系人ですが、それが……?」
思わず言葉を濁したくなってしまった。
こんな時代になったって、黄色人種の血が入っている事で侮蔑される事はたまにある。れっきとした東洋人でもなく、白人でもない中間。つまりハーフである俺みたいなタイプは、特にそういう偏見に晒されるんだ。
「お前、日本語は学んでいるか?」
「日本語、ですか? 難しい言語でなければ支障はないと思いますが」
「ふむ。問題はなさそうだな。至急、IO2用の空港に一人の日本人を迎えに行って欲しいんだ」
「日本人、ですか?」
「あぁ。今度からウチで面倒を見る事になった新人だ」
思わず胸がザワついた。
GUNSに入って成績を残してきた俺の最初の指名任務が、日本から来る新人の迎えだって言われたんだ。俺にとっちゃ、そんなの何も面白くない。
まるで日系だからってバカにされた時と同じ気分だ。どうしようもなくイライラする。
「……それは、俺が日系だからですか?」
「そうだ。日本語を話せる人間はいないからな」
「……チッ、分かりましたよ。行きゃあ良いんでしょうが!」
乱暴に椅子から立ち上がり、俺は部隊長の部屋を後にしようと背を向けた。
「ヨーハン、そうささくれ立つな。実を言うと、今回来る新入りは相当に“厄介な経歴”を持っているんだ」
「厄介な経歴?」
思わず部隊長の言葉に、俺は足を止めて振り返った。
「『虚無の境界』、知ってるか?」
「えぇ。日本で去年大きな騒動を起こしてIO2と何人かの協力者で一掃する事になった、過激派の集団でしたね」
「その『協力者』こそが、ディテクターと呼ばれていたタケヒコ・クサマと、一人の少年ユウタ・クドウだ」
「それが何か?」
「今日からこっちに来るのは、ユウタ・クドウだ。『虚無の境界』に大打撃を与えた少年が、青年となって来るのだ」
「――ッ!?」
―
――
―――
唐突に迎えを命じられた事になったが、そこまで言われるなら興味が沸かない訳はない。能力者集団、『虚無の境界』と対等に渡り合った男。
どんな男かと考えるだけで、俺にとっては楽しい時間だった。
しばらくして、ようやく飛行機が姿を現した。
滞りなく到着すると、中から現れたのは一人の日本人だった。それも、ずいぶんと幼い顔をしたガキだ。
兄弟か何かだろうと思って次に降りてくる相手を待つが、誰も降りて来る様子がない。いったいどうなってやがる。
とりあえず俺が車から降りてそのガキの姿を見ていると、ガキはこっちに歩み寄ってきた。トイレでも我慢してたのか?
「は、はろー……?」
「…………」
「マイネームイズユウタ!」
……ドヤ顔すんな。
マジかよ、こいつが日本から来た本人らしい。
ましてや英語大国のこのアメリカに、まともな英語を使えないまま来たってのか。
おいおい。俺はいつからジュニアハイスクールの引率なんて微笑ましい仕事に就いたってんだ。
「日本語解るから、日本語で良い」
そう言って手を差し出してやったら、睨み付けてきやがった。
「ジュニアハイスクールって何だよ」
「――ッ!」
こいつ、思考が読めるのか……?
まともな英語は解らなくても、意思疎通はそれなりに可能って事か。
『教師になるのが夢だったんだ。叶って嬉しいよ』
「……バカにしてんだろ」
「悔しかったら言い返せる様になりな、坊主」
第一印象は最悪だったな。まぁ俺がささくれ立ってた所為かもしれねぇんだが。
それから一週間が過ぎた。
どういう訳か、こいつはしばらく“GUNS”の訓練に参加するらしい。
エージェント『Fate』。運命、か。
驚いた事に、知り合って四日程度で周囲と意思疎通出来る程度まで英会話を学びやがったらしい。
思考を読めるその能力のおかげだとか言ってやがったが、もしかしたら頭が良いのかもしれねぇ。
驚かされたのは何もそれだけじゃなかった。
戦闘能力の異様な高さと、能力実験とやらに付き合わされた時だ。
銃器の扱いは正直言って話にならなかった。それこそ、この国のチンピラの方がよっぽど扱い慣れてると言えるレベルだった。
だが組手はどうだ。
GUNSの隊員も俺も、部隊長でさえ一瞬で倒された。
やたらと戦い慣れてやがる。一瞬の判断が必要な程の過酷な環境に身を置いていた者の、独特なセンス。幼いガキだと思ってたが、どうやらこいつは普通のガキとは違うらしい。
あまりにも常人離れしてる能力とセンス。
こいつの実力は、正直な所未知数だ。能力に制限ってモンがない上に、成長してるって話じゃねぇか。
数多くの能力者を相手にしてきたからこそ思う。
フェイトは一歩間違えれば、IO2にとって危険な人物になる。
だから、か。
俺は日本語を喋りながら英語を教えつつ、面倒を見る様になった。
見た目より多少は年上だが、アイツはまだ若かった。
人見知りだか何だか知らねぇが、アイツは俺と一緒に行動する事が多かった。それこそ、訓練の後でチャイナタウンに連れてってやったり、タイムズスクエアのニューイヤーズボールの話をしてやったり。
気が付けばアイツは俺にとって、弟の様な存在になっていた。
くだらねぇ話も、酒の味を教えようと飲みに誘ったのも、アイツはそれなりに楽しそうにしてた。
ちょいと刺激の強い店に連れて行った時はエルアナのヤツに殺されるかと思ったぜ。スタンガン構えて迎えにきやがった。
俺には妹がいる。フェイトの一つ下だ。
弟が欲しかった俺にとって、フェイトはまさに弟としては適任だったんだ。
まぁ、仕事ぶりを見てる限りじゃ、俺なんかよりもよっぽどな奴なんだが、不思議と恐怖はねぇな。
性格が性格だからな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして今日。
IO2用の専用発着場ではなく、ジョン・F・ケネディ国際空港。
フェイトが日本へと発つ日がやって来た。エルアナと俺しか見送りはいないらしいが、フェイトは何だかずいぶんと嬉しそうな顔してやがる。
「日本で永続勤務じゃねぇんだ。早く帰って来いよ、フェイト」
「えー……、俺は日本の方が良いし……」
「こういう時はお世辞でも良い返事するもんだろうが、おい」
「ブ、ブザー……、その物騒な黒いものをしまってくれると嬉しいなぁー……」
相変わらずなテンションだが、湿っぽい別れは俺達らしくない。
どうせすぐ帰って来るんだ、それまで故郷で楽しんで来れば良いさ。
「フェイト。日本に着いたら、ちゃんと日本支部に到着報告するのよ?」
「解ってるよ、エルアナ」
エルアナがここまで感情を表に出してるなんて、フェイト以外のエージェントが見たら卒倒するだろうよ……。
にしちゃあ、エルアナのヤツ。結局ゴネるのかと思ったら素直に見送るのか。
エルアナの性格からすりゃあ、何か理由付けて日本に付いて行くとか言い出すぐらいはするのかと思ってたけど、意外と俺の思い過ごしだったのかね。
……いや、思い過ごしじゃねぇな……。
エルアナの眼鏡がヤケに光ってやがった……。あれは捕食者の目だ……。
「じゃあ、またな! ブザー!」
「おう! 日本で暴れて来い!」
「気を付けてね、フェイト!」
「あぁ!」
爽やかな笑みを浮かべて、フェイトがエスカレーターを下って行く。
こうして俺の弟の様な存在、フェイトは一時日本へと帰って行った。
「……フフフ」
「エルアナ、こえぇからいきなり笑うんじゃねぇよ……」
――日本では一体、どうなることやら……。
FIN
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